俺とデートするアルドネは、それはご機嫌だった。彼女は異世界の街を始めて自分の脚で歩いている。ウィンドウショッピングに余念がない。正直、人目を引く彼女の姿を晒したくなかった。だけどのどかに戻すのはもっと危険だ。あんなに人目のある場所でも拉致しようとした。近くに車両も待機していたのだろう。そして合法、非合法にかかわらず、もみ消す力もあるはずだ。もう彼女の住居は見張られている。捕まれば、姉との交渉の材料にされる。アルドネもそれが分かっているから、こんなにはしゃいでいるのだ。明日はないかもしれないのだから。
「ねえ、ソーヤ、あれ美味しそうよ、今度二人で食べましょう。このネックレス、おねだりしたいわ。私にきっと似合うはず」
「僕がうんと稼ぐから。もう少しだけ待ってほしいよ」
三ツ星レストランでディナーを食べ、煌びやかな宝飾で着飾る、そういう未来がくればいい、願わずにはいられなかった。結局のどかを事が済むまで自宅に匿う事にした。なんだか拉致監禁の犯人になったようだ。独り暮らしで本当に良かった。
「ここがソーヤのハウスね」
俺の家の玄関前で、アルドネは幸せそうにしている。新婚生活を始める気満々だ。中ののどかも喜んでいるという。これから女の子を連れ込むんだ、俺も心が華やいだ。玄関前へと立つ、すると扉が自動ドアのように開いてしまう。深淵の瞳の美少女が顔を出した。可愛いエプロンをしている。瀬里奈ちゃんだ。忘れていた、俺が一週間ほど家を空けるので、合鍵を預けていたのだ。宝物にします、彼女は大事そうに握りしめていたっけ。この幼妻は甲斐甲斐しくお掃除をしてくれたのだろう。なのに夫は金髪美人の愛人同伴で帰ってきた。瞳から星が消えた。ドアを閉めようする。ここままでは自殺してしまうかもしれない。
「Noooooh!」
アルドネも悲鳴を上げた。お姉さんぶっているが、彼女も俺に依存している。あれだけ楽しみにしていた新婚先に愛人が待ち伏せしていた。ショックでのどかに戻っていく。金髪少女が大和撫子へその姿を変える。
「ぐすっ、御免なさい、邪魔になって御免なさい。出て行きます、探さないでください」
真面目なのどかが謝りながら泣きじゃくった。こちらも身投げしそうである。俺はというと、呆然として狼狽えてしまった。浮気が発覚したら、男は誰でもこうなるのだろうか。これは修羅場か愁嘆場のどちらか、いや今回は両方引き寄せてしまった。自業自得とはいえ、人生最大の危機を迎えた。
「その女の人、別の人に変わっちゃいました。想夜さん、理由があるのですね」
この中で一番年下の瀬里奈ちゃんだけが我に返った。情けない夫の姿を見て、自分がしっかりしなければと思ったのだろう。それに、白人少女が同じ年位の日本人の少女へ変身するという、超常現象も目撃した。訳アリと察したのかもしれない。俺とのどかは瀬里奈ちゃんに手を引かれて中に入った。掻い摘んで事情を説明する。途中からはアルドネが表に出て引き継いだ。最初は飄々と語っていく。瀬里奈ちゃんを怖がらせたくないのだろう。だけど途中から気持ちを押さえられなくなった。
「もう傷つけたくない。巻き込みたくない。誰も呪わない。ソーヤ、あなただけを想って最後まで生きていくわ」
凄絶な決意を語る。のどかは狙われてている。先の大男も公的機関の所属だろう。もう警察も国も完全には信用できない。外国の工作員や、沙織に恨みを持つ反社組織の残党とか、彼女を人質に欲しがる組織は他にも多い。
異世界の乙女は瀬里奈ちゃんに縋った。部外者の彼女が本心で納得しない限り、二人はここを立ち退くつもりだ。姉の枷になる位なら自決する気でいる。瀬里奈ちゃんは静かに聞いていた。のどかとアルドネが苦悩する姿を、その深淵の瞳が全て吸い込む。代わりに涙が溢れてきた。
「想夜さん、出て行ってください」
「ソーヤ、ギルトに用事があるのよね、先にそっちを済ませなさい」
妻と愛人が結託して、俺を家から追い出そうとする。二人と一人はたちどころに仲良くなった。瀬里奈ちゃんはのどかとアルドネの境遇に涙する。のどかとアルドネは、自分達を憎む事なく受け入れてくれた、瀬里奈ちゃんの慈母の心に感激した。何より全員が俺によって姉妹にされている。仲睦まじく奉仕しよう、そういう結論に至ったようだ。
これから女子会をするという。俺がいると本音を言えないらしい。一週間ぶりに家に戻ったのに、すぐに出る事になった。当初の予定通り、ギルドへ向かう事にしよう。
「夕方には帰ってきてくださいね。晩御飯用意しますから」
遊び人の旦那を送り出す、しっかりものの女房の声が聞こえた。
