数日後、習慣となった冬月さんと涼月さんの訓練を行いました。
「お冬さん、三時の方向から来ます!」
「ああ、分かってる!」
私の艦載機に対して冬月さんと涼月さんの対空砲火が飛びました。動きも命中率も悪くありません。一ヶ月前に比べればずっと良くなっています。ただ、二人共、視界が狭くなりすぎです。
「お冬さん! 後ろから!」
「後ろから!? ぐわっ!」
「キャッ!」
閃光弾が冬月さんと涼月さんの丁度真ん中ぐらいに落ちました。航空隊を二手に分けて時間差で空襲をかけましたが、対処しきれなかったようです。
「終了ですね。秋月さん、二人をお願いします」
空襲を中止して、秋月さんに合図を送りました。
提督と秋月さんの話し合いの結果、朝の個別訓練は提督公認のものとなり、秋月さんは整備士の彼と一緒に見学者を務めることになりました。もっとも、訓練の妨害は禁止されているのと私の指揮下でしか動けないことが条件ですが。
「涼、冬、大丈夫!?」
「ああ、これくらいなら大丈夫」
「問題……ありません」
防波堤に戻ると秋月さんが二人を心配していました。冬月さんは慣れているかもしれませんが涼月さんは少し時間がかかるかもしれません。陸上に上がると一瞬、秋月さんに睨まれました。
「反省会にしましょうか。何が悪かったのか、冬月さんの意見をお願いします」
秋月さんを無視して反省会にしました。
「……前に集中しすぎたと思う。そのせいで後ろから来た機体の対処が遅れた」
「涼月さんは?」
「私は気づくのが遅すぎたと思います。もっと早く気づいていれば対処できたのに……」
「秋月さんはどう思いましたか?」
「えっ……? 私、ですか?」
質問を振られないと思っていたのか、秋月さんが意外そうな顔をしました。
「第三者の意見は貴重です。否定しませんし、自由に発言して下さい」
少しの間、沈黙が流れました。
「……二人とも、自分を卑下しすぎな気がします。冬の対空砲火の精度は悪くなかったと思いますし、涼も後ろからの奇襲にちゃんと気づけていました。なので、そこまで自分を責める必要はないと思います」
「なるほど。ありがとうございました」
三人ともしっかりとした意見です。秋月さんもただ眺めていただけの意見ではありませんでした。
「ここからは私の意見です。結論から言えば今回の件は、初見ですし、今のお二人では対処不能だったと思います。今まで二方向からの攻撃はやってきませんでしたし、仕方のないことです。その面では秋月さんが言ったように必要以上に自分を責める必要はないと思います。しかし、やれることはあったと思います」
やれること、と聞いて三人が何だろうという顔をしました。
「役割分担をするのはいかがでしょうか? 次回は精度の高い冬月さんが対空、警戒心が強い涼月さんが警戒という形をやってみましょう。それで対処できる形は増えると思います。とはいえ、限界もありますし本質的には涼月さんの意見を聞いてお二人に指示を出せる人がいれば良いのですが……」
チラリと秋月さんを見ましたが、彼女は不思議そうな顔をしていました。言葉の意味を理解できていないようです。直接言わなくても、これぐらい分かってほしいですが……
「今日はこれぐらいにしましょうか。本日はありがとうございました。冬月さんだけは後で話したいことがあるので残って下さい」
「ありがとうございました」の挨拶と共に秋月さんと涼月さんは鎮守府に向かいました。
「……秋月姉さんの訓練参加のことか?」
二人が離れたのを見計らってから、冬月さんが呟きました。話が早くて助かります。
「はい、そうですね。秋月さんは理解できてなかったようなので冬月さんが直接伝えていただけませんか? 訓練参加のことはあくまでも提案ですし、強制する必要はありません。それと、秘書艦のことも早めに話した方が良いと思いますよ」
「話さなきゃダメか?」
「今日から始まりますし、遅かれ早かれバレます。先日のような件を避けたいのであれば早めに話すべきだと思います。立候補したことも正直に、です」
