私が送られたのは後方の鎮守府だった。
後方の鎮守府と聞いて、正直拍子抜けした。徴兵者が前線に送られる光景を想像していたが、運が良かったのか現実は真逆だった。
普通の人の態度を取ればそれ相応の暮らしができただろうし、周囲受けも良かったと思う。だけど、初日早々やらかした。
司令官の前での自己紹介の時にいつものくせでつい、斜め上から見下すような態度をとってしまった。やらかしたと気づいた時にはもう遅く、性格がキツそうな秘書艦の叢雲に睨まれてしまった。
怖いと思った。何とか強気な態度を保ったが、一刻も早くこの場から逃げたい気持ちで自己紹介を切った。鎮守府での生活はいつも通りの最悪のスタートだった。
鎮守府の秘書艦は叢雲、ルームメイトは同型艦で鎮守府では古参の荒潮だった。
「よろしくねー。満潮ちゃん」
荒潮が笑顔で呟いた。
「よろしく……」
「あらー? 機嫌悪そうね。何かあったの?」
無視して布団を被った。荒潮は私とは姉妹艦で義理の妹にあたる。だけど、そんなのは艦娘としての繋がりでしかない。会ったのだって今日が初めてだし、どんな人間なのかも知らない。それに、姉妹艦の繋がりなんて私にとってはどうでもいいことだった。
「うーん……困ったわねー……。満潮ちゃん、ご飯食べに行かない?」
「いいわよ、後で食べるから」
「皆への自己紹介、まだでしょ? 食堂でやりましょうよ」
「話すことなんてないわよ。仲良くなることは仕事じゃないでしょ?」
「うーん……そこまで言われると何も言えないわねー……」
荒潮が部屋を出る音がした。
部屋で一人になったのと同時にやらかしたと思った。初対面の人に対して取る態度ではない。しかも相手はルームメイト。これから寝起きを一緒にする相手なのに最悪だ。
どうして私はこんな性格なの? どうして素直にうんと言えないの? こんな性格だから損してるって分かってるはずなのに……神通さんにもよく言われたし、治そうとも努力した。だけど、何も変わっていない。
私は私のままだった。
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その日の訓練が終わり、消灯までの自由時間になった。話す相手はいないし、部屋にいると荒潮に声をかけられるのは嫌だ。何もすることもなく、私は鎮守府の周りを散歩することにした。
風が強くとても寒い日だった。肌を刺すような冷たくて痛い風が吹き続ける音が聞こえる。この音が聞こえるということは私は一人という証……聞き慣れた音だからこそ嫌だった。今年は春が遅い。いつになったら春になるのだろうか?
倉庫近くの空き地のベンチに腰をかけた。背中を預けて空を見上げる。夕方の明るい空だった。雲が様々な形を作り、何かに見えるような見えないようなものを作っている。想像力豊かな人なら何か思いついたかもしれないけど、何も面白くない風景だった。
ふと、視線を下に落とすとサビ柄の猫が私を見つめていた。ブサイクで太っていて鋭い目つきで傷だらけの猫。
「何よアンタ?」
猫は何も言わずに私を見つめ続けている。彼に少し興味を感じた。
ベンチから立ち上がり、彼に近づく。彼は私が近づいたのを見ると慌てて私から距離をとった。
「鬱陶しいわね」
私の舌打ちが気に入らなかったのか、シャーと威嚇された。
可愛げの欠片もない猫だ。むだに警戒心が強い癖にこちらを見るのをやめない。
私は猫は好きだけど、あんな子はごめんだ。
「ふん!」
撫でてやる気にすらなれない。私は鎮守府に戻った。
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次の日は色々と悲惨だった。訓練をやらされたり、座学をやらされたりしたが、士官学校でも成績不振だった私が上手くいくはずもなく、叢雲に睨まれた。間違いなく目をつけられたと思った。荒潮は色々教えてくれたけど、何も変わらなかった。
たった一日のことだったけど、自分で自分が嫌になった。コミュニケーション能力もなく、技量もなく、あるのはどこまでも捻くれた態度だけ。艦娘になったのも生き延びるためだったけど、たとえそうだとしても許されることではない。
昼食を食堂でとるのが怖くなり、売店でサンドイッチを買って食べることにした。昨日、野良猫を見かけたベンチに腰をかけて、サンドイッチの封を切る。サンドイッチを食べていると、空き地にまたあの猫がいた。
彼は物欲しそうな目で私をジーッと見つめている。
「何よ? あげないわよ」
