彼がレヴィと添い遂げようとする想いは、レヴィが彼の生き様を最期まで受け入れようとする想いと重なった。幾重にも重なり合った想いが、思い出として層をなし、次第に実感として二人の暮らしを形作っていった。
今では、二人の間には切っても切れない結びつきが生まれていた。これは絆とも言うべきもので、複雑に絡み合って、決して解くことのできない執着そのものだった。
互いをよすがにして、二人は暮らしを営んでいた。いつ壊れるとも知れない、殊更に脆い日常が、非日常との間で特別な明度と温度を保ち続けていた。レヴィにも、彼にも、互いが互いの帰る居場所になった。家というものが一体どんなものなのか、二人は、お互いを通してようやく見えたような気がした。
彼が危険な女と、それも複数人と関係を持っていること。
レヴィが初めてそのことを知ったのは、二人が出会ってから数年が経った頃だった。その頃、レヴィは日本で通っていた中学校の卒業間近で、擦り切れていた感性を取り戻しており、日本での暮らしも彼女なりに楽しみ始めていた。
子供らしい多感な情動と、大人びた達観を混ぜ込んだ、多角的な視点から世界を観察していた時分だった。
いつも通り、朝から仕事に行っていた男が夜になり、外から二人の家に帰ってきた。おかえりの言葉が出る前に、レヴィの鼻腔を掻き乱す臭いがした。男の身体から知らない香水が匂った。香水の違いなどわからない。だが、妖艶な香りのするそれは、断じて彼のものではなかった。そして、こういった出来事はそれから先も何度も繰り返された。
時に同じ匂いがして、時に違う匂いがして。いくつかの匂いが定期的に彼の身体にこびりつく様を、レヴィは憎々しげに見つめていた。
この日を境に、レヴィは彼が女性と、しかも複数人と関係を持っているのではないかと疑い始めた。頭の中で悶々と考えを煮詰めても、真実は見つからない。そのことに気づいたレヴィは、早々に彼に直接尋ねることにした。あれこれ悩むのはあたしらしくない、と。
「あんた、外で女とヤってんだろ」
彼はレヴィの問いかけに、驚くでもなく、しかし流石にバツの悪そうな顔をして、それから神妙に頷いた。やっぱりか。レヴィは俯くしかなかった。悔しかった。
「付き合ってんのか?」
続けて問いかけると、彼は首を振る。不純だ、とは思わなかった。彼の瞳は凪いでいて、寂しそうな色をしていたから。それに、この人が特殊性癖だったり、或いは女性に無理やりして楽しむような人だとも思えなかった。
「知らなかったのはあたしだけで、向こう側の誰かさんは、みんな、全部理解してヤってんだろ?」
彼を詰るように言うが、彼はコクコクと頷くばかりだ。弁明はしないつもりだろう。寂しそうな目は、もう、それだけで狡いものだ。レヴィは、とっくの疾うに彼を憎めない身体にされてしまっていた。好きになるとか嫌いになるとか、それで都度、切り離せるような関係ではなかった。互いに互いのことを、一繋ぎで考えてしまう時があるような、そう言う関係だった。それでも、知らないことの方が多かったけれども。色濃い執着心が浮き彫りにされたようで、それでも言葉に出せなくて、レヴィはもどかしかった。
恋人ではないけど、深く情を交わす相手がいるのだと知り、レヴィは心穏やかではなかったが、かと言って取られるとまでは思わなかった。彼を独占することなんてできないと、長く一緒にいればいるほど思うようになったからだ。それでいいとも。ただ、自分だけの何かが欲しかった。
そしてレヴィは欲張りだった。彼の今が欲しい。今の全てが欲しいと思ってしまった。
