まだ帰宅するには早い放課後、桜散り新緑の湧き出す校庭の片隅で、俺と朱美は履修希望の選択科目について詩央先輩に相談していた。旗無詩央は1個上の幼馴染だが、知力強化がトリプル、知能指数180越えで四国の高校生では一番賢いと思う。知力系はダンジョン外でも能力が低下しない。膨大な戦闘データを把握した上での状況判断の的確性、アイテムボックス持ちで、ロングレンジの炎弾まで撃てる参謀タイプ。
朱美は身体強化、自己回復が各ダブルで他にも各種攻撃スキルを併せ持つ。二人のコンビはミドルティーンでは四国最強の一角だ。因みに自己回復は他人の怪我は直せない代わりに、自分の怪我はすぐ治せる自己中心スキルの権化である。ダブルならひびが入った位はすぐ直る。
「朱美ちゃんはこの3つがお勧め。1つ目は将来性、2つ目足りないものが学べるから。3つ目は評判悪いけどこれ。教官が妥協を許さない人で評価が厳しいけど、上を目指す人には都合がいい」
「想夜さんは将来が決まってないならこれとこれ。文系理系どちらでも必要。それと鍛錬を続けるなら自治会のボランティアを選ぶのもいい。経験者はどの分野でも歓迎される」
社会奉仕活動は進学にも就職にも有利である。朱美と先輩には、企業や公共団体からのボランティアという名目の囲い込みが殺到しているという。もちろん俺達普通人にもメリットはある。組織では、学生時代に社会経験を積んでいるというのは、何かと評価されるのだ。
「ありがとう先輩、頼りにしている。それからこっちも頼らせて、一生のお願いだから。もちろん解除は一月後でいい」
スマホを預けて不本意な設定を説明してから、解除が可能か聞いてみる。
「解除よりも数時間だけ誤認させる方が誤魔化しやすい」
「それ解除するなってキリ香ちゃんが言っていたはずよね。兄として情けなくないの。それに一生のお願いって先月も言っていたでしょうが」
「キリ香がちょっと神経質なんだ。こじれるかもしれないから念の為相談しておこうと思って。それに俺が一生のお願いを何度もするのも、半分はお前のせいだろうが」
高校合格直後仲間内でささやかなお祝いをしようと、3人で朱美の家に集まったことがある。遅刻厳禁と、くどい程念を押されたので30分ほど早く着いて、朱美の部屋のドアを何気なしに開けたのだが、なんと二人は衣装合わせで着替え中だった。特に先輩は上半身を脱いでいたが、もともと発育不良というかヒョロガリで見えたものもやっぱりという印象だった。半べその先輩には一生のお願いを唱えて許してもらえた。どうせなら、朱美の方が良かった、朱美なら殴られるだけで泣かれないから、女性の涙に弱い俺が思わず呟くと、今度は朱美が激怒して本気で殴られそうになる。先輩を盾にしてこれも一生のお願いで取りなして許してもらえた。先輩は昔から俺に甘い。
「それより想夜さんにはこれ。集めているんでしょ。朱美ちゃんと私からのお祝いだよ 想夜さんが一人前になった」
照れ隠しか、先輩がおずおずと紙袋を取り出す。疑問符を浮かべていると朱美が、
「想夜、今日から独り立ちするとかっこ付けていたでしょ。そのお祝い。その本、わたしは苦手だけど」
中には50年以上前の古本、「みよう本」が2冊入っていた。「みよう本」は意外に高価だ。著作権の関係で電子書籍や再版が出来ない。作者が名乗り出て、自分の作品である事を証明すれば可能なのだが、誰一人名乗り出なかったからだ。俺はお礼を言って、二人に値の張る理由を説明した。
「こんなお粗末なお話なら、恥ずかしくて名乗り出れないのも当然ね。自分なら身バレしたら死にたくなる」
「ふざけたペンネームばかりで常識がない。作者は友達のいない社会不適合者と推測される。本名なんか晒す勇気はない」
二人には大いに嗤われてしまった。
今より50数年前、一斉に地球にダンジョンが出現したダンジョンクリエーション。その際に発生した強力な電磁パルスの影響で、電子機器や電子回路が破壊されて、電子データの大半が失われた。2度3度と同じ障害の起きない保証はなく、情報は一時的に紙媒体が主力となった。当然大量のパルプが必要となるも、すぐに用意できるはずもなく、不要な書籍等が再生紙に回される。書籍にも希少性や有用性に序列があり、一番多く再生紙に回された、つまり最も価値がないとされたのが「作家になってみよう」を頂点としたネット小説群の書籍版、通称「みよう本」である。
当時から荒唐無稽、稚拙な文章、内容が同一、1巻打ち切りとか散々で、しかも印刷部数の総計だけは無駄に多かった為、大量の「みよう本」が再生紙に回されて復興の一助となった。「みよう本」はこの一点でのみ世に貢献したと評せられている。今日では俺の様な一部の好事家のみが愛読している。
先輩が選んだという本。タイトルは「アイテムボックスで世界最強」
「なんでも無制限で入るなら、自殺志願者が地球を収納して世界終了。著者のレベルが低いから内容がないのか、読者に合わせて内容がないのか分からないけれど、レベルが低いのに変わりはない」
