シーナから新魔法のレシピが出来たとの連絡があった。簡易版が一回だけ放てるらしい。早く会いに来いと、矢のような催促が来ている。本当に気の短い師匠だ。俺の方も、ダンジョンコアから貰ったスキルについて相談したかった。このスキルは特級にやばいものだと思う。家族にも朱美にも詩央にも絶対に打ち明けられない。
「遅い! 冷たい! 酷い!」
癇癪を起した師匠が後ろに留まって、俺の頭をポカポカしだした。首四の字で絞めつけられる、50㎝の可愛い師匠が、後1m高かったら良かったのに。
シーナはいつも我儘だ。とにかく俺に構いたがる。だけどアルドネと接して分かった事もある。悠久を生きる彼女達にとっては、俺と共に生きる時間など塵芥だ。だからこそ、今が大事なのだ。刹那の出会いを永遠の想い出とする為、全力で俺を慈しんでくる。相手の気持ちを慮らない、我儘なのは俺の方だった。
「シーナ、御免。至らないのは僕だった。これからはもっと師匠との時間を大切にする」
心からの反省にシーナはすっかり機嫌を直した。肩に留まって頬ずりしてくる。耳元に甘い声を注がれた。頭がクラクラする。
「よろしい、サヨはとっても良い子だよ。だからコアにも気に入られたんだ。ダンジョンコアから直接貰えるスキルは特別と聞いているよ。きっとサヨの願いを叶えたんだ。さあ、早くボクに見せて」
どうしてこんなスキルをコアが与えたのか、ずっと考えていた。彼女は純真無垢である。これが心の投影ならば、その正邪は俺にある。
勇気を出してコアからもらったスキルを展開する。玄室の床や壁から、葛のような何かがするりと伸びた。萌黄色の蔓は柔らかく、すべすべしている。それは俺の意思で健やかに伸びて、さらさら揺らめく。春の乙女の舞踏の如くに。指一本から腿位まで、太さも自由に調整できるようだ。しなやかで強靭、そして滑らか、直ぐに健康的な女性の肢体を連想した。その一方、極寒の大地に聳え立つ大樹の根のように、深く張り巡らされて強固でもある。こいつに絡め捕られると、大抵は不動となろう。もし女なら、俺の逸物に貫かれた早贄だ。シーナは白い目で俺を見た。
「サヨ、嘘は駄目でしょ。これ、触手だし」
キモっ、キモっ、師匠はどこで覚えたのか、スラングを連発している。やっぱり駄目か。まあ、『鑑定』されたら見破られる。それにこれは触手ではない。
闇魔法 『触腕』……防御魔法の一種、唯相手を拘束するだけ。殺傷能力は一切ない。
ただし、攻撃できない代償に、相当な格上にも通用する。それに決まれば魔法の発動も妨害するという、破格の性能だった。神代の昔から闇魔法は悪の魔法使いの代名詞だ。「みよう本」でも、触手は言わずとしれた敵モンスターの必須スキルだった。ヒロインが悪戯されて、主人公が助けるのがお約束になる。ここのギリギリ感を如何に描写するか、作者の筆力が問われた。それにこの後、本当にエロい事をするのは主人公である。触手系の能力は男子なら一度は夢見るが、実際に備わったら困るものの代表だろう。ちなみに触腕とはイカなどが持つ、ひと際長い触手の事だ。
もし俺がのろまで攻撃魔法を持たなかったら、『触腕』もそれなりに役に立ったかもしれない。ゴブリンやオークを拘束して槍でグサリとするのだ。土と風の攻撃魔法が使え、突破力のある今の俺ならそれは二度手間となる。セイレーンやハーピーといった美少女モンスターを捕獲するのには役立つが、『触腕』は一旦発動させると、獲物はその場に留め置かれる。触手の発動基点には、床や壁、天井が必要で、虚空からは生えてこないのだ。ダンジョンの戦闘では使い勝手の悪いスキルだった。何よりにモンスターを捕まえて無断で移動させるのは重罪となる。
となれば俺がヴィランとなって、世の中の女性に使用するか? R-15の今は自重しなければならないが、R-18になればやりたい放題だ。『触腕』が最も効果を発揮するのは、対魔女や魔法少女戦であろう。これで拘束すれば、彼女達は切り札の魔法を使えない。
