抱き潰した小梨利先生の枕元にスペアキーを残して部屋を後にした。鍵は学校で返してもらえればいい。今日は祖父の様子を見に行くという名目で、シーナのご機嫌伺いに向かう予定だった。だけど思いもよらぬ人物からのメールで、急きょ朝の公園で逢引きとなった。人に聞かれたくないからファミレスでは駄目らしい。会って直接話したいと言う。告白かもしれない。俺はウキウキしながら徳島公園へ向かった。早朝のためか、スタンピードの影響か、人影もまばらだ。
理生院は入り口前で待っていた。彼女と会うのはスタンピードの日以来だ。あれから彼女は一度も登校していない。委員長によると、研修先の公的機関の業務が忙しく公休扱いになっているらしい。きっと彼女は俺が恋しくて、我慢できずに呼び出したのだろう。
「おはよう、御上君。大事な話があるの、ちょっと歩きましょう」
やっぱり告白だ。もちろん受けるつもりでいる。俺達は取り留めのない話をしながら散策した。理生院は人気のない方角へ俺を誘導していく。
「朝ごはんまだでしょう。一緒に食べない?」
人目につきにくいベンチを指差す。そして俺の大好きな鮭のおにぎりと、愛用の甘ったるいコーヒー飲料を取り出した。やっぱり彼女は俺の事を分かっている。隣席なのに教室ではお菓子の一つももらった事はない。だけど好きな男の子の事をじっと観察していたのだ。理生院はクラスの男子にはツンとしているのに気配りだけはよくできた。そんな彼女がデレてきた。今日の朝ご飯はいつもの三倍美味しいに違いない。
「理生院はいいお嫁さんになるよ。僕もそんなお嫁さんが欲しい」
「危ない目に遭ったって聞いたけど、相変わらずの能天気で安心したわ。ちなみにわたしの一番嫌なタイプの配偶者は、御上君みたいな節操のない人よ」
相変わらずの理生院だった。蔑みの眼差しで俺を見てくる。それどころか、ベンチに座った俺達の間にバッグを置いて距離を取ってきた。
本当は分かっていた。彼女が研修先から未だ復帰できないのは、代替えの聞かない稀少なスキルを持っているからだろう。妹と同じだ。恐らく重大な任務に携わっている。俺を人気のない場所に連れ出して、口頭で話すのは守秘契約に関わるような内容だからだ。気が重い。せめて前向きに考えて、楽しい結果を妄想したが駄目だった。
「春凪のどかさんと親しいそうね。詳しく教えてくれないかしら」
俺の不純異性交遊がバレたかもしれない。きょどってしまった俺を見て、彼女が怪しんだ。
「大体の事情は把握してるわ。専門家でも匙を投げた呪いを解呪したのよね。でもその様子だといかがわしい事をしたのかしら」
俺は観念した。
「理生院は僕が魔力が視えるのを知っているよね。それの応用だよ。あの時のどかは容姿が変わる程、様態が悪化した。緊急だったので服を脱がした。体もさわった。呪いに反撃されて何度も死にそうになったけど頑張った。それから正確には解呪ではなく、呪いの方から引いてくれたんだ。あれは元々所有者を護るダンジョンアイテムで、悪意から歪められていた。それが本来の姿に戻って、今はのどかを守護しているよ」
意外にも理生院の返事は優しいものだった。
「専門家の人は何であなたが生きているか、不思議がっていたわ。無茶したのね。でも人のために頑張る御上君は好きよ。これからもあの子を支えてあげて。御上君しか頼る人がいなくなるかもしれない。念の為に言っておくけど、一三歳とエッチな事をするのは犯罪だから」
のどかには探索者の姉がいる。頼る人がいなくなるとは穏やかでない。彼女は説明を続ける。
「のどかさんは面識がないようだけど、寒山徹子、春凪姉妹の身元引受人ね、彼女が今回のスタンピードの元凶とほぼ特定されたわ」
