この話以降の翔鶴は基本的には常に笑顔だと解釈してください
途中で新しく出てくる提督は叢雲の父親です
着任から一年が経ちました。
過酷な日々にもかかわらず、ストレスをあまり感じなくなりました。戦闘後に誰かに止められるまではストレスの発散ができますし、夜はぐっすり眠れます。さすがに空襲警報が続いて寝不足になったり、十分に壊してないのに撤退を命じられた時はストレスを感じましたが、発散する機会はいくらでもありました。
出撃が楽しみになりました。深海棲艦を殺しに行ける。命令の範囲内で好きに壊せる。……過酷ではありましたが、毎日が充実した日々でした。ただ、良い人になったつもりが私だけ笑顔なせいで浮いてしまい、他の艦娘と仲良くなれなかったのが残念でしたが……
ある日、提督に呼び出されました。任務のことで呼び出されることはよくあるのでそんな事だろうと思っていました。
「お呼びですか?」
「転勤命令だ」
想像もしていなかった話に驚きました。
「私がですか?」
「そうだな」
「理由をお聞きしてもよろしいですか?」
「前線から少し後ろに鎮守府が新設されることになった。準前線のような立ち位置だが、現地につく提督が正規空母を求めてる。それだけの話だ」
「本当にそれだけですか?」
カマをかけてみたら提督の顔が歪みました。
「何が言いたい?」
「本当に正規空母を欲しいと言われただけなのですか? 私以外の子でも良いのでは?」
提督がため息をつきました。
「正直に話せば命令に従うか?」
「命令であるというのであれば従います」
本当は嫌でした。最前線の方が深海棲艦をいくらでも殺せますし、やっと毎日が楽しくなってきたところです。しかし、命令となると従わなければなりません。せめて理由ぐらいは聞きたいと思いました。
「よく言えば実力を見込んで。悪く言えば厄介払いだ」
「詳しくお願いします」
「分かっていると思うが、お前の実力は確かだ。一年生き延びたから十分と言っていい。だが、扱うにはリスクが大きすぎる。何をしだすか分からんからな」
「私としては制御してるつもりですが……」
「分かってる。俺だって戦力として欲しいぐらいだ。だが、上から圧力がかかってるし誰を手放すかとなるとどうしてもお前になる。悪いが、それは分かってくれ」
不満を感じましたが仕方がないと思いました。私は間違いなく異物ですし、正規空母の誰かを手放すとなると必然的に私になってしまいます。
「承知しました」
「安心しろ。準前線と言っても戦う機会はいくらでもある。それと、向こうでは秘書艦任務をすることになるかもしれないから教える。突貫になるが明日から二週間の間、秘書艦に任命する」
「一つお願いしてもよろしいですか?」
「何だ?」
「向こうの提督には私のことを伝えていただけますか? 後でトラブルになるのは避けたいです」
「分かった。お前のことを話しておく」
新しい鎮守府が具体的にどんな場所なのかは分かりません。ただ、できるだけトラブルは起こさないようにしたいと思いました。
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二週間ほどして新しい鎮守府に着任しました。新しい鎮守府は旧海軍の施設を再利用したものでところどころにひび割れや汚れがありました。
執務室に入ると神通さんと提督が話をしていました。神通さんがいるとは聞いてなかったので意外に感じました。
「神通さん、お久しぶりです」
神通さんが振り返りました。
「翔鶴さん、お久しぶりです。話は聞いていますが、変わりましたね」
「そうですか?」
「ええ。心配していた通りになりました」
「でも味方は傷つけていませんよ?」
「そういう問題ではありません。こうなってしまったことが問題なんです」
気まずい沈黙が流れました。
「神通さんはどうしてここに?」
「夫に会いに立ち寄っただけです。私は帰らなければならないのでこれで……後は夫から聞いて下さい」
神通さんが私の横を通って執務室を去りました。神通さんの夫から聞けということはここの提督がそうなのでしょうか?
