「翔鶴さん、少しいいか?」
秋月さんとの言い合いから数日程経った頃、廊下で冬月さんに声を掛けられました。
「どうしました?」
「翔鶴さんは前線にいたと提督から聞いたが本当か?」
彼女の質問を意外に感じました。ここ数日間、提督以外の人とは仕事の話しかしませんでしたし、冬月さんに声を掛けられたのも仕事のことだと思っていました。
「ええ、本当ですよ。それがどうかしましたか?」
「頼みがある。私に戦い方を教えてくれないか?」
思いもよらぬ頼みに少し驚きました。
「提督の許可はとってますか? それと理由をお聞きしても良いですか?」
「許可は取ってある。模擬弾なら良いと言っていた……秋月姉さんはいない……な?」
「涼月さんと本島に買い出しに出ているからいませんよ。ご自由にどうぞ」
冬月さんが息を深く吸いました。
「私は神を信じていない」
「薄々気づいてました」
「そうなのか?」
冬月さんが驚いた顔をしました。
「はい、食事の祈りの時に冬月さんだけ動作がやけに手馴れてましたから。それに、祈る秋月さんを冷ややかな目で見てましたよね?」
「それは……」
沈黙が流れました。続きを待っていても時間の無駄です。
「話を戻しましょうか。冬月さんは神を信じていない。それはどうでもいいです。しかし、戦い方を教えることと、どう関係があるのですか?」
「生き延びる方法を知りたいんだ」
冬月さんが声を抑えながら呟きました。
「秋月姉さんは、死後の世界で救済されるなんて言うけど、私はそうは思えない。今生きている。それが全てだと思う。だから、この戦争を生き延びたい」
「そのために私を利用するおつもりですか?」
「……ああ。そうだ」
話の筋は通っています。ですが、普段は本音を隠す彼女がやけに素直です。話しにくいはずの質問にさえ素直だったことに違和感を感じました。
「提督の入れ知恵ですか?」
冬月さんの顔が引きつりました。
「何故それを……」
「提督が私を説得した時とやり方が同じでしたから。でも、冬月さんの本音なんですね?」
「ああ……そうだ」
まだ隠していることがある気がしましたが、今指摘する意味が無いと判断してやめました。
「誠意には誠意でお返しますが、程々にしておいてほしいと提督に伝えておいてください」
「分かった……」
「外に出ましょうか。口で言うよりも実践した方が早いです」
秋月さん達が帰ってくるまでと時間が短めだったのでその日は冬月さんのデータを取るだけで終わってしまいました。
何も進歩が無かったことに冬月さんは少し不満そうな顔をしていたので少し申し訳ないと思いました。
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「失礼します」
冬月さんのデータ収集が終わり、執務室に向かうと提督が本を読んでいました。
「何の用だ? 今日の仕事は終わったはずだぞ」
「冬月さんのことです」
提督がため息をつき、顔を上げました。
「何だ? 入れ知恵したことの抗議か?」
「それもありますが、彼女の今後のことを相談したいです」
冬月さんから集めたデータを机の上に置きました。
「提督としては何が必要だと思いますか?」
「俺の意見でいいのか?」
「私個人の意見だけだと見解が不足しますから。素人意見でも良いのでうかがいたいです」
こんな質問、本当はする必要がありません。しかし、提督がどのような判断をするのか。また、私の意見とどう違うのか。試すつもりで聞きました。
「パッと見だと命中率に難があるな。それと 集中力の持続が弱い。そんな所か?」
十分な答えだと思いました。提督はデータを見て自分の頭で考えています。
「やはり、データから読み取れるのはそんなところになりますか」
「気づいたことがあるのか?」
「私見ですし、精神論になってしまいますが……」
私の話を提督は黙って聞いていました。
「危険な兆候だな」
「そう思われますか?」
「ああ。この手の人間を何度か見たことがあるが、やらかすまで治らない。もっとも、最初のやらかしで生きているかは別の話だがな」
「いかがされますか? 実弾を使って失敗させますか?」
「いや、流石に危険すぎる。代わりにいい方法がある。と言っても荒治療になるがな」
提督からの提案は荒治療と言って良いものでした。ですが、適切なものでした。
「良いと思います。しかし、責任はどうしますか? 冬月さんが不満に思うかもしれませんよ?」
「やる前に俺の指示での訓練だと言え。何が起きても責任はとる」
「承知しました。その方向でやらせていただきますね。時間や場所はどうしますか?」
段取りはスムーズに決まり、秋月さん達にバレないように早朝ということになりました。訓練の場所は鎮守府から少し離れた無人の入り江となり、他の人にも隠す上で好都合な場所でした。
「ありがとうございました。この方針でやらせていただきますね。では、私は失礼します」
「待て」
提督の一言に足を止めました。
「気持ちは分かるが、人を試すのは程々にしておけ。やられる側としてはいい気がしない。入れ知恵をした俺も悪いがな……」
