キュプロークスとの戦いの後、俺達は魔力や体力を回復させながら、取り留めない話をしていた。話題は怪物からもらったスキルについて。風紀委員長の剣風姫は、『自己回復』。これは分かる。奴の再生能力には散々悩まされたのだ。
俺は『知力強化』、解せん。奴は知性なき怪物と言われている。本能のままに人を食らい、破壊する怪物なのだ。もちろん『知力強化』は学生にとって強力な味方だ。だが白痴の怪物の知性とか、大丈夫だろうか。
その一方で生徒会長が獲たスキルは何と『ディスペル』。世界初のスキルだ。キュプロークスは彼女を気に入っていたから贔屓されたのか。俺は物欲しげに彼女を見詰めた。
「そんなにジロジロ見られると、お姉さん恥ずかしいわ。羨ましいの、それとも悩みでもある?」
俺は素直に頷いた。答えは両方だ。生徒会長はすべてお見通しだった。
「知力強化は宝箱や隠し部屋で発見される以外は、僅かでも知性あるモンスターが落とすと言うわ。今回は例外中の例外よ、魔法職としては興味があるわね。ところで御上君、あなた馬鹿になってない? 心配だわ、お姉さんに相談してごらんなさい」
夕垣生徒会長が俺の不安をついてくる。彼女の言葉はホカホカする、声を聴くだけで心が癒されるようだ。幼少よりエリートとして教育を施された彼女は、人の話を聞くのも上手い。無理やり聞き出すのが大好きな俺とは大違いで、北風と太陽程の差がある。年上のお姉さんのお願いなのだ、包み隠さず打ち明けなくては。俺の心が素直になっていく。
「僕もディスペルが欲しかった。これさえあれば、魔女のお姉さんや魔法少女にお願いを聞いてもらえたのに」
好き放題に出来たのにと、直接的な表現を取らなかった自分を褒めてあげたい。うっかり口にしたら風紀委員長に成敗されたであろう。
「ほら、やっぱり知能が低下しているわ。欲望が駄々洩れになって来てるわよ。経過観察が必要ね、御上君、生徒会に入りなさい。お姉さんが面倒見てあげる」
「今度は摘花が騙されている。こいつは元々馬鹿なだけだ」
神瞑弥生は知っていた。武道家は馬鹿の方が大成しやすいのを。父親の無三氏がその好例だ。考える事が苦手で、暴力で女を従えるのが大好きな男だった。御上想夜を父親の様にしてはならない。
俺達がこうしてある程度くつろいでいられるも、スタンピードに終息の目途が立ったからだ。
まず元凶の未登録ダンジョンからの湧き出しが止まった。生徒会長の父親の夕垣市長が、独断に近い形で周辺を更地にするよう要請した。自衛隊も違法の可能性を懸念しつつ、それに乗った。共に英断だが、結果を出せなければ首では済まない。砲撃と爆撃、艦砲射撃まで行って、遮蔽物をなくして付近のモンスターを一掃する。すぐに協会は動員できた上級探索者の全てと、中級の上澄みを突入させてこれを鎮圧した。ほぼ同時刻、ボスのキュプロークスが討たれて、スタンピードは急速に勢いを失った。
これに対して危機的だったのが、ダンジョン協会の徳島支部だ。主力を未登録ダンジョン鎮圧に回し、さらに俺達の援護や、周辺の警戒と誘導にも選抜者を出したため、最低限の人数で迎撃する事になった。事実陥落寸前まで行ったらしい。しかし月代主任たちはひたすら耐えた。まず朱美や詩央達、潜ってまもない人間が呼び戻される。続いて遠征から戻って来た探索者が慌てて加わる。平日のこの時間、帰還してくるのは泊りがけの中級以上の探索者が殆どだ。戦闘に参加する探索者はどんどん増えていく。県外からの応援も間に合って、最後は圧倒して全滅させた。今は残党狩りを行っているという。
