エントランスに入ると月代主任がいた。今日はこちらに戻っていたようだ。
「御上君、いい所へ。今から説明するから聞いてね」
エントランスに集合した民間の探索者百人程に説明が始まる。
「ダンジョンが溢れたわ。発生源は吉野川河口の廃倉庫群と推定。規模はC級からB級。未登録ダンジョンよ」
集まった探索者の一部から怒号が上がる。未登録ダンジョンとは、土地や建物への侵入者がダンジョンを発見し、スキルだけを盗んで通報しなかったり、個人または集団が、無許可で魔石やアイテムの売買をしているダンジョンを言う。いずれにしても重罪だ。
俺の親父が殉職するきっかけになったスタンピードも、廃村に発生した未登録ダンジョンが原因だ。古い廃村にもかかわらず、最近まで人の生活した跡があったらしい。ダンジョンで盗掘まがいの行為をやって、手に負えなくなると封鎖して放置、これが被害を大きくした。
「集団はすでに市街地に侵入して眉山方面、こちらに向かっています。戦闘集団の到達までは30分、本体到着まで45分を予想。徳島支部で迎え撃ちます。斥侯と後方支援職の人は経路上の避難誘導をお願い」
未登録ダンジョンからここまで6キロ位しかない。迎撃も避難も厳しいものがあるがやるしかない。
他に、
自衛隊は廃倉庫群に集結して交戦中、避難の終わっていない市街地では重火器の使用は憚られる。
警察は市街地で避難誘導に専念。
非戦闘職の選抜者が、ダンジョンに潜った探索者を呼び戻しに行っている。
等説明があった。そして月代主任にメモが渡されるのと、俺のスマホに着信があったのは同時だった。学校が襲撃されている。
学校はスタンピードを起こした未登録ダンジョンとギルドを結ぶ直線上にある。俺は月代主任と目線で会話しながら、委員長と繋いだ。スマホを音声出力に切り替えて説明を求める。
「良かった、繋がって。飛行タイプの魔物に襲撃されているけど、戦えない生徒は籠城しているわ。風紀委員長が戦闘職、生徒会長が魔法職を率いて応戦してるの、警察や自衛官志望の上級生には、銃器使用の許可が降りたわ。今の所怪我人はいないみたいだけど、屋上からはモンスターの大群が、こちらに向かって来るのが視えるって。それから自主避難の人達がどんどん押し寄せているの」
風剣姫と生徒会長、学内最強と言われる三人のうち二人がいたのか。ちょっと安心する。ちなみに3強のうちのもう一人の2年生は、今は海外に留学中だ。委員長の落ち着いた話し方からは、今のところは余裕があるように思える。
学校はモンスター災害の際、避難所に指定されている。堅牢な作りで、窓も強化ガラスが使われている。雑魚ゴブリン程度ではビクともしない。もちろん物資の備蓄も充分だ。住人が避難して来るのもうなずける。ただ今回はこれが悪手になる。言葉は悪いが、モンスターの進路上に餌をばら撒くようなものだ。C級、B級のスタンピードなら最低でもオークの特殊個体など、エリアボスが複数溢れている。避難所の学校は魔物にとって、格好の狩り場になる。協会のエントランスに緊張が走った。
「主任、行かせてください」
俺の具申にも、月代主任は黙している。場合によっては今回学校が死地となる。15歳の俺を単身送り込むのは、抵抗があるのだろう。彼女は義母の後輩でもあり、俺の父が殉職した理由も知っている。非常事態には俺達探索者は招集される。協会の指揮下に入る義務があるのだ。いくらクラスメイトが心配だからと言って、勝手に離れるわけにはいかない。
「ここはÅ級の徳島ダンジョンのお膝元ですよ。探索者の数も質も揃っているし、自衛隊の基地もある。もちろん市民だって意識が高い。条件は揃っています。C級、B級のスタンピード恐れるに足りず、勝ちますよ」
俺は己に言い聞かせるようにアジった。人類がダンジョンを受け入れた時から、それがらみの生死は自然の営みの一部になったように思える。今回のスタンピードで俺が、または親しい人が死ぬかもしれない。だがこの程度の試練で怯むようでは、人類はダンジョンと共に生きる資格なし。俺は奮い立つように不敵に笑う。月代主任も不敵に応えた。