お構いなしに食べかけのサンドイッチを食べようとしたが、彼は私を黙って見続ける。
食べにくい。無視して食べてしまえばいいだけだけど、心が痛む。
「仕方ないわね……」
サンドイッチのハムを彼の近くに投げた。彼は投げたハムの匂いを少し嗅いだ後、よっぽどお腹が空いていたのかガツガツと食べだした。
可愛げのない猫だと思っていたけども、こうやって見ていると微笑ましいものだ。ハムを食べ終わった彼は私の方を向いてニャーと鳴いた。
「何? まだ欲しいの?」
猫は期待する目で私を見続ける。これ以上、あげる気はなかったけど……
「あー、もう。分かったわよ!」
手をつけていない方のサンドイッチのハムも彼の方に投げた。猫は投げられたハムを慌てて食べ出す。さすがにこれ以上はあげられない。ハムを頬張る猫をみながら私は二つのサンドイッチを急いでお腹の中にしまった。
ハムを食べ終わった彼はまた私の方を見たが、手のひらを広げあげるものが無いことを証明した。彼はスンと鼻を鳴らし、私の近くでうずくまった。
「触らせてくれるってこと?」
猫は何も言わずに私をジッと見つめる。良いということなのだろうか?
頭をそっと触ると目を閉じてくすぐったそうに顔を上げた。まんざらでもないらしい。ボサボサとした悪い毛並みだったけど、もう少し触っていたい。そのまま頭をわしわしとして首を撫でて背中へ……
背中に触れた時、急に彼がビクッとするのと同時に手の甲に鋭い痛みが走った。私の手から逃げた彼はそのまま、私に向き直ってフーッ! と威嚇する。
「痛っ! 何すんのよ!? あっ……」
そう呟いた直後に彼の背中に見えにくい古傷があることに気づいた。それに触れてしまったのかもしれない。悪いことをしたと思った。
「……悪かったわね」
そう呟いたが彼は許してくれない。全身の毛と尻尾を立てて私のことを威嚇し続けている。
本当は寂しがり屋なのかもしれない。だけど、外面は強気で少しでも優しくされるとその相手に甘えて傷口に触れられると怒り出す……
なんだか、私と似ている気がした。本当は寂しいのに他人を受け入れられない。少しでも優しくされると嬉しいと思うけども、踏み込まれると反発する……傷だらけの身体なのに、本当は誰かに助けて欲しいのに……
「ごめんなさい」
彼にそう呟いてベンチを立った。
私がそうだから分かるけど、ああなってしまったら下手に距離を詰めようとするのは逆効果だ。放っておいた方がいい。それ以上は何も言わずにその場を後にした。
彼が寂しがり屋なら一緒にいてあげたい。また、明日もここに来ようと思った。
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次の日、お昼休みに同じ場所に向かうとまたあの猫がいた。彼は私に気づくと露骨に距離をとった。
「嫌らしいわね」
一瞬、買ってきた猫缶(それなりに高かった)をあげるのを止めようかと思った。だけど、そんなことをしても意地悪にしかならない。猫缶の封を切り、少し離れた場所に置いた。
「ほら、食べなさいよ」
彼は猫缶を見つめ、恐る恐るとした足つきで缶詰に近づき匂いを嗅ぐ。食べられるものと判断したのかガツガツと食べだした。
「やっぱりお腹が空いてるじゃない」
猫缶を食べる彼を見ながらベンチに腰をかけた。
空き地には茶色に枯れた雑草が広がっていた。私は冬が嫌いだ。寒くて生きにくくて何も無い死の季節……この季節に良い思い出なんて何もない。冷水をかけられて外に追い出された時があったし、新聞紙にくるまって暖をとったのもこの季節。そして、あの子が死んだのも……
「グスッ……」
昔死んだ猫のことを思い出した。ぶち模様の可愛い子猫だった。一人ぼっちで段ボールで捨てられていて放っておけなくて……
人懐っこい子だった。私が撫でてあげると尻尾を立ててゴロゴロと喉を鳴らしたし、ご飯もいっぱい食べてくれた。一人ぼっちの私の唯一の味方だった。あの子がいたから辛い日を頑張れた。
だけど、世界は無慈悲だ。警戒心のないあの子は生きていくのにむいていなかったんだと思う。ある日、ご飯をあげようとその子のところに向かった時、その子が惨殺された死体を見つけた。周囲には血があちこちに付いていて誰かが面白半分に殺したことは明らかだった。
私は泣きながらその子の死骸を地面に埋めた。
私は天国なんて信じない。神様も信じないし、死後の世界も信じない。だけど、もし、天国があるのだとしたらあの子はそこにいけたのかな……?
