※この作品はR-18です。

ダンジョン姫はじめ   作:エターナル好希也

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拉致未遂

 お勤めが終わって、一週間ぶりに学校へ復帰する。停学明けの登校のようで居心地が悪い。俺が田舎に引きこもっている間、世の中は大きく動いていた。事情を知っている理生院と朱美はしかとしてくれた。クラスの男子どもが問いただしてくる。

 

「想夜、お前どこへ行っていた、禄に連絡もよこさないで」

「ちょっと、他所のダンジョンに遠征だよ。協会からの罰ゲームみたいなもの。もちろん結果は出した。内容は話せないけど」

 

 俺の罪状は女装して女子更衣室に侵入した事だ。絶対にクラスの皆に知られるわけにはいかない。生徒会長と風紀委員長への裸体鑑賞がバレたら、自治会から制裁を喰らう。

 

「御上君、雰囲気変わったよね、大人っぽい。可愛くて弱そうなのは相変わらずなのに、側にいるとゾクゾクするの」

「自衛隊や地元の人達と交流もした。社会人として経験を積めたのが良かったのかも。それに楽しかったし」

 

 人は経験で成長する。妹のキリ香も回復魔法のスキル故に、小学生の時から社会に出ていた。そのため凄く大人びているというか、ませた女の子になってしまった。まあ、俺もダンジョンでは幾度も死線を越えた。結果、強さだけでなく精神性も伸びたと思う。それに出張先ではダンジョンコアとも遭遇という、ありえない幸運にも恵まれた。オフでは同じ年の女の子を大人にして、その姉とも大人の関係を続けた。他にも同級の女の子を二人散らしている。そのうち一人はうちの委員長だ。クラスの女子は、無意識のうちに俺の事を捕食者として捉えているのではないか。

 

「それより、御上、教えてくれよ、ダンジョンのお姫様の事。俺、こんな美人、初めて見るよ」

 

 俺がダンジョンダイブしている間に、港湾ダンジョンの占拠事件は公になっていた。何よりも世の中に衝撃を与えたのは、史上四人目の『魅了』の使い手が現れた事だ。過去の三人は故人なので、沙織は現状で、唯一無二の『魅了』スキル保持者となった。それに彼女は、不可能とされたモンスターの洗脳にも成功した。人型のオスに限るが、深層の上位個体まで支配している。人間と合わせて数百体程度が一度に支配可能と推測されている。その中には戦闘特化で名高い上級探索者、星堂篤彦氏も含まれる。

 今、春凪沙織は世界で最も注目を集めている探索者であり、『魅了』はもっとも警戒されているスキルだ。彼女の銀板カメラで撮られた写真がネットに氾濫している。誰かが故意に流出させたものだろう。15歳だけあって沙織の本名は公表されていない。その洗練された立ち振る舞い、救出された探索者の情報から、「姫」というコードネームで呼ばれている。

 

「二度、命懸けで戦ったけど、決着がつかなかった。僕の知る限り、彼女は世界一の美人だよ。綺麗すぎて人間を止めている。魔力視のスキルがあったので、魅了されずに済んだけど」

「嘘だろ、お前、姫と出会っていたのか。何で教えてくれなかった。というか姫に怪我とかさせていないだろうな」

「そんなに綺麗だった? それで御上君は突入派なの、交渉派なの」

 

 男子どもは俺より姫の身の上を心配している。薄情な友達だ。俺が彼女を傷つけた事が明るみにでると、絶交だけでは済まないだろう。

 

「情報を制限されていた。黙っていて悪かったよ。微笑まれると心が持っていかれそうになる。澄んだ声を聴くだけで、願いを叶えてあげたくなる。魅了を使わなくてもね。完全無欠な女の子だった。もちろん、僕は突入派だよ。こんな美少女、捕まえなくてどうするんだ」

 

 俺は女子達を搔き抱くように両手を広げた。

 

「わっ、御上君、最低!」

 

 世論は突入か、交渉かで真っ二つだ。政府は早期の再突入を画策している。法に従って粛々と処理する。交渉はテロリストに悪しき前例を残す、沙織や、星堂さん達魅了された人達はモンスター扱いとする、国家の威信に掛けて、犠牲を厭わず殲滅するというものだ。同盟国もこれを支持している。俺としては、こうなる前に沙織を確保したい。

 徳島市は交渉を願い出ている。今のままでは再スタンピード必至だ。それにダンジョンの再生がA級やB級にまで及ぶと不測の事態も発生しかねない。市民の安全が第一だと訴えた。市民に限れば、こちらの支持が多い。これは夕垣市長の演説の影響が大きいと思う。俺はスマホで彼の演説を再生した。

 

