※この作品はR-18です。

ダンジョン姫はじめ   作:エターナル好希也

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農業ライフ

 大小の水路が走る田園地帯、点在する鎮守の森。この吉野川の支流の町に、俺は6歳まで、小学校の一年の途中まで暮らした。俺の故郷でもある。俺、想夜という個人の自我もここで形成されたと思っている。俺の爺さんは今もここで農業を営んでいる。と言っても代々農家だった訳ではない。ダンジョンクリエーションの混乱でそれなりに儲けた爺さんは、早々と引退して農地を買い、お百姓へ転職した。

 その儲けた理由が素晴らしい。爺さんは若い頃からスマホや電子マネーが苦手だった。必然的に取引先や仕事仲間も時代遅れの連中が多くなってしまった。皮肉なことに、謎パルスの影響でデータが消し飛び、電子機器が使えなくなった際も、爺さんたちの被害は最小限で済んだ。爺さんが言うには、帳簿からマニュアルや連絡先まで紙だったので大して困らなかったという。爺さんたちは、混乱下でもいち早く立ち直って大いに儲けた。終戦後の混乱で大儲けする人たちと同じ部類だろう。世の中が落ち着いてきてデジタルが復興してくると、やる気をなくしたと言って会社を売却してしまう。

 農業を選んだ理由が、魔石でエネルギー問題が解決すれば、最後に食糧が重要になるとの読みからだ。この読みはある程当たり、野菜や花卉の売り上げとその補助金で生活できるという。

 

 爺さんの趣味は政治活動だ。考えは保守だが、場合によっては革新系でも応援する。スマホや電子マネーの普及を唱える政治家が大嫌いなのだ。これから隣県の新人候補の応援に行くのだと言う。俺は留守番を兼ねて畑を耕したり、水をやったりしてお手伝いするのだ。俺も引退したら晴耕雨読の生活をしたい。

 

「想夜よ、スマホを持たされたそうじゃな、嘆かわしい。キリ香ちゃんの贈り物でなければ捨てよと言っておったぞ」

 

 爺さんと婆さんはキリ香を溺愛していた。妹が引くほどにだ。

 

「お爺ちゃんが応援している人は当選しそうなの?」

 

 祖父は無理、無理と笑う。現役の議員が党の有力者で盤石だそうだ。この議員がIT政策を進めているのが許せない。爺さんたちが支援している対立候補は、青少年へのスマホ使用の制限という、復古的な政策を上げているのに共感したと言う。対立候補は若者から総スカンを食って苦戦中だ。だが若い人は選挙に行かないので、嫌われても影響が少ない、嫌われる位が相手の油断を誘えるというのが爺さん達の読みだ。

 対立候補が健闘して票を削れば、現役議員は地元に密着せざるを得ず、その分国会での活動が減り、党への影響力も少なくなる、こういった戦略的勝利を目指すらしい。

 

 爺さんたちの選挙応援は非常にシンプルだ。街中で候補者の名前を連呼するだけ。政策を訴えるより、大声を出す方が効果的というのが信条だ。やかましいと苦情も来るが、適当にあしらって気にも留めない。文句を言ってくる連中は元々投票する気がない、客ではないからだ。しつこい奴は密かに征伐リストに名を連ねる。たまに声が小さいとかお叱りのクレームも来る。こういう人には誠心誠意応対して、是非お力添えをとお願いする。気がつけば、いつのまにかクレーマーは運動員になっている。こうやって勢力を拡大していく。

 他にも孫にお年玉を上げて、成人したら投票をお願いするという合法的買収など、色々な選挙戦術を話してくれた。俺の知り合いにも政治家一族の出身が二人いた。雫子の方は善良過ぎてこうした腹芸は無理と思うが。

 

「学校ではスマホ使えなくしてやるわい」

 

 爺さんは七十越えても無駄に元気だ。妹の回復魔法の効果でもある。婆さんは横で笑っているだけ、彼女はいつも爺さんに付き従って仕合わせそうだ。

 

「想夜さん、水やりお願いしますね」

「畑の方も育苗ハウスのほうもしっかり遣っておくよ。心配しないで、おばあちゃん」

 

 二人は意気軒高に応援に出かけて行った。

 

