「みよう本」の世界と同じくギルドの受付嬢は女子の憧れの職業である。協会の社会的な地位は高く、その責任に見合うよう、高給で福利厚生も充実している。それなりの探索者を捕まえれば安定した結婚生活が送れる。相手が上級ともなれば玉の輿だ。亭主元気で留守がいいという諺がある。探索者は総じて、健康で屈強で高収入だ。それにダンジョン遠征で不在の事が多い。そんな探索者を夫に持った妻が、留守の間贅沢が出来るという意味に、今日では捉えられている。
今日はその上級探索者の上澄み、ランカーが徳島ダンジョンに来ている。日本ランキング、14位星堂篤彦、魔法剣士として名を馳せている。なお、ランキング一桁台の大半は加齢により一線を退いて、後輩の指導や協会の運営に当たっている。本人の希望やペナルティでしかランキングは下がる事はない。過去にランキング維持に拘ったベテラン探索者の死亡事故が続発した為、今の制度に落ち着いたという。従って強さだけで言うなら、二桁台前半の方が上だ。星堂氏も火魔法の第一人者として知られる。エントランスの空気も少し浮ついたものになっていた。
月代主任も案内役で付き添っているそうだ。通常の組織ならもっと偉い人がつくのだろうが、同行できる実力のある管理職の選抜者は彼女だけだ。そんな訳でヒマしていた新人受付嬢二人に俺の相手をしてもらっている。彼女達は4月入社のニュービーで、研修を終えて数日前にここ徳島支部に配属になった。
実は俺が探索服を新調していた前後にかけて、探索者向けの講習会が何度かあった。ダンジョン内での簡易能力測定なんかもあって、参加を見合わせていたのだ。参加しなくても所定の手続きを踏まえればOKなのだが、主任の方から話だけは聞いておくよう念を押された。これは危なっかしい俺に釘を刺すと同時に、目の前の新人職員の教育を兼ねている。
講習の議題は三つだ。
まずは最近の国内、海外のダンジョンの動向について。要はダンジョンが活性化している。世界中でダンジョンの昇格が相次ぎ、異空間も発見されている。スキルの拾得率もアップしている。やはり25年前と酷似しているそうだ。楠田幹之輔老人が指摘していた、ダンジョンが25年周期で成長するという通説も紹介された。そして政府とギルドは魔石の備蓄を増やす方針だ。何があるか分からないから、念の為、資源を確保しましょうと言う事らしい。ここまでが総論となる。
25年の蓄積もあり、俺達は当時よりはるかに楽に、安全にダンジョンから資源を得ている。人類にとっては喜ばしいが、ダンジョン側からは搾取が進んでいる事になる。揺り戻しがあるかもしれない。
次はここ徳島ダンジョンでのモンスターの異常行動について。俺も遭遇したが、種族の異なるモンスターが連携して襲撃してくる事案が連続して起こっている。しかも階層を跨いでの襲撃だ。指揮個体がモンスターの軍団を率いて訓練しているのではと噂されている。指揮個体はまだ把握されていない。今の所死者はいないが、憂慮すべき問題だ。
最後に未登録ダンジョン、港湾ダンジョンの解禁。調査が終わって俺達にも開放されるらしい。現場には仮支部も設置中だ。当然俺も登録した。この港湾ダンジョンは、その規模はB級だが、魔物の湧きが早く、狂暴なので放っておくと、またスタンピードに繋がりかねない。とにかく数を減らせが上層部の意向だ。
「想夜君は星堂さん知っているよね。今朝ね、挨拶したら微笑まれちゃった。今晩食事に誘われたらどうしよう」
「もう小梢、星堂さんに失礼よ。彼はそんな軽い人じゃありません。あの人は全ての探索者の模範よ、御上君もそう思うでしょ」
アイドルの追っかけみたいな軽い感じのお姉さんは松枝小梢さん、オレンジのショートカットとブラウンの瞳の木鼠のような女子だ。軽薄そうだが採用試験では優秀だったと聞く。愛くるしい容姿とあざとさで、初日からこずえちゃんと呼ばれて、皆から可愛がられていた。
嗜めているもう一人の受付のお姉さんは州城尋さんと言って、できるキャリアウーマンを演出している。クールビューティで俺より高身長なのが羨ましい。
