消耗してその場にへたり込んだ俺を、救護担当の女生徒たちが後方へ下げてくれた。若い看護婦さんに両腕を支えられ、後ろから抱きかかえられるようにして連れていかれる。彼女達も紅潮していて潤んでいる。三人は乳房を遠慮なく俺に押し当ててくる。マーキングをしてくれるようで、とても嬉しい。戦場では女も興奮するのだろう。救護所では、胸の大きな生徒が背もたれになってくれる、二人が服を緩めて冷たいタオルで体を拭いてくれた。貴重なポーションも飲み放題だ。俺は当然の権利の様に奉仕を受けた。戦場で強い雄に献身する事が、彼女たちの喜びなのだ。俺は下半身から回復していった。
一緒に下がった剣風姫も、相変わらず俺を見ている。俺に惚れたかと思ったが、厳しい表情からそうでない事は読み取れる。死を断ち切った俺の最後の一振り、何故か無意識に風魔法が乗った。剣風姫の神速の剣技と同じだ。刃先から湧き起って暗黒騎士の体内を刻んだ『鎌鼬』は、「焔の型」の風バージョンに近い様に思える。自分でやった事だが再現は出来ない。ちなみに「焔の型」の槍術では、火魔法で強化した槍を突き入れ、体内で穂先から『炎弾』を炸裂させる。無三氏は「焔の型」でドラゴンを正面から貫くと、勢い余った『炎弾』が背中から噴き出たと言われる。
「奥義を盗まれた」
剣風姫はこう思っているのかもしれない。
「みよう本」にはマイナーながら時代物もある。定番ストーリーに、悪い弟子が師匠を殺めて、奥義や名刀を盗んで失踪する、この際に兄弟子なんかは大抵殺されている、道場主の娘か、その恋人の内弟子がこれを討ち、本懐を果たす。いずれにせよ剣風姫はヒロインだ。俺は悪逆非道のやられ役だが、今回に限りそうならないと思う。何故なら道場主役の神瞑無三氏がそれに該当する。ダンジョンのない世界線では、性格破綻者であった無三氏は一生を檻の中で、いや檻の中でも暴れて、断頭台に消える位のクズだったのだ。今でも無三氏を恨んでいる人間は大勢いる。妻や恋人を寝取られたり、娘や姉妹を辱められた人は三桁に及ぶと噂される。そういう人達は、部外者の俺が奥義を使うのを見て、神瞑流ザマァと、大喜びするに違いない。
一方で道場主の娘が野良の才能を拾って、これを育てるというのもある。今回はこのパターンの方が危険だ。好色な無三氏は弟子達には禁欲を強いた。神瞑流に弟子入りした俺は悶々として、お嬢さまを襲ってしまうに違いない。そして怒り狂った兄弟子や姉弟子達と、延々と死闘を繰り広げるのだ。俺のスローライフはどこへ行く。そうだ、聞かれても知らん顔をしておこう。案の定、先程の戦いについて尋ねられる。
「死にそうになった事しか覚えていません」
「僕はあなたに届きたかった。唯々横に立ちたかった」
心を蕩かす甘い言葉で、好きな女に告白するよう剣風姫に答えた。彼女は顔を赤らめて向こうへ行ってしまう。何とか誤魔化せたようだ。
御上はそうまでしてわたしを守りたかったのか。剣風姫は不覚にも濡れた。あの状況で退くのは恥ではない。だが彼は死をねじ伏せてまで、私の背後を護ってみせた。そして無念無想の境地から、不完全ながらも神瞑流の奥義を再現する。
神瞑流魔法剣「風の型」、奥義「叢雲」。風を纏った神速の刃で切り付け、敵の身の内から『鎌鼬』を縦横無尽に走らせる。開眼した無三氏をもってしても、一度しか成功しなかった幻の奥義。
部外者がこれを使うなど許されない、門弟が知れば粛清される。惜しい……、彼を私の弟子にすれば。惑う剣風姫に次の戦いの鐘が鳴る。
ヒト型モンスター最大種にして最悪の人食い、知性なき単眼の怪物、キュプロークス。穢れた神とも、堕ちた神とも伝えられている。今こちらに向かっているモンスターの情報が入った。迫撃砲やロケットランチャーを用いた自衛隊の攻撃も効果がないらしい。こいつはトロールを上回る回復能力と怪力がある。元神様だからか、とんでも武器を持ってることもある。B級以上のダンジョンの深層のエリアボスを務めるので、今回の未登録ダンジョンがそれ以上なのが確定した。