過去はすでに積み上げられたもので、レヴィには動かしようがなかった。未来だってどうなるかわからない。老いさらばえれば、今のように愛を向け合うことはできないかもしれない。
だから、今が欲しかった。
明日も明後日も、存在するのは今だけだ。大切なのは確かな今だけだ。今この瞬間、彼と二人で幸せなら、その幸せを守れるのなら何でもできる気がした。
けれど、肝心の彼の今は、色々なところに散らばっていた。レヴィには理解できた。その色々なところに散らばった彼の今の欠片を、大事にしている誰かがいることを。そのことを理解できないとは、口が裂けても言えなかった。他ならぬレヴィ自身が、こんなにも彼との今を大切に感じていた。取り替えの効かない大切なものだから、欠片だけでは足りないと欲張ってしまう自分がいた。それさえも、きっと誰もが感じていることなのだ。
レヴィは彼を見て言った。
「罪な男め」
捨て台詞を吐いて、部屋に駆け込んだ。扉の鍵を閉めてから、ちょっと泣いた。泣き止んでから、部屋の中を見回してみる。少し物が多いくらいだ。ガチャガチャしている部屋だった。物を増やすのは怖かった。いつか失ってしまうと考えるのが怖いから。取り上げられてしまうことを想像するのが恐ろしかったからだ。
けれど、彼が次から次へと彼女へ物と一緒に何もかもを与えるから、レヴィの部屋はすぐに彩りで溢れた。高価な携帯電話や、パーソナルコンピューターまで買い与えられてしまった。彼はレヴィに甘かった。激甘だった。レヴィはそういう色々を、何時もおっかなびっくり使っているが、その顔は楽しそうだった。楽しそうなレヴィを見て、彼もまた微笑んでいた。
レヴィは涙を拭った。それから、夕飯までに自分を納得させることにした。何も永遠に同じ答えを持ち続けなくちゃならないわけじゃない。答えは一つじゃないし、いつだって変わるものなのだから。まずはスッキリしなくては。そう思い、レヴィはベッドに寝転ぶと、彼を想って自分を慰めた。夕飯までに、妄想の中で彼と散々交わった。
ごはんだよ、と彼がレヴィを呼んだ。
「わ、わかった!今イくから!ちょっと待ってろ!」
夕飯を囲んだ時、彼の顔を見るレヴィの目はどこか遠くを見つめていた。彼は想像だにせず、フクロウのように首を傾げたのだった。
彼と情を交わす誰か。その誰かが自分の母親がわりになるかも知れないだなんて、誓ってレヴィは思いつきもしなかった。考えることも悍ましい。実際、そんな存在は現れなかった。
「アンタとあたしだけがいい」
レヴィは彼と二人にきりの世界でよかったのだ。学校だって、日常を形作るために必要だから置いてやってるだけで、本当ならずっと一緒にいられればよかった。いつでもベタベタしたいわけじゃない、でも、時折寂しくなった時、衝動的に彼を探す。その時に彼がいないと分かる度に、自分が例えようもないほど惨めで落ちぶれたように感じる。苦しくて、哀しくて、怖くて、ただひたすらに辛かった。不安で気が狂いそうになり、自分では左右できない衝動に身を任せて、彼から貰った彼の電話番号が書かれた紙を見つめて、家の電話を手に取った。
仕事中だったらどうしよう。命懸けの仕事中に鳴り響くコール音。彼が撃たれたり、刺されたり、そうじゃなくても大変な目に遭えば…そう思うと吐き気がした。
震える手で受話器を元に戻して、でもやっぱり堪えられないと思い、受話器を耳元まで持ち上げる。硬い樹脂の感触が冷たくて、長く押し付け続けたせいで耳がジンジン痛んだ。
ツーツーツー
彼に何か不利益が起こることが怖くて、そのことで失望されることが恐ろしくて。だから結局、電話を掛けることは出来なかった。
