翔鶴という人間の形が大体決まります。
その夜、また夢を見ました。いつものように艦隊の追撃から逃げ遅れ、被弾した深海棲艦のホ級を破壊しています。自分でも信じられないぐらいの力が出て、湧き上がる高揚感に口元が釣り上がりました。
ダメだと思うのに体は止まりません。ただ骨が砕ける音と肉が千切れる音だけがしています。
止めようとすることを諦めた瞬間、急に体が軽くなりました。ダメだという感覚が消えた直後に感じた、濁流のように押し寄せる感覚の中でホ級が私の手の中で壊れ、肉塊になっていきます。
楽しい。そう思った瞬間にもっと壊したくなりました。手にかかる力がより強くなり、破壊衝動がより強くなります。
「ハハハ」
私は心の底から笑っていました。
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目が覚めました。昨夜に感じた高揚感がまだ残っています。いつもは嫌な寝汗の中で目が覚めますが、この日はスッキリとした目覚めでした。
夢の中の自分を思い出して背筋が凍りつきました。あの時の私は今、自分がしてる猟奇的な行為を楽しいと感じていました。私自身がおかしくなってきてることは自覚してますが、それでも一線を超えてしまった気がします。
ゴクリと唾を飲みこむと嫌な汗が額を伝いました。
眩しく見える太陽の光がカーテンの隙間から射し、外では小鳥の鳴き声がします。目に映るもの、聞こえるもの全てが不快でした。
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夢の中で開き直ることに初めは抵抗がありましたが、選択肢が無く開き直るしかありませんでした。
開き直って一週間ぐらいで寝起きがよくなりました。日々が楽になり、夢を見るのが楽しみになりました。
「変わったね」
ある日、夕食で相席になった瑞鳳さんにそう言われました。
「そうですか?」
「前は毎日死にそうな顔してたのに最近はスッキリした顔をしてるじゃん。自覚ないの?」
ドキリとしました。夢の中のことなんて話せるわけがありません。
「良いストレス解消の方法を見つけたので……」
「なるほどね」
瑞鳳さんがため息をついてから、食べ終わったカレーのスプーンを置いて立ち上がりました。
「何なのか知らないけど、程々にしなよ」
私は黙って彼女を見つめることしかできませんでした。
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ある日……夢の中だと思っていました。戦闘後の逃げ遅れたイ級を壊しました。捕まえて足を千切って目を潰し、水面に叩きつけてから胴体を殴りました。グチャグチャと肉が潰れる音と骨が折れる音と共に、生暖かい血液が心地よく感じました。
誰かの声が聞こえた気がしました。うるさい。夢の中ぐらい好きにさせて。まだ、足りない……
突然、凄い力で肩を掴まれ後ろに引き戻されました。
「翔鶴さん。いい加減にしてください。提督からの帰港命令です。帰りますよ」
不知火さんでした。
「えっ……? 夢じゃ……?」
「何を言っているのですか?」
手には生暖かい血液がベッタリと付いています。白い服も赤い絵の具をぶち撒けたみたいに真っ赤でした。硝煙と魚の腐ったような匂いが鼻をつきます。辺りは静かで波の音と風の音しかしませんでした。
我に返って、背中に冷たいものが走りました。今、私は自分の意思で深海棲艦を壊していました。私自身の手で猟奇的に……
いつもの吐き気はありません。むしろ、高揚感すら感じます。心臓がバクバクとしていてうるさく感じました。周囲の艦娘はまたか、と呆れた顔をしていたり、目を逸らしたりしていました。
急に自分が怖くなりました。
「帰りますよ」
不知火さんが呟きました。私は黙って彼女の指示に従うことしかできませんでした。
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鎮守府に戻ってから水道に走りました。何度も何度も痛いぐらいに手を洗って汚れを落とそうとしました。それをしたところで自分のしたことは消えませんが、やらずにはいられませんでした。
氷のように冷たいシャワーを浴びてから、自室に戻り、膝をつきました。ついにやってしまった。もう後戻りできない。
耳鳴りがして、心臓がやけに動きます。どうしてこうなってしまったのか分かりません。戦争がそうさせた? 夢で開き直ったから? それとも、私が元から狂っていたから?
