書き溜め(6万字強、10話+α)尽きるまで、校正しながら週二投稿、それ以降は不定期投稿となります。
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一夫多妻制
二週間がたった。梅雨の走りを迎えているが、俺の心は晴れやかだった。煩わしい検査から解放されて、今日からやっと登校できる。シーナ顕現のニュースは未だ燻っているが、俺達高校生は天下を愁う、にわか国士になっていた。民法の改正、これまで犯罪だった重婚を認めるか否かの審議が、本格的には始まったのだ。結果次第では、沢山お嫁さんがもらえるかもしれない。
ダンジョンが出現してから男女比は徐々に崩れ始めた。俺達の世代では4対6に近い。一般に魔力量の多い女性がダンジョンでは適応しやすいため、生物学的、社会的に変化が始まってると推測されている。もちろん神の思し召しと捉える宗教家も多い。
現実ではシングルマザーや未婚女性の増加という、社会問題が発生している。ダンジョンの選抜は、我が国では人口比約10%だ。人口の減少は選抜者の減少に繋がり、国力や国防の上からも好ましくない。各国とも、重婚を始めとする人口増加政策を取っている。むしろ日本は遅れていた。
「俺はいい所へ進学、就職して甲斐性をみせるさ。奥さんを二人貰って子供は四人、国民の義務を果たしてみせる」
佐藤が立派な事を言っている。本音は両手に花を持ちたいだけだろう。
「僕は一人だけ。生涯で君だけを愛する、そうプロポーズすれば才色兼備のお嫁さんが来てくれそうな気がする」
田中達、量より質と言い切るクラスメイトも多い。
議論の争点は、配偶者を何人までに制限するだった。主流はもちろん二人までだ。これだと俺たちの世代では男子のうち半分が、二人奧さんを持つ事になる。男子達は大興奮している。
「ふーん、わたしたちも選ぶ権利はあるのよ。お金持ちになったら、旦那さんを二人持つかも。いずれにせよ、甲斐性のない男はごめんだわ」
「わたしは今まで通り、一夫一妻がいいと思うの。旦那様一筋に尽くすわ。夫となる人にもわたしだけを見ていてほしい」
建前は男女平等だから、女性も配偶者を複数持てる。かなわぬ夢を見る女子もいる。真面目な委員長は、こちらを見ながら言っている。決まった殿方がいるかの様な委員長の発言に、女生徒が冷やかしていた。
「おう、それだ。想夜、偉い人に意見聴かれたそうじゃないか。ちゃんと奥さん二人持てるよう頼んだよな」
佐藤の発言で、男女とも俺に注目が集まった。実は委員長の祖父の水崎議員と、生徒会長の父親の夕垣市長がお見舞いに来られた。その際、重婚について問われたのだ。もちろん俺は重婚には賛成だ。それも二人までとか、けち臭いのは嫌だ。希望があれば参考にすると言われたので、俺は持論を伝えてある。
「重婚賛成! 奥さんが二人までとか物足りない。僕は無制限に結婚したい。一夫一妻とか自然の摂理に反する。トドやアザラシがハーレムを作るのは皆も知っているだろ。ゴリラもそうだよ。霊長類で奥さんが一人だけなのは人類だけ。他はハーレムか乱交型。自由恋愛万歳! それに異世界では一夫多妻が当たり前だよ」
俺は都合のいい自然の摂理だけを例に挙げる。
「想夜、お前あの本の読みすぎだろ。女の子にちょっと親切にしたら全員から惚れられるとか、ありえないだろ。現実を直視しろよ。皆にいい顔している奴は不誠実な奴だ。そんな男は何時か刺される。本に毒されてこんな常識も分からないから、お子様扱いされるんだ」
「みよう本」が馬鹿にされた。もてたいと言っている友人達に、参考書としてハーレムものを勧めたが、評判は散々だったのだ。そんなチョロい女性はいない、親友達の主張は一見正しいように思える。女子達の言い分も聞いてみよう。
「へえ、御上君、奥さんは何人いてもいいんだ。それもいいかな。私ね、甲斐性のある人に貰って欲しい。他の奧さん達とも仲良くするよ」
「それって朱美さんと旗無先輩の二人は決定よね。後何人ぐらい容認できるの」
