※この作品はR-18です。

ダンジョン姫はじめ   作:エターナル好希也

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英雄の資質

 生徒会室では役員三人が女子会をしていた。前年度全国選手権優勝メンバーの女子会でもあった。

 

「もう4月も終わりね、あっという間の二年間だったわ」

 

 紅茶を入れながら生徒会長の摘花が憂う。彼女は精神も肉体も同世代より大人びている。豊満な肉体は嫌でも男を誘う。夏服になると益々男子生徒を惑わす罪な女だ。

 

「摘花、躰の線を隠せ、スカートの丈を長くしろ。御上がイヤらしい眼で見ていたぞ」

 

 風紀委員長で、剣風姫の神瞑弥生が無理な注文を出す。彼女は摘花に邪な視線を向ける男子生徒を、理由をつけて取り締まっていた。

 

「摘花ちゃんも弥生ちゃんも本当に頑張ったよ。スタンピードでは色々あったけど、想夜ちゃんが弟になってくれたし」

 

 お菓子が大好きで、ちびっ子の岩魂寺菫が無邪気に笑う。胸だけが充分に大人だった。

 

「そう言えば弥生はどうするの。旦那様選び?」

 

 摘花の問いに弥生は眉をひそめた。父親で神瞑流総帥であった神瞑無三は遺言を残していた。「水の型」正統後継者の弥生が高校を卒業したら婿を選んで、次期神瞑流総帥の座に就くようにと。この遺言は、暴虐無人な無三氏にしては真っ当なものだと歓迎された。娘であり、唯一の「水の型」の継承者が門弟の「焔の型」の継承者の一人と結婚をし、流派を盛り立てる、実に分かりやすく美しい話だ。候補者の継承者達も自己研鑽に余念がないと言う。

 だが、男は全て汚れていると認識している弥生には、この遺言は苦痛なだけだ。総帥を辞退すると言っても、周りはけんもほろろだ。血統というのはかくも重いものらしい。父親は死んでもわたしを苦しめるのか。それに今回の戦闘シーンがメディアに流れて、弥生は一番に身バレした。「村雨」を振るえるのは彼女しかいないのだ。楚々とした女子高生が踊る剣舞とその奥義の冴え、父親があんまりだったため、彼女のわが身を顧みぬ尊い行為は、崇拝の対象になりかけている。弥生以外の人物が総帥を継ぐなど、一門のみならず、世間も許さない状況になってきた。

 

「いっその事、御上君はどうかしら。あなた弟子にしたがっていたじゃない。給水と洗浄が使えるから村雨を体得できるかもしれないわよ」

「軟弱なあいつは修行には耐えられん、才能はあるのに惜しい。その前にあの女好きを矯正しないと問題を起こす」

 

 御上想夜が婿候補、予想もしない発言に弥生は動揺してしまう。羞恥心から思わず否定してしまった。神瞑流は男女の交際や情交を諫めている。修行の邪魔だからだ。だがその掟は、無三氏が門下の女子に手をつけるために定めたものだったのは、誰も知らない。

 

「そう固く考えずに、昨日みたいにセクハラされたら? あの子はお姉さん好きみたいだから、お願い聞いてくれるかもよ」

 

 それは御上に躰を売るに等しい。全身に怖気が走った。更に「焔の型」の継承者の門弟たちを思い浮かべる。極限までの鍛錬と禁欲のため、狂気が宿り獣じみた眼でわたしを見てくる。こちらはもっと駄目だ。御上なら辛うじて我慢できるが、アイツらとは耐えられない。弥生の心に迷いが生まれる。御上は我流ながら風の奥義に手をかけている。もし彼が「叢雲」を開眼すれば、門弟達は認めてくれるのだろうか。

 散らしてみせる、御上の言葉を思い出してまた濡れてきた。あれは彼の本心ではないか。

 

 菫も想夜を推してくる。彼女が常識に囚われないというか、ずれているのはいつもの事なので、斜め上の発言は場を和ませた。

 

「えぇ~、遺言状にはお婿さんはお弟子さんから選べとは書かれてなかったよ。想夜ちゃん可愛くて強くて、ちょっとおバカだから、弥生ちゃんが姉さん女房になって尽くすのはお似合いと思う。でもそうなったら、わたしは弥生ちゃんのお姉ちゃんだね」

 

 弥生ちゃんは僕の女だ、門弟達を懲らしめる想夜を妄想して、菫はきゃっ、きゃっとはしゃいでいる。

 

