※この作品はR-18です。

ダンジョン姫はじめ   作:エターナル好希也

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駆け落ちへの誘い2 背信のメイド上★

 水崎議員は長女に邸宅を贈与していた。彼女は嫁ぎ先の性を名乗っているので、目の前の大邸宅は垂水沢邸と呼ばれている。ここへの道すがら、俺は何度も職質された。普段なら役に立つ中級探索者の免許も、テロを実行可能な要注意人物の証明となってしまう。行き先を告げたら警戒マックスになった。いつの世にも血気に逸る少年はいるのだ。結局お巡りさんに同行してもらって、大邸宅の正門にまで辿り着いた。

 厳かに正門が開かれる。俺は中央ではなく、やや右端に寄って立っている。目の前には俺を招待した人物、流果さんがいた。彼女は俺を試したのだ。分厚い門扉越しに、自分を察知出来ないような探索者ならいらないと。

 

「流石です、想夜様。本日はお招きに応じていただきありがとうございます」

 

 うら若きヴィクトリアンメイドがカーテシーを決めてくれた。優雅に広がる踝までのワンピース、前の開いたエプロンドレス、袖口には輝くカフス、頭上に頂く雪色のブリム、黒と白の装いが完成された美を表現している。こっそりと『透視』で確認するのも忘れない。こちらも白と黒の大人の下着で、アンダースカートを履いているのがメイドさんらしい。

 三人の中では一番クラシカルな衣装の似合う流果さんだけど、情報工学を専攻する院生だと、雫子は言っていた。俺は前のように仲良くしたくて、わざと言葉を崩した。

 

「綺麗な流果さんにずっと会いたかった。後でゆっくり話がしたい。それで僕に用があるのは水崎先生?」

 

 俺と水崎議員が先日ギルドで面会したのは、奏子さんから聞いているはずだ。委員長は他県に疎開しているのでここにはいない。美帆ちゃんも護衛で同行している。彼女はそれには答えず、応接室で俺を待たせた。

 

 広々とした客間は質素に感じる。豪華な調度品や絵画が置かれているわけではない。それでもめり込むような絨毯、杢目の美しい一枚板のテーブル、腰まで沈む本革のソファーと、高級品が揃えれていた。財力を誇らず、それでいて客人に失礼にならぬようにと、主の思想が込められたものだと思う。ただ貧乏性の俺には居心地が悪い。俺がもう少し子供だったら、妹と一緒にソファーで飛び跳ねて遊んだだろう。

 馬鹿な事を考えていると、流果さんがティーセットを運んできた。目の前で紅茶を淹れてくれている。端麗な容姿、洗練された作法に俺は見惚れた。『記憶』してしっかり覚えておこう。不躾な視線に耐えかねてか、流果さんがミスを犯した。かちりと小さな音がする。

 

「そんなに見詰められるとドキドキします。ミルクとレモン、お砂糖はどうされますか」

「メイドさんにお茶を入れてもらうのは、一生の夢だったんだ。しっかり目に焼きつけておく」

 

 美しい指の動きを見ながら答えた。少しも反省していない。

 

 改めて彼女を鑑賞する。身長は俺より高い。感情を表に出さない整った顔立ち、流果さんの青髪は、孤峰の雪を思わせて冷たい。俺が女装した時の髪の色に似ている。二人が私服で歩いたら、姉妹、いや姉弟に見えるかもしれない。すらりと伸びた背中と薄い胸が、清楚な雰囲気を醸し出す。知的な女性に巨乳は似合わない。

 

「凄く高そうなお茶だから、ストレートで飲んでみる」

 

 通ぶって言ってみた。紅茶の作法は分からない。お砂糖なんか入れて、かき混ぜるとぼろが出てしまう。知っているのは右手にカップを持って、音を立てずに飲む事だけ。左利きの俺は家では左手でカップを持っている。これを改めるだけでも、充分礼を尽くしているのではないか。

 だけど、口に含んだ最高級の紅茶は不味かった。ちょっと苦くて薬臭い。日頃からティーパックに馴染んでいる、俺の舌がおかしいのだが。化学肥料で栽培された癖のない野菜を食べ慣れた子供が、コクのある有機栽培の野菜をエグいと言って吐き出すのと一緒だ。降参して飲みかけの紅茶に、ミルクとレモン、それにお砂糖をたっぷり入れてもらった。それも流果さんの手で。

