※この作品はR-18です。

ダンジョン姫はじめ   作:エターナル好希也

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ダンジョンルネッサンス1 コアとの遭遇

 自分がどこにいるのかが分からない。さっきまでは草原で鷹の魔物と対峙していたはずだ。見渡す限りの万物は静止している。景色は色を失い、モノクロとなった。意識が分割され、俺は幾つもの空間に同時に存在している感覚に囚われた。このまま体も散り散りになるのではないか。

 人は拠り所を失うと不安になり、心が乱れる。そんな俺の動揺を見透かすように、光明が現れる。恐らくは空間転移であろう、認識の埒外より刹那に現れた完璧な真球、そのサイズは5メートルをゆうに超える。虹色に脈打つそれは、極彩色の、それでいて安らぐ光で俺を照らした。

 もちろん遭遇するのは初めてだ。だがダンジョン史にははっきり記載がある。黎明期、および25年前にのみ出現したダンジョンの核心、ダンジョンコアだった。通常は人類の感知できない別次元に住まうとされる。生物のように脈動し、明らかな意志を持って活動するこの虹の球はダンジョンの生成、変革時にこちらの次元に顕現する。僅かな観測事例から神学者はコアをダンジョンの創造主とするか、天使のような管理人なのかで、50年間激論している。科学者サイドもコアが人類を遥かに凌ぐ高位の存在である事を疑っていない。彼らの関心は、彼女が有機生命体か、デウスエクスマキナであるかに集中していた。

 

 一筋のコアの光が俺へと伸びる。恐怖はなかった。ヒトなどとは及びもつかない高位生命体だ、俺の儚き命など塵芥だろう。俺は全てを委ねた。光は俺の覚悟に満足したようだ。俺の身体を精査すると、魂にまで侵入してくる。

 ダンジョンコアは俺の記憶を読んでいる。夜の墓地から無数のゾンビが蘇った。映画のように咬まれたらアウトの奴だ。更に絵本で見た餓者髑髏まで這い出して来る。レイスも漂っている。ドレインされると命が縮まる。どうでなら美人の幽霊に憑かれたい。

 ゴーレムも種類が増えた。人型タイプだけではなく、獣や蟲型もいる。鉄や銅だけでなく他の鉱石も落としそうだ。ミスリルやアダマンタイトもあればいいな。そしてちょっとだけだがオートマタも見えた。

 森林では図鑑でしか見た事のない外国のクワガタやカブト虫が、トレントから蜜を吸っている。こいつらは、大きくなったらいつか採集に生きたいと願っていた。それに交じって異世界の昆虫だろう、禍々しく、キモ可愛い凶悪な奴らも飛び回っている。

 

 ダンジョンの森羅万象は微睡むコアの夢なのか、それとも違う世界の人達の、希望や恐怖の具現化なのか。俺は彼女の吐き出す白昼夢をただ懐かしく眺めていた。そして気がついたら涙が出ていた。幼い頃の他愛のない俺の夢も、確かにそこに在ったからだ。

 ある意味、ダンジョンコアは俺の夢を叶えてくれたと言える。俺は彼女に感謝した。彼女も俺に特別な感情を抱いているのが感じられる。コアはこの世のなにものより美しく愛おしい。また恋をしたのかもしれない。このままコアの胎内に包まれて永遠に過ごしたいとさえ思ったものだ。

 だが別れの時はやってくる。彼女は夢から覚めてしまった。次元の頂へと戻り始める。これから高御座より数多の生死を見守るのだろう。行かないでくれ、俺は彼女に手を伸ばした、振られた恋人に未練がましく縋るように。だけどこの手に掴んだのはスキルオーブだった。子供の頃に秘かに憧れたこのスキルは、人には話せない、俺の彼女との大切な思い出となった。

 

