「いい加減、叩きに行くべきだな……」
報告の直後に聞いた提督の言葉に心が踊りました。
「出撃ですか?」
「そうだな。衛星画像で空襲してくる奴の大体の位置は分かったし、放置できんからな……嬉しいか?」
「はい。久しぶりなので楽しみです」
提督がため息をつきました。
退屈な訓練と迎撃の日々が終わるというだけでとても嬉しく感じました。
「作戦の立案をしたいが、今から付き合ってくれないか?」
「一兵卒にすぎない私で良いのですか?」
「ああ。上から目線の俺よりも現場視点で戦ってきたお前の目の方が確かだろう。習ったことは知ってるが、実際にどうなるかは分からないからな」
直感的にできる人だと思いました。
私は前の鎮守府の人しか知りませんが、あの人は深海棲艦を殺すことを優先し過ぎますし、他人の声を聞かない癖がありました。作戦の成功率は高い人でしたが、指揮系統に問題はあったと思います。
それに対してここの提督は慢心せず、部下の私の意見を聞こうとしています。
「私でよろしければ協力しますね」
提督は少ない説明でも多くのことを察してくれた上に、答えやすい質問が多く説明しやすい人でした。私の旗艦の際の立ち回りや安全管理、艦隊の運用法、全て理解してくれました。
二人きりの作戦会議もスムーズに進みました。
「出撃は私を旗艦として、秋月さんと冬月さんが出撃となりますね。ですが、涼月さんを鎮守府に残す意図は何かありますか?」
立案の最中に、ある質問をぶつけました。
「単純に涼月が今のところ最も戦力的に劣っている。それに、話を聞きたいからな」
「何か聞きたいことがあるのですか?」
「鎮守府での生活だ。お前が他の艦娘からどのように見えているのかを知りたい」
「私達が鎮守府に帰ってきた時には手遅れかもしれませんよ?」
提督の顔が歪みました。
「……かまわない。遅かれ早かれ、いつかはおきることだ。現状を知っておくことで対策を考える時間ぐらいは稼げるしな」
「承知しました。私からの視点はあてになりませんか?」
「参考にはなるが、あまりあてにはならんな。自覚があるかは分からんが、お前はお前が思っている以上に本音が分かりにくい人間だぞ」
提督の言葉に首をかしげました。
「そうですか? 優しい人として振舞ってるつもりですが……」
「笑顔の下を今の俺は知らない。妥協案として、規律や命令で縛って手綱を握ろうとしているこれが現状だ」
「いやに、素直に話しますね」
「信頼関係も無いし、今のお前には誠意で対応するしかない。そう判断しただけだ。下手に嘘をついても逆効果だろうしな」
彼の言葉に誠意を感じました。
「納得しました。人使いがお上手ですね」
「褒め言葉として受け取っていいのか?」
「はい。私なりの誠意のつもりです」
「お前のようなやつがいると胃が痛くなるよ……」
提督がため息をつきました。
ふと、机の上の提督と神通さんが写った写真が目につきました。
「そういえば、着任した際に聞き損ねましたが提督は神通さんとご結婚されているのですか?」
「ああ、そうだな。見合い結婚だったが俺には勿体ないぐらいの相手だよ……」
提督が二人の写った写真をチラリと見ました。
「人として不器用な所もあったが、美人で仕事は完璧にできた人だった。俺と同じく子育てだけはダメだったがな……」
「お子さんがいるのですか?」
「娘が一人な……悪いが、死んだことにしてくれ」
話し方からあまり触れない方が良いと思いました。
「すまん。話が逸れたな。無駄な時間を使わせた」
「いえ、大丈夫です。私個人の意見ですが、提督は神通さんのことをよく想っています。その時点で、釣り合っていないなんてことはないと思いますよ」
「……ありがとう」
そう呟いた提督はどこか嬉しそうに見えました。
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次の日、出撃をすることになりました。前日立案した通りのメンバーでした。
出撃の際に、秋月さんと冬月さんは緊張しているように見えました。
「涼、行ってくるからね」