使ったことのない電話番号の刻まれた紙を見つめる。皺くちゃになったメモ用紙には、サラサラと流れるような文字が並んでいる。彼が愛用している万年筆で書いたんだろう。数え切れないほど手に取ったせいで、インクが手汗で滲んでいて、ところどころ読みにくくなってしまっていた。今にもバラバラに千切れてしまいそうなほど、十字の折り目が深くついていた。
先に彼の目が覚めた。
彼は寝起きにトイレへ行ってから、入念に手を洗った。手を洗ってから顔を洗う。それからいつもなら朝食を摂るところを、歯を磨いてから寝室に戻った。
ベッドの上ではレヴィがまだ寝ていた。そっと、彼はベッドの脇に跪いた。見つめる。ぼんやりと、夢見心地で。レヴィは安らかな表情で眠っている。柔らかい笑みが、口元に浮かんでいた。
彼は唇を吸おうとして、途中で軌道修正して、頬に唇を押し付けた。少し吸ってみる。微かにリップ音がした。頬を寄せる。とても熱かった。風邪かと思い、急いでレヴィのおでこと自分のおでこを重ね合わせた。熱はなかった。だが頬は熱い。レヴィの顔も赤かった。
彼はなんだか、哀しくなった。嬉しくて、切なくて、でも罪悪感のようなものが込み上がってきて仕方なかった。暴れ出したいような激しい気持ちと、ぴったりと身体の輪郭に嵌るような静かな気持ちとが綯い交ぜになっていた。
大切に可愛がっていた貯金箱を、中の金を取り出すためとはいえ、ハンマーで粉々に砕いてしまった時のような気持ちだった。悪い気がして、でも、手に入ったものに満足しているような。
またレヴィの顔を、鼻と鼻が触れ合う距離で見つめる。ずっと見守ってきた顔だ。例え一房の髪束だけになっても、一握の灰だけになろうとも、彼はレヴィに変わらぬ愛情を注ぐだろう。ただし、その時は永く慟哭とともに。
もとより情が深いのだ。線引きしてあるものの内側に入れた瞬間に、自分の方から追い出すことなんてできなかった。もしも出ていってしまうことがあれば、みっともなく追いかけて、その足に縋り付いたかもしれない。きっとそうだ。
彼は失うことに耐えられなかった。そして、今も。レヴィの唇を盗み見て思う。
しっとりと潤っている柔らかい唇だ。その味を昨日知った。素敵な味がした。寝起きの口の匂いでさえ、今はいやらしく感じられた。彼はレヴィの頬に唇を沈み込ませるみたいに押し付けた。跡はつかない。けれど、熱は確かに受け取ってもらえた。レヴィの頬は赤いままだ。
また盗み見る。唇がわずかに開いて、ちろりと舌が見え隠れした。でも、できない。彼は生唾を飲み込んで、今度はせがむように頬に口づけた。
彼に言わせれば。この唇は、とても繊細なものなのだ。レヴィは鋭い女性だ。時にはカミソリのようにも感じる。真理をついたようなことをポロリと零して、時折、彼の胸を打った。
気づかないふりをしていること、見ないようにしていること、知らないふりをしていることを、レヴィはあっさり彼に言い聞かせた。まるで怖いものなどないかのように。でも、それが意地悪じゃないことは彼が誰よりも理解していることだった。レヴィは彼が迷っている時、さりげなくもと来た道に、信じて歩いてきた道に戻してくれるのだ。脱線してしまうことはしばしばで、その度に、責めることもせず、さり気なく手を引いてくれた。彼はそう感じていた。そのことに深く感謝していた。
この唇は、とても繊細で、敏感なものなのだ。
