こっちでは投稿してなかったので三作纏めて出します
初めて会った時から
ある高校の、化学準備室。
そこに、眼鏡をかけた一人の教師がいた。
彼女の名前は十六夜リコ。
この高校に赴任した、新人の化学教師だ。
教育熱心であり、誰にでもわかりやすく教える事から生徒からの評判は高い。
さてそんな彼女だが、最近ある悩みがあった。
「…………では、今日の授業はここまでとします。復習を忘れないように」
授業の終了を告げると同時にキンコンカンコンと、お昼休みを知らせるチャイムが響く。
どうやら今回も無事予定通りに授業を終える事が出来たらしい、そう安堵しながら騒がしく教室を出ていく生徒達を見送る。
やがて日直の生徒もいなくなった事を確認して、化学準備室に引っ込む。
「中々教師も大変ね…………」
準備室で昼食の用意をしながら、ふぅ、と溜息を吐く。
教師をしていたお姉ちゃんに憧れて入ったこの仕事だけど、現実というものはやはり楽なものではない。
でも大変なだけに生徒を教え導く事は中々やりがいを感じるもので、楽しく、私はそれなりに教師生活を満喫していた。
…………ある一点を除いては。
「リコ先生、失礼しまーす!」
そんな事を考えていると、明るい声と共に化学準備室のドアが勢いよく開かれた。
「…………朝日奈さん、今日も来たのね」
その声に今日も悩みのタネが来た、と軽く溜息を吐く。
「はい! 今日もリコ先生に教えて欲しくて!」
とはいえ、わからないとこがあると言われると教師としては断る事も出来ず、受け入れるしかない。
甘いなぁ、と受け入れてしまう自分に溜息を吐きながら声の主に椅子を用意する。
「そう。なら今日もいつも通り、お昼を食べてから始めましょうか」
「はーい!」
持参したお弁当の包みを解きながら元気な返事を返した彼女と共に、もはや恒例となった昼食会を始める。
彼女の名前は朝日奈みらい。
成績優秀、スポーツ万能、明るく気のいい性格で男女問わずこの高校で人気の女生徒だ。
そんな朝日奈さんと私が何故化学準備室で昼食を摂っているかというと、先程の朝日奈さんの言葉通り、私が彼女の勉強を見ているからだ。
以前の彼女は数学が壊滅的に苦手で、それを見かねた私が数学を教えているのだ。
とはいえ、今の彼女の成績なら私が見る必要は無いから殆ど建前みたいなもので、雑談してる時間の方が長いけど。
…………言いたい事はわかる。
なんで化学教師の私が数学を教えているのかって、今でも疑問に思うから。
でもしょうがないじゃない。
数学が出来なくて、好きな化学も苦手になりつつあった朝日奈さんを見捨てる事なんて、私には出来なかったんだから。
だから一時期みっちりと彼女に数学を教えて、苦手を克服させた、のだけど。
どうやらそれで懐かれたらしく、今もこうして二人で昼食を摂っている。
ちなみに朝日奈さんが私を名前で呼ぶのもそれが理由だ。
当初は教師を名前呼びするのは如何なものかと反対したけど、
「えー? でもこの学校、十六夜先生が二人いるから、十六夜先生だとわかりにくいですよ?」
と割と真っ当な指摘をされて、そのままなし崩し的に受け入れてしまった。
そういう経緯を経て今に至る私達だけど、最近少し困った事になった、と感じている。
何故なら。
「リコ先生、そろそろ私の事も、名前で呼んでくれませんか?」
「…………前も言ったでしょう、生徒を特別扱いする訳にはいかないわ」
ここ最近、朝日奈さんが妙に距離を詰めてくるからだ。
心当たりは無いが、時期としては朝日奈さんの成績が良くなった頃からだった気がする。
まるで、教師と生徒の関係を超えたい、と思っている様だった。
…………いやまあ、それだけならまだ問題は無かったのだけど。
私が断れば良い話なんだし。
…………だけど、そうはならないから困っている。
