次の日の朝、習慣となっている対空演習を行いました。
「秋月姉さん! 九時の方向です!」
「数が多い。冬、対処して」
「了解!」
「次は二時の方向から……!」
「私が対処する。また来たら今度は涼がお願い」
私の空襲に対して秋月型の皆さんは的確に対処しています。
秋月さんが参加して以降、動きは確実に良くなりました。臆病で視野の広い涼月さんが警戒、秋月さんが指示、冬月さんが防空と役割がしっかりまとまっています。三人いれば私の空襲に対処できる日が来るのもそう遠くはないのかもしれません。
もっとも、この指揮系統だけにこだわると、秋月さんがやられた時にダメになるので他の二人に同じ経験をさせる必要はありますが……
「何やってるの!?」
急に無線から声がしました。鎮守府の方に目を向けると、矢矧さんがこちらを睨んでいるのが見えました。
整備士の齋藤さんは矢矧さんの凄みに萎縮したのか何も言えずにオドオドしています。誰かを止めるのは苦手なようです。
「対空訓練です。使っている爆弾は閃光弾です。あそこに落としますね」
「閃光弾? キャッ!」
矢矧さんから少し離れた場所に爆弾を落としました。閃光と音に矢矧さんは怯みましたが見た目が派手なだけで彼女に傷はありませんでした。
「ご理解いただけましたか? 提督からの許可もとっています」
「申し訳ありません。お邪魔しました……」
訓練を再開しました。訓練の間、矢矧さんは黙って見ていました。せっかくですし何かをさせようと思い、反省会で発言をしてもらいました。
「翔鶴さん」
対空訓練の終わりに矢矧さんに声をかけられました。
「どうしました?」
「私も訓練に参加しても良いですか?」
「いいですよ。提督には許可をもらっておきますね」
「ありがとうございます」
翌日から矢矧さんも朝練に参加することになりました。
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その日の朝、訓練から一時間後、食堂で朝のミーティングが開かれました。
「工廠近くで煙草をポイ捨てした奴がいたらしいな」
摩耶さんが舌打ちをして冬月さんを睨みましたが、冬月さんは涼しい顔で摩耶さんの睨みを無視しました。
矢矧さんが察したのか摩耶さんをハッとした顔で見つめました。
「工廠近くは火気厳禁だ。吸うなら指定場所で吸え。それとポイ捨ては絶対にするな。火事になったら誰が責任を取るんだ?」
摩耶さんの顔が赤くなっていき、冬月さんを睨む目付きも強くなりました。冬月さんは相変わらず涼しい顔をしています。
「それと、当たり前のことだが教育役の秋月の指示に従え。秋月はお前らの上官だ。駆逐艦だからと下に見るな」
大鳳さんが秋月さんを睨み、秋月さんの顔色が青くなりました。
「当たり前のことは当たり前にしろ。それができないようなら評定に書かせてもらう。以上、解散」
提督が食堂を後にしました。少しの沈黙の後に摩耶さんが席を立ちました。
「てめぇ、チクっただろ!」
「チクった? 私が指摘しても直さなかったから提督に言ってもらっただけだろ? それの何が悪いんだ?」
「遠いんだよ! ヤニぐらい自由に吸わせろ!」
「最低限の規則は守れと私は言ったんだが。火事にする気か?」
「うるせぇ!」
「摩耶、落ち着きなさいよ……」
矢矧さんに止められ摩耶さんは「覚えてろ!」と捨てゼリフを吐いて、口を閉じました。
「上官ですか。大層なご身分ですね。秋月さん」
「はい……」
大鳳さんの皮肉に秋月さんが震えました。
「上官なのであれば、勤務実習生に教えることはできるはずですよね?」
「ちょっと大鳳、ムカつくのは分かるけど……ほら、翔鶴さんも見てるし……」
大鳳さんが私をチラリと見ました。
「執務で忙しい秘書艦のことなんてほっときなさいよ。私はこの子と話をしているの。貴女は黙ってて」
随分と甘く見られたものです。矢矧さんだけは私を見て顔を青くしてましたが……
「教育役なのであれば自分の仕事ぐらいこなして下さい。当たり前のことです」
「はい……申し訳ございませんでした」
ため息をつきました。提督の言葉が何も響いていないようです。秋月さんに同情しました。
「何ですか翔鶴さん? 何か文句でもあるんですか?」
ため息が聞こえたのか大鳳さんが私にそう言いました。
「提督の言うことを何も聞けていないと思っただけです。軍隊ですし、上官の指示には従うべきなのでは? 当たり前のことができていないと受け取られても仕方ありませんよ?」
「貴女は……!」
「まぁまぁ落ち着いて……評定に響くから」
矢矧さんの言葉に大鳳さんが舌打ちをしました。
「秋月さん、ミーティングは終わりましたし午前の業務に移って下さい。口の上手い秘書艦には言わせておきましょう」
「は、はい……」
秋月さんが新人の皆さんを連れて食堂を出ていきました。
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それから数日間、秋月さんの顔色は日に日に悪くなっていきました。私の見る限り、食欲が落ちているようでしたし、夜中に泣いているのも見かけました。
