実家に帰ったら、両親に睨まれました。「お前は誰だ?」と言われ、実名を告げたら娘ではないと言われました。戦前の私とは別人に見えたようです。無断で艦娘になったことや、連絡をしなかったことを淡々と責められ、そのまま勘当されました。
戦後の私は孤独でした。艦娘時代に金を使う暇は無く、軍人恩給があったため、貯金だけはありました。ですが、それ以外は何もありませんでした。
適当なアパートを借りて一人暮らしを始めましたが、何もすることがありませんでした。生きていくための最低限の買い物や家事だけはやって、ボーッとする日々が続きました。退屈すぎて、戦争が続いていれば良かったとすら思ったこともありました。
世間では元艦娘を差別する動きもありましたが、何も感じませんでした。SNSで暴言を見かけた時はさすがに馬鹿だとは思いましたが……
何もすることがなく、何かをする気にもなれず時間だけが過ぎていきました。
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終戦から一年以上が経った春先に転機が訪れました。買い物を終えて公園を散歩している時のことです。
公園で遊んでいる子供を見たくなり、ベンチに腰をかけました。
良い天気で暖かく、桜が満開でした。公園では子供達がドッジボールをしたり、滑り台を滑ったりして無邪気に遊んでいます。
私にもあんな頃があったのだろうか、とふと思いました。戦前の記憶はほとんど残っていません。どんな人間だったのか何をしていたのか何が好きだったのか……
改めて戦前の自分が焼け焦げていることを自覚しました。今の私は、焼け焦げて変質した戦前の私の残骸なのかもしれません。
視界の端で二人組の女性が物珍しそうに私を見ながら、ひそひそと話をしていました。子供の母親なのでしょうか? 見慣れた光景でしたが鬱陶しく感じます。
表向きは英雄と持ち上げるくせに実生活ではこの扱い……本当に人は都合の良い生き物だと思いました。
一瞬、あそこで遊んでいる子供の頭を地面に叩きつけたら、あの女性達はどんな顔をするだろうか、という妄想が浮かびましたが、すぐに想像するのをやめました。
たとえ私が社会の異物だとしても他人を傷つけて良い理由にはなりません。それぐらいの分別は持つべきです。それに、あの頃には戻れないなら今を生きていくしかありません。
部屋に戻ろうと買い物袋を持って立ち上がりました。
「あれ? もしかして……翔鶴さん、ですか?」
どこかで聞いた声がしました。声のした方に振り向くと一人の男性が立っていました。
「どなたですか?」
「鎮守府で整備士をしていた齋藤です。覚えていませんか?」
「どの鎮守府の整備士ですか?」
「秋月さん達がいた鎮守府です」
秋月さんの名前を出されてハッとしました。準前線にいた時によく話していた整備士の彼です。
「あっ、あの時の……」
「翔鶴さん、お久しぶりです」
春特有の暖かく強い風が吹き、桜の花びらが舞い上がりました。
あの鎮守府が崩壊した日以来、三年ぶりの再会でした。あの後、どうなったのでしょうか? 久しぶりに彼と話がしたいと思いました。
「ここで話すのも目立ちますし、お茶にしませんか?」
「そうですね」
彼と一緒に近くの喫茶店に入りました。
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客の少ない喫茶店でした。薄暗く、静かでどこかレトロな雰囲気でした。
端の席をとり、コーヒーと適当なケーキを注文しました。
「お変わりありませんか?」
彼に聞きました。
「何とか生きています」
「鎮守府が空襲を受けた後、齋藤さんはどこへ行ったのですか?」
「冬月さんと同じ所です。大鳳さんもいました」
矢矧さんも同じ場所だったことを思い出しました。
「向こうの戦況はどうでしたか?」
「向かった当初はそこまで厳しくなかったのですが、すぐに悪化しましたね」
大変だったのは向こうも同じだったようです。後方の鎮守府も実戦に参加させられていた時点で分かっていたことではありましたが。
「翔鶴さんはたしか、秋月さんと一緒に前線でしたよね?」
「そうですね」
「秋月さんは大丈夫だったのですか? 病院送りになったと聞いて、冬月さんがとても心配していましたが……」
「分かりませんね。戦争が終わった時は昏睡状態でしたが……」
考えてみれば涼月さんにも冬月さんにも別れた日以来、会っていません。二人が何をしているのか気になりました。
「涼月さんと冬月さんのことを何か知りませんか?」
「涼月さんは知りませんが、冬月さんは大学に行ったみたいです。ほら、ここに……」
齋藤さんが見せたLINEに、冬月さんが名門大学に合格したことが書かれていました。
「連絡先を教えていただけませんか? 久しぶりに冬月さんと話をしたいです」
「いいですよ。自分とも交換しますか?」