「吠えたわね、さすがは招待者。先駆けを許します。モンスターを殲滅するより、進路を逸らす事を優先に。すぐに増援を手配するから。皆、最初の2時間をしのいだら勝てるわ」
エントランスに歓声が上がる。今この瞬間にも探索者が続々と集結している。2時間もあれば避難も完了するので存分に戦える。県外からも援軍が可能だ。西日本を統括する神戸とは、車で2時間位だ。橋を落とされなければ大丈夫なはず。
途中ガーゴイルどもを薙ぎ払いながら学校へと引き返す。遠目にはまだ落ちていない様に思われるが、時折銃声が聞こえる。
協会から学校に最短で移動すると、裏門に到着する事になる。門は閉ざされ誰もいない。スタンピードは正門側から押し寄せるので、皆そちらに注力しているのであろう、と思ったが、二階の一角にハーピーが3羽舞っている。あそこ、俺の教室じゃね、目を凝らすと、佐藤と田中が窓から身を乗り出している。あいつらの瞳にはハートマークが浮かんでいる、『催眠』にかかったか? それをクラスメイトが懸命に押さえて、運動部の女子達が棒でハーピーを牽制していた。屋上からも炎弾と石弾の掩護射撃があるが、ハーピー達は巧みに躱している。うちのクラスはまだ余裕があると判断した。最悪、ぶん殴って気絶させればいいからだ。
あいつら、何やっているんだとも思ったが、俺には二人の気持ちがよく分かった。選ばれなかった人間には美少女モンスターを直接見る機会など、一生に一度有るか無いかだ。命懸けの覗きをやって『催眠』にかかってしまった。甘いかもしれないが、二人を責める気にはならなかった。俺も子供の頃は、美少女モンスターと会いたくてたまらなかったし。
それに3羽のハーピーは、徳島ダンジョン中層のそれより少し大人びている。徳島ダンジョンのハーピーが15歳位の美少女なら、こちらは17歳位、少女から大人へ変わる直前の色香があった。
俺は塀を乗り越えると、雨どいを伝って、校舎の屋上までスルスル登った。屋上には生徒会長率いる魔法職のメンバーが陣取っていた。
「御上君、ダンジョンに向かったと聞いていたけど、戻って来てくれたのね」
夕垣生徒会長が迎えてくれた。彼女から状況の説明を受ける。
一階は奇襲されたためガーゴイルの侵入を許しているが、二階へ通じる防災扉が閉まっているため、教室にいる生徒達は無事。
風紀委員長達、自治会主力は正門に陣取って、避難民を受け入れている。ここも危険だが、他所に回す時間もなく、避難民は体力の限界の人も多い。
正門付近ではゴブリンも散見されて一部交戦に入っている。後15分程で、オークも含めた本隊が押し寄せる。
本隊が来るまでに、ハーピー達を何とかしよう。それにしても未登録ダンジョンのハーピーは美人さんだ。先日交戦した徳島ダンジョン中層のハーピーより年齢が上に見えるし、雰囲気がある。生徒会長に援護をお願いすると笑われた。
「あれはハーピーでなく、セイレーンよ。馬鹿の一年生が一目見たいとか言って、墓穴を掘ったの。君もセイレーンを美人さんなんて、あの生徒達の御同類かしら」
「すいません、あいつらは僕の悪友です。お姉さんハーピーをセイレーンと覚えました。それと僕はセイレーンの方が好みです」
とは言ったものの、ハーピーとセイレーンの区別は、ハルバードとバルディッシュの区別より難しいと思う。機会があれば未登録ダンジョンに狩りに行こう。俺は『風衣』を纏った。生徒会長は一瞬目を見開いたが、俺の意図を察してくれたようだ。
「二羽までは無効化できると思います。残り一羽の対処をお願いします」
「お姉さんに任せなさい。余裕のある御上君に、わたしからもお願いがあるのだけれど……」
生徒会長は躊躇する素振りを見せた。ほわほわした顔が憂いを含んだ顔になって美しさが際立つ。
「一階を調査して、要救助者が居たら助けて欲しいの。小梨利先生が視聴覚教室を使って、有線で避難誘導や状況報告をされていたわ。あそこは密室になるから、逃げ遅れていても立て籠もれるから大丈夫と思うんだけど。今はスマホが繋がりにくいのよ」
一大事じゃないか。緊急時に使えないなんて、なんてスマホは役立たずなんだろう。
「後でハーピーとセイレーンの違いについて、個人指導をお願いします」
