※この作品はR-18です。

ダンジョン姫はじめ   作:エターナル好希也

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女神教孤児院3 聖歌隊

 先日は孤児達と鬼ごっこをした。ゴブリン役はもちろん俺だ。ダンジョンの魔物の習性は知り尽くしている。彼女達を見ているだけで、魔物の好色な顔になれる。身体能力も再現している。ゴブリンと同じ速度で少女達を追いかけて襲う。『記憶』と『器用』のお蔭で、立派なゴブリンもどきになれたと思う。

 

「天職ね」

 

 みなしご達を嬉々として追いかけ回す俺を見て、指導役の泉澄が笑っていた。俺の考案した鬼ごっこは避難訓練を兼ねている。スタンピートドやワイルドハントでの最低限の護身、ゴブリンと遭遇した際の実践でもあった。内容自体は学校の避難訓練と一緒だが。

 

 逃げる

 隠れる

 大声で助けを呼ぶ

 抵抗する

 

 この順番で冷静に行動するよう指導されているはず。俺も小学生の時はそう習った。なお、ゴブリンは小学校高学年から中学生一年生位の強さと言われる。素行不良の同級生や先輩と、無手で喧嘩して勝てる小学生女子はいない。俺もこの流れで鬼ごっこをしている。学校との大きな違いは、俺という、ゴブリンの身体能力を忠実に再現した魔物役がいる事だ。俺に捕まるのなら、実際のダンジョン災害でもゴブリンに連れ去られる事になる。

 

 俺が目を閉じている間に、子供たちに散ってもらう。隠れてもいいし、距離を取ってもいい。運動神経に自身のありそうな子はそうやって逃げ切るつもりだ。時間だ、庭で獲物を探しながらコミカルに歩く。身振り手振りも雑魚ゴブリンにそっくりだ。『透視』や『魔力視』、『気配察知』など、無粋なスキルは使わない。そんなスキルを持った雑魚はいないから。見つけた、厭らしい声を出す。隠れていたココアをお姫様抱っこで攫って行く。腕の中でキャっ、キャっと暴れてそれは楽しそうだった。

 ショートパンツの日果留は結構な瞬足だった。スタートダッシュだけならゴブリンを振り切れるかもしれない。だけど体力不足で直ぐに捕まってしまう。空高く掲げるとクルクルと頭上で回した。女神さまに見せつけるようにだ。嬉し気な悲鳴が上がる。隠れていた燐花と唯花の双子ちゃんを両の肩に担いで拉致する。

 

「やだっ、やだっ」

 

 二人は俺の怪力ぶりに驚いたようだが、ジタバタと抵抗を始めた。ゴブリンに捕まっても、最後まで諦めないその心意気は良し。だけど視界の左右で童女のお尻が揺れるのだ。

 

「パンツ見えるよ」

 

 この一言で心が折れた。

 こうやって小学生女子を捕まえる。だけど途中から難易度が下がってしまった。捕まえて下さい、見つけてくださいと言わんばかりで抵抗しないのだ。片端からお姫様抱っこで攫って行くのだが、みんな小さな拳で俺の服を握りしめて降りようとしない。ゴブリンの演技がよほど真に迫っていたのだろうか。

 これで全員と思ったが、一人足りない。このままでは小学生相手の鬼ごっこで負けてしまう。まだ見つけていないのは涼風だった。彼女は初対面の俺に、代表して応対してくれた女の子だ。しっかりしていると思ったが頭も切れそう。上手く隠れられてしまった。ギブアップを宣言しようと思ったが、燕子と沙也加が指を差す。

 

「お兄さん、あれ」

 

 庭園の奥、防風用の楡の木の樹幹、7,8mの高さに彼女はいた。そんなに俺に捕まるのが嫌だったのか。確かにゴブリンは木登りが苦手だ。だけどこれは反則だった。危険な事はしないよう事前に申し付けてあったから。なまじっか、勇気があって頭も運動神経もいいのが裏目に出た。椅子や壁、他の植栽を巧みに利用してよじ登ったのだろう。

 涼風は仔猫だ。高い所に登ったはいいが降りられない。遠目にも震えているのがよく分かる。脚が竦んで今にも落っこちそうだった。というか、こちらが見つけた事に気が緩んだのか、ミャーミャー鳴いた。あっ、落ちた。

