ダンジョン災害での死傷者は年間4万人を超えるが、以前に比べて暮らしにくくなっているかと問われればそんな事はない。魔法やダンジョン由来の薬品のおかげで病気やその他の事故で無くなる人は圧倒的に減った。ダンジョン産の資材から痴呆等にも効果のある薬品も開発されている。また自然エネルギーの一部がダンジョンの維持に使われているという説も有力で、台風や噴火などの自然災害は以前より少なくなった。日本はエネルギー源である魔石やダンジョン由来の工業製品の代表的な輸出国で、不足しているのは食料だけだ。
ここ徳島市は四国最大の徳島ダンジョンを保有しており、官公庁の支部、研究施設が立ち並び、周辺には多くの選抜者が暮らしている。当然関連企業も多い。俺の通う徳島眉山高等学園、通称眉高は、徳島ダンジョンに近接しており、選抜者も受け入れているタイプの高校だ。選抜者の学生の受け入れは、専門の教員と施設も必要でお金がかかる。その分高レベルの教育が可能で、一般学生もその恩恵に預かれる。授業は合同と選択に分かれる。選抜者と一般学生が共に過ごして歩み寄る環境を提供して、その中で各自将来の道を探すというのが校風の様である。なお選択授業は学年を超えて組まれることも多い。例えばダンジョン実習なんかが代表的で、1年生の方が3年生よりベテラン等はざらだ。
「御上想夜 地元出身 4月1日生まれ 一番の早生まれかな。入学式前にもう1歳を取ったよ。目標は人の先頭に立つ一番大きな男になる事」
自己紹介では鉄板の俺の持ちネタだ。ここで悪友達が、中学へ帰れとか、アキラメロとか、ソーヤちゃん可愛いとか合いの手を入れるまでが、ワンセットだ。担任が可哀そうな目で俺を見ている。誕生日の意味を分かっているクラスメイトは唖然としている。意味の分からないクラスメイトには朱美達女子が説明している。同窓とは生まれがほぼ1年違う俺は、もともと小柄なうえに、年齢のハンデがある。更に生まれついての女顔で同級生より、1,2歳下に見られる傾向があった。当然身長も男子では最低。今はましになった方で、小学校の低学年時代は女子も含めて一番のチビでかけっこもドンケツだった。両親が選抜者だった影響で、自分もそれを目指して学業と鍛錬は頑張った。その成果はあったと思うが、身長は伸びず筋肉もあまりつかない。病死した実母の遺伝らしい。
「想夜、スマホ見せてみろよ、妹ちゃんに買ってもらったんだろ」
「いいなあ、俺も妹のヒモになりたい」
妹は配信された際、「聖女ちゃん」と呼ばれて身バレした。自己紹介で「聖女ちゃん」の兄貴ですと言った方が通りがいいけど、それは自重している。悪友達に黙ってスマホを渡すと、勝手にアドレスを登録してくれる。ついでに側にいた女子何人かにも登録をお願いしてみる。俺が操作できないことは知れ渡って来ているので戸惑いながらも応じてくれた。
「いい加減操作覚えようや、スポーツチャンネルにはお前の好きなプロレスもあるぜ。俺は総合格闘技の方が好きだけど」
操作をレクチャーしながら専門動画へ切り替えてくれる。
「総合格闘技は真剣なので、喧嘩しているようで嫌だ。その点、プロレスはいいよ。シングルマッチは勝負をつけないのが基本だ。ぼこられている方が一瞬の返し技で勝つとか、勝った方を背後からイスで滅多打ちにするのがテンプレ。負けた方が本当は強いと思わせるのがポイント。遺恨を残すのが王道で、正々堂々のフェアプレイは下策、レフェリーは正確な審判をしてはいけない、決着が着くと次から客が呼べないからね。タッグマッチで重要なのはまず場外乱闘。一番高いチケットを買ったお客さんは、逃げ惑う事で試合に参加している臨場感が味わえる。場外乱闘で勝った選手側が二対一になって決着するパターンが多いけど、逆ヴァージョンもある。それからプロレスは反則が許されているのも醍醐味で、反則技や凶器とバリエーションが豊富なのが嬉しい。栓抜きみたいな小さな凶器は面白みがない。大きなヘビとか動物を使った反則が最高で、レフェリーを誤魔化しながらヘビをけしかけるが試合の見せ場になるんだ」
俺はプロレスへの熱き思いを胸に悪友達に布教を試みるも、反応は芳しくない。プロレス好きは俺だけで、悪友達は総合格闘技が好きだ。周辺、特に女子は引いているが、これで遠慮しているようで好きと言えない。それに本来プロレスは大画面ディスプレイでお菓子とコーラを用意して鑑賞するもので、スマホで見ても面白さが半減する。
更に画面を切り替えてみる。女子プロレスとなると話は別で、俺たちの共通の話題となる。今は悪役ペアと善玉ペアのタッグマッチの中継をしている。俺達の一押しのレスラーが出てくるのだ。ちょうど善玉の優しいお姉さんレスラーが反則上等の悪役小物レスラーに場外乱闘に持ち込まれている。お姉さんレスラーが何度も観客席へ投げ飛ばされて実況が盛り上がる。観客も大喜びだ。小物レスラーがパイプ椅子を蹴散らして大暴れしているが、そこは観客も慣れたもの、笑顔で逃げ回っている。
