二週間後の朝、廊下で秋月さんに声をかけられました。
「翔鶴さん」
「どうしました?」
「すみません。涼月と冬月が何をしているのか知りませんか? 最近、毎日眠そうなので心配で……いつも早起きしてる翔鶴さんなら何か知っていると思ったのですが……」
「私は何も知りませんね」
「そうですか……」
時間の問題だと思いました。
朝早いのを秋月さんに見られてますし、整備士の齋藤さんも秋月さんから質問されることが多いみたいです。提督と話しあわなければならないと思いました。
「何とかボヤ騒ぎに抑え込みたいな」
話をすると提督が呟きました。
「どうされますか? 秋月さんに直接話しますか?」
「秋月にお前の話が通じると思うか?」
「無理ですね」
「また、頭痛の種が増えたな……」
提督がため息をつきました。
「俺の方で何とか方法を考える。それまでにバレたらその時だ。お前もできるだけ大火事にならないようにしろ」
燃えた時には火を大きくするな……そのように聞こえました。私にそんなことができると思っているのでしょうか? 提督のことですから、できないことは分かっていると思います。そうなるとこの言葉は私の善意にかけた最後の保険なのでしょうか? 念の為確認することにしました。
「燃えた時には可能な範囲で火が大きくならないように善処する。そのような意味でよろしいでしょうか?」
「ああ、そうだ。あまり期待はしてないが、できる限りのことはしろ」
「承知しました」
全然大丈夫じゃないと思ったのか彼がまた、ため息をつきました。
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提督が何を考えていたのかは知りません。ただ、時間がありませんでした。
「何やってるんですか!」
次の日、いつものように二人の訓練をしていたら陸地から怒鳴り声が聞こえました。秋月さんの声です。
私から八百メートル程離れた場所に砲弾が落ちました。実弾です。
「秋月さん待ってください! 誤解ですから……」
「邪魔しないで! 翔鶴さん、今すぐ二人への攻撃を止めて下さい! 次は当てます」
整備士の彼が止めるのも聞かずに彼女は叫びました。
十キロメートルも離れていないのにこの誤差……脅しのためにわざとかもしれませんが呆れました。当たるわけがありません。脅すならもっと近くに落とすべきです。ですが、事態が悪化するだけなので止めることにしました。
「何をしていたんですか?」
訓練を中断して向かうと、秋月さんから飛んできた第一声がこれでした。
「二人の訓練をしていただけです。何か悪いことでも?」
「嘘をつかないでください! 殺そうとしてましたよね? 信じられません……妹たちを何だと思っているのですか?」
話になりません。今の秋月さんは私が何を言ったところで信じることはないでしょう。面倒だと思いました。
「姉さん! 誤解なんだ」
冬月さんの声が聞こえました。彼女の後ろには涼月さんもいます。秋月さんが二人の方に慌てて駆け寄りました。
「二人とも、大丈夫だった?」
「大丈夫です」
「大丈夫だ。だから落ち着いてくれ」
「良かった……翔鶴さん、今回の件は司令官に報告します! ただで済むとは思わないことです!」
「お好きにどうぞ」
いい加減にしろと言いたい気持ちを抑えながらそう呟くと、秋月さんは執務室の方に走って行きました。
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「失礼します」
執務室に入ると秋月さんと提督が話をしていました。秋月さんが信じられないという顔をしていたので提督が事実を伝えたのかもしれません。
「丁度良いところに来たな。お前の口で説明しろ。それと、冬月と涼月はいるか?」
「はい、外に待機させてあります」
秋月さんが私の方を向きました。
「どうして、黙っていたんですか? 何も知らないと私に嘘をつきましたよね?」
「嘘をついたことは謝ります。ですが、本当のことを言ったところで秋月さんは信じましたか?」
秋月さんの言葉が一瞬、詰まりました。
「だからって、いくらなんでも酷くないですか!? 私に嘘ついて秘密で訓練していて……何か一言あっても良かったんじゃないですか!?」