徳島支部は他所に比べて、探索者の行動予定に干渉しすぎと、前から陰口を叩かれていた。帰還予定が大きくずれたりすると、ネチネチと理由を聞かれる。探索者はそれがうっとうしくて、提出した計画書通りに行動するよう努めていた。今回はそれが吉と出た。職員たちは帰還してくる探索者の人数と時間を把握していたため、大胆な作戦が取れた。
父親の関係者から先んじて情報を得ていた摘花は、今回の結果におおむね満足だ。父もわたしも賭けに勝った。スタンピードの首魁を市長の娘のわたしが倒して、生徒会長のわたしが学校を守った。世界初のスキルもその証明となる。これは父親の求心力を増す事になり、街の復興にも大いに役立つだろう。
A級ダンジョンのすぐ側に、未登録のB級があっただけでも前代未聞だ。そしてそこからのスタンピード、都市部でのこのようなダンジョン災害は最近では例がない。黎明期の例を参考にすれば、都市は壊滅、死者は万人を優に突破したであろう。今回死者は格段に減ったとはいえ、犠牲者はいる。復興には巨額の資金が必要だ。請われればわたしが神輿になろう。
それに個人的にも嬉しい事があった。神瞑弥生、わたしの親友でかつてのパーティーメンバーは、最近余裕がなかった。だけど一年生の御上想夜の前では感情を剝き出しにする。普通なら男嫌いの彼女は、蔑んで相手にしないだけなのだが、何故か生き生きして楽しそうだ。
御上想夜は不思議な男の子だ。普段は庇護欲をそそる可愛い少年だが、時折魅せつける底知れぬ強さとたじろぐ程の美貌。キュプロークス戦でも神がかっていた。助けられたあの時、確かに魂を握られた。男に縋る女の悦びとはかくも甘美なものか。人の上に立ち、頼られることの多かった摘花には初めての経験だった。気が置けないので話しても楽しく、出来れば生徒会に所属させたい。
実は御上想夜の名前は以前より知っていた。郷土の英雄、御上少佐の遺児。私の父は殉職された御上少佐を英雄に祭り上げて初当選した。政策よりも市民の情に訴えて現職を破ったのだ。そして先月の終わり、私たちの後継者になりえる長良井朱美と旗無詩央と面会した。二人とも才能あふれる探索者で、わたしは不足するパーティーメンバーの仲介を申し出た。だけど彼女達は予定者はいると言って固辞してきた。当時、選抜者でもない御上想夜の名が上がった時は驚いたものだ。
学校が安全と分かると、生徒や避難民の一部が引き返してきた。掃討に出ていた探索者も護衛に加わっている。向こうでクラスメイトが俺に手を振ってくる。他にも見知った顔もいる、畠中教官だ。彼は朱美達、候補生を引率していたはずだが。
「想夜、やっぱり無事だったのね」
俺の一番聞きたかった声がする。果して朱美がそこにいた。
「月代主任がね、気を利かせて学校方面の掃討と護衛へ回してくれたのよ。迎撃戦は本当に大変だったのよ」
「朱美良く生きていた」
人目もはばからず、朱美を抱きしめてしまった。彼女も遠慮なく抱き返してくれる。勝ち誇ったような朱美が可愛い。
「ヒュー、ヒュー」
「やっぱりあの二人付き合ってたの」
向こうではクラスメイトが冷やかしている。委員長だけがこの世の終わりの顔をしている。後でフォローを入れておこう。
「聞いてよ、わたし、スキルを二つ会得したのよ。その内一つは斬撃波、想夜の衝撃波とお揃いだね。そして詩央姉は何と回復魔法のダブル」
詩央は今もギルドで治療に当たっているという。詩央の回復魔法のダブルは凄い。俺と朱美は自己回復を持つが、詩央が回復手段を持たないのが気がかりだった。ダブルなら骨折は直ぐにつなぐことが出来る。これで彼女の後衛としての価値はまた上った。
