スタンピードが発生した未登録ダンジョンは、吉野川徳島港湾ダンジョンと命名された。長ったらしいので、俺達は港湾ダンジョンと呼んでいる。今日はその解禁日となる。レセプションも兼ねているが、雰囲気としては、むしろ出陣式だ。全員探索着用での参加になった。星堂さんは一目でフリル服の有用性を見抜いたが、そんな人は少数派だ。セレモニーには恥ずかしくて着ていけない。コネは使いたくなかったが、義母に無理を言って、予備の既製品を送ってもらった。練習生が着るような一番安いやつだ。それでも俺はご満悦だった。何しろ、御目麗しい少女五人を従えている。ハーレム王になった気分だった。レセプション会場でも、ちらほら注目を浴びている。だけど反抗的な娘もいる。
「御上、あっちへ行け。お前と親しいと思われるだけで不愉快だ」
「えぇ~、一緒にいようよ。想夜ちゃん、迷子になっちゃいそうだし」
剣風姫と菫先輩だ。弥生先輩は先日俺にセクハラをされて以来、益々俺を邪険に扱うようになった。菫ちゃんは何かとお姉さんぶって構ってくる。
弥生先輩の装いは神瞑流の剣士の着用する、道衣をイメージした探索服だが、色は楚々とした白。神瞑流の教えは武には純真無垢であれだ。白はその象徴である。白の着用を許されたのは、妄念の権化であった真明無三前総帥に次いで二人になる。菫ちゃんはファッション重視のゴスロリ調だ。もちろんウエストを絞ってバストが強調されていた。フリルも沢山ついていて我が同志だ。ちなみに俺のフリル服の事は、まだ皆には内緒にしている。菫先輩も有名人なので注目度は高い。
ダンジョン舐めるな、彼女の装いは、何も知らない一般人から見ると顰蹙を買いかねないので、俺は菫ちゃんの胸元のフリルを、いや強調されたロリ巨乳をガン見しながら褒めちぎった。
「そのフリル、魔力の衝撃を拡散するんですよね。先輩にはとてもよくお似合いです」
「えへへ、パパに作ってもらったんだよ」
「御上君、良く知っていたわね。最新モデルで一般には公開されていないはずなのに」
付け焼刃の知識をひけらかすと、コートに身を包んだ魔女姫様が感心してくれた。コートの下の彼女の探索服は透けるというか、高校生にしては露出が多い。俺もそうだが、着こむと魔力の感度が悪くなる気がする。
「想夜、怪しい。いつもは服に関心がないのに。見た事あるんじゃないの」
勘の鋭い朱美が疑ってくる。俺のフリル服の事がバレたのか、違う、彼女は俺と菫ちゃんの関係を疑っている。俺が菫先輩の大ファンだったのを、朱美は知っている。
「今、工房で僕の服作ってもらっているでしょ。そこのマイスターに教えてもらったんだ」
何とか誤魔化せた。可愛い物好きな朱美やフリルやレースが似合いそうな詩央も、菫ちゃんの方へ向かっていった。他の女性探索者もわらわらと集まっていく。彼女のコスチュームは父親の経営する会社の試作品らしい。フリル探索服が大いに流行って、俺の服が目立たなくなるといいのに。
レセプションに参加している探索者のメンツは先のスタンピードで功績があった連中、大企業の尖兵、隣県や政府機関の視察員と様々だ。うちの学校からは、俺達のパーティーと魔女姫様と剣風姫と菫ちゃんの6人が参加している。そして今、俺を除く5人は市の広報から取材を受けている。朱美と詩央は今年の選手権ティーンの部の四国地区A代表だ。最小メンバーで出場する。ほかの候補生は誰も彼女達について来れなかった。言うまでもなく、会徒会の三人娘は昨年度の代表で、しかも大会覇者だ。市の防衛でも大活躍した美少女はとっても絵になる。生徒会長の父親の、市長と見受けられる人物も機嫌が良さそうだ。
早速ボッチになってしまってブラブラしていると、俺にも待ち望んだイベントがやってきた。
「おい、お前、旗無さんのパーティーの男だろ。お前に足を引っ張られて彼女達は活躍できない。ちょっと付き合えや」
失礼な男が訳の分からん事を言い出した。俺は朱美と詩央から知らない人について行かないよう教育されている。
「嫌だけど」
俺の返事に案の定、彼は激高した。胸のプレートからするに、彼は隣県の選手権代表組の高校生だろう。身長が180cmを超えて胸板も厚い、羨ましい。
「何だと、お前の様なひ弱な奴は、探索者に向いていない。これは厚意の忠告だ。その安物の既製品はなんだ、ダンジョン舐めとるのか。それから俺の服を見ろ。お前のとは違うだろ」
