初投稿でしたが、多くの方々にお読みいただき感謝しております。
とりわけ評価や感想で叱咤激励いただいた方々、お気に入りや誤字報告、しおりやここ好き等でご支援いただいた方々に、厚くお礼申し上げます。
「聖女様、新作のコーラとポテトチップス、用意出来ましたわ」
ロリ巨乳のドワーフメイドがカートを押して、慎ましいエルフメイドが給仕をしてくれる。わたしの発明したコーラとポテチは大陸を席巻した。種族を超えて愛好者も多い。各地で模造品が出回っている。でもまだまだよ。ポテトチップスに適した品種、油の種類とその温度、調味料の塩にまで考えが至っていない。わたしは三歳の時からジャガイモの品種改良に取り掛かった。油は菜種油より南の領地のヤシ油の方があっていた。もちろん塩は地元のミネラルに富んだ海塩よ。
元の世界のコーラの原料に似た果実は、こちらでも薬として扱われていた。領地ではきび糖の生産も行われてたので、これも品種改良して奨励した。塩湖の跡地からトロナ鉱石もどきを発見して、重曹を作った。これでコーラを始めとする炭酸飲料の基礎が整った。館の皆はパンがふっくらと柔らかくなったと喜んでくれたが、それはどうでもいい事だった。
「美味しゅうございましたわ」
魔法で冷やしたコーラと揚げたてのポテチを味見して、わたしは上品に口を拭く。前の世界と遜色のないものが出来たと思う。まだ足りない。わたしの前世の日本より、美味しいものを作りたい。
「姫様、ダンジョン攻略の準備整いました」
メイド親衛隊六人が入場してきた。わたしはこれから彼女達と未曽有宇のダンジョンに挑むのだ。リーダーの狐獣人の尻尾をモフモフする。
「おやめください。それセクハラと言うんですよね。姫様が自ら禁止令を出したのでは?」
「わたしはいいの。男どもが女の子にするのがいけないんだから」
他のメンバーともスキンシップを楽しもうと思ったが、流石は戦闘担当、危険を察知して距離を取られてしまった。仕方がないのでドワーフちゃんとエルフちゃんの胸を揉む。
「あなたは順調に育っているいるわね、あなたは慎み深いままでいて」
「ああ、魔王降臨の兆しがあります。教会より大人しくしているよう要請が……」
「ハア~、聖女様、本当にダンジョンお好きですね。でもダンジョンの向うにお話しのような世界あるんですか?」
「弱そうな名前の魔王は教会に任せるわ」
気がついたら剣と魔法のダンジョンの世界に、「メイド聖女」のヒロイン、サリー・ラ・プリマヴェルに転生していた。憧れだった淡い金髪と緑の瞳の幼女姿に狂喜したのも懐かしい。そして思い出す。五歳の誕生日が過ぎたら、原作通りだとイベントが発生すると。品種改良には何年もかかる。直ぐに取り掛かった。案の定、誘拐されて乗せられた船が難破して、別大陸に漂着した。
ここで女神さまが顕現された。異世界の迷い子を不憫に思い、父母の元へ送り届けて下さると。小さなわたしはお願いした。叶えたい望みがあると。女神さまは難しい顔をされる。
それなら使徒となって試練を潜り抜けなさい さすれば機会を与えましょう
わたしは迷わなかった。前の世界から引き継いだ身体能力と魔法、異世界の知識のほとんどを封印されて、諸国を遍歴した。女神さまの許しを得て、世の為、人の為にのみ、わたしの力は解放される。放浪の先で人を助け、悪を成敗した。人と人が種族を超えて微笑み合い、国と国との縁を結んだ。女神の寵児であることが知られると、教会はわたしを聖女と認定した。6年の時を経て、こちらの家族の元へ帰還して、今に至る。
世界中を遍歴した伝手で、様々な人種の人がわたしを慕って集まり、新しい産業が花開いた。交通の要所だったこともあり、種族や大陸間の交易も盛んとなった。父母の領地は大いに富み栄えている。
「女神さまの神託なんだから。ダンジョンに未来の夫を探しに行くの。あなたたちもお妾候補よ」
もう待ち切れない。ダンジョンの向うへ行って、彼をこっちへ連れてくる。エルフにドワーフ、魔族にハーフリング、各種獣人の美少女と、より取り見取り揃えてあげた。こっちのコーラは甘いわよ。
さあ、想夜、速く私を見つけてよ。「メイド聖女」の最終巻はわたしの心の中にある。何百回も読み込んだ。一語一句も違わずに暗唱できるわ。膝枕して寝物語に聞かせてあげる。
それからの話をしよう。