「何でわたしがあんな助平なガキに尽くすんだ」

「そんな事になったら、血の雨が降るわね」

 

 もし煉獄というものがあるなら、無三氏は腹を抱えて笑っただろう。儂の遺言の真意を汲み取ったのが、武道とは縁もない小娘ただ一人だけとは。

 強ければ何をしてもよいのだ。彼は我が娘を手籠めにして、これを従わせるような気概ある男を婿に望んでいた。

 

 

 

 帰宅したばかりの摘花は、父親で現徳島市長である夕垣柳四郎の執務室へ呼び出された。スタンピードの対応と復興の根回しで忙殺されている父親は、家族の事など後回しにするはずなのに。

 

「摘花すまんな、倫敦の大学への留学、取り消しとなった」

 

 父親はこれっぽっちも申し訳ないと思っていない。摘花は高校卒業後、時計塔のあるダンジョン大学へ留学する事が内定していた。そこはスキルや魔法等、ダンジョンに関しての研究なら世界最高峰とされている。取り消しとなったのは世界初のスキル『ディスペル』の海外流失を政府が懸念した為であろう。父親はその見返りとして、相応の支援を引き出したに違いない。摘花は黙って頷いた。

 

「こちらはお見合いの打診があった方々の一覧だ。添付資料は全て未開封のまま送り返している」

 

 摘花もすぐに身バレした。剣風姫の相方の魔法職と言えば、魔女姫様しかいないのだ。まとめられたリストには有名企業や有力政治家の御曹司、高名な探索者が軒並み名を連ねていた。神明流という国内有数の武闘派集団に喧嘩を売る猛者はおらず、婚姻の打診は摘花に集中した。そのどれもが本来なら願ってもない良縁のはず。これをすべて断ったというのだ。

 

「意外ですね、お父様ならこの中からわたしに選ばせると思っていました」

「今回の事件の前ならそうしただろう、だが状況が変わった」

 

 紙の資料が渡された。極秘と言う事だ。彼女の良く知る人物のプロフィールが微細に記されている。

 

 御上想夜 中級探索者

 

「招待者」ダンジョンの試練を達成、深層より奇跡の生還。能力は上級に迫る。

 男性には珍しい高魔力者。

 故御上少佐の遺児、義妹に回復魔法トリプルの御上キリ香。

 先のオークの巣遭難事故での活躍。

 隣町の異空間ダンジョンを最初に確認。

 今回のスタンピードの顛末。

 過去に国外犯罪組織に誘拐された経験あり。同時に誘拐された長良井朱美と旗無詩央は今年の四国代表の最有力候補。

 

 一年生の後輩女子について、摘花は疑問に思っていた。優秀な探索者である彼女達が、何故一般人だった御上想夜に依存しているのかと。そして確信した、自分と同じく命の危機に魂を掴まれてしまったのだと。

 

「彼にはこれから摘花の婚約者になってもらう。街を救った市長の娘と英雄の息子のロマンス、有権者の願望だよ」

 

 シニカルに笑う父親の柳四郎が、決定事項として伝えてくる。

 

「彼が優秀で、もっている男の子であるのは認めます。でもまだ15歳ですよ、早すぎます」

 

 キュプロークス戦の不利、自分と弥生では絶対に覆せなかった。あれをひっくり返したのは御上想夜の力だ。弥生も彼には強さとは別の何かがあると言っていた。その何かがダンジョンの試練を生き抜かせ、異空間ダンジョンにも関与させたのだろう。

 

「遅いくらいだよ。想夜君にもご令嬢との婚姻の申し込みが殺到するだろう。それに水崎の爺さんはもう孫娘を宛がっている」

 

 水崎の爺さんとは、垂水沢雫子の祖父で国政保守の重鎮である水崎議員を指す。垂水沢雫子に腹芸が出来るとは思えないが、本人に自覚がないので、釣り餌としては有効だろう。二人が同じクラスだったのは偶然だが、千載一遇の機会を逃すとは思えない。

 

「既成事実を作ってでも繋ぎ止めなさい」

 

 発育した体躯と家庭環境から、摘花は同年齢の少女よりずっと大人になっていた。御上想夜は彼女からすればまだお子様だ。可愛くて構いたくなるやんちゃな子供。子供に体を開いて媚びを売れ、あんまりな父親の発言にムッとするが思い直した。