今の時間はピークを過ぎて探索者の姿もまばらだ。見かけの判断から俺を和ませようとしてくれるのだろう。もちろん選抜者のキャリヤと実力は年齢に比例しない。その辺は研修で散々教えられているはずだ。だが実際に体験しないと身につかない事もある。月代主任はそれを狙って、彼女達に俺の講習を任せたのだろう。一つわからせてやるか。
「もちろん知ってますよ、僕のパーティーメンバーも応援してますから。彼の様になれと煩いんですよ」
特に朱美が大ファンだ。俺に彼のような探索者になって欲しいらしい。もっとも朱美が模範とするよう強要しているのは、彼の戦闘スタイルではなく、ひととなりだ。男性の上級探索者は数が少ない。更にトップクラスは稀少だ。その為クズでも女性にはもてる、剣風姫の父親、神瞑無三氏がそうであったように。当然、星堂篤彦氏もモテまくっている。だけど彼は奥さん一筋なのだ。奥さんも探索者で、二人は日本を代表するおしどり夫婦としても有名だった。娘さんがいると聞いている。その人柄もあって、アンケートではいつも理想のお父さんナンバーワンの座にいる。
「想夜君も探索者になって間もないけど、もう中級なのよね。ひょっとして強かったりする? 前途有望なら贔屓しようかな」
「もう小梢、ダメでしょ、大きな声で言っちゃ。強さだけが探索者の全てではありませんよ」
小梢さんがボケで尋さんがツッコミなのか。それにもう手遅れだ。もし俺が女性にだらしないと知られたらどうなるか。潔癖な星堂さんなら焼くかもしれない。近づかないようにしよう。梢さんが悪戯っぽく問う。
「それで今日はパーティーメンバーとは一緒じゃないの」
「パーティーメンバーは二人とも小学校からの友人でした。先日やっと中層まで連れてもらって、中級免許が取れました。今日は他の人と深層まで潜っています。僕はいけませんでしたけど」
朱美たちは合宿で深層まで遠征中だ。当然俺は参加できない。悔しそうに言った。彼女達には俺がやせ我慢をしているように見える。
「まさか置いて行かれたの」
中高生で探索者を目指す学生は、しばしば同窓や幼馴染でパーティーを組むが、能力や考え方の違いから、雲散霧消しやすい。パーティーが足手まといになった俺を追放しようとしている、良くある話だ、彼女たちが危惧をする。そして尋さんが、目敏くローブの下のフリル探索服に気づいた。
「御上君、その探索服、女性のじゃぁ」
「その言いにくいんだけど、パーティーの資金から購入しなかったの」
「パーティーの積立からは出してもらってません。おさがりですけど、これしか合う服がなかったんです」
嘘は言わない。探索服の経費はギルド持ちだ。女性探索者のお下がりみたいなものだし、あの規模の魔力爆発に耐えうる生地は、至急ではこれしか手配できなかった。だが二人はそう捉えない。パーティーの共同資金からの援助もなく、やむを得ずお下がりの女性服を着ている哀れな新人探索者と、俺の事を解釈していきどおっている。
「これ、あんまりだわ。私から意見してあげようか」
「落ち着いて、ヒロちゃん。日誌で報告するから。だけど感じ悪いわね、皆、御上君の事、馬鹿にして笑うなんて」
激高する尋さんを梢さんが宥めている。尋さんがクールビューティを装っているのは、短気な性格を隠すためかもしれない。まばらな探索者がこちらを見ながら笑っている。彼女達は俺を嘲っていると憤慨してくれるが、嗤われているのは君達なのだ。
正義感が強く、業務に前のめりなのがあだとなった。彼女達が仕事に思い入れがなく、マニュアル通りにこなしていれば、こんな失態は犯さなかった。だけどそんな受付嬢は協会も、俺達探索者も望んでいない。
ギルドにおける新人の洗礼は「みよう本」の中だけではない。現実の日本でも存在する。恐らく今日の業務日誌を読んだ月代主任たちは爆笑する。そして彼女達は俺にあそばれたと知って、屈辱で枕を濡らすであろう。こうやって新人受付嬢は成長していく。