俺は港湾ダンジョンの跡地で気を失っている所を発見されて、現在も絶賛入院中だ。以前疑義ダンジョンから脱出した際お世話になった、ダンジョン協会の附属病院にいる。何しろ、帰還のスクロールでテレポーテーションしている。俺はすこぶる元気なのだが、色々調べられた。これまで唯一の帰還者だった無三氏は入院も検査も拒否していた。研究者にとっては格好の素材だろう。これまでのやらかしや義母の立場から嫌とは言えない。それに一連の騒動を巡るマスコミの喧騒から、俺を匿う意図もあったみたいだ。
顕現したシーナのニュースは、たちまちに世界中を駆け巡った。その尊き御姿故に、女神様扱いされて結構な騒ぎになっている。聞くところによると、市役所前にダンジョンの新しい開口部が生成中だったそうだ。ここにはモンスター保護派の連中が集結していた。後数時間コアの破壊が遅れたら、大惨事となっていたかもしれない。
巷では、人とダンジョンが争うのを諫めるために女神様が奇跡を起したと、もっぱらの噂だ。主義の異なる人達が和解するきっかけにもなった。政府もこの流れに乗って、弾道弾の使用をうやむやに出来た。俺も取り沙汰されずに済むので助かっている。
人々はシーナの降臨を、大いなるものの意思として受け取った。大嘘である。師匠はただ目立ちたかっただけ。今頃は巣穴で狂喜乱舞してるだろう。だけど結果で判断するのであれば、人類の救世主となったのも事実なのだ。
病室には事情聴収のため、月代主任が訪れている。小梢ちゃんと尋さんも付き添いだ。甘えて桃を剥いてもらったら、ドジな小梢ちゃんが指先を切ってしまった。
「本当にいいのかしら。あなたがプロデビューしたら英雄になれるのよ」
「英雄なんてなるものじゃないですよ」
月代主任は残念そうだ。俺は静かに首を振った。ダンジョンを滅ぼした罪から目を背けるつもりはない。それに沙織と星堂さんを救えなかった。功績を誇るなど、厚顔無恥な真似は俺には出来なかった。
自衛隊員の親父も、世間では英雄と呼ばれた。スタンピードの盾となって親父の小隊は覚悟の殉職を遂げた。親父達が稼いだ時間は僅かだ。だがその貴重な時間で、都市の防衛が辛うじて間に合った。結果として数千から数万の人々を救う事が出来た。メディアは親父達を英雄に祭り上げた。その一方、政府や自衛隊の上層部は冷ややかだった。
親父は命令違反を冒していた。今時、殉職しろなどという命令は下せない。当然、撤退命令が出ていた。親父は希望者を募った。部下は全員残留を希望した。それぞれが遺書を書き、肉片となって散った。その中には俺のよく知っている人、いつもお菓子をくれる綺麗なお姉さんも、兄貴のように慕っていた若い隊員もいた。
トップはこれを問題にした。親父の行動が美談になれば、国民は次も期待するだろう。上司も苦渋の命令を出さなくて済む。部下が勝手にやってくれるのだ。本来、批判の矢面に立ち、補償と復興に尽くすのが、政府と将官の役目であるのに。国は世論が誤った方向へ向かうのを危惧した。
国民を宥めるため、大規模な、そして義務的な合同葬儀が行われた。ここで俺たち家族は、部下だった人達の遺族、数百人から恨みの籠った視線に晒された。全員が無言だった。だが呪い殺さんばかりに俺達を恨んでいるのがひしひしと伝わる。それはそうだろう。親父が素直に撤退命令に従っていれば、部下の隊員たちは誰も死なずに済んだのだ。俺は彼らの憎しみを、今でもはっきり覚えている。義母は緊張して体が強張っている。キリ香は恐怖で震えていた。俺は二人の手をしっかり握った。
しんみりとした雰囲気を、空気の読めない小梢ちゃんが破ってくれた。
「御上君、また騙しているんでしょ。これが魔導書なんて、上級の人でも鑑定できなかったよ」
「鑑定はシングルだけ、トリプルなんて存在しません。転移の後遺症でおかしくなったんじゃない」
尋さんも相槌を打ってくる。沙織が俺に託したグリモワールは、現在その扱いが保留になっていた。『鑑定』の第一人者でも、微細は分からず、年代測定にかけてもエラーが出ていたのだ。
「本当だよ、こっちの優しそうな女性の表紙の本は回復魔法、魔剣を持った勇者のは水、火、土、風の四大魔法が使えるはず」
「ええ、これ人の顔なんだ。心理テストの投影法みたい、じゃあ、試してみるね」
月代主任が止める間もなく、小梢ちゃんがグリモワールを手に取った。癒しの光に包まれて、さっき切った指先の怪我が治っていく。一同唖然としていたが、尋さんは嬉々として、