 助けてもらって魂を掴み取られた。あの時の安息が忘れられない。低身長を除けば容姿と能力は申し分なし、性格も愛すべき欠点はあっても好ましい、父親が高魔力なら子供も期待できる。交配相手としてここまで優秀な雄は二度と見つからないであろう。自分が少年を巧みに操縦してご褒美に甘やかしてあげる。時には自分も思い切り少年に甘えるのだ、そんな未来を夢見てしまう。

 それに父親は無私の人だ。彼が娘を差し出してまで欲しがっている。父は政治家として御上想夜をそれほど高評価しているのか。

 

「分かりました。街の復興には御上君が必要なのですね」

「いや、都市の発展に不可欠なのだよ」

 

 夕垣一族はかつて水運や海運で栄えた一族だ。海運業が衰退していくに従って、没落していった。理由の多くはダンジョンにある。魔石が石油や石炭、天然ガスに代替されると、大型タンカーの需要が減っていったのだ。父親の夕垣柳四郎は故郷をかつてのような日本有数の大都市へと再興する夢があった。その為に市長にもなった。

 

「一つの都市にA級とB級、隣町には選抜者なら誰でも行ける異空間ダンジョン、世界でこれほどダンジョンが集中している都市はない。運営次第では、世界有数のダンジョン都市に発展する。私は未登録ダンジョンが欲しい。その為には優秀な探索者が何よりも必要だ」

 

 夕垣市長は今回の未登録ダンジョンを国から借り受け、市営とする計画を構想していた。半ば放棄された港湾地帯の再開発もビジョンにある。ダンジョンによって衰退した港湾地帯をダンジョンによって復興する、すでに不動産等、投機の動きがあるという。B級ダンジョンを借り受けるには、専属や嘱託の優秀な探索者集団が必須となってくる。

 

「摘花と想夜君で次世代の旗手となってくれ。摘花、甲斐性を見せなさい。お前の器量が大きければ想夜君の回りの女性は取り込める」

 

 御上君は回復魔法で有名な義妹と大変仲がいいと聞いている。それに長良井朱美と旗無詩央は生涯を御上君と共にする気だ。妾として置いてあげれば……。この三人はやがて名の知れた探索者になるだろう。父親の顔が少年のように輝いている。それはダンジョンを語る御上想夜と同じ表情だった。摘花は父親の自分勝手な夢に振り回されそうな想夜に同情するも、他の女に渡すのは惜しくなった。

 

「お父様は御上君に父親のように、御上少佐のようになって欲しいのですか」

「まさか、彼は死んでくれたからいい英雄になれた。生きていたら部下としても、上司としても迷惑な人だよ」

 

 

 

 国政保守の重鎮である水崎鉄真は、娘の嫁ぎ先の垂水沢邸に身を寄せていた。政治家の立場から見ると、孫娘の垂水沢雫子は実に不出来な娘であった。心根が優しく善良で、世の為人の為に尽くす性質を持っている。

 これは政治家としては最低の資質だ。もし彼女が後を継げば、優秀な秘書をつけても出し抜かれ、利用され裏切られて、本人のみならず、有権者まで不幸にする。鉄真は早々と雫子を後継者にする事を諦め、政治の世界から遠ざけた。だが、出来の悪い子程可愛いいという。権謀術数の渦巻く政界に身を置く彼にとって、清涼な孫娘は癒しでもあった。

 そんな孫娘だが、高校生になってめっきり綺麗になって、大人の色香も出て来た。性格も落ち着いてきて心にも芯が入って来た。使用人の話ではクラスに気になる少年がいるらしい。一抹の寂しさを覚える。悪い虫なら人知れず粛清しようか。

 

「先生、そんな怖い顔しないでください。今日は護衛でお嬢様を送っていただきましたが、仔犬のように無邪気な子でした」

 

 控えている三人を代表して奏子が発言する。使用人の立場であるが、プライベートでは従祖父に接する態度であった。

 

「お嬢様は想夜様のスケジュール管理をされている時は、いつも良い顔をされます。同学年ですが歳が一年近く離れていて、弟が出来たと嬉しそうでした」

 

 相手は成りたての選抜者で、孫娘がスマホを使いこなせない少年の面倒を見て可愛がっているらしい。選ばれたばかりでまだ擦れていないのか。

 

「ダンジョンの試練を乗り越えた方です。学園の防衛戦でも活躍されました。映像が残っています。ご覧になりますか」

 