身動きできない彼女達は、怨嗟の声で俺を呪う。「花は折らずに、刃を折る」、そして俺は美しい女性の命は奪わないと誓った。代わりに貞淑や純潔を奪って、心を折るのだ。
かつて生徒会長の『ディスペル』を羨んだが、『触腕』は縛りがあるにせよ、魔法職戦にてそれ以上の効果がある。だがこのスキルが明るみになれば、俺は悪の化身として、全女性から嫌われて、討滅の対象になってしまう。
「闇魔法は生きとし生ける者の心の有り様から生まれるんだ。呪いや祟りもそう。サヨの触腕だってそう。相手を傷つけたくない、優しい気持ちがこのスキルを産み出したんだ。これで女の子を拘束してもっと泣かそうよ。さあ、ボクを捕まえて、これからサヨを鍛えてあげる」
師匠が俺の心の声を代弁してくれた。やっぱりそっち方面にしか使い道がないのか。シーナは俺の周囲を飛び回っては、悩ましいポーズで挑発する。特訓らしくなってきた。生意気な師匠を捕まえてアヘらせてやる。何をするにも全力だ。
「出し惜しみしない。四本もらったのは、それが女神さまの御心だから」
それならば両手両足を拘束しなければならない。師匠の 咤激励が飛ぶ。俺は『触腕』を四本同時に展開させた。さすがに精度が甘くなってしまう。師匠は四方から襲い来る『触腕』をとんぼ返りで軽々と避けた。『触腕』同士が交差して、10mを超えて伸びた。
「もっと集中して。ボクを捕まえられたら好きにしていいから」
ここまで言われて出来なければ男が廃る。四本の触腕がシーナを追う。光のエフェクトを残しながら疾走する彼女は、世界一美しい蝶であった。地表すれすれまで急降下し、垂直に上昇する。かと思えば、猛スピードから一瞬で羽ばたきながら静止する。俺は不規則な動きに翻弄され、光り輝く黒曜石の翼と緑と白のドレスに幻惑された。とうとう追いかける触腕同士が絡み合ってしまう。違う、これは誘導されたのだ。師匠ってこんなに運動神経が良かったけ。彼女は魔法生物だけに、肉体言語は苦手だったはず。
「ボクは闇魔法のエキスパートさ。魔力の発動からその指向性まで、サヨより視えるよ」
『魔力視』で自分も魔力を感じ取る事にかけては自信を持っていた。だけどシーナの方が全然上だ。可愛い師匠が威厳を見せつける。やがてお互いの集中が途切れて御開きとなった。結局一度も師匠に届く事は無かった。
シーナは、ダンジョンコアが俺の心の奥底の願いを、スキルにして叶えてくれたと言った。恐らくは子供の頃に秘かに憧れた、「メイド聖女」の触手怪人、愛の紳士アールムのせいだと思う。そう言えば、彼も女神さまの元使徒だった。彼は女神さまから直接権能を賜った。その一方、コアは女神さまの眷属で、ダンジョンの維持管理の為、女神さまが創造されたと師匠は語る。それなら俺も、女神さまから間接的に賜った事にならないか。そう思うと胸のスキルが熱くなった。ダンジョンの女神さまは触手好きなのかもしれない。
恥かしいという気持ちが薄れて、心が誇りで満たされる。女神様からのこの権能で女性を悦ばせ、スキルで「わからせ」てやる。将来の進路が見えてきた。とは言え、いきなり堂々と使うわけにはいかない。紳士アールムのように迫害されてしまう。他に同志がいないか、スキル辞典で検索してみよう。師匠が忠言をくれた。
「辞書を使うとログを取られるよ。エッチなスキルを検索すると記録される思う。それにこちらの世界を観察したけど、闇魔法の使い手は他にもいる。本人が申請していないか、ギルド側で故意に伏せている」
危ない所だった。触手なんかを検索したら、先方にバレバレで、小梢ちゃんや尋さんから蔑みの眼で見られてしまう。思うだけでゾクゾクした。