 爺さんたちの世代は断絶の世代と呼ばれる。電子データや電子機器に根強い不信感を持っている人達が多い。絶対の信頼を置いていたスマホや電子マネーが使用不能になって裏切られた、爺さん達もとばっちりで大迷惑を被っている、恨みは深い。本当はその原因を作ったダンジョンが悪い。皆、内心ではそう思っているし、俺もそう思う。だが人知を超えた神のようなダンジョンに喧嘩を売る愚か者はいない。恨みの矛先はデジタルに向かった。

 そしてクリエーション後の社会の混乱を立て直したのも断絶の世代の人達だ。あの時人類の文明は一時的に停滞、いや後退した。魔石のエネルギー資源としての活用も、五年、十年と試行錯誤が必要だった。その苦労の結果、俺達の生活があるのだ。彼らは今でも政界や経済界で一定の影響を持っている。混沌の中で生き抜いただけあって、爺さんのようにエキセントリックな人間も多い。彼らは言う、もし地表もダンジョン化して電子データが使えなくなったらどうするのか。俺も早く地表がダンジョン化して、スマホや電子マネーが使えなくなったらいいと思う。

 

 

 

「みよう本」では現代農業ものは、主人公は農民スタートしない。両親や親族の遺産を相続して、または失業や人間関係によって転職して農民になる。ここまではテンプレだ。これを外すと誰も読んでくれない。そしてここまでは誰でも書けるので、現代農業物は大いに流行った。ここから納屋でダンジョンを発見する冒険活劇が本流、異世界人や妖のヒロインと交流する異種婚姻譚が傍流となる。ただ異種婚姻譚はあまり人気が出なかった。文化や生物学的な相違の書き込みが足りなかったからだ。もちろんそこらを追求した意欲作もあったが、こちらは読者がついて来れなかった。

 俺が「みよう本」の主人公に近づけるとしたら、やはり現代農業ものだろう。祖父母は農地を俺が相続する事を希望している。選抜者となり力も手に入れた。この2週間で6人の女性と仲良くした。まだまだ増えそうである。そうなったら彼女達は俺の事を不誠実な男と非難するかもしれない。傷心な俺は田舎に隠棲してお百姓さんになるのだ。

 

 農業を始めると言っても難しい事はない。老夫婦が二人で出来るのだ。重労働は殆どない。俺が今日行っている作業も、灌漑施設から散水ホースに水を引いて、風向きを見ながら1時間置きにつなぎ変える、定時には育苗ハウスで水遣り、その合間にトラクタで畑を耕し草退治、これを半日続けるだけだ。農作業でスキルを使ってみたが、必要なのは、水の懸かりの悪い場所での『給水』と、汚れを落とす『洗浄』だけだった。使わなくても簡単に代替できる。農作業で一番必要なのは経験と持続だろう。畑を耕して畝を作るのも、年季のいった爺さんの方がはるかに上手い。晴天の日に育苗ハウスで水遣りを一回忘れるだけで、数万本の苗が枯れたりする。そうなると半年無収入になる。

 

 三時過ぎにはすべての作業が終わる、予定より2時間近く早い。畑が程よく乾いていたのが良かった。これから引き返して泊りがけで中層まで潜るか。この処、協会案件のダンジョンに時間を取られ、本来の探索が進んでいない。今日は朱美も詩央も研修なので、初の単独行になる。

 トラクタをバックで納屋に収納しようとして急ブレーキを踏んだ。壁際の床に穴があいて、階段が地下に伸びている気がする。地下室の話は聞いた事はない。俺もこの納屋では散々遊んだのだ。知らないわけがない。昔の地下貯蔵庫の名残かと思い確認するも、穴からはわずかに魔素が漏れ出ている。

 まさかダンジョン? 俺が試練に招かれる前なら、これがE級ダンジョンでも大喜びしただろう。ノーリスクでスキルが最低四つ、最大で六つ貰えたのだ。だが幹之輔さんの話を聞いた今では素直に喜べない。負債になるのではないか、俺は複雑な気分で階段を降りると、六畳ほどの小部屋があった。更に一本奥に進む通路が見える。光源がないのに明るい。だがスキルが落ちてこない。発見者の俺は、選抜者だから最低二つはスキルがもらえるはず。何者かが不法侵入して、スキルだけ会得した未登録ダンジョンでもあるまい。穴の位置はトラクタの車体があった場所だ。運転前に気づかぬはずはない。