だから、もしも唇を押し付けた時に、壊れてしまったら、傷つけてしまったらどうしようかと気が気ではなかった。カサついた彼の唇が、レヴィの柔らかく湿った唇を引き裂いてしまったらどうしよう。そんなことは起こり得ないとしても、彼はレヴィが可愛くて可愛くて、どうしようもなく大事だった。傷つけることなんて不可能だ。そんなことをして仕舞えば、もう息だって上手く吸えなくなってしまう。
だから、レヴィの方から唇を許してくれるまで、決して自分の方からはシないのだ。
彼がレヴィの髪に鼻を埋めると、昨日の汗が乾いた匂いがした。懐かしいような、違うような。冬の汗の匂いがした。少し甘い匂いがした。でも、今の方がうんと爽やかで、澄んだ、いい香りだった。今度はこの香りが、あの日の記憶を上書きするのだろうか。
手を耳に触れさせて、ゆっくり撫でた。くすぐるわけじゃない。耳の輪郭を確かめるように撫でた。カラダのことなんて、やっぱり二の次だった。彼はレヴィの顔に、髪に、表情に溺れていた。耳も鼻も、眉も眉間によった皺も、何もかもが愛おしい。いじらしかった。ずっとずっと見守ってきたものが手の中に、ようやく掌の中に収まったような感覚に酔っていた。安心して、なんだか悪いような気がして、でも手放すことなどできない。
指先はゆっくりとずれていき、両頬を両手でふんわり支えると、顔を近づけた。今度は顔の輪郭を探るように、鼻先を擦り合わせた。頬を寄せると、涙が込み上がった。鼻の奥がツーンとして、彼は咄嗟に顔を離そうとして、離せなかった。いつのまにか、レヴィの腕が首に周っていた。
「おはよ」
おはよう、と彼が返す前に口を吸われた。
「んむ…ん〜…んっ!んっ!」
レヴィの口が開いて、舌先が彼の歯をコンコンとノックした。深いやつをするのか。朝だぞ。
彼が戸惑うのも構わずに、レヴィは首に回した腕に力を込めて、もう片手で彼の頭をガッチリと抱え込んだ。
ちゅ〜〜〜っと、吸われる。息が漏れる隙間もなく。
「じゅる…ぢゅ…ちゃく…ちゅぷ…ふっ…んんッ…」
ずるりと舌を引っ張り出されて、喉の奥手前までレヴィの長い舌が這いずり回った。彼の身体がふにゃりと解れると、ようやく解放された。
「んッ…ちゅぷ…よし…満足か?」
舌が引かれて、唇についた唾液をペロリと舐めとったレヴィがニヤリとして、小さく首を傾げた。彼が穏やかな顔で、目を潤ませていた。嬉しくて、夢が叶ったような心地で、そういう顔になってしまったのだ。今すぐ欲しかったものが手に入った、と。
「よっ、と」
レヴィの手は離れず、彼の体を手すりがわりに体を起こした。
「…まだ、時間あるよな?仕事、午後からだろ?」
レヴィの言葉に彼が頷くと、彼女は彼の後ろ髪を梳いて、それから顔を胸に抱き寄せた。
「男って、なんであんなに乳が好きなんだろーな…アンタも好きだろ?」
押し付けられた胸は柔らかく張りがあった。ムチムチとしていて、指で突けば押し返してきた。レヴィはくすぐったそうに笑い、何かを考え込むように目を閉じた。
「丸いから可愛いとか?それとも、本能が動物の目だと認識しちまうのかな…わかんねえ」
胸元からはいい匂いがした。甘い匂いがした。彼が大好きなレヴィの匂いだ。レヴィも彼の匂いが大好きだ。互いに嗅ぎ合って、何となく通じ合う。閉じていた目を開けて、レヴィが彼の頬に乳房を押し当てた。熱い肌が頬と溶け合うようだった。
「難しい話は今はいいか…なぁ、アンタだって甘えていいんだぜ…あたしをママだと思っ…いや、今のナシ…」
「アンタのレヴィ様に甘えろよ…もう、全部アンタのもんなんだから、さ…」
レヴィは誘うように腰を浮かせた。ベッドサイドから前屈みに頭を突き出す彼に対して、布団を片手で跳ね上げて、あらわになった健康的な太ももと女の穴を見せつけた。M字に焦らすように開脚すると、レヴィは寝転んだ。彼女が寝転んだ拍子に、彼も自然とその流れに身を任せた。彼が彼女に覆い被さる体勢だった。
