士官学校編です。次回から最前線編です。
子供の時に見た光景を覚えています。夏に雪が降る世界の中、人けがないスーパーにいる兄妹。兄が妹を守る為に異形の化け物を容赦なく切り刻み、赤黒い魔法で吹き飛ばす……そんな話。
どこまでも暗く、暴力的で絶望的な光景でしたが流れている音楽もあって私には一枚の絵のように美しく感じられました。昔のことだったのでどこで何を見ていたのかは忘れてしまいましたが、とても印象に残りました。
その時から私の中の何かは目を覚ましていたのかもしれません。
戦争が始まったのは十八歳の時でした。当時大学生だった私は未知の化け物との戦争と聞き震えていました。
しかし、艦娘の募集が始まると直ぐに応募しました。……理由は上手く説明できませんが、本物の戦争を見たかったからだと思います。退屈な日々の何かが変わるかもしれないと思っていました。私は何も知らない馬鹿でした。
士官学校に送られ、勉強と訓練を終えてから翔鶴という名前を与えられました。
「よろしくね。翔鶴さん……ごめんなさい。呼びにくいから翔鶴姉でいい……かな?」
士官学校のルームメイトは姉妹艦で年が私よりも一つ下の瑞鶴でした。かしこまった呼び方よりも軽い呼び方の方が良い気がします。彼女の提案を受けることにしました。
「大丈夫よ。よろしくね。瑞鶴……で良いかしら?」
「うん。大丈夫だよ」
瑞鶴が笑顔で答えました。
瑞鶴とはすぐに仲良くなれました。私とは違い、瑞鶴は活発な性格でした。気に入らないことがあるとすぐに反発しますし、誰にでも食ってかかります。
教官だった神通さんはとても苦労したと思います。
艦娘になって数か月後、士官学校で初めて模擬演習をしました。瑞鶴と私の一対一の真剣勝負です。先に撃破判定を相手に与えた方が勝ちという単純なルールでした。
この時のことは記憶が曖昧で何が起きていたのかよく覚えていません。航空戦が始まって視界が狭くなり、目の前のことに集中して気づいたら終わりの合図が鳴っていました。
「翔鶴さん! 終わりですよ!」
無線から聞こえた神通さんの声で我に帰りました。艤装を確認すると大破していました。私の負けです。軽い目眩がしました。
「翔鶴姉、早く止めてよ!」
指揮機の視点の先では瑞鶴が必死になって回避運動をとってました。私は演習終了なのに攻撃を続けていたみたいです。
「ごめんなさい瑞鶴!」
慌てて艦載機を収容しました。
「翔鶴さん!」
演習終わりに神通さんに怒られました。
「停止命令は絶対に聞いてください。実戦ではなく模擬演習ですが、やっていいことと悪いことがあります。実弾なら死んでますよ」
「はい。本当に申し訳ございませんでした」
自分がどうしてあんなことをしてしまったのかは分かりません。瑞鶴にも神通さんにも申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
「神通さん、言い過ぎ!」
瑞鶴が私と神通さんの間に割って入りました。
「誰も怪我してないし、いいでしょ? 翔鶴姉だって反省してるし、そこまで言うこと?」
「翔鶴さんには必要なことです」
「だからって……!」
喧嘩になりそうな流れを見て慌てて止めに入りました。
「瑞鶴、落ち着いて……神通さん、本当に申し訳ございませんでした」
「……明日までに反省文を提出してください。それで今回の件は不問とします」
神通さんがため息をついて私に背を向けました。
「翔鶴姉、大丈夫?」
「大丈夫よ。私よりも瑞鶴は大丈夫?」
「当たらなかったから大丈夫だよ。それよりも翔鶴姉が心配だよ。別人みたいだったから……」
「別人?」
「うん。爆弾を当てても顔色一つ変えないし、目がうつろで怖かった」
「そう……」
自覚はありませんが記憶が飛んでいた時の私はそんな風だったみたいです。少し自分が怖くなりました。
「ねぇ瑞鶴」
「なあに?」
「もし、私が別人みたいになってたら教えてくれない? 気を付けたいと思うの」
「いいよ」
「約束ね」
数ヶ月ぐらい見てもらった結果、訓練中に目の前のことに集中しすぎるとそうなってしまうということが分かりました。瑞鶴の為にも私の為にも集中しすぎるのを避けるようになりました。
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艦娘になって、一年ほどして瑞鶴は私よりも先に士官学校を卒業してしまいました。集中しすぎるのを避けていたため、瑞鶴に一度も勝てなかったこともあると思いますが私は成績不振でダメでした。