「あなた、食べ物に好き嫌いが激しいから、女性にもこだわりがあるんじゃない。平凡な女の子なんか相手にしないんでしょ」
実は朱美たちは、俺の復帰と入れ違いで選手権の合宿に行ってしまった。そのためか、クラスの女の子が肉食女子になっている。俺と朱美と詩央の仲がいいのは、小学校の頃から有名だった。古馴染みは一歩引いてくれた感がある。恋愛に発展しないのだから、彼女達とは気楽に接してこれた。だけどその柵が取り払われようとしている。みんな、気心の知れて頼れる友人を伴侶に選ぶのも有りと思っている。女子達はここぞとばかりに探ってきた。
それに俺はグルメで偏食家としても有名だった。コーラとかポテチとか、カップ麺に強いこだわりがある。学食では毎日同じものを注文していた。朱美と詩央は俺の健康を心配して、よくお弁当を作っては強制的に食べさせられた。
「好き嫌いは良くないと思う。年上も年下も大好きだよ。容姿だってメリハリがある人、慎ましい人、それぞれに趣がある。僕を想ってくれる人には、平等に愛してみんなの気持ちに応えたい」
ダンジョンの向うへ行った人は、万人を幸福にする笑顔を持っていた。ならば俺もせめて世界の半分の人を幸せにしたい。誰でもいいはクズ男だが、万遍なく愛するのであれば、聖者として尊敬される。自分もかく在りたいもの。委員長の爆乳と理生院の慎ましい胸を眼で追った。もちろん二人とも将来のハーレム候補だ。委員長は強引に納得させた。だけど理生院には隙がない。
「御上君、思わせぶりな発言は駄目だわ。それにお爺様に配偶者の人数制限を外すようお願いしたのよね。お爺様、大笑いしてされていたわ。そんな法案が通ったら、わたしどうしよう」
委員長は嘆いているが、クラスの皆が色めきたった。保守重鎮の水崎議員は、重婚法案推進派の筆頭だった。そして法案は配偶者を二人までに制限する、無難なものになるのが大方の予想だった。これが覆るかもしれない。
「入院中に生徒会長のお父さんと委員長のお爺さん、市長と議員がお見舞いに来られたんだ。望みがあれば配慮すると言われたんで、お嫁さんを沢山貰えるようにして下さいって、お願いしたんだ。市長は嫌そうだったけど、先生の方は快諾してくれたよ」
「マジかよ!」 「やった!」
男子からは驚嘆の声、女子からは歓声が上がる。婚姻届けは役所に提出する、市長が反対なのは市役所の業務が煩雑になるからに違いない。水崎議員は若い頃から実業家としても成功し、胆力もあった。だけど政治家という職業を選択した故に、お妾さんを囲う事が出来なかった。その無念から一夫多妻制を支持してくれるのだと思う。期待に応えるようにしたい。
「あなたはいつも幸せそう、羨ましいわ。でも巻き込まないで下さいな。神様は倫理という掟を定められて、人と獣を隔てられたのよ。苦しい時も悲しい時も、大切な人と支え合って、わたしは生涯を共に生きる」
相変わらず理生院は俺を袖にする。獣と思われているのだ。今日は一段と蔑んでくる。よほど重婚が嫌いなのだろう。
ところで実質的な一夫多妻制は、男性優位となりそうなのだが、実はそうでもない。財力のある女性がイニシアティブを握り、不平等が加速すると懸念する向きもある。
一夫多妻制となれば、ただ婚姻届けを出せばいいというものではない。一夫一妻の初婚は、今まで通り婚姻の自由が適応される。しかし、二人目からは経済力も参照される。基準に満たす収入がないと重婚は認められない。いち早く重婚を取り入れた福祉国家では、収入のない人達が恣意的に結婚して、保護で国の財政を傾けた例もあった。そして遺産相続も問題だ。父親の遺産は妻子に平等に分配されるが、母親の遺産は自分の子と夫で分配される案が有力となっている。
その為、重婚のカギを握るのは、裕福な名家から嫁いだ奥さん次第ともいえる。彼女が反対して資産を実家に引き上げてしまうと、夫側は経済的に新しい奥さんを貰えない恐れがある。また、札束を重ねて、有望な男性の夫人として割り込む事も出来るのだ。
