人類がダンジョンを討伐した例はない事は無い。いずれも25年前のダンジョンの変革期に集中している。この年はコアの目撃情報も相次いでいた。それ以来殆ど目撃されていない事から、コアはダンジョンの創造、変革時にのみこちらの世界に顕現し、普段は別次元に鎮座していると推察されている。
歴史の中で討伐されたダンジョンは九柱、うち帰還者は四人だ。コアを破壊するとスクロールが落ちていたという。それを使用すると、唯一人のみ地上に瞬間移動するらしい。パーティーで討伐しても帰還できるのは一人だけだった。五例は全員未帰還なので、このスクロールが討伐後必ず出現するかは定かではない。
日本ではダンジョンの討滅はたった一例、剣風姫の父親、神冥流総帥、神冥無三氏のみがこれを成し遂げている。無三氏はこうのたまわった。
「コアはさして強くもなく、破壊してもスキルも経験値も流れ込まなかった。実につまらん。文句のある奴はダンジョンに来い」
この当時にはもうダンジョンは資源として、社会に欠かせないものになっていた。当然顰蹙を買うも、誰も文句が言えなかった。無三氏は最強を謳われ、敵対するものを容赦なく葬って来たからだ。批判を敵対行為と捉えてしまうそのシンプルな思考故に、彼にとって、邪魔者の排除は正当防衛と同義だった。よって魔眼による精神捜査もシロとなってしまい、犯罪が立証できなかったのだ。
今日でもダンジョンコアの破壊は法的に禁止されていない。コアが強くないといっても、それは世界最強レベルから見た話であり、労力に対して割にも合わない。何より現実的には不可能である。それに将来、いつダンジョンが人類に牙を剥かないとは限らないからだ。
迂回する時間も惜しかった。星堂さんが足止めに残った以上、方角は間違っていないはずだ。地の裂け目を『風衣』を纏って飛び越えて進む。不謹慎だが星堂さんが底に落ちた音はしなかった。吸い込まれると、二度と上がって来れないのではないか。
沙織の妹は俺の部屋で匿っている。スタンピードが発生し、人類に悪意を剥き出しにするスーパーダンジョンが誕生すれば、のどか達は生き残れないかもしれない。沙織は妹を大切に思っているはず、決着は後でつけよう。まずは協力してダンジョンコアを探したい。情報だけでも教えて欲しい。それが無理なら、姉を想うのどかの想いだけでも伝えたい。
深層を進むに従って魔素が濃くなってくる。師匠から貰った【魔道】が、ダンジョンの怒りのようなものを感じ取る。そう思っていると突然空間がシャッフルして、いくつものステージが現れては消える。これは愛望の処のダンジョンで、コアと遭遇した時とよく似た現象だ。俺に選べと言っている。そしてチャンスは一度だけ、俺はスキルに試されている。
俺は自問した。自分はスキルを正しく使えただろうか。授かったスキルのお蔭で、助けられた人もいる。ダンジョンではスキルと共に懸命に生き抜いた。神々にとっては唯の余興かもしれない。だが一番楽しめたのは俺なのだ。スキルには感謝してもしきれない。
女性の為のスキルも色々貰った。何人もの女性を泣かせて、欲望のままに生きた。彼女達の何人かは、その意に反して無理やり悦ばせた。社会通念上、男女の関係が許されない人もいた。そんな女性に、自然のままの雄というものを教えてやった。強引であっても最後は全員悦んでくれたではないか。常識を、運命を捻じ曲げてでもスキルを正しく使ったのだ。胸を張って言い切れる。いや、一人漏れている、沙織だ。彼女だけはまだ満たしきれていない。征服して、幸せにしていない。沙織に会いたい、世界の何より強く願う、スキルよ、俺を導いてくれ!