「ニャーオ」
猫缶を食べ終わった彼がそう鳴いて私の横に座った。
「慰めてくれるの?」
彼は何も言わずにじっと黄色い瞳で私を見つめた。彼の本音は分からない。だけど、瞳の中に悲しさを感じた気がした。
「ありがとう……」
体の傷に触れないように、彼の頭を優しく撫でた。この日、彼は私に触られても逃げなかった。
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気分が落ち込んでいたせいだろうか? その日の午後の訓練は全く身が入らなかった。的に当たらないし、模擬演習は弾を避けられなかった。嫌になってペイント弾まみれのまま無断で訓練を抜け出した。荒潮も叢雲も私を止めようとしたけど、無視した。
一人ぼっちのまま、猫がいたあの空き地に向かった。だけど、彼はいなかった。彼がいないことに気づくとがっくりと肩を落とした。あの子がいるなんて私の都合の良い思い込みだった。猫というのはそういう生き物だし、あの子は生粋の野良猫なのだから当たり前だろう。何をする気にもなれずにベンチに腰を掛けた。
空を見ると黄金色の夕焼け空が広がっていた。時間的にもうすぐ夕飯だろうか? 行ってもどうせ一人だろうし、見られるのが嫌だからできるだけ遅い時間にしようと思う。何時頃行けばいいだろうか?
「満潮ちゃん、こんなところにいたの?」
荒潮の声がした。
「何よ?」
「こんなところにいても寒いでしょ? あとは自由時間だし、鎮守府に入った方がいいんじゃないかしら?」
「いいわよ別に」
勝手に口が動くのと同時にやらかしたと思った。
「うーん……そう言われると何も言えないわねー……風邪をひかないうちに帰った方がいいわよー」
これ以上は踏み込まない方が良いと判断したのか荒潮がいなくなった。
荒潮は私の心配をしてくれただけなのに、受け答えとしてどうかしている。間違いなく荒潮に悪い印象を持たれた。相手は古参でルームメイトなのに……
どうしよう……悪いのは分かってる。だけど、謝るなんて私の性格じゃできるわけがないし、荒潮がそれを受け入れてくれるとは思えない。秘書艦の叢雲にも今回の件は話されるだろうし、仕返しされかねない。
日が沈んだ。いい加減寒い。夕食の時間もそろそろ危ないかもしれない。何が起こるか分からない恐怖に耐えながら、私は鎮守府に戻った。
その夜、私は一人で泣いた。何か悪いことがあったわけではなかったけども、これからがとにかく怖かった。寝ている荒潮に「大丈夫?」と声をかけられたが癖でつい、「何でもない」と強がりをいってしまった。素直に話せば良かったのに……私は本当に馬鹿だ。
こんな生活がいつまで続くのだろうか? 味方になってくれる人はいないし、話せる人もいない。今も昔も私はずっと孤独なままだった。
現代編は必要は必要だと思いますか?(よろしければ投票した理由を一言で良いのでコメントにお願いします)
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いらない
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どちらでもいい