寒山徹子という老婆は若い頃は裏社会のドンの愛人だったそうだ。今の肩書は実業家だが、反社組織との繋がりも指摘されている。ここ最近はさびれた港湾地帯の整備事業を行っていた。ところが最近、巧妙に市内の不動産の処分を始めたという。
「でも彼女は亡くなられ、いいえ、死んだわ。洋上で不可解なガーゴイルの襲撃を受けてね。そして船底の隠し倉庫からは大量の魔石が見つかったわ。もちろん義務のある履歴はなし。鑑定の結果、港湾ダンジョン、未登録ダンジョンの仮名ね、ここでしか見つかっていないモンスターの魔石も混じっていたそうよ」
魔石の密売は儲かる。ギルトは一万円相当の魔石を俺達から6千円で買い取って、二倍から三倍の価格で販売する。税金を差し引いた残りは、協会の管理、維持、災害に備えての積み立て、また不採算ダンジョン等の保全に使われている。だが密売すると、相場の三~五倍で売買されるという。探索者目線では6千円の魔石が6万から10万円で売れる事になる。販路が必要だから仲介業者が必要となるが、こちらも経費がかからないから莫大な利益が上がる。国内では足がつきやすいので、外国への密輸が多いと聞く。今回彼女達が合流予定だった外国船籍の小型貨物船も、ガーゴイルの襲撃を受けて、こちらも全滅しているという。
最悪だ。怪しい人達と付き合いのあるというのどかの姉は? ソロで潜っていたのはそういう事だったのか。だが理生院の次の言葉は意外なものだった。
「のどかさんのお姉さん、春凪沙織さんも容疑者として最初に名前が挙がったけど、もう疑いは晴れているわ。彼女、精神捜査を自ら要求したのよ。それも一番強力なやつ」
精神捜査とは対象者を暗示や催眠の魔眼の支配下において、その心を曝け出して真実を見抜く事を言う。異性に心の奥底を覗かれるのは屈辱だ。通常は同性の捜査員が担当する。のどかの姉は潔白を証明するために、精神操作の第一人者、これまでに数々の実績を挙げた、清廉潔白で知られる男性の捜査員に担当させるよう要求したという。そして実力のある探索者だった沙織には、通常の魔眼は通らなかった。
「結果はシロ。彼女、港湾ダンジョンに潜った事も無ければ、その存在も知らなかったそうよ。隠していたスキルは届け出義務のない石化の魔眼だけ。これも護身を考えればやむを得ないとされた。公安では、寒山達は彼女を予備としてキープしていたと結論しているわ」
のどかの姉を精神捜査した職員も、彼女の高潔な精神を讃えて、そして悪事に染まらなかった事を我が事のように喜んでいるらしい。理生院の語りは尚も続いた。
「念のため、ガーゴイルの襲撃に見せかけて、口封じをした可能性も検討されたけど、距離と時間の関係から不可能とされたわ。飛行やテイム関係のスキルでもあれば別だけど」
「そこまで言ったら、僕も理生院も容疑者になるよ」
飛行やテイムのスキルは確認されていない。だが、生徒会長のように未知のスキルを会得する事もある。菫先輩の『テレポーテーション』なら条件次第で可能だろう。俺達選抜者は誰であれ、不可能を可能とするスキルを引くかもしれないのだ。
ともあれ、のどかの姉が容疑者から外れて良かった。でもそうすると誰が港湾ダンジョンを発見したのか、潜っていたのかという問題が発生する。
「御上君、ストーカー事件でなにか進捗とかあったりしない?」
忘れていた、と言うより報告の機会を失った。何よりも俺自身の手で決着をつけたい思いが強かった。