「分かった……」
冬月さんが嫌そうに呟きました。
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「失礼します!」
訓練後に執務室に向かい、秘書艦任務の用意をしていると秋月さんが飛び込んできました。
「どうした? 冬月の件か?」
「はい。どうして、冬月が秘書艦をやるのですか? 一言あっても良かったんじゃないですか? 私、何も聞いてません!」
「冬月の立候補だ、聞いてないのか?」
「納得できません!」
興奮すると人の話を聞かなくなるのは相変わらずのようです。変わらない秋月さんに内心ため息をつきました。
「姉さん……」
冬月さんが申し訳なさそうな顔をして執務室の中に入ってきました。
「冬? 大丈夫? 脅されたりしてない? 冬のためなら私が……」
「話を聞いてくれ!」
冬月さんが大声をあげました。
「秘書艦に私は立候補した」
「立候補!? 何で立候補なんてしたの?」
「この戦争を生き延びたいんだ。そのために二人からもっと学びたいし、強くなりたい。それだけなんだ」
話せる事実だけを話して場をコントロールする……冬月さんらしい対応です。
「冬……」
秋月さんが黙りました。さすがに冬月さん自身の言葉となると堪えたのかもしれません。
「司令官……秘書艦は立候補なら誰でも受け入れていただけるのですか?」
少しの間の沈黙の後に秋月さんが呟きました。
「翔鶴、どうだ?」
「私は構いませんよ。仕事の邪魔をしなければ、ですが」
「私、秘書艦に立候補します」
提督がため息をつきました。
「理由は?」
「冬が心配だからです。何が起こるか分からないから、見守りたいんです」
「秘書艦の仕事はしっかりやれるか?」
「はい、やります!」
「分かった。今日からお前も冬月と同じ秘書艦だ。やり方は翔鶴から教われ」
「秋月さん、よろしくお願いしますね」
「……よろしくお願いします……」
秋月さんが言いにくそうに呟きました。
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「翔鶴さん、お疲れ様です」
その日の夕方、工廠に顔を出しに行くといつもの彼に声をかけられました。
「お疲れ様です」
「大丈夫なんですか? 秋月さんに訓練で睨まれてましたけど……」
「大丈夫……とは言えないかもしれませんね」
私の一言で状況を察したのか彼の顔が暗くなりました。
「そうですか……翔鶴さんと秋月さんってどうしてこんなに仲が悪いんですか? 二人とも悪い人には見えませんが……」
流れた沈黙に、彼がしまったという顔をしました。
「価値観の差ですよ。それと、先に一線を超えたのは秋月さんです」
笑顔で答えましたが彼には気味悪く感じられたのかもしれません。顔色が青くなりました。
「ろくなことになりませんから、秋月さんにこの質問はしない方がいいですよ。気をつけて下さいね」
「はい……」
「あっ、翔鶴さん……」
声のした方を振り向くと涼月さんがいました。
「涼月さん、お疲れ様です」
「お疲れ様です……あの……聞きたいことがあるのですがよろしいですか?」
「何ですか?」
「お冬さんが秘書艦になったと聞きました。それで……もしかして、神を信じていないと言ってましたか?」
意外な質問に少し驚きました。もっとも、私には答えられない質問ですが。
「申し訳ございませんが、その質問にはお答えできません。冬月さん、本人に聞いてみてはいかがですか?」
「お冬さんが、正直に話したのか聞きたいんです」
事実を知っているのか? という疑問が頭の中に浮かびました。
「具体的な答えを言うことはできません。ただ、涼月さんには嘘はつかないのでは?」
「私、お冬さんが神を信じていないことを知ってます。それを翔鶴さん達に話したのかを聞きたいんです」
事実を知った上での質問と聞いて、涼月さんの質問の意図を何となく察しました。冬月さんが私達を信頼しているという話でしょうか?