過去海外のスタンピードでこいつが現れた時には、魔素が薄れて消滅する数日の間に千人以上を踊り食いしたという、天災級のモンスターだ。自衛隊の重火器でも足止めできない以上、俺達が出来るのは犠牲を最小限に、如何に生徒と避難民を逃がすかになる。自治会長である剣風姫、神瞑弥生は速やかに決断した。
「拠点を放棄して全員退避。生徒はクラス単位で、避難民は自治会班長が引率、問題を起こす者は女子供であっても見捨てなさい。地上の魔物は小型種以外相当減っています。飛行タイプにだけは注意して」
おそらく最悪に備えて退避計画は練ってあったのだろう。自治会生徒は自分が率いる避難先を再度確認しながら散っていく。全滅を避けるために、生徒や避難民は、いくつかのグループに分かれてばらばらに退避する。だが自治会生徒の中には、風剣姫と行動を共にしたいと申し出る者もいた。
「気持ちは嬉しいが邪魔なだけだ。お前達は脚を引っ張る」
風剣姫は時間を稼ぐために殿を務めるつもりでいる。
「御上、お前も医療班に連れて行ってもらえ。女子に手を出したら承知しないぞ」
「御上君、一緒に行こう」
俺は医療班のお姉さんたちにまだ支えられたままだ。あちこちに柔らかいものが当たって気持ちいい。
「先輩たちありがとう、でも僕も残るよ、神明先輩が心配だし。楽しい事は帰ってからしよう」
皆で爆笑した、怯える心を吹き飛ばすように。
「会長、死ねなくなりましたね。こいつは風紀を乱します」
「わたしにもいいことしてほしい」
「色男をボコボコにしてください」
命を賭けるのは俺達ばかりではない。ここにいるメンバーも次は避難民の盾になるのだ。全員それなりの訓練を積んでいる。意識も高い。だが今回のスタンピードは明らかに学生の手に余る。それでもなけなしの勇気をふりしぼって前へ進んで行く。俺達は無事を祈って見送った。
「すまんな、貧乏くじを引かせてしまった」
「先輩と二人きりで過ごせるなんて、宝くじに当たった気分です」
なんかいい感じになってきた。剣風姫を口説いてみるか。
「わたしはお邪魔虫だったかしら。男嫌いの弥生にも春が来たのね」
振り返ると生徒会長の夕垣摘花、魔女姫様が立っていた。
「違う、こいつはとびきりの悪い虫だ、それより摘花、なんで来た」
「わたしは生徒会長であり、市長の娘よ。ここで引くわけにはいかないわ」
「摘花、死ぬぞ」
風剣姫は憮然としている。二人は親友でもあり、かつてはパーティーを組んでいた。昨年の全国大会優勝を最後に解散してしまったが。
「お父様なら、私の死を市民の共感を得るために利用するでしょう。そのほうが復興が捗るわ。もちろんお父様が亡くなっても、私も同じようにする。それが供養と思うから」
魔女姫様も覚悟は決まっていた。
「摘花、共に戦ってくれる事、友として感謝する。御上も側にいてくれるだけで嬉しい。無理をせず隠れていろ」
剣風姫の胸に万感が迫る。
「弥生、あなた男に騙されているわ。御上君、あなたに魔力視があるように、お姉さんも魔力には敏感なのよ。あなた、魔力はほぼ回復してるわね。看護の子とイチャイチャしたかっただけでしょ」
「確かにこれは死ねなくなった。弟子にして矯正してやる」
魔女姫様はお見通しだった。耳まで真っ赤な風剣姫が獰猛に嗤う。恐ろしい事を言い出した。
「御上君はどうして残ったの。自己犠牲の精神があるようには見えないけど」
「ダンジョンと共に生きるためです」
俺は即答した。生きるも死ぬも、ダンジョンと共に。