リング内では、善玉の新人レスラーが悪の女幹部風レスラーに一方的にやられている。俺が密かに命名している「新人ちゃん」がけなげに必殺技を繰り出すも、軽くあしらわれて全く通用していない。いつも苦戦する「新人ちゃん」に会場から悲鳴が上がるも、ここで金髪縦ロールの悪の女幹部風レスラーが、両腕を組んでたわわな胸を強調するポーズを決める。必殺技「グレートエクスパルション」の前振りだ。「ですわー」という雄叫びが会場内に木霊して決着と思われたが、お姉さんレスラーの救援が間に合って、何故か突然「新人ちゃん」の必殺技が決まってしまい、ベビーフェイス側の勝利となった。
試合展開によっては、相手を人質にとってヒール側の大勝とか、拘束された「新人ちゃん」が脱出してお姉さんレスラーを間一髪助けるとか、色々あって先が読めない。余談だが「新人ちゃん」をロープで縛り上げるのは小物レスラーの見せ場で、縛られた「新人ちゃん」はリング下へ押し込まれる。ここでリング下から全方位に手や足を時々覗かせて、脱出アピールをするのがいじらしいのだ。
「リリーお姉さんのコスチュームが破れたのがいい。片方だけ二の腕が剥き出しになって色っぽい」
「悪の女幹部風レスラーが強くて圧倒的に美しい。新人ちゃんをいたぶらなければ圧勝だった」
「虐められて耐えている新人ちゃんが好き。体型が慎み深くて弱そうなのに頑張る姿を見ると、元気がもらえる」
俺と佐藤と田中で感想戦を行っている。最後は俺のセリフである。
「ずいぶん楽しそうね。女の子をいじめたりするのが好きなのかしら。ファンの人はこうした行為を容認しているの?」
俺の右隣の女子が不快そうに話しかけてきた。猥談もどきを止めてほしかったのだろう。彼女は理生院典子、クラスに二人いる女子の選抜者の一人で他県からの越境入学だそうだ。そう言えば彼女の体型も慎み深い。クラスメイトといえども選抜者と揉めるのはよろしくない。まして今回はお互いにほぼ初対面の相手だ。田中と佐藤はやっちまったという顔をしている。
「現実とプロレスを区別できない可哀そうな人だけがそういう風に言うんだ。ただ虐めるだけの試合は不快で見向きもされないよ。この試合だって虐める方とされる方の駆け引きが絶妙だから評価が高いんだ」
「お子様ね」
「想夜、また変な事をしているの」
速足で近づいてきたのは長良井朱美、俺の腐れ縁でこのクラスのもう一人の選抜者の女子である。いつも干渉してくるのだが、今回は俺が揉め事を起こしたと思って様子を見に来てくれたのだろう。スキルの影響か少女らしからぬ体型だ。じろじろ視ると目潰しが炸裂するので、中学時代の男子はあまり見ないよう自重していた。なおこれは事実で俺は何度かされたことがある。
「ちょっとプロレスの楽しさを布教してあげただけだよ」
「それにしては彼女迷惑そうにしているわ。それから宜しく、理生院さん。今度、一緒にダンジョンに潜りましょうね」
「ごめんなさい、私のスキルはダンジョン向きではないの。長良井さんは期待の新人と聞いているわ。ところで御上君とは知り合いなの」
「家が近所でね。こいつ面の皮が厚いからぶっ飛ばしても大丈夫よ。ただ、こいつのお母さまにはそれはお世話になったわ。ダンジョン探索の専門家なのよ。それで、妹さんが今度出来た神戸の付属中学に入学になって、彼のお母さまもそっちの部署に転属になったの。こいつだけが置いて行かれたから、悪さしないよう見張ってくれと頼まれたのよ」
「神戸の付属なら妹さんもそうなのね。それでお父様は?」
佐藤と田中の顔つきが一瞬変わり、朱美が表情を無くしたのを俺は見逃さなかった。そして理生院がそれに気付いた事も。俺はおどけて言ってやった。
「父さんも選抜者でさ、自衛官になった。朱美ともう一人の友達も選抜者、家に来る人もそういう人ばかり、選抜者の人といるのが当たり前になった。俺だけが選ばれなかったけど」
「道理で馴れ馴れしいわけね。でも気を使ってくれてありがとう、スマホ貸して」
理生院が俺のスマホを優しく扱って自分の連絡先を入れてくれる。白魚の指先は彼女があまりダンジョンに潜っていない事を示唆している。
「慣れない土地で知っている人も誰もいなくて。人見知りだからちょっと話しにくかったのよ」
「理生院さん、ごめん、配慮できなくて。それ私たちの方が気をきかすべきだったのに」
「どっか行きたいとこない? 案内するよ。みんなでお買い物とか行こうよ」
「ありがとう、典子でいいわ、りしょういんは呼びにくいし」
遠慮がちにしていたクラスの女子どもが、集まって来てさえずりだす。和気あいあいとメアド交換をしている所に、田中と佐藤が自分達もと申し出るも、
「周りへの配慮を覚えてからね」
典子さんは冷たい。他の女子もこれに同調したので、悪友達は恨めし気に俺を睨んでいる。俺だけが許されたのだ。かくして平凡な高校生活が始まった。