受付嬢たちと遊んでから中層へ向かった。戦闘訓練が主なので、なるべくモンスターの多い場所を選ぶ。フリル服が恥ずかしいので、人のいない場所を探す。というわけで、中層から深層へ降りる最短コースから一つ外れた通路を抜ける。その先には直径数キロ、高さも数百メートル級の大空間が幾つか連なっていた。ここにはゴブリン、オークといったヒト型からウルフ等の獣タイプ、更にガーゴイル等飛行種など、雑多な魔物が生息している。ただし、普通種ばかりだが。そしてここを抜けても、深層へ降りられる。しかも最短コースとほぼ同じ場所だ。深層に降りようという探索者は実力者揃いなので、わざわざ遠回りして雑魚を相手にしない。したがって、このエリアは先のハーピーエリアを上回って不人気だった。
今日は『石槍』の性能を試すために来た。そして風魔法との組み合わせで、アレンジを考える。俺は通常の戦闘では『石槍』を魔法攻撃の柱として、『鎌鼬』をサブにするつもりだ。『石槍』に条痕を刻んで、風魔法で包み、威力と距離、精度を上げる。
まずは、威力、至近距離ならオーク2,3匹なら一度に貫いても、まだ余裕があった。次に距離、動かない的なら、100m程、スキルなき時代の世界記録と同じ位だ。ちなみに通常の『石槍』の飛距離が50メートル、アレンジを加えて、75メートル位が標準とされる。俺の魔力量からするともう少し伸びていいと思う。それにウルフのようにちょこまか動く相手には当たりづらい。こちらも訓練あるのみだ。ガーゴイルのように風魔法に敏感な魔物には、『鎌鼬』は躱される事がある。こちらには『石槍』と『鎌鼬』を同時に放つ。万一対人戦となれば、これが切り札になるだろう。
言うまでもなく魔法剣士は剣戟を交えながら、補完し合う魔法を放つ探索者を指す。先に魔法を放ってから剣や槍で突撃するだけでは魔法剣士と呼ばない。そんなのは、魔法職と剣士の兼業だ。例えば手数と速度で勝る短剣使いなら、魔法に重い威力を乗せたりする。俺のように一撃が重い斧使いなら、手数を魔法で補った方がいい。
ちょうどこちらに向かってくるゴブリンの集団がいたので、突っ込んでみた。ハルバードで薙ぎ払いながら、横目でメイジに『石槍』を放つ。背後の気配に地面から『石槍』を生やして串刺しにする。加速した思考でミスもなくこなせた。だが、これだけならまだ『鎌鼬』や『石槍』で牽制して突っ込んだ方が、効率がいい。それに『風衣』も纏っていない。『石槍』も風魔法で威力を上げると精度が落ちた。戦闘しながら魔法を使うのは問題ないが、同時に二つ、三つだとちょっと苦しい。俺はオークやウルフの群れにも突入しながら、この辺りを少しずつ改善していく。
二回目のゴブリンの群れを殲滅した時、光るものが見えた。ゴブリンがダンジョンアイテムを持っているなんて驚きだ。渋いと評判のこのエリアで見つけるなんてラッキーと思いながら、そのペンダントを手に取った。だけど次の瞬間がっかりする。これ、高価だけど普通のペンダントだ。ゴブリンは探索者の私物を盗んだり、遺物を拾ったりする習性がある。汚れがない所を見ると、最近手にしたものだろう。
そう思いながら調べると、家族と思われるポートレートが組み込まれていた。両親と娘二人が写っている。そして父親と思わしき人物には心当たりがあった。受付嬢の話題にしていた上級探索者、星堂篤彦氏だ。朱美から何度も写真を見せられたので、見間違うはずはない。彼がゴブリンごときに遅れを取るはずもない、落としものか? 取り敢えず予定通り進もう、ペンダントは後で梢ちゃんを通して渡してもらおう、彼女の笑顔を想像しながら終点についた。この先は深層に降りる階段があるが、俺はまだ行けない。最初に深層に降りる際は、上級冒険者の立会人が必要だからだ。
「ちょっといいかな、トレーニング中、邪魔して悪いが」
全くの不意打ちだった。ソロなので周辺の気配には気を配っていたつもりだ。戦慄しながら振り返ると、壮年の美丈夫が立っていた。紛うことなく、上級探索者、星堂篤彦氏だった。流石に上級か、俺の奇抜なフリル服を見ても何も言わなかった。この方面の知識も持ち合わせているのかもしれない。