ギルド前の人込みを掻き分けるようして、久しぶりに徳島ダンジョンの受付を尋ねた。小梢ちゃんと尋さんと会うのも久しぶりだ。ところが小梢ちゃんは涙目だった。近くで不良探索者が外国の少女を攫おうと、大暴れしたらしい。抗議の電話が殺到している。外国語でのクレームも多い。見かけにたがわって優秀な小梢ちゃんは、矢面に立たされた。
「もう、その人、うちで登録していないのよ。うちを使った記録もないのに、なんで悪く言われるの」
「でも逮捕に協力したのが、地元の探索者のようで良かったわ。御上君、何か知らない。御礼をしたいわ」
リーダーの男は選抜者であることを隠すため、地元の徳島ダンジョンで登録しなかった。そして知人に見られるのを警戒したのだろう、ここを一切利用していない。彼の実力から言って、定期的に他所のダンジョンに潜って、スキルと経験値を集めていたのは明らかだ。社会人がこれを実行するには、組織的な支援が必須となる。
のどかを匿っているから知らんふりをする。尋さんの御礼は個人的に欲しかったのに残念だ。女子更衣室へ行かないよう念を押されて、主任の待つ部屋へ通される。奉仕活動の修了報告だけでなく、ダンジョンの明日を左右しかねない大事な話が待っていた。
暫く会ってなかったが、月代主任はその美貌に陰りが見えていた。目の淵に隈がかかっている。誤魔化しているが、肌も荒れているようだ。激務と心労が祟っているのだろう。俺達選抜者は、ニ徹位は何ともない。それがここまでとは相当無理をしている。
「海よりも、ダンジョンより深く反省して戻ってまいりました」
「本当に反省しているのかしら。もう無茶はしないで。でも皮肉なものね、あなたがいないと心細かったのよ」
俺の軽口にも、月代主任の声に張りはなかった。珍しく弱気だ。彼女の前任者であった義母も、偶に家でこんな顔をしていた。父が亡くなってからだ。職場で辛い事があったのだろう。子供の俺は何も手伝ってやれない。そこで肩を揉んであげる。感謝の気持ちを込めて頑張った。
「主任、疲れているでしょう。肩揉んであげる。母さんにもね、よくこうやってマッサージしたんだ」
「そんな、薫子さんに悪いわ、ああっ、ちょっと」
許可も取らず、背後に回る。座ったままの彼女は前かがみで、髪が垂れて項を晒している。俺は鎖骨に手をかけ、俯き加減の姿勢を正した。立場上、叱責に加えて誹謗中傷も多いと思う。気丈に振舞っても、心が折れかけている。背もたれに肩を押し当てる。胸を張って生きてほしい。
ギルドの制服の上から指圧を始めた。ゆっくりと肩を大きく撫でまわす。強くは押さず、優しい気持ちを込めていく。この制服、デザインは小梢ちゃん達とは色違いだだけど、布地が違う。急な戦闘で動けるよう柔らかく、伸縮自在に編まれている。鋭敏な感覚を察知できるよう、最上の素材が使用されていた。揉みしだくだけで、直接指が素肌をまさぐる錯覚に陥る。それは彼女も同じだろう。これをいい事に、人妻の柔肌の感触と温もりを掌で楽しむ。主任の声は張りを取り戻していく。
「はあ~、もういいわ、ありがとう、落ち着いたわ、お上手ね、ちょっと恥かしかったわよ」
「僕と母さんも、親父に紹介された時は赤の他人だったよ。でもすぐに好きになった。母さんも同じだ。妹と分け隔てなく接してくれた。義務も損得もなかったんだ。こうしていると助け合った頃を思い出す。母さんが神戸へ行って寂しくなった」
甘えた声を出す。
「だからもっと肩揉みしたい」
月代主任はギルドでの担当だ。かつて上司だった義母から個人的に俺の事を頼まれている。だけどよくしてくれるのは、それだけではないはずだ。身体をほぐす前に心をほぐす。自分の気持ちが俺に通じて嬉しくないはずがない。大人しくマッサージを受けながら、核心の話へと移った。
「港湾ダンジョンの占拠事件、早急に決着をつけなければならないの」
過程より先に結論があった。
「御上君も見たでしょう。ダンジョンのお姫様のアイドルぶり。支持者は日毎に増えているのよ。このままでは国が割れてしまう。魅了に加えて、あんな美貌、神は与え賜れたのかしら」
ウェブが復活する前なら、ここまで大騒ぎにならなかっただろう。やはり、ダンジョンと電子データは相性が悪い。
「同盟国からは突入を急がされているわ。春凪沙織の殺害が最低条件」
諸外国が事態の収拾を急がせるのは分かる。モンスターの不殺を唱える、ふざけた奴らを蔓延らせないためだ。だけど殺害に拘るのが分からない。仮に自国の要人を『魅了』されても、沙織の存在は公になっている。周りがすぐに気づくはずだ。
「貿易の割り当てや関税なんかの数字をね、ほんの少し弄るのよ。交渉でコンマ1%、数字を動かすとか。長期でこれをやられると、相手先は気づかないまま、不利益を受け続ける。国内の官僚も概ね同意しているらしいの。彼女がいるだけで、痛くない腹を探られるって。だから存在が迷惑だそうよ。はぁー」