「せっかくですし、しておきましょうか」
冬月さんを友達登録して、挨拶をするとすぐに「久しぶり」と返信がありました。冬月さんが涼月さんと再会したことや、秋月さんがまだ昏睡状態なことを聞けました。しかし、大学の休憩時間が終わるらしく、すぐに会話を切られてしまいました。
「どうでしたか?」
私がスマホの画面を消すのを見て彼が聞きました。
「元気そうですね。安心しました」
大学生らしく、忙しいのかもしれません。ですが彼女との連絡先を交換できましたし、またお会いできるかもしれません。それに、彼女と連絡が取れたなら涼月さんや矢矧さんとも話せそうです。小さな楽しみができた気がしました。
スマホをテーブルの上に置いて、運ばれてきたコーヒーに口をつけました。苦味の強い味でした。
「そういえば、翔鶴さんは戦後何をしているのですか?」
「何もしていませんよ」
「え? どういうことですか?」
テーブルの上にカップを置きました。
「アパートに引きこもって、必要最低限のことをしているだけです。何もすることがありませんから」
「ご実家は……」
「勘当されました。両親から、娘じゃない、どうして艦娘になったのか? と散々責められました」
「何かをしようとは……」
「思いませんね。退屈な日々を過ごしています」
彼が唖然とした顔をしました。
何もせず、ただ老いて死んでいく存在。我ながらつまらない人間だと思いました。
彼がうつむき、沈黙が流れました。雑音しか聞こえません。これ以上、ここにいてもお互いにメリットがないと思い、切り上げることにしました。
「そろそろお開きにしましょうか。私が払っておきますから……」
「翔鶴さん」
彼が急に呟きました。
「……良かったら、しばらくうちに来ませんか?」
「え?」
想定外の提案に少し戸惑いました。
「嫌ならいいんです。ですが、放っておけなくて……」
「同居するという意味ですか?」
「そういうことに……なりますね」
自分が何を口走ったのか理解したらしく、彼の顔が真っ赤になりました。
答えに迷いました。このまま生きていても何も無く死ぬだけですし、何かを変えるきっかけになるかもしれません。
ですが、リスクが大きすぎます。一つ屋根の下に男女が住むのは、ろくなことにならない気がします。もっとも、齋藤さんは悪い人ではないと思いますが……
少し考えましたが結論は出ませんでした。
「すみません、変なことを……」
「考えさせてください。今晩中には答えを出します」
話を切り上げ、部屋に帰りました。
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部屋に戻り、家事を済ませると夕方になっていました。答えを出すまでは時間があります。そろそろ大学も終わったと思い、冬月さんに連絡をとることにしました。
「学校は終わりましたか?」
LINEに入れると返信がきました。
「終わった。今から大丈夫だ。涼には伝えてある」
涼と聞いて涼月さんと同居中なのかもしれないという考えが浮かびました。
「涼月さんとは同居中ですか?」
「そうだな。家賃が浮くし、秋月姉さんを見る上でその方が都合がいいからな」
なるほど、と思いました。冬月さんらしい合理的な判断です。
「涼月さんはお元気ですか?」
「元気だ。最近は料理研究をしている。中々の腕だぞ」
涼月さんらしい趣味だと思いました。涼月さんが後方に行ってからの彼女のことは何も知りませんが、冬月さんと一緒なら大丈夫そうです。
「ちなみに、翔鶴さんは何をしてるんだ?」
少しして冬月さんから返信がありました。例の件を彼女に相談してみようと思いました。
「何もしない日が続いてますが、少し変化がありました」
「正確には提案された形ですが」
「何かあったのか?」
「元整備士の齋藤さんです。冬月さんもご存知だと思います」
「同居しないか? と提案されました」
「翔鶴さんはどうする気なんだ?」
「迷ってます」
「退屈な日々が変わるかもしれませんが、男女で二人きりなのはどうかと思いまして……」
「なるほどな」
話すことがなくなり、冬月さんからの言葉を待ちました。
「受けてもいいんじゃないか?」
「そう思いますか?」
「アイツは悪い人間ではないからな。ただし、条件付きにした方がいいと思う」
条件付きと聞いて、ずっと前に不知火さんと似た話をしたことを思い出しました。
「いつでも、やめられること。生活のルールを必要に応じて追加できること」
「この辺でしょうか?」
「そうだな。もっとも、翔鶴さんなら何か起こる前に手を打つと思うが……家賃を払わない代わりに、家事ぐらいはこなしてやってもいいんじゃないか?」
「そうですね」
考えがまとまりました。
「ありがとうございました。受けてみようと思います」
齋藤さんのトークを開き、二つの条件と提案を受けることを打ち込みました。