中層への緩衝地帯までは順調だった。アイテムボックスを習得した今、ハルバードを収納し、フェイスマスクと短槍で移動すれば以前のように声を掛けられることはない。途中のコボルトも苦も無く倒せた。コボルトは魔石のドロップ率は低いが、その分武器を落とす。ただ通常の鉄の剣や槍が多く、収納持ちでも容量を考えると旨味がない。今回は荷物が多いので一切拾わないで突破する。この辺りは徳島ダンジョンでも一番人気のないエリアだ。そしてこの先の中層がそれに拍車をかける。
直径2キロ、高さが最大で300m程の巨大空間には、空にハーピーを初めとする鳥の魔物、地表には少ないがタフなトロールが徘徊する。ハーピー達は非常に用心深く、めったに地表に降りてこない。炎弾や石弾を風魔法で巧みにかわし、歌声で『催眠』をかけてくる。この『催眠』は音波なので耳栓だけでは防ぎきれないと言われる。結局狩りのメンバーには、『催眠』をブロックする『精神異常耐性』、おびき寄せる餌を持ち運ぶ『アイテムボックス』、それと偽装系スキル保持者の三名が必須と言われる。男性探索者のほうが惑わされやすく、女性探索者主体で狩られる事が多い。それでも一日で2,3羽が限界、これだと魔石もアイテムも落とさず、割に合わない事もある。
俺のアイテムボックスには生肉が30キロ程入っている。ギルドの購買で購入したものだ。探索者用の食肉なので10万円を超えた。餌肉を取り寄せたらもっと安く上がっただろうが、急な思い付きなので止むを得ない。職員からは計画の変更を危ぶまれたが、月代主任の能力だけは上級探索者とのお墨付きがあったので、了承された。
俺は中層へ降りると、罠を張る場所を選定する。もちろんハルバードを自在に振れる開けた場所が理想だ。生肉を5キロ程ぶちまけ『結界』に閉じこもる。後はハーピー達が食いついてくるのを待つだけだ。『結界』内では上空から俯瞰されても見つからないし、歌声の『催眠』も通さない。餌を食べに降りてきた所を、戦斧で薙ぎ払えばいい。待つ事1時間、このままだと一人焼肉パーティーと思っていたら現れた。旋回しながら一羽一羽ゆっくり降りてくる。『結界』内では聞こえないが、『催眠』を使って警戒しているのであろう。4羽全てが降りて餌に夢中になっているのを見計らい、『結界』を解除した。
『俊足』と『戦斧術』ダブルの前では敵ではない。
「タスケテ、ヤメテ」
「キャー、ユルシテ」
ハーピーが独特の断末魔を上げ、少女の首が転がる。遠目から見れば、俺は猟奇殺人者だろう。ハーピー狩りが敬遠される理由の一つがこれだ。ハーピーは女性型の魔物で胸から上は美しい少女の姿をしている。その悲鳴は女性が暴漢に襲われているように聞こえる。だが美しい歌声に惑わされると、集団で食い殺される。下心のある男性ほどかかりやすいとされる。彼女らは人語を解しているわけではない、鸚鵡のように言葉をまねて、生存率を上げているにすぎない。
俺は撒き餌をしながら、ハーピーを狩っていった。5回の狩りで得た風系統の魔石は8個、アイテムの飾り羽根は2本だ。この飾り羽根、ギルドの買取価格は一律だが、オークションだと10倍位違ったりする。個体差が大きく、美しくレアなものはコレクター間で、高値で取引されると言う。そしてこの飾り羽には魔よけの効果がある。俺が今回狙ったのがこれだ。シーナは俺が呪われるかもと言ったが、それでも相手の女性を恨む気にはなれない。だが反省するのは負けらしいので、取り敢えずアイテムで呪いを躱す事にする。
待ち時間は暇なので、俺は美少女モンスターに思いを馳せていた。そもそも選抜者にならないと会う事すらできない。もし選ばれたら、美少女モンスターを召喚してお友達になる、子供の頃の夢だった。一度朱美に話したら、変態呼ばわりされて折檻されたので、それから口にした事はない。もっとも、俺は妖精とお友達になれた。種族を超えて契りを交わした。夢は見るものだと思う。
ちなみに美少女モンスターはハーピーやセイレーン、ラミア、アラクネ、アルラウネの5種類が確認されている。いずれもB級以上のダンジョンに棲息している。この内、ハーピーとセイレーンは、過去スタンピートやワイルドバンドで地表に出現しているので、僅かではあるが写真や映像が残っている。残りは絵心のある探索者のスケッチしか一次資料はない。探索者になったからにはダンジョンを巡って必ず全コンプリートするのだ。中でも花の化身たるアルラウネは、最も美しくレアなモンスターだ。男性探索者を甘い蜜の匂いで夢幻へと誘い、極楽へ導くとされる。男なら命を賭けても挑戦してみたい。
深層奥ではゴスロリ吸血鬼やエチエチサキュバス少女の目撃譚も過去にはあったが、極限状態に置かれた男性探索者の妄想とされている。