 ダンジョンコアと永遠の別れを済ませた俺は、我に返って探索を再開する。緊急事態と言う事ですぐ報告しても良かったのだが、最低限の状況確認は必要だ。何より再生したダンジョンを最初に踏破するのは自分でありたかった。今や全てのエリアが異空間へと変わっている。面積も以前の倍はある。ダンジョンも安定していたので、初見のモンスターの魔石とアイテムを幾つか回収して、自衛隊の詰所へ報告へと向かった。

 

 

 

 定時に戻ったのだが自衛隊の様子がおかしい。潜る前は二人しかいなかったはずだが、小隊が動員されていた。装甲車まである。隊長と思しき人が敬礼して迎えてくれる。俺みたいな子供にまで礼を尽くすとは律儀な人だ。

 

「ご苦労様です。何か異変はありませんでしたか」

 

 これは他所でも異常があったのだろう。失礼のないように簡潔に応える。

 

「お出迎え、ありがとうございます。ダンジョンが拡張されました。コアとも遭遇しましたよ。今のところ安定していますので、すぐにスタンピードが起こるとは思えませんが。それよりもこの警戒ぶり、何かあったのですか」

 

 モンスターの氾濫を警戒していた隊員の人達に安堵の色が見えた。俺は魔石やアイテムを預けながら、隊長さんと情報交換をする。話を聞くに、昨日よりE級、D級ダンジョンを中心に拡張や異変が相次いでいるという。これら下位のダンジョンは月に一度しか人が入らない事も多い。それで現在はC級までの全てのダンジョンを総点検中で、厳戒態勢が取られていると話してくれた。ダンジョンで変化があったのはここだけでなく、全国的な話らしい。更にワイルドバンドやスタンピードの兆しも現れている。

 

「それとレイスを確認しました。万一の場合は退避をお勧めします」

 

 レイスと聞いて隊員の人達が顔をしかめた。レイスは物理攻撃がほぼ効かない。ほぼと言うのは、霊体にある見えない魔核を破壊すると消滅するからだ。魔核に偶然銃弾が当たるまで、何百発も撃ちまくる事になる。ただこいつは魔法攻撃には弱い。それに俺のように『魔力視』がなくても、熟練の探索者ならば何となく魔核の位置を感じ取れるので、一太刀で屠れる。苦戦する事は無い。ここで新しくレイスが出現するのは、俺の願望をコアが聞き届けたせいかもしれない。申し訳ない、心の中で手を合わせた。

 

 

 

 楠田邸に戻った俺は夕食をご馳走になっている。自衛隊の詰所では冷めた弁当かレーションなのでありがたい。食卓での話題は当然ダンジョンの異変だった。俺が一日潜っている間に、E級から始まって現在はC級にまで、世界中で発生しているらしい。その割合は該当ダンジョンの一割を超える。月代主任に一報を入れたが、規定のフォーマットで送信して欲しいとつれない返事だった。先のダンジョン占拠と合わせて、協会はキャパシティーオーバーだ。重要度はともかく、脅威度の低いここは後回しと言われた。

 

「とにかく御上君が無事で良かったわい。それにしてもまたダンジョンが成長したのか。どうも君とは縁があるようじゃの」

「もうお爺ちゃん、笑いごとはないでしょ。自分もダンジョンに降りるとか言って、自衛隊の人に止められたのよ」

 

 幹之輔爺さんが闊達に笑えば、それを受けて愛望が笑顔で咎める。清見ちゃんの表情は伺えないが、機嫌はいいようだ。

 

「僕の方こそ、コアと遭遇してダンジョンの再生に立ち会えました。生涯の誇りになります。これも愛望さんが縁をくれたおかげかな」

 

 愛望が顔を染めるが、家族の誰も気づかない。俺がコアに言及すると、幹之輔爺さんは真顔になった。

 

「繰り言になるが、25年前も下位のダンジョンから異常が起こった。A級に及ぶまでにひと月近い時間がかかったものじゃ。充分に注意してほしい」

「僕はダンジョンから力を授かりました。そして御爺さん達先達から経験を受け継ぎました。皆を守るのは僕の使命です。だから心配しないでください。愛理さんも浄見ちゃんも応援してね。そうしたらとっても元気になるから」