春の草原が展開するステージへ、迷わず飛び込む。沙織に似合うと思ったからだ。眼を開けるとモンスターどもに取り囲まれている。正解を引き当てたと確信した。外れならわざわざ魔物を配置しない。アイテムボックスからハルバードを取り出す。
草むらが幾条も波打ち、グラスウルフが足元を狙う。地を這うように戦斧が走り、色とりどりの花びらが舞う。やや遅れて何頭もの頸が吹き飛んでいった。熊と猪の魔物どもが重低音を響かせて、押し潰そうと迫ってきた。こちらには地面より『石槍』を生して腹を貫く。たった一本の石の槍が分厚い背中まで突き破り、これを串刺しとする。空中ではセイレーンが付与魔法を唱えている。俺は『風衣』を使って舞い上がった。『鎌鼬』が旋風となって彼女達を襲う。魔物の乙女は地に堕ちる。赤い血潮が花びらを汚した。オーガの戦士が行く手を阻む。剣に槍に鉾、何合も刃を合わせ、遂に全てを切り伏せた。俺は屍を踏み越えた。
そして遂に辿り着いた。目的は果たした。俺は一目沙織に敢えて満足だった。ダンジョン暮らしが長いのに、より一層綺麗になっている。
「会いたかった」
目の前には沙織とダンジョンコアがいた。沙織はコアを庇うように立っている。完全なる真球たるコアはいつ見ても美しい。伊那ダンジョンのものとは別物であろうが、俺には判別できなかった。輝きも大きさも、膨大な魔力も全く同じに感じた。人類のレベルではまだ識別がつかないのかもしれない。
「星堂さんは?」
沙織の問いかけに首を振る。
「そう……」
憂いを含んだ沙織の聲に、俺は少し嫉妬した。俺が死んだら彼女はこんなふうに嘆いてくれるのだろうか。
「沙織、のどかは僕の部屋で匿っている。彼女、色々狙われているようだから気をつけて」
「道理でね、交渉に応じてみたけれど、妹のことを駆け引き材料にしないのはおかしいと思ったのよ」
沙織が交渉に応じたのは妹を思ってのことだったのか。ともあれ最低限のことは伝えた。首尾よく俺がダンジョンコアを討滅できても、帰還できるのはよくて一人だ。後は自首するも、『変装』でのどかと落ち延びるも、好きにすればいい。
「沙織、ダンジョンは好きか。僕は大好きだ。ダンジョンは僕の願いを叶えくれた。何度も死にかけたけど、その度にますます好きになった。人とダンジョンが楽しく共存するために、今の状況は許す事が出来ない。僕は人類の代表としてここに来た」
人類の意思を委ねられてここに立っている訳ではない。沢山の人の意志を蹴散らして、俺が辿り着いただけだ。愚者の質問に沙織はあきれる。でも俺が可哀そうなのはいつものことだ。付き合ってくれるらしい。
「大好きなんだから。ここのダンジョンはわたしを救ってくれたのよ。わたしも何度も死にかけた。その度に力をくれた。あなた達がわたしを魔物と扱っても、彼女だけは受け入れてくれた」
「良かった。それでも僕はダンジョンを討つよ。この後沙織と別れるのが唯一の心残りだ」
俺達の会話を聴いていたダンジョンコアの雰囲気が変わった。優し気な光が鋭利なものへ変わっていく。ダンジョンも俺の想いを受け取ってくれた。彼女も譲れないものがあるのだろう。俺と一対一の決着を望んでいる。言葉は交わせなくても、何故か心だけは通じ合った。俺とコアの意思が伝わり、沙織が距離を取る。戦いの行く末を見届けるらしい。
コアは先手を譲ってくれるようだ。俺は『石槍』と『鎌鼬』を同時に撃った。真球が光輝く。たちまちのうちに悉く溶けてしまう。さすがは人類にスキルをくれるダンジョンコア、並のスキルでは通用しない。今度は彼女からの攻撃が来る。幾本もの光の帯が襲ってきた。俺を貫き、薙ぎ払い、絡め捕ろうとする。大きく跳躍してこれを避けるが、足元には奈落の闇が広がっていた。俺を虚無へと還す気だ。『風衣』を使って位置をずらす。ここで俺は授かったばかりのスキルを展開した。