6回目、最後の狩りでそいつは来た。貴婦人と呼ばれる純白の上位固体、俺はそいつだけに狙いを絞って斧を振るった。だが彼女は優雅に身を翻らせて必殺の一撃を躱す。風魔法だろう。俺はとっさに短槍を投擲して片羽根を縫い留めた。首を落とすと半透明の白い翼が赤く染まった。
「ヒトデナシ、ヒトデナシ」
仲間のハーピーが一斉に襲い掛かってくる。接近戦になると、パーピーはもろい。簡単に上下が泣き別れし、翼が千切れ飛ぶ。こうして俺は10羽近い集団を殲滅した。魔石が10個、飾り羽根が3本、別に貴婦人の魔石と飾り羽根も得ている。透明に近い純白の羽根、強力な解呪の効果があると言う。スキルも落ちて来た。戦果としては充分すぎるが、俺は極めて不愉快だった。先ほどからこちらを伺っていた集団が近づいてくる。武装を解除しないままにだ。
「白いハーピーは俺たちのだ。飾り羽と魔石を置いていけ」
男性の探索者が5人、後ろには荷物持だろうか、取り立てて特徴のない女性が一人。人狩りだ。ソロで活動するならいつかは遭遇すると思っていた。まさか中層へ潜っていきなりかよ。
彼らは顔を隠していない。俺を生かして帰す気はないようだ。そして彼らの内二人には名前は知らないが見覚えがあった。黒い噂があるので注意するよう、朱美たちから言われていた人物だった。俺は覚悟を決めた。妥協してもずっと付き纏われるだけだろう。
「おじさん達、人狩りだよね。だったら、やっちゃってもいいよね」
俺は強気に出て、相手を窺った。剣士が二人、槍使いが二人、短剣使いは斥侯だろう。バランスの悪いパーティーだ。そこそこに強いがそれだけ。殺してよければ俺が勝てる。余裕ができると逆に心が落ち着いた。
「坊や、貴婦人の飾り羽をくれたら見逃してもいいわよ」
人狩りを前にしても怯む様子のない俺に、荷物持ちの女が仲介してきた。俺はここで違和感を覚えた。荷物持ちの女にそんな権限があるのか、男たちの動きがちぐはぐだし、文句も言わない。奴らは俺に顔を見られているのだ。それにハーピーの『催眠』をどうやって躱している。まさか全員耐性持ちか。
荷物持ちの女が微笑ながら近づいてくる。歳は40位、不細工ではないが美人でもない。何となくだが歩き方が気になった。年齢の割には軽やかな歩調だったのだ。アイガードを外し始める。
これを躱せたのは僥倖であろう。女の魔力が変質して、彼女と俺の目が魔力で繋がっていく。平凡な女の顔が傾国の美女に変わる、この女性に永遠に奉仕したい、ほんの一瞬だけそう思えた。俺は『魔力視』でも彼女を見ていた。彼女の魔力は瀬里奈ちゃんとそっくりの魔力に変わったので、目を背けるのが辛うじて間に合った。瀬里奈ちゃんのストーカー被害に関わっていなければ、洗脳されていただろう。こいつがストーカー事件の黒幕か。冴えない中年女だったので失望した。
「魔眼持ち? それに魔力も偽装できる」
「殺しなさい。貴婦人の飾り羽だけは回収するのよ」
俺の問いに女の答えはシンプルだった。
男性探索者達は俺を殺す事に迷いはない。だが傀儡なのが分かった以上、可能なら穏便に済ませたい。『俊足』も短距離専用なので、逃げ切れるかは疑問だ。何より心の奥底から闘争への渇望が湧き上がってくる。理不尽を打ち砕きたい。スキルアップした戦斧がうなる。最初に邪魔な槍をへし折って、使い手の肩や腕を砕く。ハルバードで剣士を押し込み、目の淵に宿る魔力を吹き飛ばした。ストーカーの時と同じく、剣士達はそのまま気を失った。
「そんなに貴婦人の羽根が欲しいんだ、それなら今から燃やそうかな」
俺は半透明の羽根を見せびらかして嗤う。女から距離を取って間合いを測る。
「絶対に許さない。早く殺して」
女にとって、貴婦人の羽根が傀儡や俺の命より大切なのは分かった。傀儡たちが女から離れるのはありがたい。洗脳系の魔眼は相手と直接目を合わす必要があるのだ。彼女の魔眼の射程は3m程、先程アイガードを取って仕掛けて来た位置から推測する。強力だがやりようはある。ただ視るだけで発動するのなら、俺は戦闘中にとっくに洗脳されている。残り三人も苦も無く制圧すると、彼女を挑発した。
「おばさん、僕の勝ちだ。貧相な胸の谷間の暗器で目を潰して。その前に変装を解いてもらおうかな」
俺は『透視』でも彼女を見ていた。袖口や太もも、至る所に暗器を隠し持っている。そして疑問に思ったのが、彼女の体型と着けている下着だ。体型は貧乳の大人ではなく、発育途中の少女のそれだ。下着も大人のつけるタイプではない。理生院がつけそうな色気のないやつだ。俺は彼女が同年代か少し年下の少女であると看破した。俺の『透視』が初めて戦闘で役に立って誇らしい。
「大人ぶっている女の子にお仕置きだ」