「頑張るサヨを女神さまが贔屓してくれたんだ。沢山女の子を泣かせて。そして心を折って。そうすると行き場を失った恨みが因果を歪める。それはサヨを死に易くするけど、魂を高座へ引き上げる。ボクのサヨ、もっと、もっと強くなって」
次は師匠が俺に説明する番だ。俺達が目指す新魔法「フレア」に大きな進捗があったという。
俺とシーナが契約を交わした当時、巷では太陽フレアが流行っていた。俺はフレアが電子機器を使えなくする事に共感し、師匠はド派手なオーロラに目を奪われた。彼女はどうも光るものが大好きらしい。
「地表を一部ダンジョン化すれば、サヨの願いは叶う。電子機器は動かなくなる。もっともアナログは生きたままだから、情報遮断も完全じゃないけど」
「全然構わないさ。スマホと電子マネーが使えないなんて最高だ。ありがとう、師匠」
師匠は迷宮を構築中のため、ダンジョンの環境にも造詣が深い。今回の魔法は範囲限定で、極短時間、電子機器をマヒさせ通信障害を起こすだけだという。本物のダンジョンのように魔物が湧き出したり、銃火器の使用が制限されたりしない。だけど俺にはそれで充分だった。
それからアナログ通話はお年寄りに愛好者が多い。クリエーション時に唯一使えた通信手段だ。かつての人類の生命線に思い入れもある。電話にステレオ、時計等、アナログ器具を今でも神器のように崇めている人達もいる。
ここの母屋にもダイヤル式の黒電話が未だに健在だ。50年前のダンジョンクリエーションの際にも問題なく使用でき、情報伝達が混乱を極めた時代に覇権を獲ったという。更に会話するだけのシンプルな構造故に、50年たった今でも故障せずに使えるという優れものである。メールも録音もできないというのは、居留守を使えるという事、今のスマホからは失われた機能である。俺も小さい時はこれで電話をしていたが、0を回すときにイラつく程度の不自由さだった。田舎でスローライフを目指すなら、これ位の不便は許容すべきと思う。
「それじゃあ、師匠の方はどうするの。オーロラの演出、磁気嵐やプラズマを起したりするんでしょ。大気圏まで魔法は届くの」
「さすがにそれはボクでも無理さ。でもそれは人族の知恵が解決してくれた」
ネットには人工的にオーロラを造る手法が転がっている。よく分からないが、100キロ上空にバリュウムを撒くだけでいいという。観測しやすい様に、日没後に行うのが通例らしい。でもこれだとフレアの魔法は日没限定魔法になってしまう。
「そこは妖精の鱗粉をばら撒くのさ。蛾や蝶の妖精のお友達から分捕ったやつ。これに投影魔法を掛けておいてテレポーテーションで送り出せば、真昼でも綺麗な光の天幕が出来上がる」
魔法より舞台の演出に思える。それに妖精の鱗粉はこちらでは絶対に入手出来ない。値千金の素材を、刹那のために消費するのはもったいないと思ってしまう。でもそれは俺達、人の尺度でだ。友情の証だからこそ、可愛い弟子のために使う。大切なものを出し惜しみする、それこそ彼女らからは愚者の選択であった。
「今すぐ魔法を発動しよう。ボク、人の沢山いる処がいいな。この世界のヒトを驚かせたい。オーロラが消えるまで、サヨの望んだ世界を顕現させてあげる」
絶好調の師匠が、ぶっそうな事を言いだした。俺のために社会迷惑を実行しようとしている。確かにスマホや電子マネーの使えない社会は、俺の理想の社会である。だけどそれを他人に強要しない程度には、俺は良識があった。
その一方で、師匠には人の常識など通用しない。彼女にあるのは他者への悪意ではなく、無関心だ。親しい者にのみ情が深く、自身が享楽的な妖精族の性質は、数カ月、人の知識を吸収したところで変わるはずもない。彼女達は神々と共に悠久の歳月を生きているから。
「師匠、発動させる場所とタイミングは、僕に任せてほしい。一度限りのフレアの魔法、世界の人を驚かせてみせる。それをシーナへの感謝とするよ。一生の思い出にするから」