「乳に甘えながらでいいぞ、ほら、挿れねぇのか?」
彼女は家の外では品行方正で通っているらしい。地頭もよく。運動も万能だ。そんなレヴィが、今は彼の前で欲望に身を任せていた。三つ子の魂百までと言うように、素のぶっきらぼうな口調はどうあっても直らなかった。染みついた匂いが抜けるまで時間がかかると言うことだろう。とはいえ、レヴィはその必要性を感じていなかった。なぜならば、ちょっとぶっきらぼうな言葉遣いをすると、彼のペニスが喜ぶことを知っているからだ。
冬の朝。湯気が立つような熱を放ち、彼の股に聳り立つ雄々しい肉棒を、レヴィは手で自分の割れ目に導いてやった。朝からずっと起きていたのだ。彼のイタズラの一部始終を息を殺して噛み締めたせいで、彼女の綺麗な肉壺はすっかり蕩けていた。ドロドロの愛液を絡み付かせながら、二度三度しごいてやると、完全に幹となった肉竿を迎え腰で受け入れた。
ズブズブと沈んでいく。互いの身体が限りなく密着する感覚に、二人は酔いしれた。
「ふーっ…ふーっ…ほ、ほんッとに、デカぁ…くッ…」
余裕がないレヴィは、しかし極力声を殺した。喘ぐことも、喘がされることも嫌いだった。なんだか、それは違う気がした。昨日の晩、初めて彼と身体を繋げた時から、レヴィは彼ともっと色々なことを話したくなった。互いのことを、もっと知り合いたいと思った。深くまで沈んでいって、たまに浮かんで、また沈んで。そういうものを望んでいるんだろう、と。
でも、いざとなると、言葉はうまく出てきてくれなかった。話したいことが、聞きたいことが募って、互いの胸をじんわり熱くした。
「動けよ…さ…好き、好きに、動いて、くれよ」
レヴィが促した。彼のものはすっかり根元まで沈んでいた。まだ馴染んでいないような、荒々しい快感が、全てを押し流し、上書きし、奪い去っていくようで。レヴィは堪らず彼の背中に腕を回した。きつく抱きしめる。胸がみっちりと彼の胸板との間で潰れた。パン!と彼の腰が前後すると、彼女の臀部が波打った。薄く膜が張ったように腰と尻周りについた脂肪は、汗に濡れて乳白色の輝きを放っていた。瑞々しさと女らしい柔らかさが共存したレヴィの肉体は、抱き心地が良かった。指が沈むようでいて、しっかりと受け止めて、応えてくれた。
この世に二つとない著名な楽器のようだった。この世のものとは思えない音色を奏でるそれは、きっと誰をも魅了するからこそ、誰のモノにもならないでいて欲しいと願うだろう。だが、レヴィは確かにここにいる。確かに腕の中にいて、気丈な笑み浮かべている。
「ハハッ…激しくなったなぁ、どうした?なんだ?あたしに、ハマったか?は…ハマっち、まったのかッ?きのう、はじめて、したばっか、ってのにぃッ…ハッ!はっやいなぁッ…」
だんだんと腰が速くなるにつれて、互いの身体を弄る手も熱心に、ねっとりとしたものに変わっていった。腰や尻の柔らかさを堪能していた指は、次第に胸と乳首に触れるようになり、今はレヴィの手と手を絡ませながら、もう片方の手で彼女の頭を撫でていた。
「優しい、手つきだよなぁ…あたし、頭撫でられるの、好きなん、だなぁ…」
白いベッドの上で、マットレスに上から押しつけられる彼女の身体が、何度も何度も揺さぶられていた。血が巡り、肌色が動いて、涙と汗が散った。抱きしめる身体は熱かった。完璧なプロポーションを保つ肉体には、圧巻の美が宿り、その光景は彼の心に刻み込まれた。