 

「大丈夫ですよ。想夜様の好きにしてください。この家には私一人しかいませんから」

 

 彼女が誘いかける。やっぱりそうか。待たされている間、『気配察知』で探っていたが、広い邸宅に彼女以外はいなかった。俺が飲み終わるのを待って、語り始めた。

 

「本日お招きしたのは私の独断です。先生もお嬢様も、奏子姉さまも存じ上げてはおりません。慎みのない女とお笑いください。ですが伏してお願いしたい事がございます」

 

 彼女の貌には、諦観と達観が見て取てる。よほど思い詰めているのであろう。何とかしてあげたいけど、多分用件は明日の交渉の件だ。軽々しく返事は出来なかった。

 

「想夜様は明日の交渉について、どこまでお聞きでしょうか。こちらからの提案は無条件降伏のみ、受託されなければ強襲して制圧、殺害。大使は魅了されたと判断され生死は問わない、ではないですか」

 

 月代主任から聞かされていた通りだ。マスコミもこの論調に傾きつつある。しかし、今この話をするという事は、本当は違うのか。俺の顔色を読んで、流果さんは静かに言った。

 

「それは世を欺くシナリオです。政府は交渉する気がありません。決裂させて春凪沙織に魅了を使わせるのが真の狙いです。そもそも警護する自衛隊の武装、探索者の待機位置から試算して、春凪沙織の殺害は困難と判定されています。あなた方は見せ札にすぎません。本命は選抜者の力を持ってしても撃墜困難な、弾道弾による爆殺、補助として炸薬をぬいた巡航ミサイルでの暗殺となります。ブレードを展開して落下のエネルギーで対象を殺害する新型が、同盟国より提供されました」

 

 大事になっていた。沙織や星堂さん、水崎の爺さん、ついでに飛び入りの市長も必死じゃないか。唯一誰も死なないで済むのは、沙織達が約束を反故にして現れなかった時だけだ。公にはなっていないが、沙織の支配下には水陸機動団のエリートが複数いる。調査隊に加わっていた所を魅了された。沙織は事前に下見をさせるだろう。兵装を偽ったり、隊員に選抜者を潜ませても見破られる。後方から奇襲しても、モンスターの肉壁で彼女達はダンジョンに逃げ込むだろう。

 威力を最小限に抑えた小型弾道弾を座標に撃ち込む。殺傷範囲は半径150m。自衛隊は200m以上離れて、盾を構えて包囲する手筈だ。被害は最小限で済むだろう。万一に備えて、要人暗殺用の巡航ミサイルも用意されている。こちらは炸薬を使用せず、落下直前、弾頭から刃を複数展開するタイプだ。開口部でのこれ以上の重火器の使用は、ダンジョンを刺激しかねない。政府は魔物ではなくテロリストを攻撃している、そのスタンスで通すらしい。

 当然、周辺は部外者の立ち入りはもちろん、船舶、航空機、ドローンなど一切の航行が禁止されている。これは先方からの要望だ。だが市内の高層ビルから、望遠で会談の様子を撮影できるポイントは何か所かある。報道の自由を逆手にとって、逆上した沙織が大使を魅了する瞬間を生中継させる。様子のおかしい水崎の爺さんと、それを止めようと知る奏子さん、これが演技かかどうか永遠に分からない。スキルの発動は沙織本人と、現場の星堂さんか感知できないからだ。

 流果さんは尚も続ける。

 

「極秘の接触で確認された事があります。港湾ダンジョンは先のルネッサンスでA級に昇格しています。モンスターが上層まで溢れて氾濫寸前、それに春凪沙織がモンスターをダンジョンの外まで連れ出せるのも判明しました。恣意的なスタンピードも可能でしょう。万一の場合、その矛先は徳島ダンジョン」

 

 昨今、E級やD級のダンジョン同士が食い合って、片方は消滅、残った方は昇格という事例が世界中で発生している。再び港湾ダンジョンが氾濫すれば、巷に溢れている賛成派や反対派、それにモンスター大好きのカルトどもを、平等に巻き込んだ大惨事を引き起こすだろう。どちらが勝つにしても、後にはA級を超えるスーパーダンジョンが誕生する。果してそんなダンジョンを国が管理できるのか。俺としては心が躍る。だが為政者は国民の命に責任がある。到底許容できないであろう。

