あの頃の私にはもう戻れない①
岸本さんの話を聞いてから数か月後、綾瀬さん(艦娘の時の名前は陽炎さん)の紹介で新しい元艦娘の証言を聞くことになった。記録として公開する際は匿名にすることを条件に話したいと申し出てくれたらしい。
話してくれるのは齋藤 千鶴子さん。艦娘の時代は翔鶴という名前だったらしい。齋藤さんの話を聞くことを高塚さん(艦娘の時は瑞鳳さん)の家まで話に行ったのだが……
「は? 翔鶴?」
齋藤さんのことを話すと高塚さんは唖然とした顔をした。
「はい。誰かに話したいらしくて……」
「ねぇ、本当に翔鶴なの?」
「綾瀬さんはそう言ってましたが……」
高塚さんの顔から血の気が引いた。
「ダメ。悪いこと言わないからやめといた方がいい」
「えっ?」
「あの女は本当にヤバいから。何をしでかすか分からないの」
「どういうことですか?」
高塚さんが舌打ちをして、右手で頭を抱えてバツが悪そうに下を向いた。
「スマホ持ってるでしょ? 元艦娘、事件で調べてみて」
「何ですか急に……」
「いいから! 早く!」
高塚さんの言う通りに検索してみたら、艦娘絡みの事件が大量に出てきた。ちょっとしたトラブルレベルのもの、喧嘩をして大きな怪我を負うようなもの……色々あったけど、高塚さんが探していたらしいものは見つからなかった。
「少し古いか……悪いけど、今日は帰って。私の方で探しておくから」
「えっ、でも……」
「いいから!」
高塚さんに力づくで家から追い出されてしまった。
---------------------
家に帰ってから、勉強をしていたら昼頃になって高塚さんからSNSが入った。
「探すのに時間がかかったけど、これ」
「説明不足な内容だけど、見といて」
リンク先を開くと五年前のネットニュースだった。
元艦娘が強盗に襲われ、返り討ちにして二人が死んだ。死体の損壊は激しい……そんな話だった。
言われてみれば小学生の時にそんなニュースをやっていた気がする。ほとんど記憶は無いけど……
「読みました」
「次にこれを見て。当時のクソみたいな掲示板だけど、ある程度事実が流れてる」
リンク先の掲示板は事件のことで持ちきりだった。
元艦娘が人を殺したこと、元艦娘を危険視すること。事件を起こした元艦娘が現役時におかしかったという噂。死体は原型を留めてなかったという話。国が動いたという話や艦娘は人造人間なんて陰謀論らしいものまであった。
色々な話が乱立していたけど、何が本当のことなのかよく分からなかった。
「読みましたが……どれが事実なんですか?」
「四十一番目のやつ、これは関係者から漏れてる。多分、特定されて捕まってる。その後どうなったかは知らないけど」
四十一番目の書き込みは「知り合いの海軍関係者が言ってたけどこの艦娘、深海棲艦を殺して笑っていたらしいぜ」というものだった。
掲示板内では嘘としてしか受け取られていなかったけど嫌な感じがした。
「で、これだけ見ても会いに行くの?」
少しして高塚さんのチャットが送られてきた。一瞬、断るか迷った。だけど、今回は元艦娘の方から話したいと言ったと聞いている。引く気にはなれなかった。
「行きます。この人も何かあったと思いますから」
「馬鹿」
高塚さんの返信から強い怒りを感じた。
「これを見なよ。ショックサイトに戦時の写真が流出したものなんだけど、多分一枚だけあの女のものが混ざってる」
送られてきた青文字のリンクを見てドキリとした。僕は戦時の写真を見ることになる。その覚悟が必要だった。
五分ぐらいして、覚悟を決めてリンクを開いた。
赤を基調としたブログ形式のサイトに深海棲艦の死体の写真が載せられている。頭や腹に穴が空いたものばかりだった。吐き気を催すようなものばかりだったけど、その中に一枚だけ特異的なものがあった。
ただの戦闘の後の死体ではない。手をかけて徹底的に破壊しようとした痕跡のある肉塊……
我慢しきれなくなり、しっかりと見ずに戻るボタンを押した。
「しっかりと見れませんでした……一枚だけすごいのがありましたが……」
「絶対とは言えないけどあの女の仕事だよ。私、見たから」
話していて、ふと高塚さんが彼女に異様に詳しいことを疑問に感じた。
「今更ですがお知り合いなんですか?」
「同期」
「最前線にいた時、一緒に戦ってる」
「今まで見てきた艦娘で一番ヤバい奴だった」
「狂い方だけなら不知火を超えてたと思う」
不知火……つまり鈴木さん以上の狂い方と聞いて危険性に気づいた。僕が会おうとしていた人は狂人だ。証言を話してる間、一切表情を変えなかった彼女以上の……