声をかけましたが私の助けは必要ないと強がります。冬月さんや涼月経由で話を聞こうとしてみましたが「大丈夫だから……」と言って、秋月さんは話を聞かないようです。
冬月さんと摩耶さんは相変わらず、毎日のように言い合いをします。小競り合いレベルのものですが、火花が飛び散ってるようにも見えます。彼女の愚痴という名前の報告を聞くことも増えました。
そんな中、事件が起こりました。勤務実習四日目の夕方、整備士の齋藤さんからの一言がきっかけでした。
「あの……翔鶴さん」
「どうしましたか?」
「翔鶴さんと提督は付き合ってるんですか?」
彼の言葉に耳を疑いました。
「どこでそんなことを聞きましたか?」
「あっ……えっと、新人の方が噂してたので……」
あの空母の仕業か……あまりの侮辱にイラッとしましたが、彼に怒りを爆発させても意味がありません。抑え込むことにしました。
「愚問です。提督は既婚者ということを考えれば答えは分かりますよね?」
「あっ……はい……」
「それに、私のような女を好きになる人がいると思いますか? 貴方なら少し考えれば分かりますよね?」
何かを察したのか彼の顔が青くなりました。
「……怒ってますか?」
「逆に怒らない理由がありますか?」
「すみません……」
「少し感情的になりすぎましたね。これ以上は提督への名誉毀損になるので、この話は終わりにします。噂が気になるのは仕方ありませんが、今後は拡散を避けつつも私に報告するようにしてください」
「はい。了解です」
込み上げてくる怒りを笑顔で抑えながら、執務室に向かいました。
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「珍しく機嫌が悪そうだな」
執務室に向かうと書類を書いていた提督が呟きました。
「工廠で、私と提督ができているという噂が流れました。実習生の方達が話していたようです」
「なんだと?」
提督の手が止まりました。流石に、神通さんを貶されるのは我慢できなかったようです。
「いい加減、介入するべきなのでは? 私としても我慢できません」
「そうだな。これ以上は無視できん。秋月から介入するか?」
「ひとまずはそこからですね。その上で噂の件の火消しをするのが良いと思います。ですが、どうしますか? 秋月さんが話を聞くとは思えませんが……」
「方法はある。詐欺まがいの方法だがな……今すぐに冬月と涼月を呼べ」
「承知しました」
一時間後、この日の勤務実習が終わり、秋月さんが執務室に呼び出されました。
「失礼します」
秋月さんが部屋に入った瞬間、涼月さんが執務室のドアを閉めました。
「涼!?」
「ごめんなさい秋月姉さん……話し合いが必要なんです」
申し訳なさそうに話す涼月さんから目を逸らして、秋月さんがこちらを向きました。
秋月さんはやつれていましたが、閉じ込められたと気づいたらしくさらに顔色が悪くなりました。
「提督、何のおつもりですか?」
「勤務実習のことで、介入の必要があると判断しただけだ」
「結構です」
秋月さんがキッパリと言いました。
「提督の助けも翔鶴さんの助けも必要ありません。私一人で十分です」
「本当にそうなのでしょうか?」
秋月さんが私を睨みました。
「何が言いたいんですか?」
「私が見る限りですが、秋月さんが平気なようには見えません。あまり眠れていないように見えますし、顔色も悪いように見えます。実習生の皆さんにも色々言われているようですし、大丈夫ですか?」
「放っておいてください! 私の仕事は私がやります。翔鶴さんの助けなんて必要ありません!」
「秋月姉さん、もういいんじゃないか?」
秋月さんが驚いた顔で冬月さんを見つめました。
「冬……?」
「本当は辛いんだろ? 姉さんが頑張ってるのはよく分かってる。陰口を言われても、ミスをして文句を言われても愚痴一つ言わずに我慢してるじゃないか。だけど、私も涼も姉さんのことが心配なんだ。倒れてしまうかもしれないって……」
「冬月……」
「誰かに助けを求めることは悪いことじゃない。姉さんだって分かっているだろ?」
なるほど、と思いました。
逃げ場を塞ぎ、孤立させてから身内と善意で同調圧力をかける……秋月さんだからこそ有効なやり方です。
たしかに、詐欺まがいですしあまり良い方法だとは思えません。しかし、時間がありませんし手段を選んでいられる余裕もありません。
「司令官……翔鶴さん……」
秋月さんの眼から一筋の涙が流れました。
「助けてください……!」
秋月さんはそのまま崩れ落ちました。
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話し合いの結果、秋月さんの補佐として冬月さんが同行することになり、秋月さんの心理的なケアは涼月さんが行うことになりました。また、噂の件もしっかりと対処することになり、ヘイト役を私が引き受けることになりました。
次の日の朝、食堂でミーティングが開かれました。
