終戦から二年が経った。
この時、私は叢雲に誘われて人生初の戦友会に参加した。参加した動機は興味本位だった。だけど、始まって三十分もすると参加したことを後悔する気持ちに襲われた。
考えてみれば現役時の私は荒潮と叢雲以外の艦娘とあまりかかわっていない。友人の叢雲も朝潮も別の艦娘と話している。戦友会の中で私は独りぼっちだった。
自業自得ではあるけどもなんとなく気分が悪い。適当な席に座って日本酒を飲んだ。こうやってみると私は艦娘の中でも異質だったのかもしれない。戦友と過去のことを語り合って感傷に浸るこれが普通のことなのだろう。
「あの……満潮さんですか?」
どうやって時間をつぶそうか考えていたら声を掛けられた。
「何よ?」
振り向くと一人の元艦娘がいた。銀髪のセミロングの美人で瞳は青灰色で……誰だっただろうか? 見覚えはあるけど名前が思い出せない。だけど、同じ鎮守府にいたとは思う。
「涼月です。あの時はありがとうございました」
迷っていたら向こうの方から名乗ってくれた。涼月と言えば確か私が初めて助けた艦娘の名前だった気がする。ただ、助けたと言っても止血帯を付けただけで助けた後も現役の時にはろくに話す機会がなかったからあの時以外話した記憶もない。
「空襲を受けた時のこと?」
「はい」
「別に感謝されるほどのことじゃないわ。当たり前のことをしただけだし……」
「そうですか……」
私の言葉に涼月は少し残念そうな顔をした。
「満潮さんは大したことじゃないと思っているのかもしれません。でも、私は満潮さんに感謝してるんです。あの時は本当にありがとうございました」
涼月は私に頭を下げてから他の艦娘の中に消えた。
あの時のことは感謝されるようなことじゃないと思ってる。あの状況で止血帯を持っていたら助けるのは当たり前のことだ。それに、当時の私は見様見真似の技術で助けただけで正確な処置がとれていたとは思えない。専門的な勉強をして実践演習を何度も積んだ今の方が冷静で正確に処置ができるだろう。あの時の私は目立ちたいだけの子供だった。
その後も何人かの艦娘に感謝された。私としては感謝されるようなことをしたつもりではないのに変な感じがした。そんな状況だからか一人で飲む酒はあまり美味しいと思えなかった。
「隣、いいかしら?」
それなりに酔いが回ってきたころに一人の元艦娘が笑顔で私に声をかけた。
「好きにすれば?」
「じゃあ好きにさせてもらうわね」
彼女が私の横に座ってウイスキーを飲んだ。初めて見た子だった。狐色の髪と瞳で快活そうな美人だった。
「さっきからモテてるわね」
彼女が笑顔で私に声をかけた。
「なんのことよ?」
「一人で飲んでただけなのに感謝されてるじゃない」
「現役の時に助けたことを勝手に感謝されてるだけよ。別に気にすることじゃないわ」
「嬉しかったら素直に喜べばいいのに」
「嬉しくないって言ってるでしょ?」
彼女の話し方がいちいち気に障る。怒る私が面白かったのか彼女がクスクスと笑った。
「叢雲から聞いたとおりね」
「さっきから何様のつもりよ!?」
我慢しきれずに声を出してしまった。
「ごめんごめん。謝るから怒らないでよ。自己紹介が遅れたわね。陽炎よ。貴女がいる前に鎮守府にいた艦娘よ。貴女は満潮でしょ?」
陽炎と聞いてうっすらとした記憶が蘇った。荒潮と司令官の会話の中でたまに名前が出てきた艦娘だった気がする。私は彼女を叢雲と荒潮と同期の鎮守府の古参という立ち位置だったことぐらいしか私は知らない。
「それで何の用?」
彼女を知らない以上は叢雲の戦友だとしても赤の他人と言ってよいと思う。だけど、私に声をかけてきたからには何かしらの意図があるはずだ。それを知りたかった。
「話がしたかったの」
陽炎がグラスの中のウイスキーを飲み干してから呟いた。
「言いたくなかったら言わなくていいわ。直球で聞くわね。荒潮の最後ってどんな感じだった?」
自分の質問の意味は分かっていたのだと思う。荒潮の最後を聞いた陽炎の顔からは先ほどの私をからかうような笑みは消えていた。
話そうかと思った。だけどあの時のことを思い出したくないし、何も知らない赤の他人に話すことには抵抗があった。
「話したくないわ」
「そう……」
陽炎が残念そうにつぶやいた。
「……せめて、あの子が満足して死んだかは教えてくれない?」
「そんなこと、分かると思うの?」
「貴女の想像で良いの。私はあの子の最後を手紙でしか知れてないから……だから、お願い」
どうしても聞きたいと懇願する陽炎の態度に私の中の物が揺らぐのを感じた。彼女が鎮守府の古参の艦娘であるのであれば、戦死した荒潮のことを気にするのは当然だと思う。それに、話す内容は想像で良いと言っている。話すことにした。