砲撃はいっそう激しく、硝煙の臭いが鼻を突くようになる。生徒や避難民を逃がすために少しでも時間を稼ごうとしているのだろう。人間の臭いに釣られて奴は現れた。身の丈、6メーター程、ちょうど、奴の単眼は3階の教室を覗き込む位置にある。知性なき無垢の単眼が俺達を捉えた。キュプロークスの口元も、その毛深い手足も朱に染まり、肉片と洋服の切れ端らしきものがこびりついている。ダンジョンの災いが餌を見つけて歓喜の咆哮を上げる。空気がうち震えて、強化された校舎の窓ガラスが割れた。
言わずもがな、魔女姫様の灼熱の炎弾がキュプロークスの単眼を狙う。だが奴は予め分かっていたかのように息を吐いて、炎を消してしまった。俺の『鎌鼬』も同じだ。不可視の刃も息を吹きかけて消してしまう。その隙に剣風姫が奥義「村雨」を繰り出すのだが、半不死身の肉体に簡単に再生を許してしまった。『魔力視』で視ると凄まじい魔力が渦巻いている。こいつは魔力の怪物だ。
「まさか奴の単眼は魔力視の魔眼?」
「その可能性が高いわね。それにあの息吹、魔法に干渉するのかも」
「村雨の切れが悪い、というより斬った瞬間に再生している」
ディスペルまでも使うのか。流石は元神様、カッコいい。ディスペルを覚えれば、魔女も魔法少女も思うがままだ。ちなみにディスペルのスキルは確認されていない。
キュプロークスのつぶらな単眼に魔女姫様が映っている。口元から滴る唾液がジュウジュウと地面を溶かす。食べたいのか。女男の俺と絞り上げた体躯の剣風姫、これに対して若く柔らかく美しく、瑞々しい魔力に溢れる魔女姫様、奴にとっては当然の、俺達にとっては最悪の選択であった。『魔力視』がある上に、ディスペルまでも使う難攻不落の怪物、魔女姫様とは相性が悪い。奴はその巨体に似合わぬ速度で彼女に迫った。風魔法を纏っている。『身体強化』があるとはいえ、魔女姫様の身体能力は俺達より落ちる。『障壁』を張るも簡単に壊される。魔女姫様も風魔法の応用で後方に逃れるが、あっさりと追いつかれてしまった。
剣風姫が彼女の名を呼び絶叫する。魔女姫様が啼く。屈強な暴漢に為すすべもなく犯される女の悲鳴だ。俺は『俊足』を飛ばして辛うじて抱き留め、間一髪『風衣』で跳んだ。二人はもつれ合うように転がっていく。呆然自失の魔女姫様を庇うべく、『鎌鼬』を連発してヘイトを取った。キュプロークスが忌々し気に俺を見る。奴が長い腕で薙ぎ払うと、校舎を掠めて花壇を抉った。ちょうど俺が壊したあたりだ。残念、もう少しで証拠隠滅が出来たのに。
「会長はふかふかして持ちいいですね。役得でした」
「あなたはこんな時でも平常運転なのね。ありがとう、もう落ち着いたわ」
キュプロークスは想定外の強さだ。こちらの攻撃は通じず、一方的に消耗させられている。B級深層のエリアボスとはこんなにも凄いのか。攻め手が浮かばない。
「わたしたちの内、独りでも欠けたら、持ちこたえられないわね」
「だがもう長くはもたないぞ」
「先達はあいつを討滅していています。何か手はあるはずです」
確かに討滅の記録があるが、上級冒険者が犠牲を払って成し遂げたものだ。何か考えがあるのか、魔女姫様が尋ねてきた。彼女は俺達三人の中では一番指揮官に向いている。
「御上君、校舎を壊したあれ、もう撃てないの」
あと一回だけなら、と魔女姫様の問いに答える。『衝撃波』は2時間ほどのクールタイムが必要、かつ、俺の全魔力の4割程を持ってかれる。振り下ろしは一撃必殺に近いが、放った後の隙が大きい。今回、キュプロークスの再生速度を上回る破壊力を出せないと、俺はその場でミンチになるであろう。それに打点が高すぎる。せめて奴を跪かせる必要がある。魔女姫様が一度限りの作戦を立案した。
「わたしが囮になるわ。怪物はわたしに御執心みたいだから」