「驚かせて申し訳ない、君、ゴブリンの集団と遭遇しなかったかい?」
「ゴブリンの群れはいくつか殲滅しました。ひょっとして落とし物ですか」
「どうしてそれを?」
俺は断ってからアイテムボックスからペンダントを取り出て渡す。彼は大事そうに握りしめた。
「先程の戦闘で斃した一匹が持っていしまた。申し訳ありませんが、中を検めました」
「かまわないさ、娘が選抜者になった日の記念写真だ。未練がましく追いかけて来てよかったよ。ありがとう、上級探索者、星堂篤彦だ。何かお礼がしたいが」
「構いませんよ、お礼なんて。受付に届けるつもりでしたから。初めまして、御上想夜、中級冒険者です。下の娘さんが選ばれたんですね、おめでとうございます」
「どうしてそれを。娘達の事は公にしていないはずだが」
星堂さんが目を細めた。余計な事を言ったか。ランカーに誤魔化しは失礼だろう。俺は思うままに答えた。
「髪の長い方のお嬢さん、喜んでいましたけど遠慮があったんです。お姉さんに気を使ったんだと思います。髪の短い方のお嬢さん、お姉さんは笑っていますけど、ちょっと悔しそうです。うちもこんな感じでした。探索者になりたいってずっと言っていた僕より、妹の方が先に選ばれたんです。普段生意気な妹が、僕に気を使っているのが丸分かりでした。もっと素直に喜べばいいのにって、僕も悔しかったです」
姉の方は、引き締まった躰付きから鍛錬を続けているのが分かる。父親のようになりたかったのだろう、俺と同じだった。星堂さんがしみじみと語った。
「娘たちの事はよく見ていたつもりだったんだがね。下の娘は選抜者になりたくなくて、上の娘が嫉妬していると思っていた。今度、関西に来たら連絡をくれたまえ。家族を紹介しよう。父親として、娘たちに君のような友人が出来ると心強い」
二人の娘さんは、上は俺と同級、下は妹と同級だそうだ。それから改まって告げられた。
「御上想夜君、君の事は月代主任から聞いている。スタンピードでの奮戦、ご苦労様。先輩として誇りに思う」
「光栄です」
俺が謝礼の金品を固辞したので、立会人として一緒に深層に降りてもらえることになった。無理をしなければ、今の俺の実力でもやっていけるらしい。後で小梢ちゃん達に自慢しよう。
聞いてはいたが、深層は広大だ。降りてきた空間も直径10キロ、高さも1キロ程あるという。もう空間というより、荒野だった。例外を除いてモンスターは上位種、または深層にしか生息しない強力な魔物が主体となる。星堂さんはトロールの混じるオークの群れで魔法剣士の剣舞を実演してくれた。
剣に炎を付与して威力を上げる。卓越した剣技で、溶かすように魔物を斬る。一振りごとに『炎弾』もほとばしって、瞬く間にオークの上位種は殲滅された。トロールも切り口を焼かれ、再生を許さない。俺は『魔力視』と【魔道】で魔力の使い方を確認しながら、しっかりと『記憶』する。詩央の言う通り、まさに見稽古だった。彼の切り札で代名詞の『爆炎』も見せてもらう。彼の『爆炎』は「アステラスフォティア」の別名があり、その威力はけた違いだ。魔石すら残らないと言われる。白い炎が大地を舐めると、岩石さえも焼き尽くした。
「御上君、君ならこれにどう対処するかな」
「躱す事は不可能ですね。それなら悪あがきして、後に続く仲間のために時間稼ぎでもしますか」
「いい答えだ」
星堂さんは悪戯っぽく笑った。キュプロークスを斃した俺の『衝撃波』が見たいと言われたので、こちらもサイの魔物相手に披露した。
二人して雑談をしながらギルドへと戻った。深層で休憩中に救難要請があり、ちょっと目を離した隙に、ゴブリンにペンダントを盗まれたそうだ。ゴブリンはどこにでもいるが、深い層ほど小狡いと言われる。それで主任達と別れて、追跡してきたとの事。
上級探索者、星堂篤彦氏、評判通り人格も実力も尊敬できる人物だった。今日の出会いは、本当に有意義な時間となった。そしてこれが二人の最後を分ける事になる。