「……私の勝手な想像だけど、満足してたと思うわ。荒潮は死にたがってた……誰かの為に死ねるならいいって言ってた。だから……」
話していてあの時の光景がフラッシュバックした。私をかばって被弾した荒潮は笑顔で海中に沈んでいった。荒潮は理想の死に方をできたのだと思う。何もかもが私の勝手な解釈だけど……
「そう……」
陽炎の頬に一筋の涙がつたうのが見えた。
「荒潮の気持ちを知ってたの?」
「知ってるわ。荒潮が離れる前に話せる最後の機会かもしれないからって話してくれたの……あの子、好きだった人に会いたかったから死にたがってたんでしょ?」
すすり泣きをしながら話す陽炎を見て荒潮の死を悲しむ気持ちは同じだと察した。陽炎と荒潮がどんな仲だったのかは知らないけど、仲が良かったのだと思う。
泣いている陽炎を見て罪悪感を感じた。荒潮が死んだのは私を庇ったのが原因だ。私がもっとしっかり荒潮を支えていられたら……叢雲と話し合えていられたら……
「ごめんなさい」
想いが抑えきれずにそう呟いた。
「どうしたの?」
荒潮が死んだ原因が私であることを話した。私の話を陽炎は何も言わずに聞いていた。
「満潮が気にすることじゃないわよ。望んでこうなったわけじゃないんでしょ? 悪いのは戦争だから……」
「ありがとう……」
陽炎の言葉に心を救われた気がした。
荒潮が満足して死ねたのかは分からない。だけど、後悔はしていなかったと思う。荒潮が死後の世界で好きだった人に会えたことを心の中で祈った。
「あら? 珍しい組み合わせね」
少しして叢雲の声がした。ベビーカーを押していた彼女は陽炎の横に腰をかけた。
「あら、叢雲久しぶりね」
「久しぶり。司令官の件はありがとうね」
「気にすることじゃないわよ。私がやりたいって言っただけだから」
司令官の件と聞いて叢雲が司令官と再会したことを思い出した。
「陽炎が司令官と会わせたの?」
思いついた質問をそのままぶつけた。
「私は仲介役をやっただけ。会いたいって言ったのは叢雲よ」
「私に会いたいって言わせたのは陽炎じゃない。そういえば、例の救済団体の話はどうなったの?」
「まだ何も決まってないわ。メンバーも私と叢雲しかいないし、人が少なすぎるわ」
「救済団体?」
話を聞いてみると陽炎が艦娘の救済団体を作りたいと思ってるという話だった。陽炎が姉妹艦の義理の妹を助けられなかった無念と叢雲に人助けが向いている仕事だと言われたのがきっかけらしい。
「陽炎、お久しぶりですね」
淡々とした乾いた声に陽炎の表情が固まった。
「久しぶりね不知火……」
陽炎が不知火と呼んだ元艦娘を見て背筋が凍った。見た目は桃色のポニーテールで顔に火傷の跡がある女性だったけど、目に生気が全く感じられない。彼女は道端に落ちている石ころを見るような目で私達を見つめていた。何を見てきたのかは知らないけど、間違いなく人をやめている。
陽炎が言っていた義理の妹というのは彼女のことで間違いないだろう。私の直感がそう言った。
「……元気にしてた?」
「いつも通りですよ。失礼します」
無表情の不知火が背を向けた。
「ごめんなさい……」
不知火が去った後に陽炎が小さな声で呟いた。
「……何があったのか聞いてもいい?」
「不知火のこと?」
「うん……」
陽炎は不知火のことを全て話してくれた。結論から言えば不知火はとても極端な生き方をした人間だった。
妹の為に生きていた彼女は前線の鎮守府で皮肉にも妹の介錯をすることになる。その瞬間に不知火の生きがいは妹の介錯を命じた司令官への憎悪となり、その為だけに生きることになった。
司令官を精神的に追い詰め、終戦の日に司令官を自殺に追いやるという形で不知火は復讐を成就する。しかし、復讐の成就と共に生きる意味を失い、今は空っぽの人間として生きている。そんな話だった。
「話は聞いていたけど、本当に酷い生き方をしてるわね」
コーヒーを飲んでいた叢雲が呟いた。
「うん。でも放っておけないの。義理だけど妹だから……」
そう話した陽炎は凄く真面目な顔をしていて私に軽い様子で絡んでいた時の彼女とは別人のようだった。本当に不知火のことを心配しているのだと思う。陽炎の手助けをしたくなった。
「ねぇ、陽炎。救済団体の話、私も加えてくれない?」
私の発言が予想外だったのか二人が驚いた顔をした。後に二人から聞いた話だが元々私を誘う予定ではあったらしいけど、私から加えて欲しいと言われたのは想定外だったらしい。
「いいの?」
「人が足りないんでしょ? いいわ。私も協力してあげるわ」
「ありがとう」
ふと、朝潮の顔が浮かんだ。再会したときに比べれば安定しているけど、朝潮の精神状態はまだケアが必要な状態だと思う。私だけでやるよりも陽炎に助けてもらった方が良いのではないだろうか?