「今回の港湾ダンジョンの占拠事件、行政にも責任の一端はあります。困窮する未成年の少女を放置して反社組織の前へ立たせた事、これは市政の怠慢であり、それを監督する議員、何より市民の代表たる自分の責任です。付託したあなた方有権者にも、道義的気責任はあるかもしれません」

 

 こうした案件では責任を回避ししようとするのが通例だが、市長は積極的に責任の所在を認めた。更に市民にも罪があると言って、共犯に巻き込もうとする。

 

「彼女は社会から不当な仕打ちを受けました。彼女の両親は世の為に尽くしたのにも関わらずです。その気になれば、私達を魅了して意趣返しをすることも容易かったでしょう。ですが能力の使用は、付き纏いや反社からの護身に限定されています。もちろん彼女は罪を犯しました。それも病に倒れた肉親と自分を、卑劣な襲撃者から護るためです。もし彼女が先のスタンピードの首謀者達に天誅を下さなければ、易々と亡命され、裁かれる事は永遠になかったでしょう。それに先の突入でも誰も死んでいません」

 

 沙織がいかに自制していたか。一般人には決してスキルを使わなかった事を強調する。対象の相手はストーカーや破落戸のみ、男性を誘惑せず、身を守るためだけに使用したのは、同性の女性の共感を呼んだ。犯した殺人も正当防衛であり、法の執行を代行してだけだと、大義にすり替えていく。レイド戦で死者が出なかったのは、俺の頑張りも大きいとは思うのだが、自分はいなかった事になっているから仕方がない。

 

「私達にも、彼女にも償いの機会をいただきたい。彼女の能力があれば、港湾ダンジョンを少人数で管理できます。余った人員を徳島や近郊のダンジョンに手配して、不測の事態に備えます。魔物であっても命は命、彼女の力があれば、殺生を最小限にして、最大限の効率をあげる事が可能です。

 選抜者の皆様も、危険を侵して手を汚す必要はありません。余ったリソースを社会のインフラ整備に向けるべきです。徳島市は政府に恩赦を請求しました」

 

 結構な市民が市長に賛同した。市長案なら不確定要素の多い国の強硬策より、確実に自分達の生命や財産を守ることが出来る。しかも利益誘導まである。それに哀れで善良な美少女を救うという、自尊心まで満たされるのだ。もちろん、港湾ダンジョンは法的に国と協会が管理している。市長サイドは、市が借り上げるのが最上であると、民意を誘導する事に成功していた。

 

 思わぬ副次効果もあった。モンスターの不殺を唱える環境団体が危険を顧みず、国内外から殺到した。市長を指示するプラカードを掲げている。不要不急の外出を控えるように要請されているにも関わらず、市内は観光地のように賑やかだ。彼らは人の枠を超えた沙織を、ダンジョンの姫君として崇拝した。嘗て救国のため、剣を取って身を捧げた少女に喩えられる。世界一の美少女は救世の聖女なのだ。

 ここで政府が強行しようとすれば、デモ団体との衝突は不可避であろう。国が割れる。『魅了』の魔眼の保持者、春凪沙織は、まさに傾国傾城の美少女になりつつあった。

 

 ギルドに赴くため、早退する。委員長が駆け寄ってきた。

 

「想夜君、大丈夫よね、魅了なんてされてないよね」

「強がって見せたけど、本当は魅了されそうだったんだ。その時委員長を思い浮かべた。泣いている顔が見えた。そうしたら跳ね返す事が出来た。ありがとう、雫子」

 

 不安で一杯の委員長を勇気づける。これだけで彼女は晴れやかになって潤んでいる。誠実に答えた。初めて沙織と邂逅した時、委員長達何人もの女性を泣かした記憶を糧にして、魔眼に対抗したのは事実だから。

 

 

 

 ギルド支部に近づくにつれ、観光地のように人が多くなってしまった。モンスターとの共存を唱える人たちが集結しているのだ。外国語を話す人もいる。彼らは総じて俺達選抜者を嫌っている。その癖、俺達にモンスターの不殺を強要してくる。だから俺達探索者とは仲が悪い。一般人の振りをして関わらないようにしよう。

 港湾ダンジョン周辺は規制されて立ち入れない。だから彼らはここ徳島支部周辺で、モンスターを殺すなとアピールしている。その隣では、写真を掲げて、ダンジョンの乙女とか、ダンジョンの聖女とか言って、春凪沙織を崇めている団体もある。協会に仲を取り次げと煩い。

 沙織は見ず知らずの人にまでカリスマを発揮している。自分の事のように嬉しくなった。そして俺が沙織に仕出かした事を想い、秘かな愉悦に浸る。君たちに彼女は微笑まない。

 