闇魔法 『触腕』
四本の触手が怒涛の勢いで大地から伸びる。緑の蔓がたちまちにコアを絡め取る。『触腕』は俺への攻撃を封殺する防御魔法の一種だ。拘束するだけで殺傷能力は一切ない。コアが物悲しい悲鳴を上げる。
「rrrhuuu──-」
、ダンジョンコアは離脱しようと懸命に足掻く。大地が揺れた。コアが見上げるまでに上昇していく。俺の緑の蔓も大きく伸びた。だけど『触腕』も、伊那ダンジョンのコア謹製のスキルだ。そう簡単に千切れはしない。触腕の色が漆黒へと変わり、魔力の流れを阻害する。
最初にダンジョンコアと遭遇した時も、その美しさに感動した。そしてこんなにも尊いものを穢してみたい、不遜な考えも心に芽生えた。この時に思い浮んだスキルがあった。俺が最初に習得した攻撃魔法、幾度か窮地を救ってくれたが、どうしてもうまく使いこなせなかった魔法が、息をするように起動する。このスキルは今日のために託されたのか。
「穿て、冒涜の牙、アースファング」
俺は神殺しのスキルを発動させた。大地の牙が初めてその全貌を明らかにする。地中より純白の円錐が血を啜ろうとそそり立つ。白亜の双牙がダンジョンコアを嚙み砕いた。アースファングの牙は本来二本だったのだ。コアの完璧なる容が崩れる。命が薄れ、魔力が抜ける、虹の光が塵となって虚空に溶ける。コアは物質ではなかった。霊的存在か、高位のエネルギーの生物だったのだ。鮮やかな色彩が薄まっていき、最後はシャボンのように弾けて消えた。
「ra ra ra rha~~~」
高位存在の断末魔は美しかった。いつしか聴き惚れて俺は泣いていた。そして恥ずかしい事に射精していたのだ。人を救済するという名目で、人類の夢が詰まったダンジョンを潰した。これからの未来を一つ手折った事にならないか。それは俺の夢を殺した事に等しい。
ある種の犯罪者は、女性を殺害する事で性的快感を得るという。俺も同じだ。ダンジョンを弑して、かつてない興奮を味わった。俺は彼らと同じ存在してはならない人間だった。己の業の深さを、罪の重さを思い知る。俺はその場に崩れ落ちた。もう生きる気力が湧いてこない。
沙織が憤懣やり方のない勢いで近づいてくる。そう言えば彼女はダンジョンコアと親しそうだった。きっと俺に思う所があるのだろう。
「臭いんだから。あなたらしい強姦魔の臭い」
やはり帰還のスクロールは落ちてこない。ダンジョンは俺の様な人間を生かして帰す気がないようだ。彼女だけでも帰してあげたかった。
「どうして泣くのよ。わたしにあんなひどい事して嗤っていたあなたが。のどかには優しかったんでしょ。だって幸せ一杯だったから。酷いんだから、わたしよりダンジョンの方が大事なのね。悔しい、許せないんだから」
沙織が隠し持った暗器を取り出した。もう抵抗する気も起きない。巻き込んだ沙織を申す訳なく思う。
「弱いあなたを見たくない。失望したわ。介錯してあげる。最期に言い残す事はないかしら」
真っ先に思い浮かぶのは、初恋の女性との敵わぬ夢だ。本の中の彼女はいつも俺に微笑みかけてくれたが、この手が届く事は決してなかった。子供の頃の無垢な願いを口にする。
「サリちゃんとお風呂に入りたかった。サリちゃんと結婚したかった」
サリちゃんとは「メイド聖女」の主人公の愛称だ。
「サリーちゃんを汚すな」
思い切りグーパンされた。沙織がこれまでになく激怒している。何でヒロインの名前を知っている。さっきまで死にたいと思っていた事等、すっかり忘れて喰いついた。