提督を見ました。四十代ぐらいの方でしたが、ガタイと顔がよくハンサムな人の部類に入ると思いました。
「初めまして……だな」
彼が明らかに警戒した様子で私に声をかけました。
「航空母艦翔鶴です。よろしくお願いします」
「初めに聞いておきたいんだが、止めるにはどうすればいい?」
「提督からお聞きしてませんか?」
「君の口から聞いておきたい。何か誤解があると困るからな」
「承知しました。飽きるか、時間だと指示を出してください。そうすれば止めます」
時間で区切るというのも私が決めたルールです。不知火さんとも約束しましたし、それを守り続けています。
「分かった。それで、味方は傷つけないと決めてるんだな?」
「はい。大丈夫です」
急に空襲警報が鳴りました。
「早速になるが、実力を見せてくれないか? 迎撃するだけでいい。深追いはするな」
「承知しました」
「あっ、おい! 二階だぞ!」
窓枠に手をかけて飛び降りました。向こうの鎮守府で何度もした動作なので慣れています。
少し体を痛めましたが怪我なく着地して防波堤に走りました。水平線の向こう側に真っ黒な深海棲艦の艦載機が見えます。
「迎撃だけですか。退屈ですね」
小さくため息をついてから艦載機を飛ばし、目の前のことに集中しました。
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「時間だぞ」
提督の一言で我に帰りました。
「周囲に敵機はありませんか?」
「ああ、大丈夫だ。鎮守府にも損害はない」
提督の話を聞いてから飛ばしていた艦載機を収納しました。辺りには残骸が落ちていて硝煙の匂いがします。反動の軽い目眩を堪えながら提督の声のした方を見ました。
「……後片付けが必要だ。補給が終わり次第、手伝ってくれるか? それと緊急時以外に二階から飛び降りるのはやめろ。怪我をされたら俺が困る」
「はい。承知しました」
提督や整備士の人を含めた鎮守府の人総出で後片付けをすることになりました。やけに残骸が多いと思いましたが、迎撃戦力の二倍の戦力を正面から相手にしていたようです。後で提督からそう聞きました。
「大丈夫ですか?」
後片付けをしていたら齋藤 誠一という名札をした若い整備士に声をかけられました。
「大丈夫ですよ。それよりもお怪我はありませんでしたか?」
「はい……」
彼が私と話すのをやめました。笑顔で対応していたつもりでしたが、気味悪く見えたみたいです。その日、彼が声をかけてくることは二度とありませんでした。
後片付けの後に提督の執務を手伝い、その日は終わりとなりました。初日から忙しかったですが、戦闘が多いなら楽しむチャンスは多いのかもしれません。そう思えてしまいました。
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次の日、鎮守府に新しい艦娘が到着しました。着任したのは秋月さん、涼月さん、冬月さんの秋月型の三姉妹でした。三人に血の繋がりはありませんが、秋月さんと冬月さんは同じ孤児院育ちのようです。
まだ新設されたばかりで部屋の用意がなかった関係で長女の秋月さんと同室になりました。
「翔鶴さん、よろしくお願いします」
「秋月さん、よろしくお願いしますね」
目の前の少女に笑顔で挨拶をしました。前の鎮守府では、相部屋になっても相方がすぐに戦死してしまいましたから誰かと同室なのは久しぶりでした。
秋月さんは生き残れるのでしょうか?
「すみません。初めにお聞きしたいことがあるのですが、良いですか?」
「何ですか?」
「私、カトリックなんです。習慣で寝起きと食事前にお祈りをしたいのですが、良いですか?」
カトリックと聞いて思わず笑いそうになりました。神なんているわけがありませんし、祈ろうが何をしようが死ぬ時は死にます。彼女の真面目さが馬鹿らしく見えてしまいました。
ただ、この場で笑っても秋月さんに失礼ですし、メリットもありません。笑うのを堪えました。
「もちろんです。気にしませんよ」
「ありがとうございます」
彼女が深く頭を下げました。
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昼食に三人の食事の光景を見ました。
「父なる神よ、あなたの慈しみに感謝して、この食事をいただきます。ここに備えられた恵みを祝福し、私たちの心と体を支える糧としてください。主イエス・キリストによって。アーメン」
「アーメン……」
「アーメン」
秋月さんの祈りに合わせて涼月さんと冬月さんが手を合わせました。傍から見れば信仰心の強い姉妹に見えます。しかし、よく見ると涼月さんは手馴れていないように見えましたし、冬月さんは動作が自然すぎて違和感がありました。
涼月さんは付き合わされている、冬月さんは信仰するフリをしているそんなところでしょうか? 本気でキリストを信仰しているのは秋月さんだけのようでした。
「皆さん、真面目ですね」
指摘してもトラブルの元になりそうなのでお世辞でそう言いました。
「はい。涼はまだ覚えたばかりなので慣れてませんが冬は昔からやっているので慣れています」
やらされていたの間違いじゃないの? そう思いましたが口にするのはやめました。
「翔鶴さんは神様を信じていないのですか?」
涼月さんが言いました。
「信じていませんよ。ただ、誰かの信仰を馬鹿にする気はありませんし、祈りを止める気もありません」
「信仰しないのですか? 祈りは心の支えになりますよ?」
「祈らなくても大丈夫です。最前線ではそれなしでも生きていけましたから」
「辛くないんですか?」
「大丈夫ですよ。辛くても耐えられますから」