俺は柵を越えて飛び降りると、セイレーン達に空戦を挑んだ。彼女達は眼下の獲物をいたぶる事は得意でも、空中戦は慣れていないはず。
彼女達の頭上より急降下する。一番上を飛んでいるセイレーンが慌てて避けようとするが、風で身を寄せて戦斧を一閃させると首が飛ぶ。勢いのまま近場の奴の片羽根も落とす。一瞬だけ、驚愕する委員長と目が合った。俺はダウンバーストを起こして、砂塵を巻き上げ着地した。全ては瞬きの内に終わった。
残った1羽は、生徒会長に巨大な石弾を撃ち込まれて破裂した。おそらくは風を乗せて速度と威力を乗せているのであろう。流石は校内最強の一角、魔女姫様だ。墜落した方は、魔法職の飽和攻撃を受けてミンチになった。グロい。美少女モンスターのスプラッター、あいつ等はこの光景を見て、目を覚まして欲しいものだ。
俺は即座の校舎の一階に突入した。薄暗い、電源が落ちているのか。職員室、校長室と荒らされている。保健室も荒らされているが、取り残された犠牲者はいない。後で薬品を回収するかもしれない、『透視』と『魔力視』も発動させながら、念入りにガーゴイルどもを駆逐していく。
視聴覚室前、10体ほどのガーゴイルが集合して何かやっていた。赤いガーゴイルが一匹、扉に手をついて魔法をかけている。周囲の気温が高い。体感的に真夏の炎天下で焙られる感じだ。横では青いガーゴイルがぶつぶつ言っている。俺は水魔法が使えるから、その系統なのは分かるが凄く不快な魔力の流れだ。まさかこいつらは室内の人間を蒸し殺す気なのか。これだけ温度が上がっているのに、スプリンクラーが作動していない。俺は迷わず突進して護衛とおぼしきガーゴイルたちと切り結んだ。
こいつらはいままでの奴とは歯ごたえが違う。上位種であろう。更に黒いガーゴイルが魔法陣で追加の上位種を召喚している。サモナーまでいるのか。特異種が3体、道理で奇襲はいえ、一階が落とされるはずだ。通常のガーゴイルごときは、うちの自治会で簡単に対応できる。本来はここで撤退して、情報を持ち帰るのが筋だろう。だが扉の向こうには、生存者がいる可能性が高い。
俺はひたすらガーゴイルを打ち払う。サモナーの召喚より俺の殲滅速度の方が僅かに早い。廊下では長柄武器の取り回しは難しいが、バッティングセンターの特訓が役に立った。両手利きの練習をしたため、利き手を変える事で、狭所の不利を補っていく。
最後にサモナーは一回り大きな剣士を二体召喚する。こいつらは左右に分かれて、両端から攻めてきた。左構え、右構え、どちらで払っても戦斧が壁にめり込む。その隙に生き残った方が俺を仕留めるつもりだ。小賢しい、俺は魔力全開で『衝撃波』を発動させた。本来の『衝撃波』は斧や棍棒の撃ち降ろしで起こす。だが、横薙ぎでも効果はある。狭い通路での戦斧の右構えは、左側の相手を狙うのが基本だ。だが俺は右の剣士を敢えて狙って突進した。
剣士ガーゴイルの体が消滅した。魔石で強化された校舎の壁を破壊しながら、ハルバードがサモナーまで届く。こちらも一閃の元に消し飛んだ。振り切ったハルバードの勢いは止まらず、『衝撃波』が赤と青のメイジガーゴイルを切り裂く。最後に追撃してきたもう一体の剣士を、剣ごと打ち砕いた。反対側の壁も大きく抉れている。視聴覚室の扉も外れている。大惨事となった。危うく先生も巻き込むところだった。知恵を使って対抗してきたガーゴイルに、力技で対抗した自分、俺の方が魔物みたいだ。
だが反省は後、熱気の籠る視聴覚室を風で換気して空気を入れ替える。果たして向こう側には、小梨利先生が倒れていた。はだけたブラウスが汗でぐっしょりで、躰のラインも下着の色もはっきり見えて艶めかしい。女の匂いが部屋いっぱいに広がっていた。抱き起すと、朦朧としていて、お水という声が弱々しく聴きとれた。身体にも眼にも力はなく、呼吸だけがハァハァ荒い。戦場で輪された様で大変そそった。こんな状況でなければ襲ってしまう所だ。ガーゴイルどもも、苦しむ先生を鑑賞して楽しんでいたのだろう。下級でも悪魔となると趣味がいい。
妄想は置いといて、先生は熱中症だ。一階は断水しているようなので、『給水』で咥内に冷水を作成する。口移しで飲ませてみると、先生は本能のままに求めた。