「きもち、いいか?あたしか?…サイッコウだよ…だから、心配、すんな…そんなに、ぁん…コラ、激しいンだよッ…っ…」
激しい腰の動きとは裏腹に、優しく穏やかな手つきだった。安心させるように動く彼の手に、レヴィは宥めすかされて、心臓を直接甘やかされるような心地だった。よくわからなくて、ひたすら心地よかった。
「仕事、終わったら、まっすぐ、帰ってこい、よ?」
しばらくはあたしのもんだ。
レヴィは最後まで言わなかったが、彼にはその意図が伝わったようだった。
腰が減速して、レヴィの中を押し拡げ、かき混ぜるように、自分の形を教え込むようにゆっくりと動いた。そろそろ限界らしい。レヴィは赤い顔でそっぽを向くとスンと鼻を啜った。息がうまくできなかった。首にかかる吐息が熱い。
「いい、ぜッ…最後まで、さいごまで、ヤっちまえよ…何も、今日が終わりじゃないん…だろ?」
期待と不安が混じった、脆い笑みだった。汗が首を伝う。頬は赤く、目尻には涙が浮かんでいた。レヴィの頬に滴が落ちて、滲んで、沁みた。彼は身を低くして、ベッドと身体の間にレヴィを閉じ込めた。まず額に口付けて、次に耳へ、次に首を経由して、それから唇に吸い付いた。
「…んふ、んぐ、ごまかすなぁ…んにゃ…ぁ…」
彼が腰を一際強く打ちつけて、レヴィの口が空いた隙に舌を差し込んだ。デロデロの唾液が互いの口の中を行き交って、レヴィの元気のない舌がそれでも縋り付いてくるのを確かめてから、彼は肉棒を一番奥に突き刺し、果てた。
ビューー…
ビュル…ブビュ…ゴボボ…
レヴィの腹の底で響く音は、何か新しいものが産声を轟かせながら湧き出てくるようだった。熱くたぎったものが身体の奥に叩きつけられて、レヴィは目を白黒させた。鼻にかかった吐息がしばらく続いた。その間、二人はずっと舌を絡ませたままだった。身体も、ピッタリとくっつけたまま互いを離そうとしなかった。
「やだ、まだ、もっとここにいろよ…」
彼が腰を引こうとすると、レヴィのしなやかな脚が絡みつき、彼の腰を引き止めた。
程よく脂肪のついた太ももに手を置いて、ポンポンと彼が叩くと、レヴィは渋々、絡ませていた脚を解いた。彼が背筋を伸ばすと、筋肉と骨が軋む音がした。レヴィは目を細めて粘着質な視線を彼に投げかけた。
「今日は何時に帰ってくんだ?あんま、あたしを一人にさせんなよ…あたしが嫌って言っても過保護なんだからさ、なら、あたしが欲しい時くらいは、ちゃんと過保護しろよな」
下唇を突き出したレヴィが不貞腐れたように言った。
彼は真剣な顔で何度も頷いてから、彼女の柔らかい処から、自分の未だ硬いものを抜き取った。
何もしなくともドロリとした思い出が垂れてきて、レヴィが堪らず口をムニムニと波打たせた。
「…ちょっと、こっち見てんじゃねえ…えっと、ハズイから」
照れくさいらしい。
「ほっとけ!…いや、ダメだ。ほっとくな!」
彼は手早く自分とレヴィの身体を拭くと、シャワーに入っておくように伝えてから、ひしっと彼女を抱きしめて、数分、じっと動かなかった。目を瞑り、満足するまで味わってから、彼は寝室を後にした。
浴室に向かった彼はシャワーを浴び、それからボウルに盛ったコーンフレークに豆乳をかけた朝食を胃の中に流し込むと、再び歯を磨いた。
身支度のために寝室へ戻ると、そこではレヴィがまだベッドの上でぼんやりと天井を見上げていた。心ここに在らずといった様子の彼女の顔をそっと覗き込むと、ガバッと彼女が起き上がり、半裸の彼に抱きついた。胸に顔を埋める。ボディソープの匂いがした。彼はタバコも吸わないから、汗も流されて仕舞えば、こう言う時の肌の匂いは分かりにくい。強いて言えばレヴィと同じ匂いがするはずだ。