確かに彼女なら港湾ダンジョンに関わっていてもおかしくない。迷ったが、情報を渡すことにした。今日の理生院の話は、いくら俺が鎮圧に活躍したからといって、軽々しく口にしていいものではない。それが許さるのは彼女が稀少なスキルだけでなく、権限も持っているからだろう。本来なら守秘義務を強いてくるのが普通だ。だけど理性院は権威を振りかざす事も、スキルを使用する事もなく、クラスメイトとして接してきた。ならば俺も友人として応えよう。
「ほら、昼休みにハーピーの話をしただろう、実はあの時、人狩りに襲われていたんだ。催眠系の魔眼で男性探索者を操っていたよ。ぼくと同年齢位の女の子だった。魔力の色がストーカーの残滓と同じだったから間違いないと思う。身柄を確保したけど、気絶した探索者の方へトロールが向かってね、こいつの相手をしている間にみんな逃げていった。当日は疲れていたし、話せる人がいなかった。翌日理性院と別れた後、報告も兼ねてギルドへ向かったんだ。その途中でスタンピードが発生した。今でもみんな忙しくて話しにくい。思いきり懲らしめたからもう大丈夫と思う」
理世院が溜息をついた。そして皮肉たっぷりに言う。
「馬鹿なの。まあ今はどこも手一杯だから後回しにされるだけね、同様の事件はその後発生していないようだし。で、男子たちの言う通り、犯人さんは美人だったのかしら」
思い出した。のどかは姉の事を自分と同じ黒髪紫目と言っていた。
「魔眼の少女は、輝くばかりの黒髪と紫の瞳だった」
真顔になった理性院がバックから何枚か写真を取り出す。姉の沙織を写したものだろう。魔眼の少女とは似ても似つかぬ地味子が写っていた。中にはギルドのエントランスを背景に、のどかと抱き合って喜んでいるものもある。変装も考えたが、流石にこれは違うだろう。
「全然似ていない、彼女は一度見たら忘れられない美少女だった」
理世院と別れた後、俺は無性に魔眼の少女と会いたくなった。
師匠とは一週間振りの再会だが、シーナは激おこだった。そしてべたべた甘え出した。悠久を生きているのにこらえ性のない師匠だ。俺は先の首魁戦でシーナの魔道で、そして激励で命を繋いだ。今日は好きにさせてあげる。
「ボクを蔑ろにするなんて、サヨは悪い弟子だよ。今日は沢山魔力を吸うから」
いつものように胸の中に入ってくる。妖精の小さい巨乳が気持ちいい。ふと気づくとスマホやパソコンのマニュアルが散乱している。画面には英字のニュースサイトが開かれていた。師匠はヒトの文字が読めないはずじゃなかったのか。恐る恐る尋ねてみた。
「エヘン、賢者魔法を使ったからね、一日で1年分賢くなるんだ、もうスマホやPCだって弟子より上手に使えるよ。今はサヨとは違う国の言葉を勉強しているとこ」
なにそれ凄い。俺にも賢者魔法をかけて欲しい。だけど人間に使用すると脳が破裂すると言われてしまった。そしてこの魔法を開発したのが妖精族という。
今はこちらの世界の魔法やスキルについて調べているそうだ。俺は理生院との会話を思い出した。未知のスキルや知られていないスキルの応用があれば、状況も覆る。彼女も苦労しているみたいだし、聞いてみるか。でも師匠の回答を聞いて、理生院の事は一瞬で忘れ果てた。
「魔物をテイムするスキル? 今はないと思う。だけど他のスキルで似たようなこと可能だよ」
「先生、ご教授願います」
俺は食いついた。何としても美少女モンスターと仲良くなりたい。
「魔眼を極めればいいのさ。洗脳系の魔眼ならどれでも可能だよ。この種の魔眼は、同族に使い続けて魂を沢山歪めると進化する」
要は他人を沢山破滅させればいいのか。流石にこれは却下だ。
洗脳系の魔眼が進化するとモンスターにも通用するという情報は、今は漏らすわけにはいかないだろう。悪用する個人や国家がきっと出てくる。