「言ったところで秋月さんは私に任せるなんてとんでもないと判断したんじゃないですか?」
「当たり前じゃないですか! 翔鶴さんに大切な妹を任せたくありません!」
開き直りに近い態度に少しカチンときました。
「そもそも、今回の件は冬月さんから頼まれたことがきっかけなのですが……それぐらい考えていただいても……」
「黙って!」
秋月さんが怒鳴り声をあげました。
「言い訳なんて聞きたくありません! 貴女は危険です! 金輪際妹には……」
突然、ドン! と大きな音がしました。押さえ込んでいたつもりでしたが、気づけば壁に拳が当たってました。秋月さんがビクッとしました。
「おい、翔鶴……!」
「いい加減にして下さい。秋月さん。貴女は自分の立場が分かっていますか?」
いつの間にか顔に力が入っていたので一旦、いつもの笑顔に戻しました。
「今、貴女のしたことは人格の否定ですよ? それに私は冬月さんに頼まれ、提督の許可をもらった上で訓練をしています。提督承認のことに対していかがなものですか? 言いたいのであれば先に提督に言うべきです。それに、私に対して実弾を撃ちましたよね? そのことについて詫びの一つも無しですか?」
「妹達が心配だったから……」
「ここは軍隊です。妹さん達が心配なのは分かりますが、礼儀や立場というものがあります。相手を尊重するべきですし、立場に沿ったことをするべきです。貴女は士官学校の新人以下ですよ? 今、規則違反をしているのは貴女です」
「だからって……!」
「だから何ですか? 人を勝手に危険と決めつけ善意を踏みにじり、挙句の果てには命令違反をする。自分のしたことが分かっているのですか?」
「でも、神の前では……」
神に逃げようとする態度に私の中の最後の何かが切れました。
「神? 神が何だって言うんですか? 人は死ねば皆同じです。死後の世界に救済なんてありません。それに、少し歴史の勉強をしてみたらどうですか? 神の名前で多くの人が殺されてますよね? 神というのは人間が自分を正当化する為の道具です。そして秋月さん。今の貴女がしているのは、人類がしてきたそれと同じです」
一瞬の沈黙の直後に秋月さんがシクシクと泣き出しました。
「失礼する」
頃合いと思ったのか冬月さんが執務室の中に入ってきました。
「姉さん、行こう」
「ごめん……冬……ごめん……」
冬月さんは秋月さんの手を取り執務室を後にしました。
「見事に大炎上させたな」
二人が出ていった直後に提督が呟きました。
「はい、やり過ぎたと思います」
「どうする気だ? 修復不可能だぞ。切れたくなる気持ちは分かるがな」
「無責任と受け取られてしまうかもしれませんが、ひとまずは時間を置くしかありませんね。その上で考えます」
「分かってると思うがこれ以上、事態を悪くするな。それと、秋月の実弾を使った件は後で処理をする」
「承知しました」
提督と話をしていたら冬月さんが戻ってきました。
「秋月さんはどうしました?」
「涼に任せた。翔鶴さん、少し言い過ぎじゃないか?」
「言いすぎたことは認めます。ですが、神を盾にされるのは怒りたくなるものです。冬月さん、貴女なら分かりますよね?」
「それは……」
少しの間、沈黙が流れました。価値観が違う秋月さんを庇うために、言いに来たことから姉思いなのかもしれません。
「……どうして、翔鶴さんはそんなに強いんだ? 私は翔鶴さんのように姉さんに正面から逆らえない。なのに翔鶴さんは遠慮もなく……」
「冬月、お前が思ってる以上にこの女は警戒心が強いし、人を見てるぞ」
突然、私のことを話し出した提督を思わず睨みました。
「あまり余計なことを言わないでいただけますか?」
「大火事にした責任だ。それと、冬月のためだ。悪いが我慢しろ」
提督は話を続けました。
「笑顔でいるが常に人を観察している。俺を平気で試してくるし、遠回しに牽制もしてくる。相手が提督であるのにも関わらずな」
「話しすぎです」
「これ以上はお前の内面には触れん。相手を観察しているからこそ嘘に気づくし、指導する時も的確な指示が出せる。秋月を黙らせたのもその結果だろう」
前々から気づいていましたが、提督は人を見ていると思いました。その上での分析も見事と言って良いものです。口に出されるのは不快ですが……
