鎮守府が解体された後、艦娘たちの配属は様々でした。冬月さんと矢矧さんは別の準前線の鎮守府へ送られ、二人とも終戦まで生き延びたようです。私と秋月さんは前線の鎮守府に配属になりました。
二年ぶりに見た最前線の鎮守府は以前よりも傷んで見えました。修繕の跡があちこちにあり、窓ガラスの一部がダンボールで塞がれています。
古びた建物と潮の匂いを感じ、あの頃を思い出しました。
「ここで合ってるのですか?」
「そうですね。二年前はもう少し綺麗でしたが……」
艦隊が帰港したのが見えました。負傷者ばかりです。旗艦らしき艦娘は見知った顔でした。
「不知火さん、お久しぶりです」
不知火さんが顔を上げました。二年ぶりに見た彼女は少しやつれて見えました。
「翔鶴さん、お久しぶりです。挨拶はいいので手伝っていただけませんか? 司令官への挨拶はその後でいいです」
「了解です。秋月さんもお願いします」
「は、はい!」
最前線の鎮守府の初の仕事は負傷者の対応でした。最前線なだけあって、誰もが負傷者への対応に手慣れていました。大勢の負傷者を初めて見る秋月さんだけが動揺していました。
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負傷者への対応を始めてから一時間後、やっと執務室に入れました。提督も不知火さんと同じく、やつれており、顔のシワが増えていました。彼の横には不知火さんが立っています。いつの間にか秘書艦になったのでしょうか?
「秋月型一番艦、秋月です。よろしくお願いします」
「翔鶴です。提督、お久しぶりですね」
「久しぶりだな」
「お会いできて嬉しいです」
「俺は全く嬉しくないがな……前線での生活が楽しみか?」
秋月さんの顔から血の気が引きました。
「はい、楽しみです。また、深海棲艦を壊せますから」
「相変わらずだな。秘書艦はできるな?」
横目で不知火さんが提督を睨むのが見えました。
「はい、できますよ」
「明日から交代制の秘書艦任務を割り当てるから朝五時に執務室に来い。シフトはその時に話す。それと、部屋割りは翔鶴が201号室、秋月が205号室だ。それぞれ新人の艦娘を割り当ててある。お前らの方で指導しろ」
「承知しました」
提督の話が終わり、執務室を後にしました。
「秋月さん」
執務室を出た直後に声をかけました。
「は、はい!」
「食べられる時に食べて寝られる時に寝ておいた方が良いですよ。適応できないと死にますから」
「了解です……」
秋月さんにアドバイスをしてから自分の部屋に向かいました。
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指定された部屋に入ると一人の艦娘が真面目な顔で荷解きをしていました。秋月さんと同じぐらいに見えました。
「こんにちは」
声をかけると彼女はハッとした顔をして私に敬礼をしました。
「初めまして。新人の駆逐艦朝潮です。よろしくお願いします!」
「航空母艦の翔鶴です。朝潮さん、よろしくお願いしますね」
朝潮さんはしっかりとした敬礼をしていました。かなり真面目な性格なのかもしれません。昔の秋月さんを見ているみたいで、可愛らしいと思いました。
「勝手に荷物を広げてしまって申し訳ありません。翔鶴さんはどの辺を使いますか?」
「私はここに小さなタンスが置ければ十分です」
「え? これだけですか?」
朝潮さんが驚いた顔をしました。
「着替えと化粧品と艤装の置き場、それと寝床があれば十分です。朝潮さんは荷物が多いようですし、お手伝いしましょうか?」
「え? いいのですか?」
「ルームメイトとして当然のことですよ」
「ありがとうございます」
朝潮さんの私物はとても多く、本が大半でした。国防や愛国心絡み、近代史系の本の中に数冊の他国への警戒心を煽るようなタイトルの本が混ざっていました。
思想の偏りがあるのかもしれない。そんな気がしました。
「ありがとうございました。助かりました」
「いえ、お気になさらずに。時間も良いですし、お昼にしましょうか」
「はい!」
朝潮さんと共に食堂に向かいました。
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食堂には多くの艦娘がいましたが、前線らしくとても静かでした。
「お隣でもよろしいでしょうか?」
秋月さんに声をかけました。彼女は新人らしき銀髪の艦娘の前で食前の祈りを捧げていました。
「はい、大丈夫です」
秋月さんの隣に座りました。
「翔鶴さんはどうして艦娘になったのですか?」
朝潮さんの言葉に周囲の空気が冷えるのを感じました。
「自分探しでしょうか?」
「えっ、そんな理由なのですか?」
朝潮さんの顔が歪みました。
「そうですね。自分探しと本物の戦争が見たい、そんな理由だったと思います」
「本当に……そんな理由なのですか?」
「ええ、自分でもろくでもない理由だと思いますが」
「そうですか……」
