そして沙織は避難所に妹がいるのを発見する。聞けば姉が一晩戻ってこないのを心配して、具合の悪いのを押してギルドまで来たのだという。安堵の息を漏らしながら、妹を優しく抱き締める。今の彼女には貴婦人の羽根があるのだ。
「お姉ちゃん、天使みたいな男の子に助けてもらったんだよ」
聞けばガーゴイルに空へと攫われそうになったと言う。沙織は肝を冷やした。その時妹を救ったのが、同じ歳位の子供の探索者であったという。
「あの人にお礼も言えなかった、名前も聞いてない。とても強くて優しくて天使みたいに綺麗な男の子。呪われている私を運んでくれても平気だったの」
沙織ものどかも想夜の見た目から年齢を誤解していた。実は沙織は想夜と同じ年だ。今年中学二年ののどかとは二つ違いになる。
妹にさわっても平気な人間がいるとは、沙織は驚愕する事になった。妹ののどかには呪いがかかっている。両親が騙されて購入したダンジョン産の護身用アイテムの中に呪物があったのだ。アイテムは中学進学のお祝としてのどかに渡されたが、手にしたとたん、のどかに吸収されてしまう。それ故に『鑑定』が通りにくくなった。彼女の肌には荒縄で縛られたような蚯蚓腫れが浮かび上がり、体調不良に悩まされた。それは彼女にふれた人間にも伝染して、一週間は同じ症状が続く。もはや中学へは登校できず、自宅で課題をこなすだけだ。姉の持ち帰るダンジョン産の呪い除けのアイテムだけが、一時的に症状を和らげた。
だが呪物が護身用アイテムというのは、ある意味真実だった。躾けのなってないチンピラどもがのどかを襲うも、そいつらは体中から膿を噴き出し、一物が腐り落ちた。悪意ある者には呪物が宿主を守ろうとする。特に男性には容赦なかった。
「あの人に抱かれて運ばれた時は気持ちよくて天にも昇る気持ちだった」
のどかは知らない。彼女は絶頂していた。想夜の魔力に侵されて、澱んだ魔力が押し流されたのだ。命溢れる魔力で、弱った躰が一時的ではあるが回復していった。もちろん想夜は意識していない、無意識で行っただけだ。若くて強い雄の魔力が全身を駆け巡る。その結果、無自覚のうちにイカされてしまう。眠っていた膣ひだが震わされて感涙に咽ぶ、幼い子宮にまで雪崩れ込まれて、歓喜の声を上げた。のどかは未通でありながら、その肉壺は男を味わい、法悦を食らった。
「あの少年が天国に連れて行ってくれる」
一目惚れを通り越して、恋する乙女がその身を捧げた、そんな有様でのどかは想夜の事を姉に語った。
沙織のささくれた心が静まってくる。妹には出会いがあった、幸せになって欲しい。身も心も汚れ切った私とは違う。これで心置きなく殺し合える。せめて運命の少年との中を取り持ってあげよう、彼女は妹に少年の特徴を聞いた。
「のどか、お姉ちゃんが探してあげる、ダンジョンで出会うかもしれないから。そんなにカッコいい男の子なの」
「背の高さはお姉ちゃんと同じくらい、髪の色もお姉ちゃんと同じ綺麗な黒」
夢見る妹が続ける。
「大きな戦斧を自在に振りまわして、とっても強いの……」
沙織は息が詰まった。そんな少年は一人しかいない。思わず、駄目ぇと叫びそうになった。残酷な少年は妹まで狙っている。その美貌で、天使の子に成りすましてて誑かしている。呪いが効かないのは、アイツが悪魔の子だからだ。このままだと妹は弄ばれて捨てられる。私と同じ惨い目に合わされる、もはや許し難し。
ここで大剣使いの女が再び声を掛けてくる。
「その子は御上想夜、ここでは割と有名だよ」
選抜者になって間もないが、逸材らしい。姉妹の抱擁を尊いものとして見守っていた、他の探索者達も参加して御上想夜を褒めちぎる。死地より生還した、命を助けられた、貴重な発見をした、か弱い女の子を犯罪から守った、それでいて決して天狗にならない。妹は目を輝かせて話を聞いては、うんうんと頷いている。意外な事に彼は自分と同学年だった。
幼げで愛らしい外面だけでなく、性格も良い。これで騙して女の子を食いものにするのね、御上想夜、女の敵、覚えた。不倶戴天の仇の名を沙織は己の魂に刻み込んだ。
「もう少し待っていて。お姉ちゃんは行かなくちゃ。まだ街には化物が残っているわ。のどかの為にもそいつらを狩ってくるから」
のどかは今すぐにでも探しに行きたそうだ。背を向けながら、沙織は妹に優しく諭した。こうして沙織は協会の避難所にのどかを残して出撃する。むろん、貴婦人の羽根を渡して。