朱美たちがギルドに駆け戻った時、ギルドは今にも落ちそうだった。だが即座に月代主任たちの作戦を見抜いた詩央が、動揺するメンバーを激励して先頭に立って戦ったという。いつもの控えめな彼女からは想像もつかない。激闘の中、気がつけば朱美は『斬撃波』を放って、詩央は回復魔法ダブルを会得していた。俺達への援護の横殴りが上手く行き過ぎて、協会方面に主力の大半が誘導されたのも苦戦の原因だそうだ。学校へも千匹位は押し寄せたはず、協会へはどれほどの数が押し寄せたのか。
帰還してくる探索者が増えるにしたって、形勢は持ち直してくる。更に招集に間に合わなかった選抜者が散兵となって外側から削っていく。最後は隣県からの応援も加わって圧勝となった。
「わたしも詩央姉も何度も死ぬかと思った。でも想夜にもう一度会いたい、それを支えに二人で生き抜いた」
「校舎も壊れているし、グランドにも大穴が開いてる。ここにも危険なモンスターが来たのね、想夜もずいぶんボロボロだけど、ちゃんと討伐されたのよね」
朱美が死線を潜り抜け、一回りも二回りも強くなっているのが分かる。恐らく詩央も同様だろう。学校の惨状を見た朱美が感慨深げだ。もう嫌な予感しかしない。
「危険なモンスターはまだ健在よ、朱美さん、あなたの目の前にいるわ」
「御上、女性に抱き着くとは破廉恥な奴だな、彼女、嫌がっていたぞ」
生徒会長が油を注ぎ、風紀委員長が綱紀粛正に乗り出す。どこをどう見れば嫌がっているように見えるのか。そして生徒会長からキュプロークスの顛末を聞いた朱美が蒼ざめる。
「想夜のバカ、危ないことしないってお昼に約束したばかりでしょうが」
思い切り殴られ、思い切り泣かれた。風紀委員長は俺が殴られて実に嬉しそうだった。俺が朱美に殴られて、時に泣かれる。小学校の頃から繰り返されてきた光景だ。古馴染みのクラスメイトはまたかと笑っている。こうして徐々に日常が帰ってきた。
その時俺のスマホから、シーナがメールの着信をつげる。待受け画面がシーナヴァージョンに切り替わっていた。ちょっと恥ずかしい。
「お楽しみの時間だよ、お楽しみの時間だよ……」
「御上これどうやった」
スマホに詳しい佐藤が驚愕して尋ねてくる。
「そんなの僕が分かるわけないだろ。指導を受けている人にスマホを預けたらこうなった。まだ公開されたくないらしいから話せないけど」
正直に答える。師匠の魔法はさっぱりだし、彼女は隠棲したいと言っている。それよりも可憐なシーナの着信画面に男子は大興奮だ。画面に手を振る男子にはシーナも応えて、愛嬌を振りまいている。男子たちがシーナを讃える。満足したシーナが引っ込むと、待受けは「新人ちゃん」ヴァージョンに戻った。普段は軽蔑してくる女子も勝手に勘違いして、そのAIの技術力の高さに驚いている。スマホ音痴の俺は、学力よりもバカにみられる傾向があったのだが今は違う。師匠は偉大だ。
差出人はえりかで、病院は怪我人が溢れて家に帰れないので、瀬里奈ちゃんを守って欲しいという内容だった。私達の王子様宛とある。外科医としての今のえりか先生は、毅然とした態度で治療に当たっているであろう。朝、レイプ目で放心していた彼女を思い出す、俺にあんなに虐められたのに、今度は娘を頼んでくる。可愛い大人だ。体力、魔力が回復するにつれ、戦場で漲っていた欲望ももりもりと復活する。
まかされました。戦場の欲望は戦場の流儀で楽しんでやる。