バレていたか。一瞬、口元が緩みましたがすぐにいつもの笑顔に戻しました。
「承知しました。私も今回の件はこれ以上追求する気はありませんが、提督も今後は入れ知恵をするのは避けて下さいね。私も、気持ちをもてあそばれるのは良い気がしませんから」
「ああ……分かった」
執務室を後にしました。
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二日後、朝四時の二十分前に目を覚ましました。冬月さんの演習の時間です。
「翔鶴さん……?」
準備していると物音に反応したのか秋月さんが呟きました。冬月さんとの演習がバレると面倒なことになりそうです。
「提督に呼び出されていただけです。なので秋月さんはまだ寝てても大丈夫ですよ」
「ん……分かりました……」
そのままスヤスヤと眠り出したのでホッとしました。
外は良い天気でした。日の出はまだでしたが、水平線は薄明るく照らされています。冷たい風が強く吹いていましたが心地よく感じました。
無人の入江に立って少しすると冬月さんが来ました。
「おはよう」
「おはようございます。冬月さん」
「それで、何をすればいいんだ?」
「対空の演習です。提督のご指示で訓練内容を決めました」
「対空か……」
冬月さんの顔が少し曇りました。苦手なことの自覚があるのでしょうか? 自覚があるのは良い兆候の気がしました。
「いつもは模擬弾としてペイント弾を使いますが、今回はペイント弾に混ぜてこれをつかいます」
持っていた小型の爆弾を艦載機で離れた場所に落とすと爆音と閃光が発生しました。
「フラッシュバン、いわゆる閃光弾です。直撃しても命に別状はない設計ですが、目と耳はやられます。六十分の間に最大十五回まで不定期に空襲をかけるので、対空砲火と回避運動でしのいで下さい。直撃、もしくは戦闘不能で終了とします」
「了解」
演習が始まりました。
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冬月さんの根本的な弱点、それは彼女が自分は弾に当たらないと思い込んでいることでした。無意識か意識的かは分かりませんが、提督が言ったように早急に矯正する必要があります。
提督が出した荒治療とは実際に失敗させるというものでした。手順も初めはペイント弾の艦載機で空襲をかけ、冬月さんの集中力が切れてきた頃に閃光弾を落としに行くというものでした。
「ぐあっ!」
開始から四十分ほどした頃、無線から冬月さんの声が上がりました。演習終了です。直撃ではなく、至近弾にしましたが威力は十分だったようです。
目を閉じて耳を塞ぎ苦しむ彼女をすぐに引っ張って、入り江まで連れていきました。冬月さんはそのまましばらくの間、悶えていましたが十五分程すると落ち着いたのか目を開きました。
「大丈夫ですか?」
「ああ……まだ少し目眩と耳鳴りがするが……」
「実戦なら死んでましたよ?」
「つっ……」
冬月さんが悔しそうな顔をしました。
「少し厳しい話になるかもしれませんが、よろしいですか?」
「大丈夫だ」
「自分に弾が当たることはない。そう思い込んでいませんか?」
「それは……」
少しの間、沈黙が流れました。
「……そうかもしれない」
彼女が自分の非を認めたことにホッとしました。
「今回経験したように、戦場で誰でも被弾しますし致命傷になることもあります。これからは気をつけましょうね」
「翔鶴さん……」
少しして冬月さんが呟きました。
「どうしました?」
「明日も同じ訓練をやってくれないか? 今度は絶対に避ける……」
「承知しました。提督にお伝えしておきますね。ただ、絶対というのは良くありません。当たることも含めて判断する、の方が的確でしょうか?」
「分かった……」
冬月さんとのやり取りが終わった頃に日の出が始まりました。水平線から白い光が漏れて海面で反射しています。眩しいですが綺麗な光景でした。
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この日から冬月さんの個別訓練が始まりました。毎朝早朝に訓練を行い、そのまま反省会を行います。矯正さえ終われば冬月さんの意欲は高く、早い速度で上達していきました。少しすると、普段の訓練でも他の姉妹よりも明らかに良い成績を出すようになりましたし、鎮守府が空襲を受けた時も彼女だけは冷静に対処できていました。
「翔鶴さん、すみません。少しいいですか?」
ある日、工廠で若い整備士の方から声を掛けられました。初日から付き合いのある齋藤さんです。
「どうしました?」
「最近、翔鶴さんと冬月さんの装備の消耗が激しくありませんか? 少し気になって……」
適当に話して誤魔化そうかと思いましたが、誤魔化したところでいつかはバレます。いっそのこと話してしまい、時間稼ぎをすることにしました。
「今から話すことは他の人には話さないでください」
「翔鶴さん?」
彼が不思議そうな顔をしました。
「提督の許可を取ってますが冬月さんと早朝に個別訓練をしています。消耗が多いのはそのせいです」