「ねぇ、陽炎。協力するって言っておいて悪いんだけど……助けて欲しい子がいるの」
「誰?」
「朝潮って名前の艦娘だけど……知ってるかしら?」
「朝潮? 前線にいた時によく泣いてたあの子のこと?」
「知り合いなの?」
「同じ鎮守府にいたから知ってるわ。今のあの子、どんな感じなの?」
私はここ一年ほどの朝潮の様子を陽炎に話した。
「うーん……たしかにケアが必要みたいね。叢雲はどう思う?」
「素人意見だけど、見てあげた方がいいと思うわ」
「決まりね」
陽炎が笑顔で呟いた。
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私が前から関わっていたことや陽炎と知り合いだったこともあって朝潮のケアは比較的スムーズに進んだ。すぐに打ち解けられたし、彼女に合った対応を取れたと思う。三ヶ月もすると発作はかなり収まった。看護学校の実践演習で潰れることは無くなったし、私がケアをしなくても良くなった。
ケアを始めてから四ヶ月後、私と陽炎と朝潮はカフェで話をしていた。
「そろそろ大丈夫そうね」
「陽炎さん、本当にありがとうございました!」
朝潮が陽炎に頭を下げた。
「お礼なんていいのよ。それよりも満潮に感謝しなさいよ」
コーヒーを飲みながら笑顔で陽炎が答えた。
「満潮もありがとう!」
「別に感謝されることじゃないわよ」
気恥ずかしくてそう答えた。看護学校に入ってから他人に感謝されることは多いけどやっぱり慣れない。嬉しくないと言えば嘘になるけど私としては当たり前のことをしただけだし、私よりも優れた人なんていくらでもいる。私よりもその子に感謝してほしかった。
「相変わらず素直じゃないわねぇ」
「私も満潮の他人の感謝を受け取れないのは悪い癖だと思います」
朝潮が陽炎の発言に合わせるように言葉を繋いだ。
「何よ。私が悪いってこと?」
「直した方がいいと思うわよ」
陽炎にあっさり反論されて言葉に詰まった。私だって悪い癖だという自覚はある。神通さんにもそう言われた。だけど、直す気になれなかった。
「ねぇ、満潮。艦娘になったばかりのころを覚えてる?」
少しの沈黙の後に陽炎が呟いた。
「覚えてるわよ」
忘れるわけがない。今よりもずっとひねくれていて、ただひたすら他人に怯えていた警戒心の強い野良猫みたいだった自分。思い出すだけで嫌になった。
「あくまでも私の想像なんだけど、あの頃の貴女って誤解されることが多くなかった?」
「それはそうだけど……」
多かったと思う。当時の私を今見たとしても言うことを聞かない餓鬼という解釈しかできないと思う。
「本当は助けて欲しかったのに誰にも言えなかったでしょ?」
「それは……」
「素直に話さないと相手に正しく伝わらないわよ」
黙るしかなかった。
誤解が生じることは医療職では致命的になりやすいと看護学校で教わった。私には無縁なことだと思っていたけど、かなり重大なことだ。神通さんのおかげで多少はマシになっていたけどもまだ治療が必要なのかもしれない。直さなければならないと思った。
「次の相手が決まったわね」
「私も協力させてください」
陽炎と朝潮が笑顔でそう言った。
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終戦から十年以上が経った。
今の私は大きな病院に勤めている。元艦娘としての差別を受けることはあるけども、それでも自分の仕事にやりがいを感じている。助けられなくて悔しい思いをする時もある。だけど患者にありがとうと言われると嬉しいし、もっと人を助けたいと思う。私の人生は他の人に助けられながら他人を助ける人生だ。
不謹慎かもしれないけど、私は艦娘になってよかった。あの時、艦娘にならなければどこかで野垂れ死にしていたかもしれないし、実の母親みたいにろくでもない生き方をしていたと思う。だけど、神通さんに会えたから。荒潮が心を開かせてくれたから。司令官が本を読ませてくれたから。叢雲と対立したから。明石さんの話を聞けたから。
あの時があったから今の私がある。
現代編は必要は必要だと思いますか?(よろしければ投票した理由を一言で良いのでコメントにお願いします)
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いる
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いらない
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どちらでもいい