 スマホが鳴った。待ち受けではシーナがタスケテと騒いでいる。緊急事態だろう。のどかからだった。切羽詰まっている。

 

「助けて下さい。変な人達に付き纏われてるんです。悪い様にしないからついて来いって」

 

 警察か児童相談所だろうか、姉のやらかしで確かに保護される理由はある。しかし13歳の少女に男性3人で取り囲んで、問答無用はないはずだ。ひょっとしたら反社組織の報復かもしれない。身分を明らかにしないというのもおかしい。今はショッピングモールの女子トイレに籠城しているという。予定を変更して、のどかの元へと急いだ。

 

 駆けつけると確かに怪しい3人組がいた。目立たないが暴力の臭いがする。俺はこの手の人種に心当たりがあった。化粧室から少女が出てくる。厳つい三人組が即座に動いた。だけどすぐに固まってしまう。

 

「HEY,ソーヤ、遅いわよ。街を案内して。Hurry Hurry」

 

 のどかとアルドネが入れ替わっていた。アルドネが俺の腕にぶら下がる。上手い、俺は即座に彼女に合わせた。

 

「待たせてゴメン、僕だけの聖女サマ。今日の衣装、とっても似合ってるよ」

 

 初夏にはいって、汗ばむ陽気だ。背中の開いたノーリーブのワンピース、膝上までの長さしかない。腰の辺りをひもで縛って、簡素に着こなしている。お洒落するというより、肌と曲線を強調するチョイスだろう。白い布地と優雅なひだはイオニアのキトンを連想させる。アルドネの故郷の民族衣装もこんな感じか。

 顔は変装で騙せても、肌の質感までは難しい。露出の多い装いからは健康的な白い肌、流れる金髪、蒼玉の瞳、典型的なコーカサイドの少女の特徴を示されていた。胸ものどかの時より膨らんでいる。大人しいのどかと快活なアルドネ、貌はそっくりでも雰囲気は別人だ。選抜者の聴力が男どもの会話を拾う。

 

「トイレには春凪のどかしか残っていなかったはずだ。どこで入れ替わった」

「どう見ても日本人じゃない。人種が違う」

「顔の造りは同じだ。偶然とも思えん。取り敢えず確保する」

 

 アルドネを引き連れ表へ出る。彼女は双丘を押し付けてそれは幸せそうだった。彼女にとって俺は世界一の男だからだ。俺も異邦人の美少女を従え、得意満面だ。異世界の乙女をものにしたのは、世界中で俺だけかもしれないから。周囲から羨望の眼差しを浴びながら、アルドネをエスコートする。そこへお邪魔虫がやってきた。

 

「そこの女性、一緒に来てくれないか。悪いようにはしないから。少年は遠慮しろ」

 

 丁寧だが凄味を利かせた台詞を吐く。無礼だ、だけどわざとそうしているのだろう。アルドネが空気を読まずに騒ぎ立てた。

 

「イヤよ! 私これからソーヤとデートなの。厭らしい眼で見ないで。分かった、この人たち、ヘンタイなんでしょ。ニホンに来て初めて見たわ」

「おじさん達、いい年をして見苦しいよ。彼女は僕のものだから。日本の恥だからさっさと消えて」

 

 俺はアルドネの腰をかきいだく。彼女も頬を摺り寄せた。あまりにも悦に入った恋人同士の抱擁に、周囲の方が赤く恥らう。だが真っ赤になって怒る奴らもいる。暴力の信奉者はコケにされると我慢できない。ボキボキと指を鳴らして威嚇してきた。

 

「俺達は権限がある。世の為に尽くしている公務員だ。そこをどけ」

「僕の彼女を連れて行かないで。そもそもこの子の名前、言ってみろよ。お前ら知らないだろ。おじさん達は犯罪者だ、公務員だなんて笑わせるよ」

 

 異世界の少女の名前など、彼らが知るはずもない。のどかの名前を唱えてもギャラリーからは失笑されるだけだ。とうとう実力行使に出ようとする。中級探索者の免許を突きつけた。事前にこれをやっておかないと、正当防衛が成立しにくい。通常ならチンピラはこれで引き下がってくれるのだが、今回は違う。

 

「ちょっと力をもらった餓鬼が調子に乗るな、お前一人なんとでもなる。俺達が正義だ」

 

 こいつらは法を犯しながら、まるで悪いと思っていない。自己陶酔に浸っている。激しい怒りが渦を巻く。以前もこういう力の信奉者に出会った事がある。彼らは大義と忠誠を口にして俺達を拉致した。命より大切な幼馴染を、朱美や詩央を奪おうとした。俺は凄まじい殺気を放っていたのだろう。男二人がたぢろいた。取り巻く群衆の輪も大きく広がった。アルドネだけは平然として笑っている。いや、もう一人動揺していない者がいる、三人組のリーダー格の大男だ。一触即発の雰囲気が漂う。でもここで、警ら中のお巡りさんが止めに入ってくれた。顔を知ってる人もいる。