「…………でも、リコ先生は私と一緒にお昼を食べているじゃないですか」
朝日奈さんが、口を尖らせながら痛いところを突いてきた。
そう。
朝日奈さんの成績はもう私の手なんていらないレベルなのだから、本当は断るべきなのだ。
特別扱いをしないのならば。
だけど私は、毎日来る朝日奈さんを拒む事もなく、ずるずるとこの関係を続けてしまっていた。
「…………それは、朝日奈さんが勉強を教えて欲しいっていうから」
教師として断る事は出来ない、とうわごとの様に言い訳が口から溢れる。
勉強なんて、最後に見たのはもう随分と前なのに。
「…………本当に、そうですか?」
そんな私の心を見抜いたかの様に、朝日奈さんが私に問いかける。
朝日奈さんはとても蠱惑的な笑顔をしていて、見ていると何か、タガが外れてしまいそうな危険な魅力を放っていた。
それが怖くて、つい目を逸らしてしまう。
だけど朝日奈さんは私を逃してはくれず、その瞳に私を捉えて離さない。
そのせいかガタガタと、心のどこかが五月蝿く騒ぎ始める。
「ね、リコ先生」
「…………なに、かしら」
そんな私にお構いなし、と言わんばかりに朝日奈さんが熱っぽい瞳で語りかけてくる。
対する私は心の騒めきがもう限界で、素っ気ない返事を返すので精一杯だった。
「私、今すっごく楽しいんです。リコ先生が教えてくれたおかげで、ワクワクしなかった数学がワクワクする様になって、そしたら色々なものが繋がって…………世界がリコ先生に会う前よりもっと、ワクワクもんな世界になったんです」
「…………そう」
「だから、もっとリコ先生と一緒にいたいんです。今更、リコ先生がいないなんて考えられないから。…………リコ先生は、どうですか?」
熱っぽく、されど不安気に瞳を揺らしながら朝日奈さんが頬を撫でながら想いを溢す。
私への、想いを。
だけどそれは、私が認めてはいけない感情だった。
だって、私と朝日奈さんは教師と生徒の関係だ。
仮に受け入れてしまったら、私は教師としての道を踏み外す事になってしまう。
それに、朝日奈さんだって…………良い事にはならないだろう。
…………だけど、何故か。
何故か私は、朝日奈さんの言葉を突っぱねる事が出来なかった。
代わりに、色々な朝日奈さんの顔が思い浮かんで来る。
沈んでいた朝日奈さんの顔。
いてもたってもいられ無くなって声をかけた時の、朝日奈さんの顔。
数学を教えた時に、何かを掴んで笑った朝日奈さんの顔。
良い成績を取って一緒に喜んだ時の、朝日奈さんの顔。
そして…………今、私を見つめている朝日奈さんの顔。
そのどれもが…………朝日奈さんの言葉を突っぱねようとする私の心を掴んで、離さなかった。
まるで、そっちは違う、と言うように。
もう一度、朝日奈さんの瞳を見る。
その瞳は相変わらず私への熱と不安で揺れていたけど、ずっと私を捉えていた。
瞳に映る私をもう離さない、と言わんばかりに。
だけど一つ、さっきと違うものがある事に気づいた。
それは、朝日奈さんの瞳に映る私だった。
その私は、熱っぽさの中に不安を混ぜた様な…………つまり、目の前の朝日奈さんと全く同じ顔をしていた。
「…………」
その事実に内心、溜息を吐く。
何が教師として、だ。
どうやら私は、とっくの昔に道を踏み外していたらしい。
きっと、堪らずに声を掛けた時からだろう。
あの時からきっと、私は…………いや、私達がこうなる事は決まった未来だったのだ。
ただ、私が認めていなかっただけで。
でも、もう認めてしまった。
なら後は、一緒に落ちていくだけだ。
目の前にいる、みらいと一緒に。
だから、答えを返そう。
眼鏡を外し、ゆっくりと息を吐く。
そして。
「私も…………」
口を開いた瞬間。
世界の全てが暗転した。