「全てを模倣しろとは言わないが良い所は見習え。それが冬月、お前の為になる」
「人を観察した結果か……」
冬月さんが考えごとを始め、また沈黙が流れました。
「……ちなみに、翔鶴さんから見て、私はどう見えているんだ?」
「正直に言ってもよろしいですか?」
「ああ、大丈夫だ」
一瞬、本当に言うか迷いましたが冬月さんに対して感じていたことをぶつけることにしました。
「姉思いで無神論者のリアリストでしょうか? それと、恐らくですが貧困に強いコンプレックスを感じてますよね?」
冬月さんがギョッとしました。
「何故それを……」
当たっていたようです。貧困への劣等感があると考えると一つの仮説が浮かびました。
「貧困育ちで宗教嫌いのリアリストとなればたどり着くものは大体想像がつきますから。そして、ここからは私の勝手な妄想ですが、身分差問わない平等な死と解釈して、この戦争が始まったことを喜んでいたかもしれませんね」
「はは……」
急に冬月さんが笑いだしました。
「まさかそこまで言い当てられるとは思わなかった。涼にさえ、話したことがなかったのに……」
「以前お話した生きていたいというのも事実なのではないでしょうか? 死んだら元も子もありませんから」
「同意見だ。運次第で成功するタイプではあるがな」
「ははっ、そこまで分かるのか……」
心の内を明かされ、笑い続ける冬月さんが少し気の毒になりました。また、やりすぎたのかもしれません。
「お前のような目のギラついた奴は嫌いではないがな。異性として見れんが」
「異性として? まさかそれもバレてたのか?」
冬月さんはまた、驚いた顔をしました。
私は、こちらの方は気づきませんでした。私の前では提督にアプローチをかけなかったのかもしれませんが。
「あれだけ色目を使われれば嫌でも分かる。既婚者で火遊びをするのは今回を最初で最後にしておけ。取り返しのつかんことになるぞ」
「ははは……その通りだな」
「お前は見た目が良いし、若い。そのうち良い相手は見つかる。それまで辛抱しろ」
「提督を上回る相手はいないと思うがな」
「下手なお世辞はよせ。今回の件は潔く諦めろ」
「言われなくともそうさせてもらう。勝ち目がないし、私のような小娘では釣り合わないからな」
心の中を暴露されるのは冬月さんにとって最悪の経験だったかもしれません。しかし、本音を隠しがちだった彼女には良い転機となったかもしれません。
「提督、私を秘書艦にしてくれないか?」
「理由を言え」
「化け物二人から学ぶ良い機会だからだ。私はこの戦争を生き延びたい。生き延びて貧困を抜け出して幸せになりたい。そのための手段だ」
「いいだろう。だが、一つだけ約束しろ」
「何だ?」
「お前は野心家だ。野心家だからこそ人間関係を大切にしろ。恨みを買うとろくなことにならないし、本当にマズイ時に助けてくれるのは人だからな」
「ああ、その通りだな……」
冬月さんが落ち着くまでしばらく時間がかかりました。最後に一つ釘を指すことにしました。
「冬月さん、今回のことは他言無用です。誰かに話したらあなたの本音を秋月さんに話します」
「話すわけがないだろ。翔鶴さんは私の秘密を握ってる。バラされたら破滅だし、私の方からお願いしたいぐらいだ。それに、一周回ってスッキリした」
「今後もよろしくお願いしますね」
「ああ、よろしく」
そう答えた冬月さんは少し成長したように見えました。
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その日の夕方、部屋に戻ると秋月さんが布団を顔まで被って寝ていました。
「起きてますか?」
返事はありません。ですが、布団が一瞬動くのが見えました。起きている様です。
「朝は言いすぎましたね。私は秋月さんの信仰を否定する気はありません。ただ、神を使って正当化するのが嫌だっただけです」
「……否定していたくせに、よくそんなことが言えますね」
これ以上は何を言っても無駄です。秋月さんは言い訳と受け取ると思いますし、水掛け論になります。話すのをやめました。秋月さんに「黙ってないで何か言ってください」と言われましたが無視しました。