「メスの魔物を従えたいのならチャームの魔法、こちらでは魅了の魔眼がお勧めだよ。異性限定だけどある程度実力差も覆せるし、大人数も支配できる」
ちょっと欲しくなった。『魅了』の魔眼は過去3例しか確認されていない、レジェンド中のレジェンドだ。スキルを得たばかり選抜者が、いきなり中級冒険者を支配下に置いた記録がある。実験上では、同時に百人以上をチャームの状態にする事も可能だったという。大問題となった。将校や有力議員を支配下に置けば、軍隊や国も操れる。そのあまりの危険性に、所有者は幽閉された。その内一人は反逆を試みている。彼女は根気よく異性の職員を魅了し脱走、恋人に会おうとした。鎮圧に訪れた男性兵士や選抜者多数を魅了、手が付けられなくなる。最後は女性兵士や女性選抜者で形成された討伐隊によって、粛清されたという。『魅了』の魔眼は同性には全く効果がないのだ。余談だが彼女が最後に見たものは、他の女性と結婚して子を成した幸せな恋人の姿だった。
シーナはアイリッシュダンス風のステップでキーボードを踏みならす。画面が分割されて、二人の歴史上の人物が表示された。共に女性で一人は古代の砂漠の国の女王、その美貌で侵略者の将軍達を手玉に取って今に名を残す。もう一人は中華の寵妃、フルーツが大好きで皇帝を政治から遠ざけた傾国の美女だ。
「この二人はチャームの魔法を使えたと思う。偶にいるんだ、無意識に魔法を発現させる人が。サヨはやっぱり魅了の魔眼が欲しいのかな」
師匠が探るような眼差しを向けてくる。確かに『魅了』の魔眼は魅力的だ。俺が選抜者になる前だったらもちろん欲しかった。だが俺にはスキル『わからせ』がある。恥かしがっているのを強引に悦ばせてあげるから楽しいのだ。何でも言いなりのチャームは趣にかける。
「夫や恋人の前で見せつけてやるとか、途中で正気に戻して抵抗を楽しむとか、魅了の魔眼は使い所が限られるよ。やっぱりいいかな」
「サヨ、いい趣味をしているね」
こう答えると、師匠からは褒められた。美少女モンスターだってバトルして勝利してわからせなくてはならない。「みよう本」にはそう書いてあった。
それにだ、
「魔眼なんかに頼らないで、シーナには僕の事、もっともっと好きにさせてみせる」
「ああっ、ボクのサヨ、大好きだよ」
自分の力で強くなって、シーナをいっそう惚れさせてみせる。チャームには頼らない。感激した彼女が俺の額に接吻する。ドレスが消えた。この体勢で魔力を供給したいのだろう。妖精の乳房が唇の上に乗った。小さく舌を出して優しく舐めると、師匠からも擦りつけてくる。興奮した彼女の裸身から豊潤で上品な官能の甘い匂いが漂って、鼻孔をくすぐる。魔性の香りを吸い込むだけで、イキそうになった。お返しに性愛の魔力を送り込む。
「サヨ凄い、前より上手になっている、もっと、もっとぉ~」
恍惚とした師匠は俺の顔の上に覆いかぶさって、躰を揺すって求め続けた。
シーナは想夜が『魅了』の魔眼を本気で欲しがれば、警告するつもりだった。洗脳系の魔眼は使いすぎると対象の運命と魂を歪め、やがてその反動が自分に還ってくる。特にチャームは強烈だ。『魅了』の魔眼の所有者の末路、そして国の行く末がそれを示している。更に『魅了』には呪いに似た副作用があった。だけど、想夜が己の力で自分に相応しくあれと願うのが嬉しくて、可愛くて、次の瞬間警告の事など、頭から抜け落ちてしまった。
妖精族はとある高位生命体が魔導の粋を極めて創造した、愛玩用かつサポート用の魔法生物だった。その性質は享楽的で、庇護や保護の対象には情が篤い。その反面、無関心な相手なら全く助けない程良心的であった。異世界では無関係な命は取り敢えず叩いてみるのがデフォなのである。