真面目な先輩の言いそうな事だ。現実のダンジョンから得られるスキルにもアイテムボックスはあり、習得しやすいスキルとされる。「みよう本」と違って、アイテムボックスの性能は以下のようになる。
1.ダンジョン外では使用出来ない。つまり万引き等には使えない。
2.ダンジョン産の資源は収納したままでは持ち出せず。
3.俺の戦斧の様に、ダンジョン産のアイテムは最初のみ2だが、その後はアイテムボックスで移動も出来る。ただし取り出しはダンジョン内のみ。例外として魔素が漏れ出した地表では可能。スタンピートには対応できる。
4.火器や化学兵器等、ダンジョンが不適格と判断したものは使用を拒まれる。
ダンジョンの入り口を過ぎた所では、入場者は物資や預かる長柄の武器を収納し、退場者は採集した資源や預かった武器を取り出して整理しているという。容量には個人差はあっても体重位まで。時間停止なんて言うものは存在しない。アイテムボックスで流通革命など、夢のまた夢だ。
過去には抜け道を探そうと、化学兵器の原料や、重火器を分解して別々に持ち込んだり、あるいはダンジョン内で資源を加工しようとした国があったらしいが、選抜者の比率が減ったり、散々だったらしい。更に他国を陥れようと悪用した国はもっと悲惨な事になった。
「こっちがわたしの選んだ分。チートでイキって世界最高、という変なタイトル。大した理由もなく与えられて、努力なしで世界最強になる力、今でいうと強力なスキルみたいなものかしら。チートを貰った主人公は、イキリになるのね。自分の力でもないのに、感謝もせず、謙虚にならず、社会奉仕もしないで威張るだけの恥知らず。逆らう人たちは剣で黙らせて、ちょっとした過ちも一切許さないでお仕置きする。こんな世界で生きていけるのは、主人公のイキリに屈して、誉め称える人だけ。イキリはお気に入りの奴隷だけ可愛がるのよ。自分だけが正しく、強く、偉いなんて独裁者そのものね。想夜はマネしちゃだめよ」
「選抜者はそれに驕らず、人の為に力を使う、つまりダンジョンの資源を地上へ持ち帰ったり、災害を防ぐのが基本。持たない人はその恩恵を受ける代わりに、持つ人の生活を支える、これで社会が成りたっている。海でお魚を獲る漁師さんと、販売するお店の人。どちらが偉いとかはない。主人公のように奴隷のような奉仕を強要させて、ご主人様になった気でいるのは間違い。この作者からは、意思なき人を支配したいというおぞましい思想が見える。想夜さんはこの主人公を反面教師にすべき」
相変わらずの評価だが、「チート君」は立ち上がったばかりの子供と同じと思う。家族からの祝福で多幸感に溢れた幼い頃の消えかけた思い出、大らかな心で包み込んでやるのが大切だ。読者の心得として、不足分は想像で補う、過剰な個所は記憶から削る、気に入らなければ勝手に上書き、誤字・脱衣が気になる人は脳内で返還して嫁。すると自分だけの物語が見えてくる。
二人にしっかり感想を聞かせる事を約束させてから帰路に就いた。
明日は妹の入学式だ。母もキリ香も朝が早いらしいので、こちらも早めに帰宅して激励の長文メールを送っているのである。悪戦苦闘の甲斐あって、1時間かかる予定が40分で終わった。操作に馴染んで来たと思う。プレゼントの「みよう本」の続きを読むか。ここはやはり9時からプロレス観戦で、「新人ちゃん」を応援するか、とりあえずコーラを買いに行こう。
夜間9時の市街地は、霧で霞んで、湿った黒土のにおいが鼻孔を刺激する。懐かしい田舎の匂いだ。蝦蟇がえるが冬眠から目覚めて、穴から這い出る合図でもある。歩道やコンビニの植え込みの側で見つからないかと散策するのは、結構気持ちがいい。子供が簡単に捕獲できる最大の動物はこいつらであろう。毒があるらしいが気にした事もなかった。
「声がかすれているじゃない。風邪、それとも声変わりかな? それと進学おめでとう、高校生になったんでしょ、どこの高校?」
「そこは内緒、やっぱり声はかすれている?」
最近話すようになった大学生風のレジのお姉さんと軽口を叩きながら、コーラとポテトチップスを精算する。渋めの声になりたいと言うと、その顔では似合わないと笑われた。500円硬貨を渡すと、お釣りを俺の掌に乗せてくれる。彼女の指先の動きはゆっくりだ。お金のやり取りで生まれるこうした光景も、そのうち無くなってしまうのだろうか? そんな事を考えながらお店を後に、カエルはいないかと歩いていると、突然蝦蟇がえると視線が会う、それも同じ目線の高さで。カエルがあざ笑っていると思う間もなく、俺は更に沈み込んだ。なんか穴に落ちたようだ。
作者もエロ小説を書いている事を家族に知られると恥ずかしくて死にそうになります。
職場やご近所さんに知られれば、社会不適合者の烙印を押されそうです。とても本名を晒す勇気はありません。