「なるほど……」
「秋月さんにバレると面倒なことになるので、絶対に話さないで下さい。涼月さんも、です」
「はい……分かりました……」
「よろしくお願いしますね」
これで大丈夫だろう。そう思い、彼に背を向けました。
「あっ! そういえば……」
急に彼が呟きました。
「涼月さんが冬月さんのことを心配してましたよ。朝早く起きてどこかに行ってるし、いつも疲れた顔してるって……大丈夫なんですか?」
バレかけてる。そう思いました。涼月さんは臆病で内気なイメージがありましたが意外と勘が良いのかもしれません。
「情報ありがとうございます。こちらで何とかするので気にしないで下さい」
工廠を後にしました。
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「翔鶴さん! 何やってるんですか!?」
整備士との会話から数日後、習慣になっていた朝の個別訓練をしていたら無線から涼月さんの叫ぶ声が聞こえました。
冬月さんを怪しんで後をつけていたのかもしれません。
「何って、冬月さんの個別訓練ですよ?」
「涼!」
指揮機の視界の中で冬月さんの対空砲火に混じって涼月さんらしき対空砲火も混じりました。冬月さんは模擬弾ですが、涼月さんの方は実弾です。閃光弾は派手ですし、私が冬月さんを襲っていると思われたのかもしれません。
幸いなことに艦載機に当たりませんでしたが、提督に怒られると思い、ため息をつきました。
「待て。涼、誤解だ……!」
「翔鶴さん、今すぐに攻撃を止めて下さい!」
冬月さんと一緒に直接話さないと分かってくれないみたいです。
「仕方ありませんね……」
空襲を中止してから、二人の元に向かいました。
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冬月さんが説得したのか私がついた時には涼月さんは落ち着いている様子でした。
「翔鶴さん、閃光弾だと言うのは本当ですか?」
「はい。一発だけ今からあそこに落としますね」
咄嗟に涼月さんが目を細めて耳を塞ぎました。直後に閃光と爆音が響きます。離れた場所に落としましたが、衝撃は伝わったと思います。
「見ての通り、光と音だけの模擬弾です。目や耳はやられるかもしれませんが、命中しても命に別状はありません」
「本当に申し訳ございませんでした!」
涼月さんが頭を下げました。
「頭を上げてください。謝らなくても大丈夫ですよ。私も冬月さんも秘密にしていた責任がありますし……」
誤解だったとはいえ、原因を作ったのは私達です。涼月さんに悪い気がしました。
「涼もやらないか?」
「えっ?」
涼月さんが驚いた顔をしました。
「下手に誤解するぐらいなら参加した方がいいと思うんだが……翔鶴さんはどうだ?」
「私は構いませんが涼月さんの意思がありますし、提督から許可をとらないといけませんよ?」
「お願いします」
言い終わる前に涼月さんが呟きました。涼月さんがそう言ったのは意外でした。
「私……臆病ですし翔鶴さんみたいに強いわけでもありません。でも、お冬さんに置いていかれるのが嫌なんです」
相方に置いていかれることへの恐怖。単純ですが、明確な理由でした。この子も冬月さんのように教育すればしっかりとした戦力になる。そんな気がしました。
「冬月さん。申し訳ありませんが今日の訓練はこれで終わりですね」
「ああ、仕方ないな」
「それと、涼月さん」
「はい!」
涼月さんがビクッとしました。
「提督の所に行きましょうか? 実弾を無断で使ったこともありますし、やることは多いですよ」
「いいのですか?」
「提督の返事次第です。良いと言われると思いますが……」
「ありがとうございます」
そう話した涼月さんはどこか嬉しそうに見えました。
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執務室に入ると提督が機嫌の悪そうな顔をしていました。
「何かあったみたいだな」
私と涼月さんを見た提督が呟きました。
「涼月さんが、冬月さんの個別訓練に参加したいようです」
「好きにしろ。だが、それとは別の問題があるんじゃないのか?」
「申し訳ございませんでした!」
涼月さんが頭を下げました。
「実弾を使ったな?」
「はい……お冬さんが襲われていると思ってつい……」
提督がため息をつきました。
「頭を上げろ。お前が誤解するのも無理はない。それに、翔鶴と冬月に訓練を秘密裏に許可したのは俺だ。そこまで強く言う気はない。だが、次は処罰対象だぞ」
「はい、申し訳ございませんでした」
「それと、翔鶴」
何のことだ? と思いましたが管理責任の言葉が頭をよぎりました。
「今後は誤解を招かないように見学者を作れ。お前がたまに話す整備士……齋藤とかいう苗字だったな。アイツがいいだろう。秋月は仕方ないとしても、今回のような事故を二度と起こすな」
「承知しました」
「頼むからこれ以上、頭痛の種を増やさないでくれ」
頭を抱える提督に少し申し訳ない気持ちになりました。