魔女姫様が『炎弾』と『石弾』で牽制しながら躍り出た。極上の餌に怪物が大いに喜ぶ。同時に、剣風姫が『縮地』からの「村雨」を振るい、その両足の腱を斬った。自重に耐えきれず、キュプロークスが遂に膝をつく。だが奴はそれを気にすることもなく、両手に花と、そのままの体勢で餌を捕まえに入った。二人とも足が止まってしまい、逃げることが出来ない、違う、彼女達がとうとう怪物を跪かせたのだ。
この間に、俺は再び校舎の屋上へよじ登っていた。魔女姫様と剣風姫、二人の命を囮にして、宙へと跳ぶ。これまでで一番の跳躍だ。研ぎ澄まされた神経が時間の流れを緩やかに捉える。『身体強化』に加えて、『強靭』、『風衣』、『戦斧術』に『衝撃波』、全てが完璧以上だ。俺と二人の命を載せて撃ち砕いてやる。しかしながら揺蕩う時間の中で、届かないと理解してしまった。儚きヒトと、かつて高みへ在ったかむろぎ、種としての圧倒的な格の違い。それでも俺は死を穿たねばならない。
「サヨ、がんばって!」
今度は、シーナの幻聴がする。そうだ、俺は異世界最高の男の名をもらったのだ。最弱からスタートして、最高神の女神さまに挑むまでになった男の名だ。神から堕ちた怪物などに屈するわけにはいかない。その瞬間魂が燃え盛り、怖気を焼き消した。俺と世界が繋がったような全能感に覆われる。
「足りないのなら命を燃やせ、世界を乗せろ。ダンジョンは我と共にあり」
いくつもの世界線で俺が勝ち筋を獲ようと糸を手繰り寄せる。奴は同様に糸を断ち切る。劫にして刹那の時間、消滅を賭けて、薙ぎ払う怪物の剛腕と、俺の戦斧が終に交差した。因果が巡って、校庭には深い大穴と静寂が残った。
何とか眼を開けると、魔女姫様と剣風姫が覗き込んでいた。空は高く眩しく、二人の顔はそれより眩しい。
「気がついたようね。動けるかしら」
優し気な魔女姫様の言葉に、俺はゆっくり首を横に振った。二人が無事だと言う事は、キュプロークスは討滅されたのだろうか。俺はハルバードで『衝撃波』を放った前後の記憶がない。だが二人の表情が明るいのは、そういう事なのだろう。
「弥生、この子を運ぶわよ、さあ肩を貸して」
「仮病ではないのか。わたしたちの躰を触ろうとするかもしれん」
「大丈夫よ、この子の魔力は空っぽだわ」
俺は二人に支えられて歩き出した、というより運ばれた。指一本動かす気力もない。踵の骨にヒビが入っているのか、歩くのが辛い。
「終わったわよ、御上君、お疲れ様」
「貴様、歩く度に指が当たっているぞ、わざとだろ」
「あら、わたしにはずっと当たっているわよ」
生徒会長が俺の指に押しつけるよう、誇らしげにはちきれそうな胸を反らした。俺達は互いに命を預け合ってから遠慮がなくなってきた。
「指一本動かせなくて悔しいです。仕方がないので、年上美少女二人の匂いを嗅いで我慢します。汗の匂い、いただきました」
「この変態が!」
「生徒会長と風紀委員長、二人の胸を同時に揉んだら、僕は勇者になれたのに」
神瞑弥生は戦場で昂った気持ちを抑えるべく、精神を集中させていたが上手くいかない。彼女は死闘の中でスキルを二つ会得し、更に強くなった。死線を越えた実感もある。高揚した心はどうしても後輩の子を意識してしまう。無垢な笑顔で恥ずかしいことを平気で言ってしまう子、華奢な体躯からは想像もつかない、破邪顕正の技を繰り出す。今日の奇跡は彼がもたらしたのか。一方で女生徒にチヤホヤされて、清々しい程有頂天になっている彼には、忌々しい父親と同じ臭いがする。心がざらつき、躰が疼く。そして自分だけが視た。オークエンペラーを倒した事で得たスキル、
魔眼『予見』……1秒先の未来を見通す。
彼が最後に『衝撃波』を放った渾身の一撃、あれが届く瞬間、キュプロークスの一振りで、御上想夜が無数の肉片となり砕け散るのを。剣風姫は敗北を悟った。
だがほんの一瞬、雲の切れ間から、お日様が笑う。キュプロークスの単眼がまばたくと運命は反転した。
女神さまの微笑、剣風姫は鳥肌が立った。