因みにスライムは「みよう本」では最も人気のあるモンスターである。殺生を好まず、女性陣から歓喜の声で迎えられる愛すべき魔物だった。ところが、現実はどうだ、可愛さの欠片もない。やはり「みよう本」はいいと現実逃避して心を落ち着けていった。
最後の未調査通路を探索していく。前回のような逃走に備える為、途中のスライム達は丁寧に潰しておいた。通路は行き止まりだったが最奥で宝箱を発見する。
土魔法『アースファング』 地面より金属の牙を穿つ
土魔法は攻撃魔法では火魔法と双璧で、シングルでは石弾が基本であるが、偶に別のものを習得することがある。発動条件が厳しいとか縛りを受ける事が多い。石弾ではとてもあいつを倒せるとは思えない。『アースファング』は聞いた事がないが、今回はこれに賭ける、当りと信じよう。俺は広場に戻って発動を試してみる。
魔力を込め地の一点を見つめて念じてみる。1分、何も起こらない。5分、変化なし。ただ魔力の集まっているような感はある。8分、視線の先の一点に魔力が集まって何かが起こりそうである。10分、突然地を裂き、白亜の牙がそそり立つ。全長3m強、根部1mの錐形、先端に向けて反り返りながら尖っていく。材質は不明だが軽いものには見えない。鉄をも貫きそうな重厚感がある。血を吸えばよく映える等思っていたが、1分ほどで消滅した。威力だけは破格の魔法である。トリプルの魔法でもおかしくない。しかし使えない。威力はあるのに役立たずの「新人ちゃん」の必殺技と同じだ。
「穿て、大地の牙! アースファング!」
必殺技の名乗りまで考えてみた。
動く物には使えないが、それでもボススライムは巨大すぎて部屋からほぼ動きが取れないので、今回に限っては大丈夫だろう。初めは壁を破壊してボスを広間まで誘導と考えたが、これは部屋に居座られた時、触手を遮蔽する壁がなくて詰む。
2度3度試行して分かったことがある。基点から目を離すとやり直し、岩の向こうとか、見えない所を基点にしても発動しない。「透視」ごしでも成功しない、設置出来る基点は自分から10mの距離まで等の条件を確認した。それから魔力の消耗が激しいようで、「牙」を出現させるのは連続で二回、後は数時間の休憩で、1日一回か二回が限界だろう。
無駄な休憩は水と食糧の浪費なので、覚悟を決めてボス部屋に挑む。ボス部屋近くから匍匐前身、壁際に辿り着くと「透視」を発動して金属バッドモドキで離れた場所を叩いてみる。ボススライムに動きはなし、音には反応しないようだ。今度は先に開けておいた穴から覗こうと顔を近づけるが、またしても触手が飛んできた。ただ階段は前の場所にあるのを確認する。この穴は諦めて壁の上部にクライミングの要領で登っていく。穿った穴からは湿った天井が見える。穴を開ける際、土くれの破片がボススライムに降りかかるが反応はなし。ここは大丈夫かと覗き見ると、やはり触手が襲ってきた。辛うじて躱すがバランスを崩して落下してしまう。受け身が取れて良かった。見上げると、先の穴から湿った天井が見えている。
どうやってスライムは俺を認識している。最初の穴の前でバットモドキを振ってみるが反応はなし。動きには反応しないのか。次にお守り代わりに左の内ポケットに仕舞っておいたハンドタオルを取り出す。暖かい。これを俺の汗と臭いの籠ったバットモドキのグリップに巻き付けて振ってみるも、こちらも反応なし。熱や臭いも反応しないのか。魔力ならば、俺はとっくに撃ち抜かれている。とすると消去法で向けられる視線に反応しているのか。穴から天井をみても反応しないのはその為?