 

 二人から応援されると下半身が元気百倍だ。幹之輔爺さんが頷き、愛望の眼が潤む。なぜか浄見ちゃんは真っ赤になった。神社の氏神様も、村人を洞窟の小鬼から守っていい思いをしたという。俺も皆を守ると神に誓った。

 

「きよみちゃん、お願いがあるんだけど。協会への報告書の作成、手伝ってくれないかな?」

 

 月代主任は俺のスマホにフォーマットを送り付けたが、もちろん俺は使えない。自宅のPCだと簡単に出来るのに、何故か不思議だ。

 前回ダンジョンに異空間が発生した時も、俺と幹之輔爺さんの手には余ったので、清見ちゃんに代理でやってもらった。彼女はきょどってしまって、姉と祖父の顔色を伺う。目隠れ女子の清見ちゃんの表情は読めないが、肯定して欲しいのが丸分かりだった。

 

 

 

「そっ、想夜さん、こっ、ここに入力してタップしてください。あっ」

「へえ、こうするんだ」

 

 二人の指がふれ合うようにスマホの画面をタップする。

 

「次はこぉ、こうスクロールして、んんんっ」

 

 細い指と白い指が絡まりながら画面をなぞっていく。浄見ちゃんから声にならない声が漏れた。

 普段は役立たずのスマホだが、今日は俺を助けてくれる。今、浄見ちゃんの横に座って、フォーマットの書き方を習っていた。膝が寄り添う位の距離だ。その童顔と幼児体型を揶揄われて男子が苦手と聞いている。俺と同級なのに、緊張して会話もしどろもどろだ。ここまで来ると男性恐怖症だろう、異性と二人きりになった事はないんじゃないか。だけどダンジョンコアと遭遇して興奮が冷めやらぬ俺には、そんな彼女が一抹の清涼飲料のように好ましかった。早く喉を潤したい。その前にこの子の緊張を解いてあげなくては。

 

 俺は画面を操作する度に肘を当て脇腹をくすぐる。

 

「あっ、あっ、そこは違うんです」

 

 浄見ちゃんが過敏になっていく。それに連れてミスも増えた。蚊の鳴くような声で憶病に話す。俺は一言も聞きもらすまいと、恋人のように肩を寄せた。小柄な体が痙攣する。こうやってボディタッチを重ねていったのだが、彼女は息が乱れて動悸も激しい。俺を意識しすぎて、説明どころではなくなっている。

 偶然を装ったセクハラ攻撃で、この反応は気分がいい。だけど浄見ちゃんは、もう涙腺が崩壊する寸前だった。ここで泣かしてしまうと、幹之輔爺さんや愛望が飛んできてあらぬ疑いが掛けられてしまう。ちょうど新しく確認したモンスターの記入欄があったので、アンデッドの説明をする。これで浄見ちゃんが怖がって泣いた事にすればセーフだ。

 

「佐那ダンジョンはね、再生されて全部が異空間になったんだ。餓舎髑髏やレイスも出現するようになってね。もちろん戦ってもみたよ」

 

 俺はアンデッドどもの姿をおどろおどろしく説明してやった。もちろん浄見ちゃんは怖がるのだが、何故か話に乗ってくる。彼女はお子様なのでお化けが大好きだったのだ。

 

「レイスは自衛隊の人も嫌がっていた。憑りつかれるといけない事をさせられるよ。それから生命力を吸われる。そうしたら段々と体の力が抜けて動けなくなるから注意しよう」

 

 姿形のはっきりした霊体を幽霊と呼び、ぼんやりしたものをレイスと称する。ちなみに幽霊はレイスの上位種だ。こちらは魔法も使う。こくこくと頷く清見ちゃんに、体験学習させてあげる。撫で肩に手を添える。至近距離で両肩を掴まれたのだ、男性恐怖症の躰がビクッとはねた。たまらずに小さな悲鳴も漏れる。

 