「うそでしょ、じゃあ私はボロボロの剣を持った敗残兵のを使ってみる」
出鱈目の呪文を萎えると、しょぼいながらも全ての魔法が発動した。病室で火魔法を使えば、当然ながら火災報知器が鳴り、尋さんはこってりと叱られた。ともあれ二人は、選抜者以外で、人類で初めて魔法を使った人となったのだ。
ギルドと政府からは持ち帰った魔導書の買取を打診されたが、俺は拒否した。利益を今回の災害の復興や被害者に回してもらえるよう、全てオークションにかけた。加害者の家族についても同様に扱うようお願いした。のどかへの配慮もあったし、貧すれば犯罪に走る人が出るかもしれないから。
小梢ちゃんと尋さんがド派手なパフォーマンスを繰り広げる中、オークションは盛況のうちに終了した。ご祝儀相場もあって、結構な高値がついたという。ダンジョンの崩壊と引き換えに出現した五冊のグリモワールは、神様からの贈り物と考える人も多かった。二冊はお金持ちの個人が落札し、不遜であると非難されたが、俺はそうは思わない。人は誰しも超人的な肉体を欲したり、魔法を使いたいと願う。だけどその夢が叶うのは無作為で十人に一人、41歳の誕生日を迎えた瞬間、永遠に夢は断たれる。落札した個人は、これまで築き上げてきた富という人生の対価を払って、夢を実現したのだ。むしろ清々しいと思えた。
楽しい事ばかりではなかった。
遡って、俺は星堂さんの形見の腕を奥さんと娘さんに返還した。手には因縁のペンダントの鎖が握られている。三人は泣き崩れるが、最初に我に返った奥さんが問い詰めてきた。彼女も一流の探索者だ。腕が刃物で切り落とされた事は一目でわかる。
「誰が主人を殺したんですか。あの女ですね」
「違いますよ。腕を切り落としたのは僕です。星堂さんとは殺し合いました」
俺は事実を話した。星堂さんはスキルで『魅了』されたのではなく、本気で沙織に一目ぼれして妻子を捨てたと。探索者である下の娘と奥さんは激高した。
「嘘よ、お父さんがあなたになんかに負けるはずがない。ダンジョンコアを破壊したのも本当はお父さんだったんだ。騙したんでしょ。わたしに優しくしたみたいに油断させて、後ろから斬ったんだ」
「夫はあなたを高く買っていました。娘たちのどちらかと交際を望んでいた節があります。あなたのスキルは伝手を頼って聞いています。そんなスキルでは、夫を倒す事もコアを破壊する事も出来ません。おおかた夫がコアを破壊した後、スクロール欲しさに不意打ちしたのでしょう。そんな事をしないでも、夫はあなたを優先して帰還させたはず。この恥知らずの卑怯者!」
真実を伝えるかどうか迷いに迷った。星堂さんは沙織の『魅了』に抵抗して、自ら俺の手にかかる事で道を譲ったと伝えるのが人の道だろう。ギルドも彼の功績を鑑みて、それを望んでいる。俺の話が事実なら、星堂さんは事件の被害者から加害者になってしまう。受け入れられないのも当然と言えた。それでも星堂さんの死に様を見届けた俺は、ありのままを伝えずにはいられなかった。
星堂さんはこれまでに多くの人を救っている。彼のシンパや一部中立の人にも俺は疑われた。確かに秘密のスキルをいくつも抱えている。公開しているスキルとその能力では、こうした疑惑が起こるのも自業自得だろう。職員に取り押さえている奥さんと妹に別れの挨拶をする。
「またダンジョでお会いしましょう」
二人の恨みは深い。俺達を憎んでいる遺族の視線を思い出した。彼女達とは、いずれダンジョンの流儀で決着をつけそうな気がする。
騒ぎを他所に、凛々しかった姉は悄然としていた。このままでは自殺してしまうかもしれない。俺は激励の言葉をかける。
「早く選抜者になれるといいね」
「馬鹿にして! わたしなんか眼中にないのね。覚えてなさい。必ず仇を取ってやる。わたしの生涯はその為に費やす」
水を得た魚のように元気になった。世に恨みの種は尽きない。
俺はのどかに詫びた。
「すまない、沙織を帰してやれなかった。僕を帰すために沙織は向こうへ残ったんだ」
「それでこそわたしのお姉ちゃんです。お姉ちゃんは想夜さんが大好きだったんです。もう泣かないでください。アルドネさんと二人で、お姉ちゃんの分まで尽くしますから」
「想夜さん、わたしで発散してください。心の棘を取り除いてあげます」