「おいで」
人の途絶えた薄暮の街中、沙織は空に向かって訴える、その身に濃いガーゴイルの魔力を纏って。
彼女の魔力に惹かれてガーゴイルどもが集まってくる。沙織はそれを悉く『魅了』の魔眼の支配下に置いた。ガーゴイルの上位種が二体、沙織の両脇を抱えて、宙へ高々舞い上がる。斥侯を先行させて、人に見られないよう、沙織はビルの間を移動して行った。今から過去の清算をしなければならない。
一年ほど前、春凪沙織は港湾の廃倉庫街を当てもなく逃げていた。親の借金のかたに売られそうになったのだ。彼女は裕福な家の出身で両親は篤志家だった。しかし、その人柄に付け込まれ莫大な負債をおって自殺してしまう。それは彼女と妹に自分たちの借金を背負わせない為でもあった。法的には遺産放棄で解決された。しかし、悪質な高利貸しがそれを許すはずもなく、娘たちに目をつける。社会に訴えても無駄だった。両親に恩を受けた人達は、関わりを恐れて助けてくれない。法は無法の前では無力だった。
二人の娘は美しい。まず姉を海外に売り飛ばそうと攫って、廃倉庫の一つに監禁した。ここで下っ端どもが欲を出す。その美貌に目がくらんで輪姦しようとしたが、誰が初物を奪うかで喧嘩を始めてしまったのだ。沙織は傾城の美少女としての片鱗を見せ始めた。その隙に何とか逃げ出すことが出来た。
だが、か弱い少女の脚では逃げ切れるなど到底無理だ。少女は善良な両親を食い物にした社会を、下劣な男どもを恨んだ。純潔を奪われる後一歩のところで、少女は見慣れぬ穴に飛び込んでしまう。それはダンジョン、今回のスタンピードの原因となった廃倉庫街のB級ダンジョンの発見者は彼女であった。選抜者となった彼女は、その場で下っ端どもを叩きのめした。
彼女が会得した初期スキルは六つ、
『身体強化』……定番スキル。
『魅了』の魔眼……異性に限り強烈な支配。レジェンド級。
『容姿』……傾城の容姿に更に磨きがかかる。男が寄ってとても迷惑。
『美声』……お願いするだけで、男どもが言いなりになる。
『暗器術』……くノ一になれる。
『幸運』……運命に関わるスキルは全て激レア。前回はトロールが現れる確率を引き当て、所有者の危機を救う。
沙織は発見したダンジョンを協会に届けようとしたが、駆け付けた裏社会の婆さんが待ったをかける。
「ダンジョン発見の通報をほんの少し遅らせてみないかい」
「高く買い取るから魔石を集めて欲しい」
その代わり、自分が二人の身元保証人になってやる、チンピラどもにも手を出させないと。
沙織は、迷いながらもこの提案に乗った。保証人なしでは、保険証も作れず、アパートにも入居出来ない。このままでは姉妹は別々の施設で暮らす事になる。何より妹の治療費が必要だった。こうして沙織は単身、未登録ダンジョンに潜る事になった。競争相手のいないB級ダンジョンでは面白いように魔石が採れ、命の危険にも何度も晒された。それでも社会への恨み、妹への執着で生き抜いていく。そして経験値と共にいくつものスキルを増やしていった。
特筆すべきは彼女の不屈の精神だろう。如何なる状況でも、決して諦めず挫けない、これはスキルではなく、持って生まれた彼女の美徳だった。だからこそ『幸運』スキルは彼女を後押ししたのかもしれない。常人より遥かに早いペースで、スキルや高価なアイテムを手にしていく。現実の不幸を埋め合わせるように。『精神異常耐性』、『アイテムボックス』、『魔力擬装』、『体術』、『隠匿』、『気配察知』、『柔軟』、『知力強化』、『器用』といった、スカウト向きのスキルが増えていった。もし彼女がその気になれば、裏社会では凄腕の殺し屋として名を馳せたであろう。
その一方、沙織はダンジョンから出ると相変わらず男に悩まされていた。いい女を前にして手を出さないチンピラはいない。彼らは躾が出来ないからいつまでも下っ端なのだ。頻繁に襲われて、皮肉にも対人戦闘の経験が身についてしまう。だが妹にまで危害が及びそうになって遂に切れた。婆さんには魔眼が効かないが、これを知られる訳にはいかない。目前で関わった奴らを殺し合わせる。生き残った一人には自死を命じた。この結果、沙織たちの待遇は劇的に改善された。魔眼の恐怖は裏社会でより有効であった。