秋月さんはいつものように、涼月さんの一字だけを取ってそう呼びました。
「はい、秋月姉さん。絶対に帰ってきてください。お冬さんも……」
「ああ。大丈夫だ。必ず帰ってくる」
三人が今生の別れのように抱き合うのが見えました。大袈裟な気もしましたが、何が起きるか分かりませんし、三人には丁度良いのかもしれません。毎回、こんなことをされていたらたまったものではありませんが……
「秋月さん、冬月さん時間ですよ」
「はい……! すみません」
「五航戦、翔鶴、出撃します!」
これから起こることに心を踊らせながら号令をとりました。
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戦闘はあっさりしたものでした。偵察をかけてから先制攻撃をかけて深海棲艦の艦隊は壊滅状態になりました。
もう少し……
「突撃」
口角が釣り上がるのを抑えながらそう呟きました。遠くで秋月さん達が「はい!」と叫ぶのが聞こえます。そのまま意識を濁流のように押し寄せる衝動の中に投げました。
「翔鶴さん、時間だ!」
冬月さんの声で我に帰りました。提督の指示で、彼女にそう言わせると決めていたのでそのままの流れです。
高揚感の中で、体を見るといつものように全身が血塗れでした。手には生暖かい赤黒い塊が握られています。目の前のヲ級の腹部からピンク色の細長い物が外に飛び出していました。
「何をやってるんですか……?」
秋月さんが真っ青な顔で私を見つめていました。冷たい風が手に触れて少し寒く感じました。
「何って、深海棲艦を壊しているだけですよ?」
「壊してる……? 正気ですか?」
予想通りの反応にため息をつきました。
握っていた深海棲艦の内臓を海に捨ててから、立ち上がりました。
「冬月さん、提督から帰港命令が出ましたか?」
「あ、ああ……」
冬月さんが顔を青くしながらそう言いました。
「帰りましょうか。話は後で聞きます」
秋月さんと冬月さんにそう話してから鎮守府に向かいました。
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鎮守府に戻ると涼月さんが防波堤に走ってきました。
「秋月姉さん、お冬さん! 大丈夫でしたか?」
「うん……大丈夫。涼」
「大丈夫だ」
姉妹愛溢れる微笑ましい風景ですが、二人ともそれどころではなかったらしく何も言いませんでした。
「翔鶴、さん……?」
水道に向かおうとしたら涼月さんに声をかけられました。提督から話を聞いてるでしょうし、何かを察したのかもしれません。
「どうしました?」
「いえ、何も……」
涼月さんは赤く染まった制服を見ると、顔を青くして私から目を逸らしました。
「やったのか?」
冷たい水で手や艤装に着いた血を洗い流していると提督に声をかけられました。
「はい。久しぶりだったのでとてもスッキリしました」
「そうか……」
提督がため息をついて私に背を向けました。
「後で、執務室に来い。秋月が話したいことがあるらしい。冬月と涼月も同室させる」
「承知しました」
笑顔で返してから、血を落とすのを再開しました。
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「失礼します」
執務室に入ると提督と話していた秋月さんが私を睨みました。冬月さんは警戒した素振りを見せ、涼月さんは部屋の端で小さく震えていました。二人の話を聞いたのかもしれません。
私は秋月さんに対面して二メートル程離れた場所に立ちました。
「仕事はやっておく。手が出ない範囲で好きに話せ」
提督の一言が開始の合図となりました。
「翔鶴さん……貴女は何をしていたのですか?」
「深海棲艦を壊していただけですよ。何か問題でも?」
「間違ってます!」
秋月さんが叫び声をあげました。
「いくら相手が深海棲艦だからといって必要以上に攻撃するのは道理に反します。そんなことも分からないのですか?」
「人を殺す化け物相手に道理があるのですか?」
「深海棲艦ではなく、私達の問題です。必要以上の暴力はその人の心を壊します。とても危ないことなんですよ」