俺は仰向けになり、肘だけで体の位置を最初の穴から頭を離す方向へ、そして視線が天井の中央へ向かう方向へ調整する。岩天井の一点に集中して『アースファング』を発動させる。発動の気配が感じられたので、後は10分集中するだけか。5分を過ぎた頃、後方から僅かながら腐臭が漂ってくる。
7分、捨てずに取っておいた携行食のアルミ箔で後方を確認する。黒い巨大スライムがこちらに牛歩で這いずって来ているのを確認した。通路いっぱいに広がっていて、青いボススライムと同じ位の容積と思われる。振り向くことは出来ない。振り向けば魔法の発動が止まり、視線がトリガーなら顔を向けた途端、全身を貫かれて死ぬだろう。ここは黄泉比良坂か。
肉の腐った臭いが俺に迫ってくる。俺の死の臭い、そう言えばこれを意識するのも久しぶりだ。だけどあの時より気配は薄い。そう感じた瞬間、恐怖も気負いもなくなり無心で発動を念じた。9分突然『アースファング』が発動した。隠し部屋が揺れたと思えば、最初の穴より青色の液体が勢いよく噴出している。圧で壁が壊れていき、穴はどんどん広がっていく。すぐ後方でキュウキュウと鳴き声が聞こえる。俺は即座に壁へとよじ登って退避した。
悪臭が充満して、白煙が床を這う。黒スライムは酸で溶けてもがいている。天井近くに大穴を開け隠し部屋に侵入すると、ボルダリング擬きで壁を伝って何とか階段に辿り着いた。そして踊り場まで駆け上がると、ここでやっと一息つけた。
緊張感が途切れ、体が急に重くなってくる。魔力の枯渇も近いのが分かる。だけど、まだやる事がある。新しく入ってきた複数のスキルの確認だ。
まず黒の巨大スライムからもらった思われるスキル、
魔眼『魔力視』……魔力の有無、強弱、使いこなせば種類まで視る事が出来る。
戦闘では相手の強弱や魔法発現の察知、探索では魔力を含む素材の採集、宝箱や隠し部屋の魔力を察知する透視紛いの事もできる。もちろん生産にも有効な万能スキルだ。所有者は極めて少ない。今までのスキルのなかで一番嬉しい。自分はダブルの魔眼保持者になったのだ。これで「透視」の魔眼を秘密にして、『魔力視』の魔眼の保持者として名乗っていこう、生きて帰れたらだが。能力も似たところがあるので、バレる恐れは少ないと思う。気持ちが楽になり、青スライムから会得したと思われるスキルを開く。こちらは二つ、
水魔法『給水』
『洗浄』……汚れやにおい,血糊等を落とす。発動には水魔法の取得が必須
難敵からは偶に二つ以上のスキルを得る事がある。パーティーを組んだ場合はスキルが使用者を選ぶので譲渡は出来ない。一人が独占する事もあれば個別に分譲される事もある。ダンジョン内の遠征はお風呂などもないので、消臭剤やにおい消しのアイテムが使われるが、それも贅沢な方である。『洗浄』は女性探索者からは特に望まれるスキルだが、水魔法の習得が必須な事もあり使用者は少ない。そしてウルフ等の動物系モンスターから臭いを探知されるのを防ぐためにも有用なスキルである。
水魔法は最初、殺傷能力のほぼない『水弾』か、飲料水を作り出す『給水』を覚えるのが普通だが、後者の方に人気がある。個人でもパーティーでも荷物が大幅に減るので、継戦能力が上がるからだ。今回は『洗浄』に引っ張られてのものだろう。
念のため、自分や武器に『洗浄』をかける。ボススライムの強酸が付着している可能性に備えてだ。次にペットボトルの残りの水を全部飲み干して、『給水』で一杯にする。コンビニで買ったポテトチップスに目をやって微笑む。塩分が多く非常食には向いていないので、手を付けていなかったのだ。
踊り場の壁に背を預け、体育座りで仮眠を取った。望ましくはないが、無理しても戦える状態ではない。
2、3時間程、うつらとしてから、上へと探索を開始していく。ここからは嘘のように楽だった。緩い坂道と、平坦な通路、そして踊り場、分岐も少なく探索も捗る。目にする魔物もスライムに無手のゴブリンが混じるようになるも、問題にならなかった。ゴブリンも金属バットモドキを片手で振り回すだけで、首が折れ、頭蓋が陥没していく。ボススライムを撃破してから身体能力も上がったようだ。ただし楽な分だけ実入りも少なく、隠し部屋はゼロ、宝箱は二つ発見するも、一つはミミック確定。もう一つはスキル入りだが、『魔力視』で確認してみると、周囲の地面に魔力が込められているのが分かる。罠タイプなので飛び石を利用して近づいて開ける。
『魔力強化』……定番 身体強化の魔力版
身体、知力と並ぶ定番の基礎能力の底上げ分。魔法の威力や回数が底上げされる能力なので、今の俺には地味に助かる。先の水魔法と合わせて短期決戦だけではなく、長期戦も視野に入れる展開が取れるようになった。更に1,2層上った気がする。体感では朝の8時か9時、無断欠席確定か?
朝のホームルーム前の僅かな時間、男子二人が軽口を交わしていた。
「御上のやつ、まだ来てないのかよ。寝坊かよ」
「俺も何も聞いてないぜ、ほら、眠れなかったんじゃないか。昨日の試合、あいつの好きそうな展開だったし」
「お前も見たかよ、あいつ興奮して夜更かししたか。新人の子の負けっぷりで、大盛り上がりしていたからな」
話をまとめると、昨日夜、女子プロレスの中継があり、御上君が贔屓している新人選手が無様に負けたらしい。コスチュームが外れたとか言っていたから、そう言う事なのだろう。お子様な御上君は興奮して寝付けなかったと。遠目に朱美さんの方を見る。明らかに不機嫌だ。自分を律することが出来ない高校生なんて、まさに子供だ。私は昨日教えたメアドを消してほしいと、左隣の席を見る。
ホームルームで担任の先生が御上君の事を聞いてくる、男子どもは聞いていないとか言ってクスクス笑っていた。
少し遡って、前日の夜10時 、通報を受けた警察官が歩道に空いた疑似ダンジョンの引き込み口をコーンで囲って警備していた。まだ誰が落ちたのかは不明だ。深夜に近かったせいか目撃者もおらず、聞き込みも芳しくない。近くのコンビニの防犯カメラの映像は確保したが、照合には時間がかかるであろう。