※この作品はR-18です。

ダンジョン姫はじめ   作:エターナル好希也

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「メイド聖女」

 教室に戻ると、委員長を残してクラスの皆は帰宅していた。まだ早い時間だが、小学生みたいに示し合わせて集団下校をしている。非常事態下の中のグループ行動、ひょっとしたらクラスメイト同士でラブロマンスが生まれるかもしれない。

 

「待たせてゴメン、さあ一緒に帰ろう」

 

 委員長は無言で後についてくる。圧が凄い。

 

「僕は委員長と二人で登下校するのが夢だったんだ」

 

 女の子が不機嫌な時はひたすら情に訴える、理屈は通用しない。朱美とキリ香はいつもこうだった。スタンピードの翌日で人影もまばらだ。俺はさり気なく委員長の手を握った。お手手つないで仲良くお家へ帰る、彼女には初めての体験だろう、振り払おうとはしない。お嬢様な雫子は普段はハイヤー通学だった。

 

「クラスの子がね、想夜君は朱美さんと付き合っていると噂しているわ、本当なの」

 

 俺と朱美の関係は噂として問いただすのか。

 

「今のパーティーメンバーとは小さい時から兄弟姉妹みたいだった。見たでしょ、朱美はすぐに癇癪を起す手のかかる妹だよ」

 

 小学生の頃、背伸びしたかった俺は朱美を妹のように扱ってよく殴られていた。そして付け加える。

 

「雫子が無事でも迷わず抱きしめた、そしたら噂が本当になったと思う」

「ふふっ、どちらが上かは一目瞭然なのにね、手間のかかる弟君」

 

 上機嫌になった委員長が自分から腕を絡めてくる。俺のものになった爆乳がムニュムニュと当たってくる。正しい男女交際を始めよう。彼女が甘えた声で誘ってくる。

 

「ねえ、想夜君、うちに寄っていかない?」

 

 彼女の家は大邸宅だと聞いている。TPOも弁えない俺が、気軽に立ち寄っていいものか思案していると、

 

「奏子さん達がね、一度想夜君と会ってみたいと言って、家でお茶の用意をしているのよ。奏子さんは小さい時から家で働いていて、従姉のお姉さんみたいな人なの。ちょっとだけでもいいからお願い」

 

 聞けば、車の手配をキャンセルする連絡を入れたら、お礼をしたいとの事。お屋敷というのものにも興味がある。奏子さんという人物は、住み込みの使用人で妙齢の女性だろう。お菓子まであるなら、断るのは失礼かな。

 

 

 

 ゆっくりと時間をかけて歩いてきたが、うちが入居しているマンションが何棟も建つような広大な敷地が見えてきた。噂には聞いていたが豪邸だな、と言っても飾り石を埋め込まれた塀のせいで屋根しか見えない。お屋敷から塀際までは結構距離がある。貧乏性なのだろう、広い庭園に感服するより、草むしり大変だな、畑仕事を手伝っている俺は真っ先に思ってしまう。

 

「ここからは見えないけど、あの辺りの二階に私の部屋があるの。小さなバルコニーがあって、お花とか育てているのよ」

 

 いい事を聞いた。お嬢様の部屋を覗き見しよう。俺は軽く垂直跳びをする、塀よりも高く、優に3mは跳び上がった。『身体強化』ダブルと風魔法『風衣』のなせる技だ。南欧風の大邸宅、枝間に見えるお洒落な硝子戸、白亜のバルコニーには春の花、雫子の部屋をこの眼に収める。そして監視カメラに手を振りながら、優雅な着地を決めてみる、レディの前で騎士が下馬して跪くよう。だけど失敗した、ダウンバーストが制服のスカートを巻き上げた、ムチムチの太ももが眩しい。雫子が慌ててスカートを押さえて隠す。一発芸だがこれはスカートめくりに使えるな。今度すました理生院で試してみよう。

 

「もう想夜君、恥ずかしいよう」

「バルコニーの鉢花、アネモネとカレンデュラだよね、それも今年から出回っているヤツ。特にこのカレンデュラ、いい匂いがするよう改良されていて僕は好きだよ。今度雫子の部屋へ遊びにいっていい?」