ダンジョンを舐めていると顰蹙を買っていたのは俺だった。失礼男は延々と自分の探索服の話をする。稀少な素材を使っている、高名なマイスターに頼んだ、何百万もした、俺は服なんかに関心がないので、いい加減飽きてきた。
「鷹地君、うちの想夜になんか用なの」
「想夜さんが迷惑がっている」
「旗無さんから離れろ、彼女は俺のパーティーに入ってもらう」
朱美と詩央が助けに来てくれた。俺の腕をしっかり取って左右から躰を寄せてくる。明かに鷹地という少年に見せつけている。彼は隣県の高校3年生で、別枠での四国地区のティーンの代表メンバーだった。ちなみに、研修では学年に関係なく、君づけ、さんづけで呼ぶのが慣習という。年下でも、探索歴は上というのは普通にあるからだ。
四国地区の出場枠は2枠ある。朱美と詩央がA代表なら彼はB組だ。通常はA組が一軍とされ、精鋭が揃えられる。だが今年に限っては、四国地区は事情が異なる。参加パーティーの人数は四人か五人が普通だが、今回A代表は二人だけだ。従ってB代表にも精鋭が混じっている。彼も本来はA代表だったのかもしれない。彼が大声を出した事で、周囲に人だかりができた。ここで彼の指導員が止めに入る。
「よせ、鷹地。また問題を起こすと代表が取り消しになるぞ」
「先輩として、後輩にプロの心得を教えようとしただけだ」
「そうか、そうだったんだね、君」
指導員が俺に同意を求めてきた。ここで俺がYESと答えて丸く収めるのが大人の対応だ。二人のやり取りを見るに、今までもトラブルを指導員がこうしてうやむやにしたのだろう。だがここで引いても奴はいずれ絡んでくるし、詩央達にコナをかけ続ける。根本は解決しない。
俺は子供だ。大人の駆け引きは分からない。正直に答える。
「違いますよ、自分の探索服が高価なのを自慢していました。それに……」
俺はここで火に油を注ぐ。
「うちの学園にもプロレビューしている人は何人もいますが、皆さん謙虚で尊敬しています」
驕っているお前など、尊敬できないと言ってやった。もっともうちの高校は、魔女姫様達レビューしていない人の方が格上なので、粋がっても笑われるだけだが。取り囲んでいた地元の探索者達が爆笑する。協会の職員も駆けつけてきた。梢ちゃんと尋さんだ。今日は出張でこちらに来ている。
「御上君何があったの」
小梢ちゃんが心配してくれて嬉しい。尋さんは顔見知りの探索者に事情を聴いている。
「知らない人にしつこく話しかけられて困っていたんです」
「俺を知らないだと!」
地元では有名人なのか、鷹地がキレかけている。ここで暴れれば、免停だけではすまないが、流石に短慮は起こさなかった。だけど、ここまでコケにされて、奴には堪えるという選択肢はなくなっている。俺を見て獰猛に笑う。
「お互い誤解があったようだ。水に流そう」
右手を差し出してきた。服の上からでも奴の筋肉が隆起しているのが分かる。ああ、こうするのが常套手段なのか。
「想夜、あなた左利きよね」
「鷹地さんは状態異常耐性を持っている」
朱美がこれ見よがしに言う。それにいい事を聞いた。こいつは鈍いんだ。
嗤う鷹地とがっちり握手した。脳内のニューロンからシナプスに魔力が走る。細胞が爆発的に強化され、命の根源が目覚めた。研ぎ澄まされた超感覚が奴の神経の動きまで、手に取るように掌握する。
「もういい」
額から油汗を流しながら、奴の方から終戦を申し出た。俺は少しだけ彼を見直した。腐っても四国代表、悲鳴を上げなかったからだ。特に戦闘職の探索者から感嘆の声が上がっている。他の人達は揉め事が無事に終わって安堵したり、がっかりしていた。
「御上君、良く我慢したわね、偉いわよ」
勘違いした千尋さんが褒めてくれた。
控室では関係者が慌てふためいていた。
「指が折れているのか」
「そんなもんじゃない。全部砕かれている」
「旗無詩央君を呼べんのか」
「断られた。研修中の負傷でないから、治療の義務はないと。まして自分のパーティーに手を出そうとした人間には、謝礼を出されても治療は行わないそうだ」
奥では鷹地が応急処置を受けていた。状態異常耐性がなければ、痛みで転げまわっているところだ。もう少し引き下がるのが遅ければ、神経さえも切断されていた。