 思考はもう間に合わない。身体が先に動いてくれた。落下までの時間は、1秒と少し。楡の木までの距離は十数メートル。『風衣』で旋風が舞う、女の子のスカートが捲れる。その瞬間には俺はもう『俊足』を飛ばしていた。空中で涼風ちゃんを受けとめる。停止する余裕がなかった。彼女を庇うように転がると、そのまま壁へ激突した。大きな音がして童女達の悲鳴が上がり、何人かは泣き出してしまう。司祭様とシスターも駆けつけてくれた。

 命が助かった安堵感とボロボロになった俺を眼にして、涼風は大泣きしてしまう。彼女は充分反省している。ならば俺のかける言葉はこれだけだ。

 

「大切な命、守れてよかった。君が無事な事だけが嬉しい」

「わぁーん、おにいちゃん、そうやさん──ー」

 

 彼女は俺にしがみついて離れようとしない。妹も悲しい時はこうしていた。俺はキリ香にやったように、優しく髪を梳かして泣き止むのを待った。彼女には怖い思いをさせてしまった。事故がないよう気を配るのも、年長者の義務だったのに。それにしても涼風の行動は無鉄砲だった。みなしご達の中で一番しっかりしていると思っていただけに意外だ。落ち着いたのを見計らって、その事情を聴いてみる。

 

「ごめんなさい。お兄さんに一生懸命探して欲しかった。気にかけてほしい。一番の妹になりたいの」

 

 彼女を抱く腕に力が籠った。男兄弟がいなくなって寂しかったのだろう、この子は新しい兄の気を引きたかっただけだ。俺は自分の無神経さに腹が立った。そう言えば他の子たちも、やたら俺とスキンシップを取りたがった。もっとみなしご達の事をよく知らねばならない。俺は照子司祭と、シスターミシアに相談した。

 

「想夜さん、あなたはダンジョンの申し子です。強く驕らず、美しい。素晴らしい兄ができて娘達が喜ぶのも分かるわ。あなたが来て皆にいい影響が出ています。そして息子はいずれ旅立つもの。あの娘たちに何か一生の思い出を残せないかしら」

 

 俺は学校教育の一環としてここに来ている。いずれ離れるだろう。照子司祭は娘達が俺に依存しすぎて、別れが辛くなるのを懸念した。彼女は俺と孤児たちが一つになった、忘れえぬ体験を期待している。それを孤児たちの糧にしたいようだ。シスタールシアの顔が輝く。天使のような微笑だった。

 

「弟君、綺麗な声をしてるわね。ねえ、歌は好き? うちには聖歌隊があるの。妹達は全員団員よ。最近遥ちゃんがうちの子になったから、基礎から教えているの。良かったら一緒にどう。それに内緒なんだけど、泉澄ちゃんが女神の花嫁になったお祝に歌う聖歌があるの」

 

 教会の子供と言えば聖歌隊だ。品行方正な少女達が神の愛を天使のソプラノで歌う、なんて尊いのだろう。混じってみたい。自分はソプラノで今でも歌える。幼い頃から天使の声と褒められていた。それに加えて今ではスキル『美声』もある。

 まもなく泉澄から見習いが取れて正式なシスターになるという。その日、彼女は花嫁のベールを被って女神さまに嫁ぐ。彼女にとって一世一代の晴れ舞台だ。この儀式でも聖歌隊が活躍する。俺も彼女の花嫁姿を見てみたいし、聖歌で讃えて祝いたい。

 

「それ楽しそうだね。歌うのは得意と思う。ちょっと聴いてみて」

 

 俺は持ち歌からジュスランの子守歌をアカペラで歌ってみた。司祭とシスターは伸びのあるソプラノに驚く。

「何て綺麗な声。これならソロでも大丈夫ね。そのボーイソプラノ、聖歌隊ならどこでも歓迎されるわよ」

 

 ミシアからお墨付きをもらうが、主役はあくまで子供達だ。本番ではモブに徹したい。

 

 

 

 ちょうど礼拝堂では聖歌を練習していた。

 

「僕も今日から団員になったよ。年は一番上だけど、一番の新米だ。僕が聖歌を歌えるように厳しく指導してくれないかな」

 