ダンジョンに選ばれるかは皆平等だが、魔力量は遺伝する。従って前時代の優生学的な社会集団も復活している。国内でも、かつての陰陽道の旧家が独自の母系集団を形成しつつあった。自分たちは魔力量の多い男と婚姻を結ぶ。さらに高魔力の子女と養子縁組して、エリート教育を施した。将来の優秀な選抜者への布石とするためだ。
こうした女性はダンジョン選抜に漏れても、スペックは高く組織の根幹で活躍する。もちろん、男性選抜者に宛がう事も出来る。この旧家は、いまや関連企業を幾つもかかえる国内有数の政治、宗教団体となって千年ぶりの復活を遂げた。国政にも隠然たる力を及ぼし始めている。
俺達選抜者は、体育系の授業を受けなくてよい。参加してもほとんど見学か審判役だ。通常の人間とは別次元の肉体を持つ選抜者には、他の生徒は合わせられず、先生も指導は難しいだろう。それでこの時間を、社会貢献で代替えする事が推奨されている。自警団や老人ホームのお手伝い等、課外授業としてのボランティアが組まれている。俺は週二回、6時間ほど校外に出て社会奉仕を行う事にした。もちろん、学校が推す候補先から選んである。
「御上君、どこを選んだのよ。あなたなら引く手あまたじゃないの?」
「それがこいつ、美味しいヤツを全部蹴ったんだ。本当にあそこで良かったのかよ」
実は学校を通してオファーが殺到していた。先の港湾ダンジョン暴走の件、いくら伏せていても、俺の動向は最前線の人には目撃されている。菫先輩の父親が経営する会社を筆頭に、一流企業の研究部門から協力要請がいくつも来ていた。豪華な食事、過分な交通費、最新鋭の装備も提供してもらえるという。体のいい囲い込みだが、何よりダンジョンの攻略に貢献するという、大義名分があった。
国や市からも、ボランティアとして招待された。予備選力として待機する傍ら、訓練に参加したり、各種イベントでパフォーマンスをしたりする。こちらは定められた以外の金銭や物品のやり取りは一切ない。ただ学生時代にこういうボランティアをこなした探索者は、プロレビューした後の信用度が格段に上がる。能力と人格を国や市が保障するようなものだ。臨時パーティも組みやすいし、仕事も優先してもらえる。企業からの指名依頼も受けやすい。
これらすべてを断った。企業関係は菫先輩、国の出先機関は委員長、市は生徒会長に俺が摂り込まれかねないと、朱美と詩央が反対したからだ。それがなくても、やはり辞退しただろう。
俺が選んだのは、とある孤児院のお手伝いだ。孤児院はかつて児童養護施設と呼ばれていた。クリエーションの直後から、自然災害は減った。だけどダンジョンが溢れ、人が死に、親を亡くした子供も溢れた。しかし当時、国の財政はひっ迫していた。そこで有志によって孤児院が運営され始める。その尊き精神が受け継がれ、今日の孤児院は、国庫の援助を受けた民間の非営利団体が主体だ。
今回の依頼先も、郊外の教会が運営する小さな孤児院だった。高校からも遠い、交通費も出ない、進路にもプラスにならないという一番条件の悪い依頼だ。しかも何故か探索者を指名している。当然ながら、ここをボランティア先として希望する学生は誰もいない。
クラスメイト達は俺を心配してくれた。
「探索者の人しか受け付けないって、大丈夫なの。怪しすぎるんですけど。もっと普通の処に変えてもらおうよ」
「菫先輩からも誘われたんだろ。お前大ファンだったじゃないか。メシとご祝儀と装備付き。なんでついて行かなかった」
「先生に調べてもらった。ここ経営苦しいらしいけど、受け入れた子供の教育には力を入れているって評判だった」
新興宗教と言えば色眼鏡で見がちだが、ここは布教も控えめで、身内で神を崇めているだけだという。カルトと批判するのは容易い。だけど無償の厚意まで馬鹿にするのは間違いだ。それに御本尊が女神様というのが気になった。
「僕はダンジョンから力を授かった。強い力だと思う。それでも助けられない人もいた。それどころか沢山の人に助けてもらった。己惚れていた自分が恥ずかしい。だから貰ったこの力、世の中の恵まれない人に使いたい。一般の人と選抜者、いがみ合うんじゃなくて、手を取り合ってよりよい未来を築きたいんだ」