朝潮さんは落胆したように見えました。
「朝潮さんはどんな理由ですか?」
「二千年の歴史を持つ祖国を守るためです!」
朝潮さんの大きな声に周囲の艦娘の視線が集まりました。本棚の本から予想していたことではありましたが、思想が強めだと思いました。もっとも動機なんてどうでもいいですし、私としてはそれがいつまで持つのかの方が気になりますが。
「ご立派な理由ですね」
「ありがとうございます」
いつもの笑顔でお世辞を言いましたが、朝潮さんは嬉しかったみたいです。私の横に座っている秋月さんだけは私から目を背けました。
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次の日は出撃となりました。輸送船団が深海棲艦の空母の攻撃を受けたのでそれを倒しに行く任務でした。旗艦は不知火さんでメンバーは私と朝潮さんと秋月さんと陽炎さん。それと、秋月さんが担当した新人の子でした。
よく晴れた日でした。気温は低く寒く感じましたが航空機を飛ばすには絶好の日でした。
「これまで通り、時間で切れば良いですか?」
出撃直前に港で不知火さんが私に尋ねました。
「はい、大丈夫です。よろしくお願いしますね」
「時間で……?」
朝潮さんが怪訝な顔をしました。
「そのうち分かりますよ」
朝潮さんに声をかけてからふと、不知火さんの復讐のことを思い出しました。
「そういえば不知火さん、目的は順調ですか?」
陽炎さんの顔色が少し悪くなりました。彼女は知っているのかもしれません。
「これから、ですね。瑞鳳が転勤してようやく秘書艦になれたので」
「瑞鳳さんはいないのですか? 久しぶりにお話したいと思いましたが……」
「瑞鳳は後方ですよ。翔鶴さんが来る少し前に転勤しました」
同期の瑞鳳さんがいないと聞いて少し残念に感じました。もっとも、彼女の場合は差別しなくとも仕事以外で関わろうとしないと思いますが。
「不知火、雑談もそれぐらいにした方がいいんじゃない?」
陽炎さんが呟きました。
「そうですね。行きましょうか」
冷たい空の下で作戦が始まりました。
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「翔鶴さん、時間ですよ」
不知火さんの声と手をパンパンと叩く音で我に返りました。
目の前には深海棲艦の空母ヲ級が横たわっています。
首がちぎれ、頭蓋が潰れ、目が飛び出しています。私の手には灰白色の塊が握られていて血で赤く染まっていました。どこを壊すかはその日によって違いますが、今回は頭部だったようです。
辺りを見回すと秋月さんが顔を背けていました。彼女の近くでは、陽炎さんが顔を真っ青にしていて、朝潮さんは愕然とし、新人の子はその場で嘔吐しています。顔色一つ変えずに私の方を向いていたのは不知火さんだけでした。
「相変わらずの暴れっぷりですね。満足しましたか?」
「はい、スッキリしました。帰港命令は出ましたか?」
「出てます。帰りますよ」
握りしめていた脳みそを捨てて立ち上がりました。風が吹き、鮮血で濡れた手が急に冷たくなった気がしました。
「ねぇ、不知火。翔鶴さんってあんな感じなの?」
帰り道で陽炎さんが不知火さんに声をかけるのが聞こえました。
「昔からそうですよ。味方には手を出しませんから見て見ぬふりをした方がいいと思います」
陽炎さんは後ろの私をチラリと見た後に前に向き直りました。
快晴で風が痛いぐらいに冷たく、硝煙と血の匂いが鼻をつきました。
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凍るように冷たい水で手を洗いました。冬場だから仕方ないとはいえ、寒いのでこの時間は嫌いです。早く鎮守府の中に入りたいと思いました。
「翔鶴さん」
後ろから声がして振り向くと朝潮さんが立っていました。
「どうしました?」
「何をしていたんですか?」
「手を洗っていただけですが」
「そうじゃありません。戦場で何をしていたのかが聞きたいんです!」
水道の水を止めました。
「深海棲艦を壊していたことですか?」
「信じられません。人としてどうかしていませんか?」
「そんなに悪いことでしょうか?」
「当たり前です! そんなことも分からないのですか!?」
「相手は深海棲艦ですよ。同情する余地はありますか?」
「同情するしないの問題ではありません。翔鶴さんの行動の問題です」
しつこいと思いました。時間の無駄ですし、早めに切り上げた方が良さそうです。
「深海棲艦を壊してはいけないという規則がありますか?」
「それは……」
朝潮さんが口をつぐみました。
「秘書艦の仕事があるので失礼しますね」
「翔鶴さん」
朝潮さんが私を呼び止めました。
「規則が許しても私は貴女の行動を絶対に認めません」
その意思はいつまで持つのでしょうか? そんな余裕があるのは今だけだと思いますが……
「お好きになさってください」
心の中の皮肉を押し殺し、執務室に向かいました。