瑞鶴の卒業の前日、卒業祝いとして瑞鶴と居酒屋で飲むことになりました。
「ねぇ、翔鶴姉」
卒業祝いの飲み会が始まって一時間ぐらいしてからでしょうか? 瑞鶴が呟きました。
「どうしたの?」
「翔鶴姉って何で艦娘になったの?」
質問の答えに戸惑いました。正義感があったわけではありませんし、経済的に困窮してたわけでもありません。よく分からないというのが本音なのかもしれません。
「自分探し……かしら?」
何とか口から出た言葉がそれでした。
「自分探し?」
「本当の自分がどんな人間なのか気になったの。退屈な日々が変わるかもしれないって思って……」
嘘は言っていないと思います。しかし、我ながらどうしようもない理由だと思いました。
「ふーん」
「瑞鶴は何かしら?」
「私も似たような物だよ。誰かを守りたいって思ったこともあるけどね」
誰かを守りたい。その為に身を捧げようとする。私なんかと比べて瑞鶴はずっと立派だと思いました。
「私はボンヤリしててダメなのに。瑞鶴は立派ね」
「そう? 翔鶴姉も凄いと思うよ。普通の人は艦娘になろうなんて思わないもん」
瑞鶴のフォローに少し気持ちが晴れた気がしました。
「でも……本当の自分って何なのかな?」
「瑞鶴はいい子だと思うわよ」
「ありがとう」
瑞鶴の笑顔を見てふと、瑞鶴は私はどのように見えているのか気になりました。
「瑞鶴は私のことがどう見えるかしら?」
「うーん……優しいけど、よく分からないかな」
「分からない?」
「正直に答えてもいい?」
「いいわよ」
「普段はニコニコしていて優しいけど最初の模擬演習の時、ちょっと怖かったんだよね。なんか翔鶴姉の中ってボンヤリしててよく分からないなぁ……」
よく分からないという言葉が引っ掛かりました。私自身も自分自身が分かっていないのかもしれません。そう思いました。
「あっ、でも悪い人じゃないと思うよ。私のことを褒めてくれるし、優しいお姉ちゃんだと思うよ」
「ありがとうね。瑞鶴」
作り笑顔でそう答えました。
優しければ良いのだろうか? そんな疑問が浮かびましたが、口にするのはやめました。
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瑞鶴の戦死を知ったのはそれから四ヶ月後でした。不思議と悲しいとは思いませんでしたし、涙も流れませんでした。ただ、二度と会えないとなると少し寂しくなった気はしました。瑞鶴が死んだという実感が湧かなかったのかもしれません。いつも通りの訓練を受けて座学をする日々が続きました。
瑞鶴の死から八ヶ月程して今度は私が卒業する番になりました。
卒業が迫るある日、神通さんに呼び出されました。待ち合わせの応接室に入ると神通さんが真面目な顔で私を見つめていました。
「座って下さい」
「はい」
パイプ椅子に座りました。古かったのかギシギシと音がしました。
「最近、よく眠れていますか?」
「眠れてます」
「怖くなったり手が震えたりしていませんか?」
「していませんよ」
意図の分からない質問に首を傾げました。
神通さんは意味の無いことを言う人ではありません。教官として真面目で適切に指示を出し、怒る時には怒る。そんな人です。訓練が厳しいので、皆には鬼教官なんて呼ばれてましたが……
「質問の意図が分かりませんか?」
「はい」
「自衛隊時代の同期に翔鶴さんとよく似た人がいました」
神通さんが話しを始めました。
「いつも笑顔でボンヤリしてるのに、任務の時だけは誰よりも集中する。そんな人でした」
神通さんの話す誰かは私と似ています。何となくですが嫌な予感がしました。
「彼の心の中は今も分かりませんが、かなり、重いものを抱えていたのだと思います。戦地派遣があった際に……初めは無理をしてたようですが、ある日を境にその人は戦場で笑うようになりました。敵兵を殺した後でも銃弾が飛んでこようが爆弾が落ちようが楽しそうに笑っているんです……」
背筋がゾクッとしました。とてもではありませんが常人の思考回路ではありません。
「私も同じかもしれないと言いたいのですか?」
「あくまでも、可能性の話です。翔鶴さん。できる範囲で良いので、自分を大切にしてくださいね」
「分かりました……失礼します」
神通さんに頭を下げて応接室を後にしました。神通さんが私のことを心配してくれていることは分かりました。しかし、実感が湧きませんし脅されている気しかしませんでした。