 

「交渉の席に着くのは先方から春凪沙織と星堂篤彦、こちらからは水崎議員と……」

 

 流果さんはここで区切った。万感の思いで告げられた次の言葉に俺は驚愕した。

 

「奏子お姉さまとなります」

 

 どうしてと叫ぶ言葉を呑み込んだ。理屈は分かる。『魅了』は同性には効かない。政府は随員に女性選抜者を当てようとする。相手はこれを受け入れない。男性の一般人を要求するだろう。力を持たない女性で決着になったのは、妥協の結果だ。あっさり男性職員を随伴させるとむしろ罠を疑われる。

 

「水崎先生は国体を維持するため、今回の作戦を発案されました。最後に死花を咲かせると。成功すれば人の死者2名とモンスター大勢で済みます。ですが随員の選定には悩まれました。ご自身が魅了された場合に備えて、攻撃の合図は女性随員が行うのですから。奏子お姉さまはお爺様の負担を軽くすべく、自ら志願したのです。わたしたちはお爺様には大恩がありますから」

 

 彼女達は身寄りのない処を、水崎議員に拾われて養われたという。流果さんは床に膝をついて深々と頭を下げた。ソファーに沈んでいる俺が見下ろす形となった。

 

「お爺様と奏子お姉さまをお救い下さい」

 

 俺に死ねと言っている。

 

「今お話している内容も、不正な手段で盗み出したものです。私はお爺様と奏子お姉さの崇高な決意を踏みにじりました」

 

 国家機密をハッキングしたのか。信頼できる身内とはいえ、それなりのセキュリティは取られているはず。内心、彼女の優秀さに舌を巻いた。そして伏せられている俺の履歴も、閲覧しているのだろう。女装して女子更衣室に潜入した事をネタに厄介事を押しつけられるのかもしれない。それにしても何故? 

 

「十歳の頃でした。家族での日帰り旅行を前にして、私は熱を出しました。旅行を取り止めて、両親も、やんちゃな弟も私を看病すると言ってくれます。私は不安で、そして嬉しくて、もう幸せで行かないで欲しいと心底願いました。ですが、仕事をやりくりして今日の計画を練った父母、楽しみにしていた弟、家族の想いを無にするのが忍びなく、やせ我慢で送り出したのです。あの時程家族の帰りを心待ちにした事はありません。戻って来たのは軽い棺が三つだけ。旅行先でワイルドハントに遭遇しました。私が子供らしく駄々をこねていれば助かった命です。悔やんでも悔やみくれません。感情をなくして、廃人になった私を引き取ってくださったのがお爺様、人形だった自分を人に戻して下さったのが奏子お姉さまです」

 

 水崎議員のシナリオを潰すのは容易い。これは国家による犯罪ではないか。流果さんがマスコミにリークすればよい。しかし、それは恩人を社会的に殺すのと同義だ。彼女にはそちらの方がきついであろう。他に代案がないのも事実だ。取り逃がして氾濫が起これば、とんでもない人が死んで、国家の信用も地に堕ちる。沙織を殺そうとするのは認められないが、水崎の爺さんの決意を非難する気にはならなかった。

 

「私には想夜様にお支払いする金銭も地位も用意できません。なのに己の私情のために、あなたに死ねと、罪を犯せとお願いしているのです。畜生にも劣る賤しい女と、軽蔑されて構いません。それでもお爺様とお姉さまをお助け下さい」

 

 考え方に違いはあれ、水崎議員は国難に準じようとしている。それを自分のエゴで止めようとしている。その為には俺を巻き込んで、死地へ送ろうとさえする。これだけを見れば、確かに流果さんは見下げ果てた女だ。だがその瞳には迷いがない。

 

「身も心も捧げます。あなたが罪に問われても、一生をかけて償います。犬猫のように扱われても構いません」

 

 幼い頃から他人を慮って、我儘を言わない人だったのだろう。引き取られてからは尚更だ。そんな彼女が初めての我儘を命懸けで伝えてきた。

 

「私はまだ殿方を知りません。想夜様、この躰で存分にお愉しみ下さい」

 

 彼女は我が身を差し出した。

 

 

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