主任から肩の力が抜けていく。気持ち良さそうなため息も漏れた。指の力を強めながら話の続きを促した。
「御上君、あなたは次回招集されるわ。でも私の権限で外そうと思っているの、素行不良の悪い子だから。これから先は話せない、わっ、わっ、わっ」
今は二の腕を揉み解している。万歳をさせ、降伏の姿勢を取らせた。
話せば、主任も後へ引けなくなる。死ぬかもしれない任務を命じる事になる。だが俺は嚆矢となるのだ。
「教えてくれないと、また女装して更衣室に入っちゃいますよ。今度は主任と同じ部屋で着替えようかな」
「聞き分けがないわね。覚悟しなさい。はあぁー。はあぁー」
彼女が深呼吸して自分を落ちつかせる。
「春凪沙織と交渉を持ちます。もう水面下では先方と接触しています。彼女達の要求については善処すると伝えてあります」
ちょっと待ってくれ。国は強硬策一択ではなかったのか。それは沙織の安全が確保されるのは嬉しい。だけど話が上手すぎる。
「交渉は市長派や、お姫様を崇拝してるカルトどもを黙らせる方便よ。全権大使は力を持たない普通の人、当然会場はダンジョンの開口部前、展開している自衛隊も大きく後退させる。武器も制限される。ここまでは先方の要求をほぼ呑んだらしいの。但し、回答は無条件降伏。善処した結果、命だけは助けるそうよ。話は違うって、相手は怒るでしょうね」
交渉を決裂させて、俺達が突入か。和平を餌に誘き出して騙し討ちにする、歴史ではありふれた話だが、これをやると政府の威信は地に落ちる。
「春凪沙織は怒って魅了を使うかもしれないわね。そして魅了された人間は全てモンスター、私達は命令でモンスターを攻撃しなければならない」
先方が、即座に降伏に応じた場合のみ、交渉は成立する。それ以外は、全権大使ごとの殲滅も厭わない。随員だって身を守れない普通の人達だ。交渉団はほぼ確実に死ぬ。俺達は後方に下がっている自衛隊の更に後ろに待機だそうだ。呆然とした。
いつの間にか俺の指は、征服の襟元から侵入して、直接首筋をほぐしていた。ブラウスが浮き上がって、谷間から人妻の下着が覗く。もじもじと何度も組み替えられる黒タイツの美脚が艶めかしい。おかげで我に帰れた。
「んんっ~、この絵を描いた方が、今回の全権大使よ。魅了された人間をモンスターとして処分しろと提言した人でもあるの。うっ~、御上君もお会いしてるわぁぁぁ~」
俺は直ぐに雫子の祖父の水崎議員に思い当たった。あの老人は大の為には小を殺せと、俺に忠告してきた。彼も権力という力を持っている。水崎の爺さんは国難にあって、その身を捧げるつもりだろう。国政の重鎮であり、地元選挙区の議員が全権大使になれば、沙織や藤堂さん達の警戒も緩む。何という胆力、過激な発言もこれを狙っていたのか。魅了された事にして沙織達を道連れにする、死人に口なし、後の非難も自分で罪を被るつもりだ。指先に力がこもる。不可侵の柔肌を激しく責めた。
「春凪沙織は卑劣にも、全権大使を魅了した。現場からのエマージェンシーで止むを得ず攻撃、尊い犠牲を払って、テロリストは鎮圧。後から問題となっても、立案者は殉職。これが水崎先生の描いたシナリオよ。そんな、そんな、あっ」
月代主任はこんな非人道的な作戦の現場指揮を撮らなければならない。集められた探索者は、全員が高い戦闘能力を誇る。俺達も後方より突撃する事になる。男性は女性探索者の援護とモンスターの排除に当てるそうだ。万一『魅了』されれば、処分の対象となる。
仕上げに背中の指圧を始めた。脇に手を入れ、肩甲骨辺りのツボを親指でグリグリする。掌は大きく広がって、若妻の乳房を握らんばかりだ。指はかからぬようギリギリで止めた。揉みしだくようにツボを押す。主任の背中が反って、艶めかしい声が漏れる。
「ああっ、そこっ、いいわぁ~」
「別に姫たちを確保しても、全権大使を救出してもいいんでしょう。主任、僕を信じて、僕を頼って」
彼女の望みを口にする。力強くツボを押した。感激した人妻から女の声が上がる。夫にも聞かせた事のない歓びの声を、俺は聴いた。
「あああぁぁぁ~~~」
不本意な作戦を吐き出して、胸のつかえが取れたのだろう。主任はいつもの不敵な女性に戻る。そして俺達の距離は少し縮まったように感じたのだ。
「よくも恥かしい声を出させたわね。こき使うから覚悟なさい」
月代主任の旦那さんは一般人だ、優しい人だと聞いている。彼女も夫に甘える事は出来るだろう。だけど頼る事は出来ない。優しいだけの男性と強い漢、女性はどちらを選ぶのか? ハーレムキングに俺はなる。
俺は呑気に考えていた。