必ず人の役に立つ、俺の意思、俺の決意を、強い言葉で宣言する。先の籠城事件では、力を授かった人とそうでない人の深刻な対立もあった。それはダンジョンが望まない事だ。
落ち込んだ俺を慰め支えてくれたのは、護られるべき女性達だった。委員長や先生は授業に遅れないように献身的に尽くしてくれた。流果さんは年下の俺に奉仕を捧げる。のどかや瀬里奈とえりかの母子は私生活を支えてくれ、時に欲望の捌け口になった。姉の愛望は大学が終わったら様子を見に来てくれる。男嫌いだった妹の清見ちゃんは、こっそり部屋に尋ねてきた。ここまでされて、救いを求める人に手を差し伸べなければ、俺はもう人ではない。
「よく言った。それでこそ俺達の御上だ。応援するぜ」
「偉いわよ。大好きになっちゃった」
「御上きゅ~ん、御上きゅ~ん」
クラスメイトが俺を讃えてくれる。委員長達一部の女子は、感動して咽び泣いている。くすぐったいけど正直嬉しい。ボランティアを頑張ろうと、ますます力が湧いてきた。
「御上君にも人の心はあるのね。見直したわ、いいえ、尊敬します」
理生院からも褒められた。こんなに優しい顔をされたのは初めてだ。何だか心が清らかになった。
わたしの隣の男の子は、いつも能天気だ。平気でデートに誘ってくれる。嫌な感じはしない。でも彼は他の女子にも本気でデートに誘っている。そこには悪意は存在しない。彼は悪人ではない、獣だ。善悪を知らない迷える子羊。愛らしい小動物の皮を被った狼の子、成長すれば、本能のままに女性を喰らおうとする。
わたしはスキルに頼らない観察眼を磨いてきた。朱美さんとは男女の関係だろう。職務柄、彼の経歴は知っている。敢えて目をつぶった。委員長と小梨利先生も女性として御上君を意識している。二人は彼に命を救われている。きっかけさえあれば餌食にされる。彼の魔性の美貌と超越した肉体の前には、いかなる淑女でも抵抗は難しい。鎖をつけるべきだろうか、二人と御上君を近づけたわたしは心を痛めた。
そんな彼が単身でスタンピードを食い止めた。運がいいとか、死線を超えたとか、生易しいものではない。そんな偉業にも係わらず、彼はどこまでも謙虚だった。名誉も金銭も放棄して、世の為に役立てほしいと願ったのだ。人は試練を克服してこそ成長するのだろう。久しぶりに会った彼は眩しく、後光が差しているのではと思った。不覚にも女性として見惚れてしまった。
彼は弱き人に寄り添うため、ボランティアを始めるという。運命さえも打ち破る人物が世に尽くすなら、おのずから救世の道となる。研修先を聞いた時、息が止まった。御上君とは逃れえぬ運命を感じてしまう。女神教孤児院、徳島市の郊外で細々と運営されるこの孤児院こそ、二度と帰る事の出来ない故郷だった。わたしはとある任務を帯びて越境入学しているが、本来はここが出身だ。
両親は探索者だった。だけど騙されて人狩りに殺されてしまう。そんな幼いわたしに援助の手を差しのべてくれたのが、この孤児院だった。母性溢れた司祭様と姉様達、手を焼かされた妹達の顔は忘れられようか。あそここそがわたしの家だ。
12歳の時,わたしもダンジョンに招待されて奇跡の生還を果たす。習得した特異なスキル故に、某所より養女とて望まれた。破格の条件だったが、名前を捨てて孤児院とは縁を切るよう言われた。薄々経営が苦しいのを察していたわたしは、多額の寄付と引き換えに、反対を押し切ってこれを受けた。後日、この処置はわたしへの悪意から、孤児院を護るためだと知った。
御上君がこの孤児院で活動する事をわたしは嬉しく思う。彼なら世の悪意や偏見からみんなを護ってくれるだろう。そして司祭様やシスターなら善き彼方へと導いて下さる。彼は健全な精神に健全な肉体を宿した人間として、悔い改めて再生するのだ。わたしも良き隣人として、影ながら応援しよう。
だが後日、激しく後悔する事になる。
おのれ、御上想夜。大焦熱地獄へ落としてやる。