高校卒業後、自分のパーティーを率いて世界に羽ばたく、彼には野望があった。その夢に旗無詩央はどうしても必要な人材だった。稀少な回復魔法のスキル保持者は、通常ダンジョンの奥深くまで潜らない。だが回復魔法と身体強化が共にダブルの彼女であれば、前線にも同行できる。大怪我をして後方に下がってトリプルから治療を受けるより、その場でポーションと併用してダブルの回復職から治してもらう方が効率もよく、生存率が高い。彼女の様なポジションの探査者は、上級のパーティーに所属するのが普通だ。しかし彼女は自分のパーティーの新メンバーに執着して、取り合ってくれない。聞けば選抜者になったばかりの新人だという。こいつさえ居なくなれば。儚げな詩央の容姿も、彼の心を捉えてやまなかった。
会ってみると華奢な体躯と女顔で、強さの欠片も感じないつまらない男だった。いつも通りちょっと脅せばいいか。だが見かけとは反対に、少しも怖がる様子はない。それどころか事を大きくしてしまう。馬鹿なのか、弱い奴ほど空気を読むのに。
差し出した手を疑う事もなく握り返してきた。女のように細い指だ、折るのは簡単だろう。『剛腕』の握力を喰らわせてやる。自慢の筋肉が躍動した。だが次の瞬間、砕かれたのは俺の指だった。敵意も気負いも躊躇すらもない、奴にとっては理の当然の如く俺を見ていた。
ダンジョンで闇討ちしようか、死神の誘惑が俺を誘う。そうなったら奴は雑魚ゴブリンを屠るがごとく俺を殺して一瞥もしない、そんな結末しか想像できなかった。
「狂っている」
痛みも忘れて身がすくんだ。
「知らない人について行かないように」
皆から念を押されて、また一人になってしまった。朱美たちは代表組に加わるし、生徒会組は女子会を兼ねてダンジョンに潜るという。邪魔はできない。それに俺は出発直前に、クラス男子全員からの密命を受けていた。あの日、セイレーンに幻惑されたのは佐藤たちばかりではない。セイレーンの生態を調査して報告するという高尚な使命を授かってきたのだ。セイレーンの『催眠』が男性に特効とはいえ、俺も先のスタンピードで強くなっている。短時間なら、耐えられるはずだ。『石槍』と『鎌鼬』スキルで、遠隔攻撃も手に入れた。囮の餌肉がなくても大丈夫だろう。これは慢心ではなく自信である。俺は何の準備もしないで、地図を片手にセイレーンの生息地へ向かった。
途中出会ったモンスターをひたすら殲滅して、目的地を目指す。魔物の湧きが早く、中層までの距離は短いので、魔石集めに限れば、むしろ徳島ダンジョンより好都合だ。セイレーンの生息地には俺の足で、2時間位で着いた。そこは鍾乳洞を数十倍位大きくした巨大空間で、石柱や石筍が立ち並び、100メートルを越える高さのある天井からは、氷柱石が垂れ下がっている。広大な空間の割には見通しが悪い。そして、大き目の川が流れて、エリアを分割している。これは戦闘になっても対岸に逃げられたらアウトだ。意外と苦戦するかもしれない。俺は自らを囮として、彼女達を狩っていく事にする。
30分ほど待ったが一羽も現れない。他のモンスターはあんなに好戦的だったのにおかしい。セイレーンの生息する鍾乳洞型空間は他に2か所あるという、そちらへ移動しようか。そう思った時、石筍に隠れてこちらを伺う影があった。シルエットから見て女の子だ。すぐに魔眼の少女の事が頭に浮かんだ。彼女と会ったのもハーピー狩りの時だった。もう一度会いたい。
だけど違った。なんと覗いていたのはセイレーンの子供だった。ダンジョンではモンスターの子供は確認されていない。成体のまま湧き出すとされている。でも彼女は違う。ほんの少し膨らんだ乳房と小さな陰部は、翼と同色のロイヤルブルーの羽根と透き通る白の羽毛で、申し訳程度に覆われていた。人間に喩えると、11歳位か。飾り羽のついたたおやかな群青の髪と、ちょっと勝気だが高貴な顔立ちから想像するに、小さなプリンセスかもしれない。スリムな肢体はキリ香に似ている。俺は静かに近づいていった。
「コワ、コワ、ヤダ、ヤダ」
怯えたリトルセイレーンが、羽毛を逆立て精いっぱいの威嚇をしてくる。逃げ出したのだが様子が変だ、彼女は上手に飛べない、10メートルも飛ばないうちに落ちてしまった。翼を痛めているように見える。可哀そうだった。群れの女王にでも虐められたのか。そして石柱に隠れると、またこちらを上目遣いで窺ってきた。濃緑の瞳がキラキラして、とっても可愛らしい。それでいて気高いのだ。何としてもお持ち帰りしたい。