このままでは、シーナが勝手にフレア魔法を発動させて、社会問題化しかねない。我儘な師匠のご機嫌を取るのも弟子の務めだ。彼女は生涯の想い出と言われて大喜びしている。こうして俺は危ない魔法をスマホにインストールしてもらった。
魔力を使い果たした師匠は、俺の胸に潜り込んで補充を始めた。少女の顔に反比例して、躰だけは満開寸前だ、芳醇な香りが俺を癒す。まもまく沙織達と全権大使の交渉が行われる。厳しい戦いが待っている。覚悟はある。師匠には今のうちに存分に吸収して欲しい、そんな俺の想いを知って、シーナは恨めし気に俺を見る。
「ボクからいなくなるのは許さないよ。でも、時々サヨからは懐かしくて哀しい匂いがする。呪いでも恨みでもない。サヨ、魔力とかおかしなところはない?」
「どこも悪くないと思う。ただ習得した知力強化が仕事をしていない気がするんだ」
『知力強化』はバッシブスキルだ。ちょっと前に同じく修得した朱美は成績が上がっている。ましてトリプルの詩央は、2年生にして四国一賢い。俺はというと、元々成績が上位だったせいか代り映えがしない。スキルに強く訴えても、ぼんやりした感じが返ってくるだけだ。
「それならボクに任せてよ。知力強化は妖精族に縁のスキルなんだ。ボクは姉様から特別可愛がられた」
妖精族の一番上の姉は、スペシャルなだけに性能も気立ても良かったらしい。彼女はちょっとおバカな妹達を心配して、頭の良くなる魔法を開発した。その賢者魔法を女神さまに献上して、妖精族は上位種族となった。
「女神さまは賢者魔法をパッケージしてスキルを造られた、それが知力強化さ」
師匠は得意げだ。それなら俺が『知力強化』を得ても賢くならない理由を聞いてみよう。俺は『知力強化』のスキルを得た経緯を話した。
「スタンピードの首魁がキュプロークスでさ、頭の中でシーナの励ます声がしたんだ。よく覚えていないんだけど、その時だけ、とっても賢くなったような気がする。目が覚めたら全部終わってた」
シーナがいつになく真剣な眼差しになる。俺の匂いをあちこち嗅ぎだした。くすぐったい。ところが突然取り乱した。
「姉様、姉様ぁ、姉様の匂いがするぅー」
子供みたいにがん泣きする師匠に、俺はどうしていいか分からない。力一杯抱きしめてあげたいが、小さな師匠にそれは無理だ。代わりに温かい魔力でくるんで落ち着くのを待った。やがて途切れ途切れに事情を話し出した。
「ボクたちの郁が悪い神様に襲われた時、姉様は妹達を逃がすために最後まで残ったんだ。でも存在が消えてしまった。姉様一人なら簡単に逃げられたのに。悪神に食べられちゃったんだ。ああ、姉様。サヨ、仇を取ってくれてありがとう。そして御免なさい。この知力強化のスキル、発動していないから」
バッシブスキルなのに発動しないなんて驚きだ。それより今は師匠が心配だった。よほど怖い想い出だったのか、俺に嫌われると思ったのか、ひどく怯えている。俺は続きを促した。
「多分力を奪われて、悪い神様が賢くならないよう、わざと壊れたスキルに変わったんだと思う。でもそれを引き継いだサヨには、役立たずのスキルになってしまった。本当に御免なさい。ボクを、姉様を嫌いにならないで」
あの怪物に知恵があったら俺達はとっくに終わっていた。嫌うどころか、「姉様」に感謝すべきだろう。それに役立たずなんかじゃない。
「僕は素晴らしいスキルをもらった。心の中には勇気が燈った。わが身に変えても同胞を護る、その志は僕が受け継ぐ。僕が師匠を護るから」
何て誇らしいスキルだろう。俺は師匠に言い聞かせた。人と妖精、種族も違えば生まれた世界も違う。当然常識も違う。でも大切な人の為、なけなしの勇気で闘う、その根は同じなのだ。
「ヒッグッ、サヨ、好きだぁ。ずっと一緒にいるぅ」
シーナは俺の胸に顔を埋めてしゃくり上げている。叶うなら末永くともに生きん事を。