 

 俺が風流を好む男だと知らしめる。実は花卉の栽培も手伝っているので、売れ筋の知識があるに過ぎない。尚、うちの爺さんはカレンデュラの事を金盞花と、昔の名前で頑なに呼ぶ。

 

「どうしようかな、男の子を部屋に上げるなんてできないの。お母さまや奏子さんに叱られちゃう」

 

 自分の男の超人的な運動神経を見せつけられ、趣味のガーデニングにも造詣が深いと知って、雫子の機嫌は完全に治った。それどころか、眼が潤んできている。玄関口に近いというのに、俺の腕をまたがっしりと掴んできた。そこへ落ち着いた佇まいの女性が三人、通用口から現れる。

 

「お嬢様、お帰りなさいませ」

「違うの、奏子さん、これは違うの」

 

 いけない男女交際が見つかって姉に咎められる末の妹のように、雫子が狼狽する。慌てて腕を離すと、俺から距離を取ってしまった。

 

「想夜様も初めまして。先程はご丁寧な挨拶、恐れ入ります」

 

 やはり監視されていたのか。それより俺は金縛りにあった如く硬直してしまった。馬鹿は物怖じしない、数少ない俺の長所だったのだが。

 メイドさんがいた。「みよう本」で主流だった丈の短いフレンチではなく、クラシカルな衣装を優雅に着こなしている三人のビクトリアンメイドだ。

 その洗練された身のこなし、足捌きから指先一本にまで隙がない、丁寧で感情を押さえたツンとした口調、 俺の思い描いていたメイドさんのイメージそのままだ。

 

「挨拶、メイドさんの挨拶」

 

 後で聞くと、俺は熱に侵されたようにつぶやいていたという。リーダー格の年長の女性が両手でスカートの袖を摘まみ上げる。

 

「始めまして、御上想夜様。わたくしの事は奏子とお呼びください。恐れ多くも水崎の姓を賜っております」

 

 片足を後ろに引いて軽く膝を曲げて沈み込む。左右に一切のぶれのない上下運動、見事なカーテシーを披露してくれた。幼い頃から何万回も練習したのであろう。メイド服を着ただけの美人さんとは違う本物のメイドさんと、俺の人生で初めて出会った。他の二人も同様に美しいカーテシーで挨拶してくれる。

 

「お会いできて光栄です。流果とお呼びください」

「同じく美帆とお呼び下さい」

「二人も水崎の名乗りを許されているの」

 

 雫子がフォローしてくる。確か水崎というのは地元の大物国会議員の姓だったはず。使用人でも、法的には一族の養女扱いになるのか。それだけ三人が優秀で信頼が厚いのだろう。ともあれ借りてきた猫のように大人しくなった俺は、メイドさん達によって運ばれていった。

 

 

 

「想夜君、そんなに見ては失礼だわ」

 

 雫子の言葉で我に返った。俺はメイドさん達をガン見していたらしい。嫌らしい目で見ていたのかもしれない。流果と名乗った二十歳位のロングヘアの女性と美帆と名乗った俺と同じ位の年齢のショートカットの女の子は真っ赤になってうつむいている。奏子さんという20代前半のリーダー格の女性は平然としているが、その視線は冷たい。理生院が俺を軽蔑する時の眼と同じだ。俺は慌てて弁明した。

 

「僕の初恋の人はメイドさんだったんだ。ずっと結婚したいと思っていた」

 

 これも悪手だった。お招きされた女友達の家で他の女を愛してると告白するようなもの、案の定、流果さんと美帆さんが呆れ果てている。雫子はもう泣きそうだ。だけど奏子さんは思案の後、

 

「なにか事情があるのではありませんか? お嬢様の為にもよろしければお聞かせください」

 

 せっかく本物のメイドさんに会ったのだ。俺は小さい時の、ちょっと恥ずかしい、それでいて輝く宝石のような思い出を語り始めた。

 

