スライムはいなくなり、武器持ちのゴブリンが現れだす。三匹までなら楽勝だが、極力一撃で倒す練習をする。あえて逃走を選択して1匹ずつ釣りだすとか、奇襲等も試みていく。この後上位ゴブリンが現れ、集団戦へ移行するのが定石だからだ。
ちなみにゴブリンも「みよう本」では人気のある魔物である。登場頻度はトップクラスで、新人に自信をつけてくれる教官役でもある。調子に乗るヒロイン達には、「衆の力」を教えて心を折ってくれる。罰を与えても殺すことはない。ゴブリンは「みよう本」では油断大敵を教える道徳の先生なのである。俺は「新人ちゃん」が、ゴブリン教官の指導で頑張る姿を想像して元気が出た。
探索は順調に進み、小部屋で魔力の高い個体を発見する。ホブゴブリンとかいうやつか。背丈は俺と同じだが、戦ってもそこまでの強さはなかった。仕留めるとスキルを発見した。
『性技』……授かっても使い道のないスキルの代表?
結構有名なスキルで、ゴブリンとオークからよく出るらしい。これ欲しさに男子選抜者がゴブリンやオークを狩っている。そういう人に限って使う相手がいないから無駄スキルと、母さんが言っていたような。試練がオークまで続くならセットでもう1つも得るかも。私生活では嬉しいがここでは役立たず。
小まめな休憩を入れ、更に進んでいくと、5~10匹単位の団体様に出会うようになる。メイジらしきゴブリンや槍や斧を持ったやつもいる。8匹ほどの団体に奇襲をかけて半分以上減らす。ここで遁走しようとしたが、前から20匹ほどの集団と出くわしてしまう。仕方がないので、リスク覚悟で反転して前のやつを蹴散らしながら最初は全力疾走、後半は持久走で駆けだした。最初はつり出して個別撃破だったが、持久走に移ってから本当の闘いだった。俺もゴブリンもヘロヘロになったが、それでも体力は俺の方が上だった。碌に動けないゴブリンを気力を振り絞って殴り殺すという、絵面の悪いものだったが、1時間ほどかけて殲滅した。隠れて休憩しても簡単に見つかるので疑問に思っていると、ゴブリン達は鼻を引きつかせて俺を探しているようだ。改めて『洗浄』で体臭を消す。
「みよう本」ではゴブリンは人間の女性が大好きで、結婚して子沢山の家庭を築くという設定のものもある。現実のダンジョンではどうなのだと、朱美と先輩に聞いた事がある。朱美からは叩かれ、先輩からは本を没収すると言われた。それ以来この話題を口にした事はない。
食糧がエネルギーに変換される時間を予想しながら補給をし、小まめに休む。オーク戦になると金属バットモドキだけでは心もとないので、短槍や斧も回収しておく。その間に隠し部屋からスキルを一個、
『俊足』……走力、特に速度が増す。短距離で真価を発揮。
オーク戦では一撃入れて、駄目なら即離脱の戦法が取れそうだが、有効な武器が長柄や重量武器と、『俊足』とは相性の悪いのが痛い。武器を小分けして隠して誘導する事を考えるか。ゴブリン達はどうも同じ方角から来ている事が多いので、そちらを調査してみる事にする。全力での戦闘は後1日位しかできないだろう。それまでに目途を付けたい。
昼休みになって、また男子どもが騒ぎ出した。
「コールしてみたかよ」
「ああ、繋がるんだが誰もでない、それよりもこれ見てみろよ」
男子の一人がローカルニュースのサイトを指し示す。昨晩市街地でダンジョンに落ちる災害が発生し、被害者はいまだ未帰還であると。画面には現場の映像もあるようで、情報提供も呼び掛けている。
「このコンビニってさ、御上の近所じゃないのか?」
「ああ、一緒に行ったことがある、でもスマホは繋がっているんだろ」
穴に落ちると、外部との連絡は遮断されるので、スマホとかは繋がらなくなる。中学が一緒だったクラスメイトが話し合って、先生に報告する事に決まったようだ。男子二人と朱美さんが職員室に向かうが、すぐに戻ってきた。朱美さんの顔色が悪い。ちょうど、警察が欠席している1年生の男子生徒の確認に来ていて、防犯カメラの映像で安否が確認できていない内の一人が該当するらしい。その場で顔認証をお願いした所、ほぼ本人と特定された。
午後の授業でもスマホを隠れて操作している人が散見される。教師も見ないふりだ。
途中からは一本道となり、ゴブリンの巣穴らしき大部屋を発見する。近場に武器を隠してから、見張りのゴブリンを殲滅してから中を伺う。一匹もいない。最奥には上へ続いていると思われる広い階段がある。部屋内は炊事の跡や藁屑、骨の山、糞便溜まりも散見され、臭いで吐きそうである。更にテーブル状の大岩は血で汚れている。
ゴブリン達が外出中なら、そのまま階段へ進めばよい。ただここに来るまでの一本道で、ボスらしき集団には合わなかった。この先の階段から降りてくる可能性もあるのだ。小考の後、武器を抱えて慎重に階段を進み出すと、上から音が聞こえる。鳴き声らしきものも響いてくる。俺は大部屋の中間地点、外への逃走も、階段を駆け上がるのもどちらも可能な位置の岩の後ろに身を潜めた。蛆の湧いた肉片や糞尿まみれの藁屑の地面を転がって、体中を汚していく。『洗浄』だけでは心もとない。臭いを誤魔化す事も忘れない。
降りてきたのは15,16匹の集団だ。獲物を引きずっている。こいつら狩に行っていたのか、何と獲物はオーク。こいつら上位種を狩っているのか? 通常のダンジョンではゴブリンがオークを狩るなど聞いた事がない。しかもオークはまだ虫の息だ。首領らしきゴブリンが大斧を振り回してゴブリンどもに命令を下すが、叱りつけているようにしか見えない。4匹がかりで血まみれの大岩に固定されると、首領が両手を掲げ、天井に向かって吠える、3度繰り返すと、大斧でオークの首を一気にはねた。と思う間もなく、あばらを砕いて心臓を取り出すや、これに噛り付く。生贄、俺も捕まると首をはねられ、ゴブリンどもに食われるのか。それに祈っていたようにも感じた。魔物が信仰を持つとかあるのか?