 

「外国人の女性が拉致されてかけていると複数の通報があった」

 

 全員が犯人の男どもを指差す。アルドネは異世界で正真正銘の聖女だったのだ。みんな彼女の善性を信じて疑わない。警官が彼らに詰め寄った。

 

「待ってくれ、俺達は市の職員だ。職務で未成年者を保護していた。何か誤解があるようだ。確認してくれ」

 

 慌てて身分証を提示した。後で手違いがあったとかで胡麻化すつもりだろう。巡査さん達はそれが本物だと確認したようだ。俺はストーカー事件で顔見知りとなったお巡りさんに、大きな声で話しかけた。こっそり『透視』で凶器を発見していた。

 

「気をつけてください。三人とも内ポケットに刃物を忍ばせています。奥の二人はスタンガンを、手前の大きな人は魔道具も持っています。これ魔力を偽るやつです。許可なく使用できないって、異能課の刑事さんが言っていました。この人、選抜者です。でも身分証は違いますよね」

 

 件の警官は俺が選抜者だと知っている。そして事件にも協力したから、好印象を持っているはず、果たして俺の言葉を信じてくれた。選抜者の身分を偽っただけで重罪となる。それに少女一人を保護するのにナイフやスタンガンは行き過ぎだ。警察車両より、専用の拘束具を取り出し始めた。これは魔力の流れを乱し、俺達選抜者を弱体化させる。

 

「身体を改めさせてもらう」

 

 警察官の無慈悲な宣告で、三人に初めて動揺が走った。周囲を取り巻く群衆も、やじ馬から観客レベルに膨れ上がっている。彼らの殆どが、ダンジョンと仲良しになれると夢見ているカルトである。そして魔物を殺す選抜者が大嫌いだ。汚い、さすが選抜者、汚いとシュプレヒコールが湧きおこった。

 

 大男が部下に目配せした。360度、周囲を群衆で囲まれている状況では、警官は拳銃を撃てない。空中高く飛びあがる。『跳躍』のスキルでも持っているのか。群衆を蹴散らし、血路を開いて脱出する気だ。俺も『風衣』で飛翔して、すかさず奴の頭上を盗った。嘗て見た技を『体術』で再現する。

 空中で大男の頭を両脚で挟み、身体をひねってそのまま投げる。そして舗装された地面に叩き落とす。アスファルトから血と瓦礫が飛び散った。だが、これ位では死なないだろう。そのまま足で首根っこを踏んづけ警告する。

 

「動かないで、じゃないと首をへし折るよ」

 

 フランケンシュタイナーとかヘッドシザースホイップというプロレス技だ。大昔のアンチヒーローの必殺技「ギロチン落とし」を基に考案されたものだという。良い子は決して真似をしてはいけない。普通なら首の骨が折れるか、頭蓋骨が陥没して死んでしまう。

 

「ソーヤ、護ってくれてありがとう。怖かったの」

 

 アルドネが抱き着いてくる。彼女の「祝福」が流れ込んで、心が穏やかになった。俺の怒りを鎮めようとしてくれたのだ。

 

 

 

 夕垣摘花は父親の執務室にいた。こんな時間に高校生の娘が出入りすると、公私混同の誹りを受ける。だがそうする者は誰もいない。彼女は先のスタンピードの英雄の一人だ。その後も市の為に尽力してくれる、市役所の職員は最大限の敬意を払っていた。

 

「まずい事になった、春凪のどかの確保に失敗したよ。まさか御上君が絡んでくるとは。早く鎖をつけるべきだったか」

 

 連絡を受けた市長は、娘を見ながら恨めしそうに言う。暗に早く篭絡しろと急かせるようだ。御上想夜のせいで優秀な手駒を一枚失った。消防署勤務の彼はこれまで汚れ仕事を恙なくやってくれたが、今回は衆目に晒されている。庇いきれない、迷わず切り捨てた。

 

「お父様らしくない失策ですね。何故もっと早く動かなかったのですか」

「春凪沙織の妹の情報、故意に古いものが渡されていた。呪いに犯されて手の施しようがなく、余命数カ月だったか。まさか完治していたとは。内調にやられたよ」

 

 夕垣市長は資料を渡してきた内調の小娘を思い出す。彼はのどかの保護を、国に任せる積もりだった。市で保護して死なせてしまうと、沙織から恨まれるかもしれない、交渉の妨げになる。だが御上想夜が解呪していた。人質にしよう、慌てて人を差し向けたが逃げられてしまった。

 

 

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