 童女たちの歓声が上がる。

 

「お兄ちゃんの声、女の子みたい。わたしたちとお仲間だね」

「下手でも恥ずかしがらないで。手取り足取り教えてあげる」

 

 代表して涼風が説明してくれる。もうすっかり回復していた。

 

「でもいいの、うちの聖歌隊は昔からの子が新しい子に教える事が伝統なの。女神さまの愛を語り継ぎなさいとという教祖様の教えなんですって。そうやって心を通わせて身も心も一つになるの。想夜さん、小学生のわたしたちから習う事になるわ」

「もちろんそのつもりさ。どのパートを受け持つかは決めてないけど。先輩の妹ちゃん達、宜しくね」

 

 涼風は心配してくれたけれど、他の童女はわらわらと俺を引っ張り始めた。自分と唄おうと誘ってくれる。当然、全員とデュエットするつもりだ。まず遥に構う。彼女は最近入所したばかりで、涼風達から基本を学んでいた。俺も仲間に入れてもらう。

 聖歌や讃美歌は骨肉奪取されて、国内では唱歌や童謡として唄われている。最初はこっちを歌うと思っていた。ところが聞こえてくる聖句は、魔法使いの呪文のようなラテン語だった。むずい。小学生に千年以上前の曲を歌わせるとは、孤児院は気合が入っている。それだけに遣り甲斐のある課題と言えた。

 

「遥ちゃん恥ずかしがらないで。声は背中から出すのよ」

 

 遥はあうあう言ってる。大きな声が出せないようだ。チラチラと俺を意識している。一通り旋律と発音を涼風たちに教わった俺は、皆に意味を聞いてみた。

 

「憐れみとか栄光とか言って女神さまを讃えているってシスターが言ってた」

 

 やっぱりそうか。子供達もよく分かっていない。教祖様もみなしご達が難しい課題を達成することで、自信をつけさせようと願ったのかもしれない。幸いにして繰り返しが多く、覚える音節は少ない。俺は綺麗な音を出すよう心掛けた。意味や文法より音響を優先する。

 俺は遥の背中をさすった。発声時には背筋を柔らかくして緊張を解すのがいいと聞いている。俺は遥と声を揃えた。するといい声で歌い出した。

 

「遥ちゃんとお兄ちゃん、綺麗なソプラノ」

「なんか手つきが厭らしいんですけど」

 

 突然の遥の上達にみんなが驚くが、ゆゆと菜羽がしっかり指摘してきた。俺はボイストレーニングについて説明する。のびやかな声は背筋を鍛えてこそ出せる。それに母さんとキリ香とはいつもこうして歌っている。

 

「カラオケではこれが常識だよ。ちゃんと背中に手を当てたり、腰に回したりしないと、クラスの女子に叱られる」

「嘘だぁ! わたしが試してみる」

 

 元気一杯の日果留が俺に挑戦する。彼女は小学生としては背が高い。運動が得意なだけあって肺活量も豊富だろう。譜面を二人で使い回す。顔が近い

 この子たちは世間知らずだ。カラオケにも行った事がないのだろう。常識を教えてあげる。背中を撫でるとピクリと反り返った。

 

「本当だ! 背中を撫でてもらったら、声が伸びたよ。お兄ちゃん何やったの」

「よく言うでしょ、お腹から声を出せって。背中を擦ると姿勢がよくなって声がよく通るようになる」

「今度はわたしたちね」

 

 燐花と唯花の双子組だ。この子たちはリズム感がよく、声も澄んでいる。音楽の才能が有りそうだった。二重合唱の部分を、それぞれソロで担当しているという。三人で譜面を読んだ。当然躰が密着する。二人は俺の腰に手を回してきた。歌う時はいつもこうしてお互いのリズムを取り合っているという。俺も二人の腰に手を回す。そして呼吸に合わせて持ち上げるように引き寄せた。腹筋を刺激して発声の手助けをするのだ。するとどうだろう、名盤もかくやと思う位の美しい声で綺麗にハモった。

 

「どうしよう、お兄ちゃんと歌うと気持ちよくていっちゃいそう」

「はう~、こんな声を出したの、初めて」

 