短剣で生肉をそぎ落とし、首領が下っ端と思えるゴブリンから順に与えていく。悪臭漂う濁り色の液体も飲み干している。最後に首領が生肉を食い濁り色の液体を飲み干すと、ゴブリン全部が両手を挙げ、天井に向かって吠え続ける。
1時間位か、俺はその光景に唖然としていて、退却か攻撃か決めかねていた。やがて下っ端ゴブリン達の動きがおかしいのに気づく。焦点が合わず、舌を下げ、覚束ない歩みだ。上位種にもその兆候が見られる。濁り色の液体は酒か、麻薬か?
昔話に食人鬼を退治する説話がある。親切な食人鬼はお姫様を用意して、迷子の英雄達をもてなす。英雄達は義兄弟の証として、鬼と一緒にお姫様を食べ、油断させてから毒酒を勧めて鬼を討つ。この時の鬼の最後の言葉が重い。
酩酊している下っ端ゴブリンを打ち据える。『俊足』を利用した奇襲だったので5匹ほど、金属バットモドキで片づける。槍ゴブリンから槍を奪って、メイジを2匹、『魔力視』で魔法の起こりが見える俺は、メイジ系は対応しやすい。石突で弱っているであろう1匹を除いて、8匹が逃走を選択した俺に迫ってくる。途中で突出してきた2体をさばくと、後は無理せず攪乱して酔いが回るのを待った。
奪った槍で手足を傷つけて、動きが悪くなったら止めという卑怯な戦い方を繰り返し、残りは首領1匹となる。この首領、腰蓑ではなく、ちゃんとした衣装を着ている。破れたり、汚れたりしているがゴブリンが衣装を着ているのは初めて聞いた、というか見た。そして何より嫌だったのが顔つきが少し人間に近かった事だ。
大斧を振り回す首領だったが、酔いが回ってか、ふらついている。俺は全力で金属バットモドキを叩きこむが、大斧で受けられ根元から折られてしまう。首領の顔が嗤う。だがその瞬間、俺のタックルが決まり、首領の後頭部を地面にしたたか打ち付けた。夢中で落ちていた短槍を心臓付近に突き刺す。首領はもがいていたが、最後に手を突き出し、何か呻いてからこと切れた。俺にはそれがゴブリンの神の名に聞こえた。良い夢を、せめて神に会えますように。
首領たちが呼び掛けていた、天井の岩肌を確認してみる。この大部屋の天井は殊更高い。生贄を捧げていた大岩の真上には天井の凹凸と、光の陰影が重なって、動物の様にも、人の顔の様にも見える。これがゴブリンの神か? 血を啜る獣の魔神か、畜生もいつくしむ慈愛の女神か。俺はしばらく想いを馳せていた。
戦利品として、首領の大斧、短槍、棍棒を持っていくことにする。怪しげな液体をペットボトルに詰める事も考えたが止めた。折れてしまった母からのバットモドキは廃棄すべきだが、ケースにそのまま仕舞う。さて会得したスキルの確認、予想は出来る、どうせアレだろう。
『唯我独尊』……
「何だ、これは!」
『性技』の流れからどうせ『性豪』でも引くんじゃないかと予想していた。だが出たのは斜め上のスキル『唯我独尊』
まずスキルの詳細が分からない。使用の条件だけでなく、何が出来るかさえも分からない。俺もスキル関係の本を読んだ事はあるが、詳細の一切分からないスキルがあるとは聞いた事がない。
『傲慢』というスキルがある。飲まれてしまうと最悪だが、使いこなせば魔物のヘイトを引き付けて、ピンチでも自信満々でメンバーの志気を上げるスキルとなる。『傲慢』を使いこなせる人は、人格者として尊敬されたりするのだ。
字面から『唯我独尊』は世の中で、我一人尊いとか、『傲慢』の最上位版の可能性もある。しかし、世界で自分一人だけが偉いとか、もう手遅れだと思う。
一方で、古の聖者が生まれてすぐ似たような言葉を唱えたとされる記録がある。その聖者は決して傲慢などにはならず、厳しい修行の果、世を救済する道を選ばれたという。覇道か救世か、俺はどちらも歩めそうにない。
使えない、出来る事も分からないスキルは、ないのと一緒である。先の首領ゴブリンの事も信じてもらえないだろう。と言う訳で、『唯我独尊』スキルは秘密にするのが決定となった。