答えは分かりませんでしたが私自身の意思で奇行に走ってしまったことは事実です。綺麗に洗ったはずの手がまだ汚れている気がしました。
ふと、部屋に立てられていた鏡を見ました。鏡の中の女性は何かに怯えているように見えます。右手を動かせば右手が動き、髪を触れば髪を触ります。
いつも通りの私のはずでしたが、何故か私ではない誰か別の人のようにも見えます。私の中の何が私を操っているのでしょうか? しばらくの間、鏡の中の自分を見続けました。
突然、鏡の中の人間の口角が吊り上がり笑いだしました。
昔見た夏に雪が降る光景。あの時と同じ。敵を殺し、破壊する。あの時の私は、どこまでも暴力的で絶望的で残酷なあの光景を美しいと感じ、手に力が籠るのを感じていました。
考えてみれば簡単な話でした。あの時から私は何も変わりません。
何もかもがどうでも良くなり、一人だけの部屋の中で私は笑い続けました。
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気持ちは楽になりましたが迷惑をかけるのを避けるために今後のルールぐらいは決めなければなりません。その日の夜、夕飯の席で不知火さんを探しました。私の笑顔を気味悪がる艦娘を無視して探していると少しして彼女を見つけました。
「ご一緒してもよろしいですか?」
「お好きにどうぞ」
不知火さんがいつもの無表情で呟きました。
「失礼します」
彼女の向かい側に座りました。
「本日の戦闘ではご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした」
「今更ですか? 私の指示は聞いていただきたいです」
「はい、申し訳ございません」
自分のミスを自覚し、真面目に任務に取り組んでいる不知火さんや他の艦娘に申し訳ない気持ちになりました。
「それで、何の用ですか? いつもの態度を謝罪したいだけですか?」
「相談にのっていただけませんか?」
私は今日の出来事が私自身の意思だったことを話しました。その上で、今後迷惑をかけないために決めるべきことを今のうちに定義しておきたいと彼女に話しました。
「なるほど。話は分かりました」
不知火さんが食べ終わったカレーのスプーンをトレイの上に置きました。
「私からお願いしたいことは、指示に従うこととあくまでも深海棲艦だけを対象にして欲しいことです。それと、止めろと言ったら止めてください。一々止めるこちらの身にもなって下さい」
「承知しました」
不知火さんの決めたルール付けはもっともだと思いました。最低限、守るべきことですしトラブルを避けるのに必要なことです。
不知火さんが席を立ちました。
「あとは翔鶴さん自身で決めて下さい」
「えっ?」
彼女の言葉に首を傾げました。
「翔鶴さんのような方は自分で自分のルールを決めるのも必要なことです。あとは自分で考えて下さい」
そう話すと不知火さんは私に背を向けました。突き放されたような気がしましたが、残された私は彼女の言葉の意味を考えました。
不知火さんが課題を出した意図は分かりませんでしたが、ベテランの言うことなので信じるしかありません。自室に戻ってから自分へのルールを決めることにしました。
任務には従う、壊す対象は深海棲艦のみ
止めろと言われたら必ず止まる
ひとまず、不知火さんに言われたルールの二つをメモ帳に書きました。今後、何が起こるとしてもこの二つだけは絶対に守らなければなりません。
他はどうしましょうか? 椅子に座って白い天井を眺めながらボンヤリと考えました。外では風がビュービューと吹いています。寒くなってきたので掛け布団を被りました。
毎日早起きするような当たり前のことでも良いかもしれませんが、違う気がします。もっと意味があって私らしい何かがないでしょうか…?
どれぐらい時間が経ったのか分かりませんが以前、瑞鶴に言われたことを思い出しました。あの時、あの子は私のことを優しいお姉ちゃんと言ってくれました。私は他の人に優しい人であるべきなのではないでしょうか?
損はしないはずですし、これが無くなると本当に壊れてしまう気がします。
他人から見て良い人でいる
メモ帳にそう書きました。ルールの決め方がこのような形で良いかは分かりません。ですが、目標らしいものはできました。
良い人でありたい。思えば、これが私に残った最後の良心なのかもしれません。これだけは守ろうと心に誓いました。
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次の日、朝早くに目が覚めました。外は薄暗く日も出ていません。いつもなら眠いはずですが不思議と目は冴えていました。
いつもの習慣で二度寝しようと思いましたが寝付けずに散歩をすることにしました。
明るくなりつつある空には雲一つありません。気温が低い上に、風が強く露出した肌が痛いぐらいでした。
あてもなく歩いていたら、防波堤につきました。荒れる海の水平線の先から光が漏れています。日の出です。
目を瞑りたくなる太陽の光が黒い海の上で反射してキラキラと光ります。冷たくて痛い風が吹き付けてビュービューと音を立てました。
目に映るもの、感じるもの全て美しいと思いました。
どこまでも痛く冷たく美しい、絵にしたくなるような風景から私は目を離せませんでした。