 リンとユイは感激してうっとりしている。これを見た他の子たちも寄ってきた。今日のスキンシップで、全員少しは上達したと思う。

 

 思春期の女の子は敏感である。想夜に密着する事で、彼の魔力に反応してしまうのだ。眼に見えずとも、人は誰しも魔力を持っている。想夜の魔力はその容姿とは正反対に比類なき力を放っていた。命萌える童女達もそれに当てられ、芽生えの時が早まった。

 

 

 

 この後、報告も兼ねてシスターに相談した。やはり、孤児たちの気持ちを一つにするために、教祖様が設立したのだという。先輩が後輩に指導するのも、女神さまの教えを語り継ぐ為だった。ミシアもここの孤児院、つまり聖歌隊の出身で、今は監督かつ指揮者役だという。

 

「弟君、よかったら、私からも教えるわよ」

「やったぁ! 僕からもお願いしようと思っていたよ。一生のお願いだよ。シスターの歌を聴かせて」

 

 俺は喜びを爆発させた。綺麗なシスターの個人授業なんて、男子の夢が一杯だ。俺も子供の頃から綺麗な声と言われて、スキル『美声』まで会得している。しかし、シスターの声はそれを凌いで美しい。彼女の美声は天然ものだった。

 涼やかでそれでいて温かい鈴の音色、切々と神の憐れみを謳い上げる。祈りを捧げる真摯な姿は、女神さまが光臨されたかのよう。聴くもの全てに寵愛が降り注ぐ。彼女の尊い姿に、神の愛が宿った言葉に、俺は心を奪われた。忘れたくない、彼女のように歌いたい、俺の『記憶』がフル稼働する。

 唇の動きを頭に刻む。舌使いを覚えようと喉元までも覗き込む。芳しい息遣いを、ほころぶ頬の有様を、全て俺の血肉に変える。俺の視線にシスターの全てを奪う気迫が籠った。略奪の魔力がうら若き尼僧を襲う。

 

「はぁ~、はぁ~、想夜君激しい。接吻って言うのかしら。男の人に強引にされるとこんな感じになのかしら」

 

 清らかな聖職者らしく、キスもした事がないらしい。シスターは乱れた呼吸で尚も続ける。

 

「満点の夜空のように澄んだ瞳、誰より強い輝きと闇、ああ、そんな眼で見ないで。魂を抜かれそうよ」

「スキルを、ダンジョンから貰った力を使った。あなたに並んで歌えるように。ただ覚えたかった。僕は命懸けでシスターを視た。女の人をこんなに過激に見たのは生まれて初めて」

「そこまで真剣だったのね、いいわ、私もあなただけの為に歌ってあげる。女神さまに捧げるように心を込めるわ」

 

 善良な彼女は俺だけのために聖なる文言を唱える。千年以上洗練された古い聖歌だ。途中からは俺も斉唱した。男女の言葉が神の旋律に乗り、美しき番をもとめて追い回す。そして言葉は言霊ともいう。全知全霊の二人の言の葉は、互いの魂に絡みつく。

 佳境に入れば、シスターの細首に汗が滲む。真白の肌が紅潮した。やがて焦点が定まらなくなった。歌い終えるやよろめいてしまう。俺のために己の全てを捧げたのだ。抱き留められてミシアは激しく動揺する。

 

「僕のために尽くしてくれて感謝感激だよ。今日のあなたを僕は一生忘れない。姉として慕っているミシア、人間として尊敬するシスター。僕はいつも貰ってばかりだ。だから辛いなら弟の僕が支える。ダンジョンから貰ったこの力、あなたの為に使いたい。今だけは僕に甘えて」

「うん、想夜君、ちょっとだけ甘えるね」

 

 シスターミシアはその身を俺に委ねた。修道服を着ていても、華奢な躰と胸の膨らみがしっかり伝わる。だけど彼女は気にしていない。弟扱いして、俺を男と見ていないのか、陶酔して慎みを忘れているかは不明だ。何者にも断ち切れぬ魂の絆が出来た、お互いに確信し合うかのように抱擁を続ける。ベール越しに頭を撫でる。清涼な香りの中に、ほのかに甘い匂いが漂う。こうして俺の孤児院でのスローライフが過ぎていった。

 

 

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