「今日から秋月に冬月を補佐として同伴させる」
大鳳さんが舌打ちをして、摩耶さんは冬月さんを睨みました。
「それと、デマを流した馬鹿がいるらしいが、次からは拡散した奴は評定に書かせてもらう。やっていいことと悪いことぐらいの区別はつけろ」
大鳳さんと摩耶さんから、明らかに強い敵意を感じました。私に向いています。そんなことをされても何も変わりませんが。
「最後に、秋月の指示は絶対だ。不満があるなら直接言いに来い。以上だ」
提督は食堂を後にしました。大鳳さんと摩耶さんの視線が私に集まります。提督が離れるのを待っていたのか、少しの間、沈黙が流れました。
「お前、チクっただろ!」
摩耶さんが怒鳴り声を上げました。
「何のことですか?」
「アイツの陰口をきいたことだよ!」
「誹謗中傷に近い噂が流れてると聞いたので、提督にお話しただけですよ? 提督もデマを流した馬鹿とおっしゃってましたが、もしかして摩耶さんのことですか?」
「こんの……!」
「摩耶、やめなさいよ」
今にも飛びかかって来そうな摩耶さんを矢矧さんが慌てて抑えました。
「やめなさい、摩耶。秘書艦は相変わらず、お忙しそうですね。守っていただけて羨ましい限りです」
相変わらずの大鳳さんにため息をつきました。
「学習しませんね」
「何が言いたいんですか?」
「先程、提督がデマを拡散したら評定に響かせるとおっしゃってましたよね? よろしいのですか?」
大鳳さんが何かを言おうとしたのを葛城さんが慌てて止めました。
「やめなよ大鳳。流石にヤバいよ」
「貴女は黙って……」
「大鳳」
矢矧さんが大鳳さんの言葉を切りました。
「翔鶴さんを庇うつもりじゃないけどこれ以上はやめた方がいいわよ。文句は提督に言いに行った方がいいんじゃないかしら?」
矢矧さんの言葉に大鳳さんは悔しそうな顔をして口を閉じました。
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「大鳳が文句を言いに来た」
昼食終わりに執務室に戻ると提督がそう話しました。
「どのような内容でしたか?」
「お前が教育役じゃないのが納得できないという話だ」
予想通りの内容に小さなため息をつきました。
「どうお答えしましたか?」
「危機管理が必要だからだ、と答えた」
「納得しているご様子でしたか?」
「そうは見えなかったな。だから、早朝の訓練を見てこいとも言っておいた。事後承認になるが、いいな?」
「ええ、見る分には構いませんよ。邪魔をしないことが条件ですが」
「そのことは言ってある。それと、最終日に鎮守府のメンバーと演習をやることも伝えておいた。このことはお前に一任する。今のうちに作戦を立てておけ」
「承知しました」
最終日の演習は秋月さんに自信をつけさせるのは良い機会かもしれません。心の中でそう思いました。
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次の日の朝の対空演習、入り江から少し離れた場所で大鳳さんがこちらを眺めているのが見えました。彼女が何を考えているのか分かりません。ただ、じっとこちらを見つめていました。彼女は対空演習が終わる頃には姿を消していました。
「翔鶴さん」
対空演習の終わりに、秋月型姉妹の皆さんが離れてから矢矧さんに声をかけられました。
「どうしました?」
「今日も対空演習に参加させていただきありがとうございました。それと……」
矢矧さんが頭を下げました。
「昨日の朝のミーティングの件、本当に申し訳ありませんでした。勤務実習生の代表としてお詫びします」
「気になさらないで下さい。矢矧さんが気にすることではありませんよ。悪いのは、あの二人ですから」
矢矧さんの顔が少し曇りました。
「……すみません。少し時間をいただいてもよろしいですか?」
「構いませんよ。どうしました?」
「大鳳は……実はあの子私の同級生なんです」
矢矧さんの話が始まりました。直感的に、どうでも良さそうな話な気がしました。
「クラスで虐められてたんです。だけど、戦争が始まって艦娘適性があり、しかも空母だと知ると舞い上がっちゃって……」
「今の大鳳さんはその時の延長ということですか?」
「はい、そうなんです。本当は怖がりな子なんです。だから……」
「だから、あまりきつく言わないでほしい。そんなところですか?」
矢矧さんがビクッとしました。
「は、はい。そうです」
内心ため息をつきました。過去がどうあれ大切なのは今です。彼女が鎮守府の空気を荒らしたことには変わりありませんし、それ相応の痛みを負うべきだと思います。ですが、そのまま言うと角が立ちます。
「検討しておきますね」
どうとでも取れる適当な言葉で返しました。良い方向に受け取ったのか矢矧さんは「ありがとうございます」と言って頭を下げました。
食堂に向かう途中、大鳳さんとすれ違いました。
「演習は負けませんから」
彼女は足を止めてそう言いました。
「楽しみにしてますね」
そう返すと大鳳さんは何も言わずに廊下の奥に早足で歩いていきました。