武器を仕舞って両手を広げた。害意のない事を示す。微笑みながらゆっくりと近づく。今度は傍まで近づいても逃げなかった。もう少しの所でまた距離を取られた。そして不安と期待に満ちた眼で俺を見詰めている。間違いない、この子は俺に興味津々なのだ。助けて欲しいのかもしれない。構って欲しいけどちょっと怖い、人間の女の子と同じじゃないか。幼いうちから飼えば、美少女モンスターとも仲良くなれるかもしれない、世の男性にとっては朗報だろう。クラスの男子からの特命も果たせた。
モンスターを相手に、不殺で共存しようと主張するカルト集団は世に蔓延っている。メンバーは全員ダンジョンに潜る事の出来ない人達だ。今までは何を世迷言と思っていたが、案外彼らの方が正しかったのかもしれない。
ここでセイレーンの子供が不可思議な行動に出た。彼女が結構な高さの石筍の先端によじ登ると、あしゆびを引っかけてクルクルと回転を始めた。ポールダンスだ。鳥の中には、異性に舞踏で求愛する種がいるという。鳥の魔物のセイレーンもこの習性を引き継いだのか。
セイレーンもハーピーも九頭身の美少女だ。人より脚がしなやかで長い。そして柔軟性も関節の可動域も人間を凌ぐ。石筍に脚をかけて折れ曲がらんばかりに体を反らす。膨らみかけの胸の羽毛が毛羽だって背徳的なロリ巨乳を偽る。Y字のポーズからそのまま脚をⅠ字に開いて、スピンをかける。陰部が見えんばかりなのだが、光沢ある青い翼が優雅に舞って、絶対領域を展開する。視えそうで視えない、憎い演出だ。人間では決して演じる事の出来ない美しき造形とエロス、美少女モンスターの舞踊を、俺は心ゆくまで堪能した。
ナデナデしよう、感激した俺が駆け寄った処、身を躱して巣穴へと隠れてしまった。そして入り口から顔を出してコテリとする。俺を呼ぶように可愛く鳴いた。もう脳内ではオニイチャン、オニイチャンと変換されてしまう。ロリっ子セイレーンは追いかけっこを楽しんでいる。早くわたしを捕まえてと俺を誘惑してきている。それならば彼女の寝床で拘束して、望みのままに親密になろう。俺は知らないモンスターについて行った。
ロリっ子を追って、俺は彼女の巣穴、いや住居に入っていく。十数メートルも進んだであろうか、結構な広さの大部屋に出た。ここで彼女は力強く羽ばたき、金剛石を散りばめたような台座に座った。怪我をしているんじゃなかったのか。愛らしくも誇り高い瞳が、傲岸な眼差しに変わっていた。下郎を見る目で俺を蔑んでいる。そして天井の鍾乳石には、20羽程のお姉さんセイレーンがお上品に留まっていた。ここで土魔法か、入り口が閉ざされてしまう。誘い込まれたか。
俺はセイレーンを狩っていたつもりだったが、それは彼女達も同じだった。俺はいつの間にか狩られる側に回っていた。どこでモンスターはこんな知恵をつけた? 天空を舞い踊るレディたるセイレーンが、まさかこんな狭い洞窟で罠を張るとは。
ロリっ子セイレーンは呆然とした俺を見て、チョロチョロと美味しそうに舌なめずりをしている。ものすごく馬鹿にされた気分だ。
「ザッコ、ザッコ」
可愛い聲でさえずって生意気に嗤う。幼げな容姿と仕草から庇護欲をそそり、おびき寄せる。獲物の善性を利用して、欺いて喰らう。こいつらは外道だ。あそばれた、男の子の純情を踏みにじられた。耐えがたき屈辱と怒りに我が身を震わす。
セイレーン達が一斉に歌い出した。『衝撃波』で相殺しようかと思ったが、この狭い空間では天井が崩落して押し潰される可能性が高い。甘く澄んだ音色に乗せて『催眠』が部屋中を揺蕩う。壁や天井に反響してその効果は二倍にも三倍にもなった。心を強くするも、フーガのように追いかけてきて振り切れない。『催眠』が耳を侵し、身体中から染み入ってくる。切なく美しい人外の歌声、極楽の楽曲だ。全てを委ねてしまいたい、彼女達にこの身を捧げたい、抗えぬ欲求が身を焦がす。いや、違う、奉仕をするのはお前たちの方だ。地上でも俺がわからせた女達は切なく啼いた。呪いが発した悦びの声はもっと官能的だった。体の方が先に動いた。
『風衣』を纏ってハルバードを一閃すると、地に美少女の首が転がる。戦斧が唸るごとにその数は増え、いつしか風切り音は『鎌鼬』へと変わっていた。
「ムリ! ムリ!」
首塚を前にして、リトルセイレーンが涙目で啼いている。もちろんわからせてやった。