「提督も私も知ってますよ。これ以上はお話できませんが」
「そうですか……。お冬さんはお二人のことを信頼しているんですね……」
「軍人として、だと思いますよ」
「私……怖いんです」
涼月さんが急に震え出しました。
「姉妹がバラバラになってしまう気がして……姉妹艦の括りでしかない姉妹なんですけど、秋月姉さんもお冬さんも大好きなんです。表面上は仲の良い姉妹かもしれません。ですが……」
涼月さんが今にも泣き出しそうな顔になりました。整備士の齋藤さんはどうすれば良いのか分からずにオロオロしています。フォローすることにしました。
「今のところはバラバラになる心配はないと思いますよ」
「そうですか……?」
「はい。私と秋月さんが執務室で大喧嘩した時のことを覚えていますか?」
「はい……あの時、秋月姉さんを任されてお冬さんは執務室に戻りましたが……」
「あの時、私に言いすぎていると言いに戻ったんですよ。秋月さんを見捨てていないからできることです」
涼月さんの顔が少し明るくなりました。
「その話……本当ですか?」
「はい、提督に聞けば裏も取れると思います。秋月さんと冬月さんで、価値観の違いはあるのかもしれません。ですが、私から見れば仲の良い姉妹だと思いますよ」
「……ありがとうございます」
そう話した涼月さんはどこか嬉しそうでした。逃げるタイミングを逃した整備士の彼の方を向きました。
「分かってると思いますが、事故の原因になりますからこの件は他言無用です。誰にも……特に秋月さんには絶対に話さないで下さい」
「はい……! 了解です」
やっと開放されたと思ったのか、彼は慌てた様子で工廠の奥に走っていきました。
「あの……」
工廠を後にしようとしたら、涼月さんに声をかけられました。
「翔鶴さんは秋月姉さんとは分かり合えると思いますか……? 翔鶴さんの前ではあんな感じですが、秋月姉さんは悪い人じゃないんです」
「秋月さん次第ですね。彼女が悪い人でないことは知っています。ただ、価値観が噛み合わないだけです」
「そうですか……」
そう呟いた彼女は残念そうでした。
秋月さんが秘書艦になってから、少しすると最低限の会話はできるようになりました。もっとも、彼女が私を警戒するのは変わりませんでしたし、打ち解けることはありませんでしたが……
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秋月さんが秘書艦になってから三ヶ月後、大本営から秋月さんの姉妹の照月さんと初月さんの戦死報告が届きました。二人の戦死報告が届いたその日、秋月型姉妹の皆さんはとても悲しんでいました。秋月さんは日常の祈りを忘れるほど泣き、涼月さんは何も言えず、冬月さんすら涙を流していました。
照月さんと初月さんがどういう人なのかは分かりませんが、失ったものは大きかったようです。価値観の違いはあっても秋月型の皆さんは仲の良い姉妹のようです。改めてそう思いました。
もっとも、瑞鶴を失っても小さな寂しさしか感じなかった私には何が悲しいのか何も分かりませんでしたが……
戦死報告を聞いた次の日、鎮守府が空襲を受けました。
鎮守府への被害は軽微で済みましたが、秋月さんが被弾してしまいました。
「秋月さん、大丈夫ですか?」
「はい……」
彼女はそう言いましたが、右腕を真っ赤にしていて頭からは真っ赤な血が流れていました。命に別状はないとしてもすぐに治療が必要です。
「ドック送りですね。本日の秘書艦任務も休みにします」
「そんな、私大丈夫ですから……!」
「秋月さん。現実を見て下さい。貴女が倒れたら皆が困るんですよ。涼月さんも冬月さんも、心配します。鎮守府のためにも姉妹のためにも今は傷を治して下さい」
秋月さんが下を向きました。
「……了解しました」
「翔鶴さん、提督が呼んでる。鎮守府付近の哨戒について相談がしたいらしい」
秋月さんと話していると冬月さんの声がしました。先程、鎮守府を空襲した深海棲艦が確認されたのでしょうか?
「承知しました。冬月さん、秋月さんを頼みました」
「翔鶴さん!」
秋月さんのことを冬月さんに任せようとしたら秋月さんが声を上げました。秋月さんは緊張した様子でした。
「私も朝の訓練に参加させて下さい」
「理由をお聞きしても良いですか?」
冬月さんが秋月さんに「正直に話した方がいい」と囁くのが聞こえました。
「妹達に置いていかれるのが嫌なんです。姉として引っ張っていかないといけないのに……迷惑をかけてばかりで……それに、これ以上他の妹を失うのはもう嫌なんです」
「教えるのは私ですが、良いのですか?」
「……本当は嫌です。でも、教えてくれる人が翔鶴さんしかいませんから……」
「承知しました」
私の一言に秋月さんは少しホッとした表情を見せました。
「訓練をするのは傷が治ってからになりますが、提督から許可をとっておきますね。今は療養に専念してください」
秋月さんにそう言ってから執務室に向かいました。