「信仰は耐える道具になりますよ」
秋月さんのしつこさに少しイライラしてきました。善意で言ってくれていることは分かるのですが、余計なお世話です。
「無くても大丈夫な物を持つ気はありません。私は私の生き方をしていますから……」
「本当は辛いんじゃないんですか?」
決めつけに近い言い方に思わず手に力が入りました。
「信仰に頼らなければ生きていけないほど私は弱くありません」
我慢しきれずに話した言葉に沈黙が流れました。イライラしていたとはいえ、やってしまったと思いました。
「申し訳ありません。言い過ぎましたね」
秋月さんは何も言いません。ただ、唖然とした顔で私を見つめています。
「秋月姉さん、カレーが冷めるから食べた方がいいんじゃないか?」
「そうだね……冬……」
冷えきった空気の中で三人が食事を再開しました。
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「お昼ご飯の時には申し訳ありませんでした」
夜になって自室で秋月さんに謝られました。
「気にしないでください、私も言い過ぎましたから……」
「昔の話をしてもいいですか? 嫌ならやめます」
本音としては明日に備えて早寝したい所でしたが聞いておいた方が、今後の為に良いかもしれません。聞いてあげることにしました。
「はい。大丈夫ですよ」
「私、孤児院育ちなんです。妹の初も冬も同じです。妹と血のつながりはありませんが仲良く生きていました。貧困の中で教えてもらった聖書と妹だけが心の支えでした……私には信仰と妹しかないんです」
初と冬と聞いて秋月さんの資料で見た名前を思い出しました。
「初と冬と言いましたが姉妹艦の初月さんと冬月さんのことですか?」
「はい、そうです。戦争が始まると生活がとても苦しくなりました。食事抜きな時がありましたし、孤児もたくさん増えて収容しきれなくなりました。軍の人が施設に来て艦娘の志望者を募集するようになりました」
「ある日……ここに来る一年ぐらい前だったと思います。孤児院の院長さんに呼び出されて、明日の募集に姉妹と一緒に志願して欲しいと言われました。姉妹で志願すれば皆が助かるって……誰かを行かせないと支援が止まるって、頭を下げられると断れませんでした」
「二人に話はしたのですか?」
「はい。二人ともいい子ですから……」
裏動員。その一言が頭をよぎりました。
「気分を悪くしたのであれば謝りますが裏動員というやつですか?」
「そうだと思います。ですが、私達が犠牲になって他の子が助かるならこれでいいですし、艦娘になってもっと沢山の人を助けられるかもしれませんから……でも艦娘になって、新しい妹ができました」
「照月さんと涼月さんですね?」
「はい。照月は元気な子で涼月は内気な子でした。二人ともいい子でした。私のいうことをよく聞いてくれましたし、祈りにも付き合ってくれましたから……」
いい加減聞くのが面倒になってきました。話の先が見えませんし、何を言いたいのか分かりません。切り上げようと思いました。
「すみません。明日も早いのでそろそろ寝てもいいですか?」
「あっ、長々とすみません……今日はありがとうございました」
寝る前に秋月さんが祈るのが見えました。薄暗い照明の中で祈る彼女はどこか神秘的に見えました。
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「すみません。少しいいですか?」
次の日の朝、準備をしていると秋月さんに声を掛けられました。
「どうしました?」
「翔鶴さんはどうして艦娘になったのですか? 昨晩、聞きそびれてしまって……」
「自分探しですね」
「自分探し?」
「本当の自分って何だろうって思ったんです」
話していて瑞鶴の卒業祝いに居酒屋に行ったことを思い出しました。あの時にも同じ質問をされた気がします。あの時にはこんなことになるとは思いもしませんでしたが。
「それで……本当の自分は見つかりましたか?」
「見つかりましたよ。大したものではありませんでしたけどね」
「えっ? それってどういう……」
時計を見ると朝食の時間になってました。これ以上話すのも都合が悪い気がします。切り上げることにしました。
「そろそろ朝食の時間ですね」
「あっ、待ってください!」
部屋を出て食堂に向かおうとする私を秋月さんは慌てて追いかけました。
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その日の昼、空襲警報が鳴りました。提督の「時間だ」の一言で迎撃戦闘が終わった頃には辺りに深海棲艦の艦載機がいくつか転がっていました。落ちていた残骸の数から小規模の空襲だったみたいですが、初実戦の秋月さんたちには過酷だったらしく、三人とも激しく息を切らしていました。涼月さんに至っては壁に手をついてます。こんなことで大丈夫なのでしょうか?
「お怪我はありませんか?」
先行きに不安を感じながら、秋月さんに声を掛けました。
「は、はい……」
「涼月さんは?」
「大丈夫です……」
「冬月さんは?」
「問題ない……」
「皆さん、大丈夫そうですね。提督への報告は私がやるので補給を済ませ次第、後片づけの手伝いをしてください」
「待ってください……」
執務室に向かおうとしたら秋月さんが呟きました。
「どうしました?」
「翔鶴さんは、どうして平気なのですか? 立ってるのがやっとなのに……」
どうでもいい質問に心の中でため息をつきました。
「慣れですよ。秋月さんたちもそのうち平気になります。無駄口はこれぐらいにして、ご自身の義務を尽くして下さい」
それだけ言ってから三人に背を向けました。