「小学生の時にね、誕生日の贈り物に昔の本をもらったんだ。その本のヒロインはメイドさんでね、小さい僕は夢中になった。彼女と結婚したいと心の底から願ったんだ。淡く儚げな金髪、萌えいずる若草色の翠眼、可愛くて、優しく、賢く謙虚で、本当はとても強い。彼女がいてくれるだけで皆が幸せになれる、今でも彼女は僕の理想の女性だよ」

 

 小学校4年の春休みの頃だ。詩央の部屋には母親から譲り受けた百年以上前の少女小説のコレクションがあった。お洒落な挿絵が目を引く。読書に関してはお互いに早熟だったため二人で読みふけったが、俺は三日で飽きてしまった。詩央が期待に満ちた目で感想を聞いてくる。

 

「カッコいい男の子が出てこない」

 

 お父さんとかお爺さんとか、保護者しかいない。偶に被保護者としての小さな弟が登場するだけ。性に目覚める年頃としては、ヒロインに惚れられるような少年がいないと退屈だ。

 

「妹がいない」

 

 キリ香のような生意気で可愛い妹が登場しない。主人公を助けるのはいつも優しいお姉さんだ。もちろん先輩だったり、先生だったり、クラスのトップカーストだったりする。この応用で、主人公に意地悪するのもお姉さん達だ。妹はいないか、出て来ても物語の進行に影響を及ぼさない。

 

「すぐに泣く」

 

 事あるごとに主人公は泣く。最後は必ず泣いて作品を締めるのが様式美。

 

 生意気盛りの「僕」はこう豪語した。

 

「こんなお話、僕でも書ける。登場人物は女の子だけにする。悪いお姉さんに意地悪されるけど、いいお姉さんが助けてくれる。主人公を泣き虫にすれば簡単だよ。最後は女の子同士で抱き合って泣くんだ」

 

 男の子に少女小説は理解不能と悟った詩央は、俺に誕生日のお祝として「本」をくれた。青少年向けの小説だが、タイトルから少女小説と間違って購入されたのだという。これが「メイド聖女」全三巻、俺と「みよう本」との出会いだった。表紙のカーテシーを披露する女の子に一目惚れして、三日三晩読みふけった。

 お話としてはよくある異世界転生ものだ。不幸な少女が裕福な貴族の息女として転生する。前世の記憶を持ち、魔法の才能に恵まれた幼女主人公は今度こそ両親に孝行しようと温い考えを持つも、お約束で誘拐される。そして載せられた船が難破して別大陸まで流されてしまう。ここからメイドをしながら、両親の手がかりを求めて何年も世界中を渡り歩くのだ。

 ヒロインは完璧なカーテシーが出来たので、就職には困らない。時には亜人の国にも訪れる。その過程で彼女のひたむきな生き方と、花のような笑顔は周囲の人々の心を絆していく。こうして紡がれた縁が、国と種族を超えて、予言にある魔王に備える礎となる。やがて家族と再会した彼女は、聖女と崇められるというハートフルな物語だ。

 そしてこの作品の見せ場は、章末毎に用意されている、彼女の仕える美しい女主人やご令嬢、長じては彼女自身が個性豊かなヴィランに襲われる場面にある。実は彼女は女神さまに願掛けして、転生チートの知識、魔法、身体能力を封印しているので、普段はヨワヨワなのだ。女神さまの許しをえて、世の為人の為にだけチートを使うことが出来る。淑女の貞操の危機に悪漢が大見えを切る。このちょっとエッチなシーンで子供の「僕」はいつもドキドキしていた。そしてギルティの女神判定が下ると、ヒロインが覚醒して悪漢を成敗する。有頂天の悪党が破滅する爽快さと、ヒロインのカッコ可愛さが、読み手に最高のカタルシスを与えててくれる。神の寵児である事を知られて去らなければならない、ヒロインの涙の別れもほろ苦い。

 

 後日、詩央に感想を聞かれた。子供の「僕」はきっぱりと言い切った。

 

「〇〇ちゃんとお風呂にいりたい。大きくなったら、〇〇ちゃんと結婚する」

 