恐怖を感じたが、逆にどういう人間かも気になった。安全が確保されれば会っても良いのではないだろうか? そんなよこしまな考えが浮かんだ。
高塚さんへの返信を後回しにして、綾瀬さんとのチャットページを開いた。
「すみません。少しいいですか?」
五秒と待たずに返事が来た。
「どうしたの?」
「齋藤さんの話を聞く話のことなんですが。高塚さんに話したら、ひどく心配されて……」
「あ、あの件? 大丈夫よ。私の方から瑞鳳さんと話しておいた方がいいかしら?」
「お願いします」
十秒もしないうちに、SNSの通知音が鳴った。高塚さんだ。
「ちょっと!」
「行く気なの? やめとけって言ったよね?」
「安全が確保されればいいと思ったので……」
「馬鹿」
彼女の罵声が直接聞こえた気がした。直後に 「すみません」と送ったが、綾瀬さんとの話し合いが始まったのか彼女からの返信は無かった。
---------------------
一ヶ月して、齋藤さんの証言を聞く日になった。高塚さんは一緒に証言を聞くことを条件に承諾してくれた。
「君の馬鹿さ加減には呆れたよ」
高塚さんを迎えに行くと早速、嫌味を言われた。
「すみません……」
その後も約束の場所につくまで彼女の嫌味は続き、待ち合わせ場所につくまで止まらなかった。
「それで、場所はあの喫茶店だっけ?」
「はい……」
喫茶店のドアを開けると綾瀬さんと鈴木さんが二人でコーヒーを飲んでいた。鈴木さんが来るとは聞いていなかったから、彼女がいたのは意外だった。
「久しぶりだね。不知火」
高塚さんが鈴木さんに声をかけた。
「お久しぶりです瑞鳳。急に呼び出して何の用ですか?」
「待っていればわかるよ」
頭を下げたが、鈴木さんは無表情だった。彼女を少し怖く感じた。
「一ノ瀬君は何にする? 立て替えてあげるから好きに頼んでね」
綾瀬さんが笑顔で僕に声をかけた。
「(高い物にしときなよ。どうせ陽炎持ちなんだから)」
高塚さんが耳元で小声で呟いた。
「瑞鳳さん、変な助言はやめてくださいね」
「我儘聞いてあげたんだから少しぐらい、いいでしょ? この子を誰に会わせようとしているのか分かってるんでしょ?」
綾瀬さんの顔から笑顔が消えた。
「分かってるわよ。だけど、話させてあげてほしいの。あの人が壊れていくのを瑞鳳さん、見てたんでしょ?」
「それはそうだけど……」
喫茶店のドアにぶら下げられていたベルが鳴った。
「すみません、遅くなりました」
声のした方を見て息が止まった。
立っていたのは息を飲む程の美しい女性だった。ロングヘアーは流れるような銀髪で瞳は黄玉のような色をしている。柔らかい笑みを浮かべていて、お淑やかな印象を受けた。青崎さん(艦娘の時の名前は叢雲さん)を見た時にも綺麗さに息を飲んだけど、その時とは違ったベクトルの美しさだった。
彼女が齋藤さん(翔鶴さん)なのだろうか? そうだとしたら高塚さんから聞いた話を信じられなかった。
彼女が綾瀬さんの隣に座った。
「瑞鳳さん、久しぶりですね」
齋藤さんが高塚さんに声をかけた。
「その笑顔、相変わらずだね。まさかまた会うことになるとは思わなかったけど」
「嫌う気はないと言ったのは瑞鳳さんでは?」
「あれは戦時の話。今の貴女が警戒されないと思ってるの? 自分の胸に手を当てて聞いてみなよ」
「念の為、言っておきますがあの時のことは正当防衛ですよ?」
「知ってるよ。だけど、やりすぎ」
「相変わらず言い方がキツイですね」
「何か悪い?」
齋藤さんが小さくため息をついた。
「悪く言ったつもりはありません。昔から変わらないと思っただけです」
「ふーん」
高塚さんがコーヒーに口をつけた。
「不知火さんもお久しぶりですね」
「お久しぶりです」
鈴木さんが頭を下げた。
「どうして、ここに?」
「瑞鳳から頼まれました。呼ばれた理由は分かりませんでしたが、翔鶴さんを見て理解しました」
「なるほど、そういうわけですか」
三人の会話を見ていて、ふと違和感を覚えた。齋藤さんの顔は入店した時の笑顔のまま変わらない。表情が変わらないのは鈴木さんも同じだけど、齋藤さんのそれは別の怖さがあった。
「一ノ瀬さんですね?」
声をかけられ、体がビクッとした。
「はい!」
「打ち合わせでも言いましたが、記録として公開する際は匿名でお願いしますね。もっとも、匿名でも特定されてしまうかもしれませんが……」
齋藤さんの話が始まった。