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「私も…………一緒、よ…………みら、い…………」
「今、みらいって言いました⁉︎」
「へぇっ⁉︎…………み、みらいっ⁉︎」
突然の大声に驚いて目を開くと、見覚えのある天井と共に恋人のみらいが目に入ってきた。
そして、背中からはふかふかのベッドの感触、
おまけに身体が何故か重い。
さっきまで高校にいた筈なのに気づけばみらいと一緒にベッドにいる事に混乱して辺りを見回すと、時計が朝を示していた。
なるほど、つまり私は夢を見ていた所をみらいに叩き起こされたらしい。
視線を下に下ろすとみらいが私の身体に馬乗りになっているのが見える辺り、ほぼ確定的だろう。
…………何故みらいが私の身体に馬乗りになってるのかは知らないけど。
「みらい、何で私に馬乗りになってるの?」
「えへへ、リコを起こそうと思って♪」
本人に聞いてみると、可愛らしい笑顔と声と共にそんな答えが返ってくる。
「馬乗りになる必要は無いんじゃない?」
「う…………だって、リコが寝言で気になる事を言うんだもん」
答えになってないので突っ込んでみると、みらいがばつの悪い顔をしながらそんな事を言う。
「寝言?」
「特別扱いはダメだーとか、私も一緒とか…………ねえリコ、どんな夢を見てたの?」
「どんなって…………えーと…………」
みらいに言われて思い返してみると、夢の内容がだんだん鮮明になってくる。
といっても、鮮明になったのはわたしがみらいの高校で教師をしていた事と夢のみらいに堕とされたって事くらいだけど。
…………こうして振り返ってみると、夢の私、教師のくせに道を踏み外しすぎじゃない?
どれだけみらいの事が好きなのよ。
いや私も同じ立場だったらそうするだろうからそういう夢を見たんだろうけども。
夢の私の気持ちがわかるだけに何とも言えない気分になってしまう。
「…………その、私が先生でみらいが生徒の夢、なんだけど…………みらい?」
最も内容としては別段隠す程のものでもないのでみらいに夢の事を話すと、何故かみらいが不機嫌な顔になった。
はて、何か引っかかるものでもあったのだろうか。
そんな事を考えていると。
「ちょっと…………これじゃ起きられないじゃない」
次の瞬間、いきなりみらいが私を抱きしめてきた。
みらいに押し倒される形になり、起き上がる事が出来なくなる。
「ズルい」
「はい?」
「…………私、今のリコに教えてもらった事、ないのに。…………それなのに、夢の私だけリコに先生してもらうなんてズルい!」
それに文句を言うと、まさかの嫉妬がみらいの口から飛び出してきた。
「ちょっとみらい、貴女もしかして夢の自分に嫉妬してるの? 中学の時に私が付きっきりで数学教えたのに⁉︎」
「それは、そうだけど…………今のリコには教えてもらってないもん!」
夢のみらいへの嫉妬というまさかの事態に思わず言い返すけど、みらいの嫉妬の炎は燃え盛ったままらしい。
それを示す様に、みらいの抱きしめる力が少し強くなる。
離さない、と言わんばかりだ。
…………これは困った。
どうやら目の前にいる私の恋人は、夢の自分にも嫉妬してしまうくらいに私が好きな様だ。
その事実に、少し頬が緩む。
とはいえ、このまま起きられないのはちょっと困る。
今日ははーちゃん達と遊ぶ予定があるし。
…………だけど。
「はぁ…………全くもう、じゃあ私はどうすれば良いの?」
「…………今度、私にも先生して」
「…………しょうがないわねー、甘えん坊なんだから」
困る、と思うと同時にそれで良い、と思う私がいる。
だって私も…………同じくらい、みらいの事が大好きなんだから。
夢の私が、夢のみらいに最初から堕とされていた様に。
初めて出会ったあの時から、私は貴女に堕ちている。
みらリコは良いぞ