 怪訝に思っているとスマホに着信音があった。キリ香からだ。お爺ちゃん達によろしくとの内容である。俺は妹に返信した。ちゃんと送れた。これで確定した、ここは魔素溜まりだろう。魔素溜まりは自然界なら谷間や盆地、人工物なら、廃屋や地下室といった空気の澱みやすい場所に発生しやすい。これ位の濃度なら換気してやれば、数日で消え去るはずだ。ダンジョン発見の通報は、この魔素溜まりの勘違いが多いと言われている。念の為、奥の通路も調べてみる。10m位進んだ所にやはり6畳位の部屋があるだけだ。ここで行き止まり、モンスターもいない。両部屋とも『魔力視』で確認したが、隠し部屋やギミックはなし。ただ行き止まりの部屋にはベッドサイズの巨大な石板が鎮座している。石棺かと思ったが継ぎ目がない。調べているうちに再び着信がある。また妹からだ。お祝金のお礼忘れないでとあった。この部屋でもスマホが使えるから、ここがダンジョンでないのは確定だろう。

 

 

 

 

 

 画面から石板に目を戻すと、小さな白蛇が石板の上をチョロチョロしているのが映った、アルビノか。嫌でも疑似ダンジョンでの白蛇戦を思い出してしまう。あそこで得られた『結界』は俺の生命線の一つだ。蛇の妖精と対話する楽しい夢を見られて、スキルの使い方も教わった。それに俺は蛇が嫌いではない。こんな処にいたら餓死してしまう、俺は蛇を捕まえて外に出してあげる事にした。咬まれても『自己回復』があるので大丈夫だろう。

 

 蛇を素手で捕まえるのは男の子の強さを示す証明である。小さい頃、見た目が女々しくて弱そうだった俺はイジメの対象になりかけた。ある日、教室に大きなシマヘビが侵入した。パニックになったガキンチョどもを尻目に、俺は難なく捕まえた。そしてひとしきり皆に見せびらかせてから逃がしてあげたのだ。

 蛇を捕まえるのは簡単だ。親指で頭を押さえて、人差し指のつけ根と挟む。左右から首元を握ってもいい。尻尾が腕に巻き付くとカッコいいのだ。こうして強さを示す事で、悪ガキどもの尊敬を集めた。女の子にも容赦はしない。特に意地悪だった金髪縦ロールの子には、捕まえてきた蛇を、キスしろと言わんばかりに目の前に突き出してやった。効果はてきめんで、言う事なんでも聞きますと、泣いてゴメンナサイをしてきたのだ。それから彼女は従順になった。腕力に頼らないスマートな解決策だったと思う。

 

 俺は後ろに回り込むと、素早く手を伸ばした。ビビらないのがコツだ。だが、バランスを取るために手をついた石板は、クッションのように柔らかい。思わず動揺して体勢を崩してしまう。その隙に白蛇の奴が俺を噛んできた。俺の魔力が血液と共に牙を伝って、指先からごっそり抜けていく。

 

「また会ったね、人間の子供、ボク達は運命の赤い魔力で結ばれてるんだ」

 

 俺は夢幻の世界に引き込まれた。白蛇が美しい人型に変わる。疑似ダンジョンで出会ったボクッ娘妖精が宙に舞っていた。月の如く輝く肌、貴金属の光沢の銀髪、ルビーより深い紅眼、人では決して届くことのない造形の美に俺は見惚れた。

 

「こんなに早くボクを見つけてくれるなんて。キミはボクの事が大好きなんだ」

 

 蛇妖精は上機嫌だ。そしてさっきからずっと僕の胸元を見詰めてくる。俺は夢の中の出来事を思い出してきた。ボタンを開けてシャツを浮かすと、僕の胸の中に潜り込んでくる。

 

「ボクの生まれた場所、魂が落ち着くよ」

 

 可愛い双丘が胸をくすぐって気持ちいい。そう言えば前もこうして話したんだっけ。

 

「君と会えるなんて、僕はまた夢を見ているのかな」

「愚かな人間の子供ね。夢と現実の区別がつかないなんて」

 

 彼女は実在していたのか。幼顔の妖精が上目遣いで訴える。実にあざとい。

 

「ボクと契約しよ」

 

 

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