 〇〇ちゃんというのはヒロインの愛称だ。詩央はこの日から「みよう本」が嫌いになった。

 

 読めば読む程、気になる事があった。お話が中途半端で終わっているのだ。両親と再会して聖女となるクライマックスの部分がない。子供でも分かる、まだ続きがあるはずだ。理由はすぐに判明した。「メイド聖女」は、本来全四巻だった。そして最終巻も充分な部数が刷られていた。

 最終巻の発売日を数日後に控え、第四巻は全国の取次に配送されようとしていた。その運命の日、世界中でダンジョンが発生する。ダンジョンクリエーションの最中、当然ながら流通はストップした。謎パルスが発生して、電子機器もWEBもマヒして復旧のめどが立たない。紙媒体が情報の中核として突如返り咲く。出版社や印刷会社には、政府より号令がかかった。こうして「メイド聖女」を始め、多くの紙の本が再生紙に消えていった。「メイド聖女」最終巻は世に出ることなく、ダンジョンに飲まれた。

 これをきっかけに俺は「みよう本」にはまったのだが、「みよう本」には未完のものが非常に多い。最強のヒーローも最悪のヒロインも、愛すべきヴィランも、名作も凡作も全てが等しく消えたからだ、電脳にあったと云われる数百万の作品群も完全に失われた。

 クリエーション後の混乱と困窮も追い打ちをかける。後退した社会を立て直すため、尚武の気風が貴ばれる。同調圧力と明日の糧を得るために、軟弱とされた「みよう本」の多くが供託されていった。世に溢れていた「みよう本」をすっかり見なくなった頃、文明は復旧し、人々に平穏な暮らしが戻って来た。

 

 後年、ある好事家が「メイド聖女」の最終巻の顛末を記している。刊行された最終巻は一冊も残さず国に供託されたと。非常事態で古紙が暴騰している折、横流し防止のため、一部の取引先に不平等に供給されないよう、厳重な監督下の元行われたらしい。会社としては立派だと思う。しかし正しい判断が常に最良の結果をもたらすとは限らない。当然ながら書籍の電子データも全て失われ、作者情報も消えていた。気がついた時には、著者の本名や連宅先も不明となっていたという。

 新たな時代も「みよう本」の再来を許さなかった。当時、紙は現在よりはるかに貴重であり、不要不急の出版は歓迎されない。急速に復旧しつつあった電脳社会では、過去の反省に基づいて個人認証が徹底された。誹謗中傷や詐欺の類は大幅に減った。その代わり荒らしをしてもすぐに特定される。WEBに小説を掲載しても本名が判明してしまうのだ。だが功罪半ばする匿名性無くては、自由な表現も好き勝手な批評も出来ない。「みよう本」のようなサブカルチャーが生存できる環境はなくなってしまった。

 

 なけなしの小遣いで、祖父を手伝ってお駄賃をもらいながら、俺は少しずつ「みよう本」を集めた。そのどれもが途中で終わっている。

 いつしか未完の話のその先を、想像するのが楽しくなっていった。主人公はどの女性を選ぶのかな、僕なら全員お嫁さんをするのに。時には自分好みに上書きする。昔の言葉で独自設定とか原作改変というらしい。凡作であっても、他作品のヒロインと共演させたりすると途端に輝く事もある。大好きだったけど死んでしまった悪者は、女の子だらけの作品に転生させるのだ。

 もちろん「メイド聖女」の将来も妄想した。彼女のために、より良い未来を何度も何度も書き直した。だけど理想の女性に相応しい結末をどうしても用意する事が出来なかった。子供の俺はそれが悔しくてよく泣いていた。

 

 

 

「御上君、どうしたの」

 

 焦った雫子の呼びかけで我に返った。今度は三人のメイドさんが俺をガン見している。気がつけば俺は泣いていた。「メイド聖女」を読んだ時の胸の昂ぶり、最終巻が存在しないと知った時の喪失感、子供の頃の想い出にいつのまにか呑まれていた。

 

 

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