「良かった、飲んでくれた……」
同時に風を起こして室温を下げる。先生に優しく涼風を当てて体を冷やす。『洗浄』で汗や汚れを飛ばして爽快にしてあげる。俺は今回の戦闘の後、スキルを二つも得ていた。あのガーゴイルの特殊個体達はボス級であったのだろう。
『器用』……言葉通り器用さが増す。これを持っている詩央が上手に魔法を使っていた。
『鎌鼬』……風魔法ダブル 真空波を飛ばす。激レア。対人においては初見殺し
飛行タイプの魔物と先日から戦い続けてきたのだ。風魔法がダブルになり、『鎌鼬』を会得した。俺にとっては初の飛び道具になる。だが今はいい。同時に強力になった『風衣』の応用で、風を操るのが上手くなった。おかげで先生の介護に役立っている。
今まで俺の『給水』で作成する水は常温だったのだが、今回僅かだが、冷水を造れた。『器用』が仕事をしたのか。何より先生と唇を重ねた事が嬉しい。あるいは両方とも、シーナの【魔道】が力を貸してくれたのかもしれない。
先生を抱き寄せていると、体に力が徐々に戻ってきているのが分かる。意識はまだだが、唇を寄せると奪うように水を飲み込む。一度に与えすぎるのも良くないと思い、一緒に涼風を纏って何度も唇を重ねた。
「御上君、助けて……」
先生がうわ言で俺を呼ぶ。俺は愛おしくて思わず抱きしめてしまった。無意識のうちにシーナと交わった魔力が漏れてしまう。小梨利先生が恍惚の表情へと変わる。何度か喘いでから意識がはっきりしてきた。魔力も正常に流れている。俺は医者ではないが、先生が回復したのは分かった。あの魔力は性愛の魔力ではなかったのか。目覚めた先生は、俺を見るとしがみついて泣きじゃくった。俺は先生が落ち着くまで、ずっと背中を撫でてやった。
「もう大丈夫ですよ。だけど先生は熱中症で倒れていました。もう少し安静にしていましょう」
女教師に、幼子を励ますように優しく声をかける。
「壊したのは僕ですよ。早く先生を助けたくて全力を出したらやり過ぎました」
扉や廊下の大惨事を見て怯える先生を安心させる。
「口移しで水を飲ませました。必要な処置だと判断しました。軽蔑してもらっても構いません」
目ざとく俺の唇に口紅がついているのを見つけた先生に、反論を許さない強い口調できっぱりと言い切る。
「今の僕たちは生徒と先生より、探索者と要救助者です。僕の指示に従って。さあ、水を飲んで」
先生は俺に主導権を握られて、言われるままに口移しで水を受け取る。やがてどちらからともなく躰を寄せ合った。
「御上君、私、嬉しい。助けに来てくれてまた会えた。不謹慎だけど、幸せだわ」
「先生を救った事は僕の生涯の誇りだよ。こうして抱き合った事、唇を重ねた事、誰にも言えないけど、一番の宝物にする。何度でも命を賭けて君を助ける。だから今は僕に身を任せて」
裏表のない素朴な語り。気負いも虚飾も戸惑いも感じない。感動した小梨利先生から、繰り返して法悦の声が漏れた。
生死を分ける極限下の中、理知的な淑女の先生の、強い雄を求める雌の部分が表に出てきた。腕の中の先生は、俺を信じ切って忘我の顔。それは俺も同じだ。命のやり取りをする程にみなぎってくる。このまま先生を蹂躙したい、沸き滾る欲望、戦場とはこうしたものか。
俺は外の喧騒さえもどうでもよくなり、この場で先生を犯したくなった。教師としては抵抗しても女の性が拒めない。今なら先生も全てを捧げるであろう。だがここで空気の読めないスマホが鳴って、現実に引き戻される。生徒会長からだった。
「やっと繋がったわ。ちょっと前、校舎が揺れて大騒ぎになったけど何かあったの」
「ボス級の特殊個体が3体いたんで、スキルで大技を使いました。流石に今は休憩中です。一階は奪還しました。ちょっと壊してしまって御免なさい。それと小梨利先生と合流しました。熱中症でしたがかなり回復されたみたいです」
「ふぅーん、君まだ色々隠しもっているみたいね。今度お姉さんとじっくりお話しましょ。今から医療班の車を回すわ。小梨利先生の事は、同乗している保険の双島先生にお願いしてちょうだい。医薬品の回収を手伝ってから正門側に回って、風紀委員長と合流してね。屋上から見ると凄い数のモンスターが集結して壮観よ」