街中でもナンパに悩まされる。断っても後をつけ回される。彼女は迷惑料として金銭を巻き上げ、破滅させて元を絶つ事を覚えた。こうして沙織の魔眼は鍛えられ、やられたらやり返すという、ダンジョンの流儀に染まってゆく。『変装』で、姿を誤魔化せるようになって、やっとつきまといから解放された。
裏社会の婆さんは放置された埠頭で沙織を待っていた。下っ端どもには伝えていないが、これから二人で亡命するつもりだ。未登録ダンジョンをC級と見誤ったのは痛かったが、それでも資金とコネは充分に培った。沙織の『催眠』さえあれば無敵だ。彼女は自分に魔眼を使わない、嫌われていないのだから養女にしてまた成り上がってやる。沙織は同性に通用しない自分の魔眼を伏せるために、ミスリードさせていたのだ。指定した時間よりやや遅れて、彼女は現れた。
「出航の時間を過ぎているよ、早く乗りな」
「化け物どもを狩って来たのよ、急がせないで」
婆さんは外洋へ進路を取らせた。某国の小型貨物船が待機しているはずである。だが一向に合流できない。それどころか、宵闇迫る空には大きな鳥の群れが旋回して、徐々に高度を下げてきた。ガーゴイルの襲撃だ。その爪や牙からは血が滴り、さっきまで人を食らっていた事を示している。
「頼む、こいつらを殺しておくれ」
沙織は何も言わない。ガーゴイルたちがかしずくように彼女の周囲へ降りてくる。そして両脇を支えられ、高々と舞い上がった。
何人かが拳銃を空に向けて撃つも、上手く当たるはずもない。お返しとばかりに『炎弾』を撃たれて、のたうちながら焼き殺される。海に飛び込んだチンピラどもは、浮かんできた処を『石弾』が襲う。川に捨てられた犬猫を子供が石を投げて打ち殺すように、ガーゴイルたちは楽しんでいた。息を止めて潜った者も全員が苦悶のうちに溺れ死んだ。
「化物になったのかい」
絶望に歪む婆さんの顔を見て、沙織は凄絶に嗤う。これが見たかったのだ。彼女は秘密裏に調べ上げていた。両親を死に追いやった詐欺に、彼女が蔭で指南していた事を。
「わたしは化物を狩っているだけよ」
「人でなし!」
上空の沙織に怨嗟の声が上がる。天に唾するとはこの事だ。沙織は全員が生きたまま食い殺されるまで黙って見ていた。何の感動もない。自分の心はもう死んでいるのか。人の世の化物は概ね退治した。だがダンジョンから迷い出た最悪の化物がまだ一匹残っている。
「跪かせてわたしの足を舐めさせるんだから。奴隷に落としていびり殺すわ」
鞭打ちにしよう、惨めに泣いて喚くがいいわ。ひん剥いて芋虫みたいに転がしてやる、可愛いいお尻で座ったら、さぞかし気持ちがいいでしょう。いいえ、いけないあそこをちょん切るんだから。花満開の笑みがこぼれた。なんか想夜を虐める事を想像するだけこんなに楽しい。実現出来たらどんなに爽快だろう。
「ごめんなさい、お爺ちゃん、穢されちゃいました」
人の途絶えた教会の墓地、沙織は大好きだった天国の祖父へ祈りを捧げる。ここには両親を始め、その手を汚し、躰を汚された彼女とは死後も永遠に会えなくなった人達が眠っていた。かたき討ちの報告をしても、誰も喜ばないのは分かっている。今日はお別れに来たのだ。
祖父は幼い沙織に理想の女性について、繰り返し語ってくれた人だ。彼は優しく博識で社会的な地位もあった。そんな紳士が沙織を小さなレディとしてエスコートしてくれる。祖父と一緒だと、物語のお姫様になった気分だった。沙織は理想のレディになるべく、幼い頃からずっと頑張って来たのだ。幸いにして容姿にも恵まれ、それに驕らず、性格はもっと美しいと評判だった。だけどアイツが全部持って行った。祖父の珠玉の言葉が浮かんでくる。
つらくても決して諦めないで、春を待ちなさい……私に春は来ないのよ。
人に奉仕する歓びを知りなさい……エロガキなんかに奉仕したくなった。
笑顔でいれば周りの人も晴れやかになります……曇らせたのはアイツだし。
誇り高く清らかで慎ましくありなさい……プライドも貞操もズタズタだわ。
「全部アイツが悪いんじゃない」
祖父の遺品は全て接収されて売却されていた。たった一つ隠し通した形見の品を胸に抱きしめ、ボロボロ泣いた。今わの際に託された唯一無二の宝物だけが、人としての沙織を支えている。
「馬鹿、馬鹿、御上想夜の大馬鹿、わたしはもっとバカなんだから」