一週間が経ちました。
共同生活は順調に回っています。齋藤さんは暗い顔をしなくなり、私も気持ちが楽になりました。
「翔鶴さん」
ある日の朝食で齋藤さんが緊張した様子で呟きました。
「どうしました?」
「今日は予定は何もありませんよね?」
本来なら冬月さんに経過報告をして同居生活を続けるか話す日ですが、話すまでもありません。冬月さんもそのことは了承済みで、冬月さんと会う必要も無くなっていました。
「はい、何もありませんが……」
「良かったらショッピングモールまで買い物に行きませんか?」
「買い物ですか……何か買いたいものがありますか?」
「翔鶴さんと行きたいと思ったので……」
ある単語が頭の中をよぎりました。
「要するにデートですか?」
彼が箸を落としました。
「あ、えっと、それは……」
「いいですよ。お付き合いしますね」
「あ、ありがとうございます……」
顔を赤くした彼がそう呟きました。
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結論から言えば、デートはあまり楽しいとは思えませんでした。ファッションには興味がありませんし、映画も恋愛物で面白くありませんでした。台所用品やお酒には興味を惹かれましたがそれだけです。私が何も感じていないことに気づいたのか時間が経つにつれて、齋藤さんも元気が無くなっていきました。
気づくと夕方になり、齋藤さんの提案でファミレスで食事をすることになりました。
「デート、どうでしたか?」
注文を頼み終わった直後に齋藤さんが呟きました。はぐらかしても意味がありませんし、正直に答えることにしました。
「正直に言うとあまり楽しいとは思えませんでしたね」
「すみません……」
彼が頭を下げました。
「気にしないでください。私の感覚が世間一般とは異なるだけですから……」
齋藤さんからの返答はありません。お互いに何も話すことがなく、沈黙が流れました。
「お酒飲みませんか?」
料理が運ばれてきた直後に彼が呟きました。
「いいですよ。ワインにでもしますか?」
「はい……」
デートから一変して酒を飲み合う時間になりました。
しばらくの間は静かに飲み合う関係が続きました。
「我ながら情けない人間ですね」
ワインを二杯ほど飲んでから彼が呟きました。
「そうですか?」
「何もできていないじゃないですか。翔鶴さんもつまらなかったんですよね?」
「それはそうですが……私の基準が変わってるだけだと思いますよ?」
相手が私ですし、仕方がないことだと思います。ですが、納得できなかったようです。齋藤さんは下を向いていますし、酒が止まりません。
何とかフォローできないかと思っていたら手元のワインが目に付きました。
「今度はショッピングモールのお酒でも見に行きませんか?」
「……お酒ですか?」
「はい。お酒は好きですし、齋藤さんも飲めますよね?」
「それはそうですが……」
「なら、次はそこを中心に回ればいいと思います。今回は失敗かもしれませんが、失敗を活かせば次は上手くいくと思いますよ」
「ありがとうございます……」
そう話した彼は少し嬉しそうでした。
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一週間後、また同じショッピングモールでデートになりました。前に提案した通り、お酒の試飲がメインとなりましたが悪くないものでした。初めは会話も少なく静かでしたが、酔いが回るにつれてお互いに会話の数が増えていきました。
共通の趣味はあまりないかもしれませんが、お酒だけは合うのかもしれません。気づくと夕方になっていました。
「最後に、もう一箇所寄りたいところがあります……いいですか?」
レストランでの夕食の後に彼が言いました。
「いいですよ」
彼に連れられ、たどり着いたのはショッピングモールから少し離れた場所にある公園でした。
小高い丘の上の公園からは街の景色が一望できました。真っ暗な夜空の下で建物の照明が宝石のように光っていました。美しい景色だと思いました。
「綺麗ですね」
「そうですね」
冷たい風が吹きました。腕時計を見ると二十時近くになっていました。そろそろ良い時間です。
「寒いですし、そろそろ帰りましょうか」
「翔鶴さん」
彼が呟きました。
「どうしました?」
「翔鶴さんは僕のことをどう思っているのですか?」
答えに悩みました。ただ、誤魔化しても仕方ありませんし正直に話すことにしました。
「一緒に過ごすのも悪くない人だとは思いますよ。ただ、異性として好きか嫌いかはよく分からないです」
「そうですか……」
彼が残念そうに呟きました。もしかすると、告白するつもりだったのかもしれません。されても困りますが。
「今日は楽しかったです。また、誘ってくださいね」
「はい……」
周囲では冷たい風が吹く音だけがしていました。
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それからも彼は度々デートに誘ってくれました。回数を重ねるごとにお互いの好みがわかるようになり、齋藤さんが失敗することも減っていきました。彼も自信がついたのか、以前よりも近い距離で声をかけてくれます。
ただ、距離は短くなっても好きになる気持ちは分からないままでした。
「翔鶴さん」
初デートから三ヶ月程したある日、夕食の時に彼が呟きました。
「どうしました?」
「すみません。明後日から研修で一週間留守にします。伝えるのが遅くなりました」
「今回は嘘じゃありませんか?」
彼の顔に動揺が浮かびました。
「本当ですよ。嘘なんてついたことありましたっけ?」
「最初の共同生活が破綻した前日の外泊は嘘だったのでは?」
「あ、あの時は……すみません」
彼がしゅんとして下を向きました。
「今回のことが嘘でないならそれで十分です。何かしておいてほしいことなどはありますか?」
「自分からは何もありませんが、翔鶴さんは大丈夫ですか? 多分、暇ですよね?」
暇になると聞いて以前のことを思い出しました。あの時は、一人暮らしをしていた時と同じぐらい暇でした。同じになることに少し不安を感じました。
「言われてみるとそうですね……」
「ナンプレとかどうですか? 帰り道のコンビニで見つけたんですが……」
彼が机の上に一冊の本を置きました。
「賞品付きですか?」
「はい。賞品はオマケみたいなものですが、暇つぶしには良いと思ったので……」
「ありがとうございます。齋藤さんも研修を頑張ってください」
ナンプレはやったことはありませんが何もやらないよりは良いかもしれません。そう思いました。
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齋藤さんが研修に行ってから五日が経ちました。
「退屈ですね」
昼頃に家事を終えてから一人で呟きました。
初めの頃はナンプレで暇つぶしができましたが、今はやる気になれません。パターンが掴めてしまいましたし、どこか心の中に穴が空いた寂しさに近い感覚があります。
何をやっても気が紛れませんし齋藤さんとLINEで話せるのは夜だけなので、やることがありません。必要な家事だけをやって夜を待つ日が続いていました。
机に座ってボーっとしていたら、昼頃にLINEに通知が入りました。
「翔鶴さん、明日空いてるか?」
冬月さんからです。
「どうしました?」
「大鳳と矢矧さんが翔鶴さんに会いたいと言ってる。いつもの喫茶店でいいか?」
思わぬ用事が入りました。
「ええ、かまいませんよ。時間はどうしますか?」
「十時でいいか?」
「はい」
明日は暇をせずにすみそうです。少しだけ楽しみになりました。