ありきたりの言い回しにため息をつきました。
「それの何が悪いんですか? 普段通りに生活できているなら何も問題ないと思いますが。味方は傷つけていませんし、任務も成功しています」
「普段通り……? あれが普段通りなのですか? 翔鶴さん。貴女は楽しそうに笑ってましたよ!」
「楽しむことの何が悪いのですか? 嫌なら見なければ良いと思いますが」
「今なら間に合います。すぐに考えを改めて下さい」
「申し訳ありませんが、改める気はありません。軍人として機能していれば問題ないと考えています」
「翔鶴さん! 私、貴女を救いたいんです!」
秋月さんの一言に少しイラッときました。
「助けてほしいなんて言ってませんが……」
「助けたいのは私です。翔鶴さん、分かってくれませんか?」
「相手の気持ちを少しは考えたらどうですか? 秋月さん、貴女の言葉は押し付けがましいだけですよ」
沈黙が流れました。誰も何も言いません。重い空気の中で、時間だけが過ぎていきます。
「涼、外に出よう」
「はい……」
冬月さんが今にも泣き出しそうな涼月さんを連れて執務室から外に出ました。
「押し付けがましいと思わせたのであれば申し訳ありません……」
二人が部屋から出ていった直後に秋月さんが呟きました。
「ですが、翔鶴さんのことが心配なんです。何とかしたいって思うんです」
「いい加減にしてください。秋月さん、貴女が何を信仰しようがどう思おうが勝手ですが余計なことはしないでください」
「申し訳ありませんでした……失礼します」
秋月さんが執務室を後にしました。
「落ち着いてからでいい。今後のためにも秋月に一言フォローを入れておけ。トラブルを避けるためだ」
提督がため息混じりに呟きました。
「承知しました」
いつもの笑顔を作ってそう答えました。
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「初出撃、お疲れ様でした」
秋月さんとの話が終わり、後回しにしていた艤装の整備を依頼しに行くと、整備士の人に声をかけられました。鎮守府で初めて空襲を迎撃した後に話した齋藤さんでした。
「ありがとうございます。いつも整備をしてくれている皆さんのおかげですよ」
「いえ、自分は戦えないので……前線で戦っている艦娘の皆さんの方がずっと立派だと思います」
秋月さんとの論争にうんざりしていた直後だったこともあり、彼の言葉を嬉しく感じました。
「ありがとうございます。今後もよろしくお願いしますね」
「はい! あっ、そういえば翔鶴さんの艤装が血塗れだったのですが被弾したのですか? 秋月さんと冬月さんの物には血が着いてなかったので気になって……」
「返り血ですよ」
自然と答えが出ました。
「返り血ですか?」
「はい。洗い流したつもりでしたがまだ付いていたみたいですね。申し訳ありません」
何かを察したのか彼の手から工具が落ちました。
「あっ、すみません……」
「今後もお願いしますね」
これ以上、話すと面倒なことになりそうです。笑顔で頭を下げてからその場を後にしました。
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夜になりました。
「秋月さん、昼間は言い過ぎましたね。申し訳ありませんでした」
「いえ……私もご迷惑をおかけしました」
秋月さんが頭を下げました。
「……質問してもいいですか?」
少しして秋月さんが呟きました。
「いいですよ」
「以前おっしゃった翔鶴さんが見つけた本当の自分ってもしかしてあれなんですか?」
「そうだと言ったらどうしますか?」
「まさか……」
秋月さんの顔から血の気が引きました。
「冗談です。忘れてください」
秋月さんの顔色は変わりません。誤魔化したつもりでしたが納得してくれなかったようです。
「すみません。寝る前にお祈りをしてもいいですか?」
「はい、ご自由にどうぞ」
秋月さんがお祈りをし始めました。昨日に比べ、今日の彼女は何かに必死になっているように見えました。
この日以降、秋月さん達と話す機会がめっきりと減りました。