「きゃっ」

「静かにして。取り憑かれたらどうなるか、疑似体験させてあげる。解呪の魔力を流すと、少しだけふわっとするんだ。万一の時は、この力できよみちゃんを僕が助ける」

 

 慈愛の魔力を優しく流し込んであげる。俺は解呪など出来ないが、これを呪いが嫌うのは実証済みだ。それにリラックス効果もある。固まった躰が蕩けてきた。

 

「不思議です。自分が自分でなくなってしまいそう。でも温かい」

「レイスに憑かれると、躰が冷えて自由を奪われるから注意して。もう少し温かくしてあげる」

 

 ゆっくりと注ぐ魔力を増やしていく。

 

「躰が熱い、じくじくします」

 

 俺はこっそりと悪戯を仕掛けていた。慈愛の魔力に性愛の魔力も混ぜる。その割合を徐々に増やしていく。今浄見ちゃんは隙を見せている。すがしい躰に淫蕩の魔力が襲う。効果はてき面だった。どんなおぼこでもこれが愛の悦びであると思い知る。怖じ気立つ彼女を、容赦なくふしだらに喘がす。

 レイスに操られると、真面目な子でもこんなに淫靡になる。浄見ちゃんにモンスターの恐ろしさをわからせてあげた。

 

「あぁ~、嫌ッ、嫌ッ、イヤァ──ー」

 

 恐怖の対象である男の前で女の性を晒してしまった、それも意識した少年の前で。もう死にたい、浄見ちゃんは驚天動地の羞恥に悶えている。なんて料理しがいのある初物だろう。サラサラした濃いブラウンの前髪を掻き分けると、朱色の瞳が怯えていた。それを俺の闇色の瞳が捉えて離さない。

 

「ぐすっ、想夜さん、ひどいです」

「きよみちゃん、僕が怖い?」

「……はい、男の人がダメなんです。その、怖くて怖くて上手く話せなくて。さっきも舞い上がって上手く教えられなくて。もう、ごめんなさい」

「それでも君は勇気を出して教えてくれた。真剣な気持ちが伝わってきて、僕も真剣になった。そうしたら不思議とスマホが使えた。ありがとう、感謝している」

 

 はっきりと噛みしめるように謝意を伝えた。朗々と澄んだ声が乙女の躰に染みわたる。怖い殿方からかけられた、真心の言葉、初めての優しさが呪いとなって処女を侵す。

 

「でも、恥ずかしいところ見られちゃいました。もう想夜さんとは会えません」

「きよみちゃんは可愛いね。女の子の聲が聴けて僕は嬉しかった。それにきよみちゃんは固いでしょ、そんな君が弱みを見せた。その信頼に応えるよ」

 

 彼女は初めて男の子と真摯に向き合った。俺の言葉の一つ一つが心の糧となり、魂を縛っていく。幼げな瞳が俺の瞳に魅せられていく。二度と這い上がれないように引きずり込んでやろう。スキルはなくても魅了は出来る。俺は彼女の頭を肩に寄せる。そしてあやすように撫でてあげた。もう抵抗はなかった。

 

「母さんから習った。女友達は辛いとこうやって甘えるんだって。それを受け止めてやるのが男友達の務めだと。僕はきよみちゃんを全力で支えるよ、だってもう友達だから」

 

 男性恐怖症のきよみちゃんにとって、俺は初めての、そして唯一無二の男友達だ。これはもう恋人と同義だろう。彼女もナデナデされて落ち着いてきた。

 

「もう想夜さんもわたしを子ども扱いして」

「こうしていると僕が大人になったみたいだ。もっと撫でさせて」

「そんな事する想夜さんの方が子供なんです。お姉ちゃんから聞きました、わたしの方が10カ月も年上なんですよ」

 

 やっと打ち解けてくれた。自分から冗談を言うようになった。浄見ちゃんから力が抜けていくのが分かる。このまま身も心も委ねてくれたらいいのに。甘酸っぱい青春の匂いがする。キスでもしようかと迷っていたら、足音がして慌てて離れた。

 

 

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