「なぁなぁ、もう行くのかよ…早くねぇか?」
流石にもうそろそろ支度をしなければ間に合わないかもしれない。彼はそう思いつつ、レヴィが満足するまでみじろぎ一つしないようにしようと思ったが、優しく背中を撫でて、頭を撫でて、彼女に促すことはした。彼女とて彼をいつでも困らせておきたいわけじゃない。多分。
「スゥ〜…はぁ…よし…いってらっしゃい」
首筋に鼻を埋めた、深く吸い込んでから、未練を切り払うようにレヴィがパッと離れた。彼女の表情は、寂しいような、これでいいような、そういう微妙なものだった。満たされたことの寂しさが浮かんだレヴィの瞳に、彼の胸には迫るものがあって、レヴィのそばから身動きが取れなくなりそうだった。
「気をつけてな。ちゃんと、ここに帰ってくんだぞ?」
だから、彼女から離れなくなってしまう前にと、身を浮かせるように背を向けた。姿見に向き合って、クローゼットを開けた。
身体のそこかしこにキスマークが刻まれていたが、それもインナーを着込み、ワイシャツを着て仕舞えば二人だけの秘密になった。パンツは風呂場で替えたから、スラックスを履き、靴下も。革のベルトを締めてから、艶のある無地のネクタイを巻いて、いつもの背広を羽織った。
全身黒尽くめの男が一丁上がりだ。彼はふと、鏡越しにレヴィと目が合ったような気がした。振り返ると。
「…ん?どした?もう寂しくなったのか?」
レヴィはそんなことを言う。寂しいに決まっている。一人暮らしよりもよっぽど寂しさを感じることが増えたのは事実だった。
彼はコクンと強く頷いてから、また姿見に向かった。ちらり。レヴィの顔を盗み見る。鏡の中の虚像は顔を真っ赤にしたかと思えば、ボフんと枕に顔を埋めてしまった。そんなレヴィが愛おしかった。
クローゼットの中に掛けてある灰色のコートを手に取り、ポケットに手を突っ込み弄った。目当ての品は四角い金の腕時計だった。腕に巻くと薄いので袖に隠れてしまうがそれでいい。ふむ、と一人で納得し、コートを羽織り、再び、今度は反対のコートのポケットを弄ると、カーキに染められた革の手袋が出てくる。これを手に嵌める。最後にチェックのマフラーを取り首に巻くと、鉤に引っ掛けてある灰色の帽子を被り、身支度は終わった。
レヴィは彼の身支度をじっと見ていた。彼は視線に気づいていた。面白くもないはずだが、レヴィにしかわからない魅力があるのかもしれないと彼は思っている。
商売道具の入った黒い鞄を引き出すと、彼はクローゼットを閉めた。そして、なるべくレヴィの顔を見ずに部屋を出た。ドアを閉めるまでずっと、背中に視線を感じていた。
玄関にて、履き慣れた革靴に足を突っ込んで、引き抜いた。ええと、確かここにあったはず。胸の中で独りごちながら、彼は玄関脇の下駄箱から偶にしかお目見えしない逸品を持ち出した。気持ちが大きいせいか、丁寧に置いたはずが幾分大きな音が鳴った。ぽく、と靴底が鳴いたのだ。口の端に笑みを浮かべて足を差しこんだ。久しぶりに履いたが、吸い付くようにピッタリだった。具合ヨシ。彼は鼻から息を吸い、ゆっくりと吐き出してから玄関のドアを開けた。
家を出るともう陽が高くなっていた。冬の朝なのに、じんわりと汗をかきそうないい天気だった。朝日の当たる場所に、家を建ててよかったと、彼はぼんやり考えた。それから、恐る恐る袖を捲り時間を確認した。
…迎えの運転手には、今度何か奢ることにしよう。そう決めて、彼は軽い足取りで歩き出した。
2階の寝室の窓から注がれる、レヴィの視線を背中に感じながら。