さめざめと泣く俺を、年下の女の子達があやしてくれた。癇癪を起した幼子のように、二人に八つ当たりして欝憤を晴らす。途中からアルドネも加わって俺を癒してくれた。傲岸な俺はか弱き少女たちから、慈しみの心を教わったのだ。
この後すぐ、のどかは郊外の女子校へ転校していった。寄宿舎住まいとなる。ちょっと前まで寄宿舎は小説の世界だけの存在だった。だけど両親が選抜者でダンジョンに遠征する等、長期に渡って親が不在となる子供が増えてきた。私学では途絶えていた寄宿舎を復活させて、経済的に余裕のある人達の要望に応えている。のどかも、かつて両親がお世話して海外で事業展開していた人が、事件を知って援助の手を差し伸べたのだ。足長おじさんはいた。沙織の最後の置き土産のように感じた。
幸いにして、農業を営む爺さんの家からほど近い。休みの日にはのどかと一緒に手伝うか。
母が出張で戻ってきている。これは協会の配慮もあるだろう。当然ながら妹のキリ香も一緒だ。時間の都合がつかなかった母の代わりに、妹と親父の墓参りに出かけた。道中でキリ香が詰問してくる。
「お兄ちゃんの行動には多々不審な点があります。いかがわしい場所に出入りしてるんでしょ」
キリ香がスマホを開いた。まさか、あの迷子防止のGPSアプリまだ生きていたのか。そうなら俺はずっとキリ香に行き先を監視されていた事になる。最初に示されたのは委員長の自宅だ。
「ここ、市内で一番のお屋敷よね。お兄ちゃんのクラスの委員長さんの家なんでしょ。しかも胸の大きな女の人。なんで一日に二回も訪ねるのよ、二回目は夜遅く。怪しすぎる」
「だってメイドさんいるし。そこは全権大使だった水崎議員の邸宅でもあるよ。夜にもう一回行ったのはその時間に議員さんが帰って来たから。三回目の訪問は機密に関わるから内容は勘弁」
時期的にスタンピードやダンジョン占拠事件と重なる。渋々納得してくれた。委員長の事はこちらの同級生から聞いたのだろう。次に示されたメイクサロンは、俺が女装した場所だ。説明するとここはあっさり許可が出た。最後に春凪姉妹の済んでいたマンションを示す。
「独身女性向けの賃貸マンションでしょ。お兄ちゃんのクラスの女子は一人を除いて自宅通い、残った一人も公費での越境入学なはず。官公庁の宿舎暮らしって聞いてるわ。こんな所に行く用事なんてないよね」
キリ香の顔が怖い。クラスメイト一人ひとりまでチェックしているのか。
「スタンピードの時助けた女の子と再会したんだ。キリ香より一つ上の子だよ。彼女はダンジョンアイテムのせいで、呪いに侵されていた。様態が急変したんで部屋で介抱した。キリ香はいつもやっているけど、命を救えて僕は誇りに思っている。後でその子がダンジョンのお姫様の妹だと知った」
「お兄ちゃんダンジョンのお姫様と会ったんでしょ。どんな人だったの? あの人、何であんな事したの」
「出会った中で一番綺麗な女性だった。彼女は妹を助けるために手を汚したんだ。もちろん、彼女の行為は正しいとはいえない。だけど僕もキリ香を護るためなら、世界だって敵に回す。だから彼女を支持するよ」
沙織は一切の後悔をしていないと断言できる。何故なら、キリ香のためなら俺もそうするからだ。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、いなくならないで」
キリ香が腕をたぐって体を寄せる。動物は自分のものには身を擦りつけて匂いづけする キリ香にとって俺は自分の所有物なのだろう。
墓前でキリ香は真剣に祈っている。何か叶えたい願いでもあるのか。親父は命を捨てて人を救い、後に道を示した。虚飾と訓戒の二つの道だ。どちらの道が正しいのかは後を歩く人次第と思う。俺もその道に続きたい。そしていつの日か、親父が正しかったと胸を張って言える未来を創るのだ。
俺は沙織にも思いを馳せた。明日はダンジョンに潜ろう。
彼女は本当に虚無へと消えてしまったのか。沙織は『幸運』スキルの持ち主だ。「みよう本」が異世界に流れ着いたのなら、彼女もそうであって欲しい。女神さまに誰よりも願う。もしそうなら、沙織は向こうの世界ではその微笑で万人を幸福へ導いているはず。俺も及ばずながら、ダンジョンの力を弱き人の為に役立てよう。
ダンジョンの向うに行った僕だけの聖女様、この紡がれた物語が、せめて貴女に届きますよう。
次章「高校ライフとスローライフ」
ちょっとだけ反省して、清く正しく生きようと、美少女と美女に囲まれたスローライフを目指す主人公ですが……