 フィルターがかかっているが、神瞑流の跡取りと市長の娘が映っている。二人の娘に恨みはないがその親は好かん、鉄真は苦々しく画面を眺めた。ダンジョンクリエーションから十数年間は社会が不安定となり、無理が通った。鉄真も修羅場や鉄火場を潜ったのは一度や二度ではない。彼は現れた魔物の首魁を見て確信した。単眼の怪物は人の手に負えるものではないと。しかしその直後、空からヒトの様なモノが降ってきて、一撃の元に粉砕した。怪物を屠る人の皮を被った怪物、彼は思わず叫んでしまう。

 

「化け物ではないか、こんな奴御せるものか!」

 

 メイド達が宥めにかかる。

 

「想夜様はとても純真な方ですよ。わたくし達にも気さくで好意的でした」

 

 想夜とのツーショットの写真を見せる。そこにはメイド服を着た女性と腕を組んで、実にだらしない笑顔の想夜があった。

 

「僭越ながら想夜様を測らせていただきました」

 

 メイド達は想夜に密着する事で、身体を測定していた。身長、体重はもちろん筋肉のつき方や体幹等、身体強化によらない素の身体能力をおおよそ把握した。データに添えて、御上想夜の資料を渡す。

 

「御上三等陸佐の遺児か? ままならんものだな」

 

 鉄真は御上家に弔問に訪れた際に挨拶した、男女どちらにも見える子供を思い出して溜息をついた。

 

「先生、御上少佐ですよ」

 

 先年、諸外国との海外協力の円滑化のため、階級の呼称が変更されたのだ。

 

「先生は御上少佐を非難して票を減らされました。もう少し国民に迎合、失礼、配慮されていれば、今の市長の台頭を許さなかったでしょうに」

「言うな、誰かが声を上げねばならん。あのままでは国の舵取りを誤りかねんかった」

 

 この話題はふれられたくなかったのだろう、鉄真は露骨に話題を変えた。

 

「外面は可愛くても、怪獣の子供だぞ、飼い慣らせるのか。あれがその気になれば雫子はいつでも傷物にされる、そう言えば雫子はどうした」

「早めにお休みになられました。想夜様を盗られると、心労が溜まっているようです。お嬢様が一番初めに想夜様を見染めましたのに」

 

 彼の素性が公になれば、多くの女性が蟻のように群がる。誘惑には事欠かない。人の好い雫子はすぐに押しのけられてしまうだろう。

 

「わたくし達で想夜様を篭絡いたしますわ。彼はメイドという人種に特別な思い入れがあります。世間ではお嬢様と想夜様の御婚約は和解と受け止められるでしょう。それにお嬢様はわたくし達を姉妹同然に扱っていただきました。これまでの御恩、お返ししたく存じます」

 

 三人は身を正すとスカートの裾を摘まみ、深々と一礼した。想夜には見せなかったより丁寧なカーテシーを披露する。彼女達はダンジョン災害や探索中に亡くなった支援者の孤児だ。鉄真は将来の手駒にするため、引き取って養育した。だが情がなかった訳ではない。それは彼女達も同じだ。手駒であると知りつつも、恙なく育ててくれた鉄真やその家族に深い恩義を感じていた。鉄真は三人に問いかけをする。もし自己犠牲の精神からの申し出なら、止めさせるつもりだった。

 

「忌憚のない意見を言いなさい。御上想夜はどうだった」

「すごくエッチな目で見られました。でも不思議と嫌な感じはしないんです。一人前の女性と認められた気がして嬉しかったかも」

「穴の開くほど凝視されました。あそこまで感激されるとメイド冥利に尽きます」

「想夜様は将来名の知れた探索者になるでしょう。導いてやるのは女としてやりがいがあります」

 

 奏子だけでなく、流果も美帆も御上想夜については好印象を持っているようだ。彼の篭絡を、困難だがやりがいのある任務と捉えて、楽しもうとさえしている。鉄真は小考の後、承諾をした。ダンジョンは危険だ。探索者はもっと危険だ。国が責任を持って管理しなければならない。孫娘との縁談は置いといても、彼を篭絡すれば、首に鈴を、一族の末席に加える事が出来る。

 

「お嬢様はお安くありません。わたくし達で御上想夜をしっかり教育して、わからせてあげます」

 

 

 

 この頃想夜は、雫子の寝室で獣欲を満たしていた。寝室は鉄真達の頭上に位置する。あられもない姿の雫子は彼の欲望を受け止めるのが嬉しくて、また激しい愛の行為に耐えられず、乱れに乱れた。もし想夜の『結界』がなければ、泣き叫ぶ愛の悲鳴が邸宅中に響いた事だろう。

 

 




市長は「三銃士」の悪の枢機卿がモデルです。
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