五年が経ちました。
齋藤さんとの結婚生活は続いています。告白したその年のうちに結婚式をして、結婚した次の年には子供が生まれました。可愛い男の子でした。
結婚してから齋藤さんのことは下の名前である誠一さんと呼ぶようになりました。
結婚して子供が生まれてからも誠一さんが働きに行き、私が家事をする生活は変わりませんでした。毎日、朝ごはんを作り彼を送り出し息子の世話をしながら彼の帰りを待ちます。大きな出来事はありませんでしたが、幸せな日々でした。
感情のようなものも段々と表現できるようになり、艦娘だった頃の私は過去のこと……そう思っていました。
ある冬の日のことでした。雪が積もり、大雪注意報が出ていた日だったと思います。
「行ってきます」
この日も、仕事に向かう誠一さんを息子の湊(みなと)と共に笑顔で見送りました。
「行ってらっしゃい」
「パパ、がんばって!」
誠一さんを見送った後に食器を片付け、家事をしながら湊と一緒におもちゃで遊んでいました。
十五時を回った頃、チャイムが鳴りました。
「荷物が届いてます」
玄関に向かい、ドアの覗き穴から外を見ると配達員らしき人が立っていました。
「はい! えっ?」
開けたドアを足で押さえられ、ナイフを向けられました。
「大人しくしろ!」
配達員に見えた男が低い声でそう言いました。
「は、はい……」
私が戸惑っている隙にドアの陰から二人の男が現れました。覗き穴からは見えませんでしたが、他にもいたようです。二人ともマスクとサングラスをして手にはナイフが握られています。
強盗だと気づきました。
「どけ!」
配達員に見えた男が私を押しのけて、家の中に入りました。他の二人はナイフを私に向け、家の中に侵入する一人を見ています。
「ママ、どうしたのー?」
強盗が向かう先で息子の声がします。
急に目の前が真っ赤になりました。
向けられたナイフを無視し、侵入した一人に飛びかかりました。
その後のことはあまり覚えていません。気づいた時には人だったものが二つ転がっていました。もう一人は逃げたらしく、姿がありませんでした。
一つの死体は顔が陥没するまで殴られ、目玉が飛び出していました。もう一つの死体は全身をナイフで滅多刺しにされ、内臓が外に飛び出していました。
私の手には血まみれのナイフが握られ、生暖かい返り血を全身に浴びていました。血の匂いがして、心臓がバクバクとしています。周囲は風の音しかしません。
どれぐらい時間が経ったのか分かりません。辺りは薄暗くなっていました。開いたままの玄関から雪が舞い込み、玄関に薄く積もっていました。
「ママ……」
湊の声がしました。
「湊!」
湊は部屋の隅でガタガタと震えていました。
「大丈夫!?」
「こわいよ……」
湊に怪我は無さそうです。ただ怯えています。
改めて二つの死体を見ました。艦娘だった時に何度も見た光景です。だけど、それ以前にも見たことがある気がします。なんだろうと思っていて、ハッとしました。
子供の時に見たあの光景です。
夏に雪が降る景色の中で、兄が妹を守るために化け物を切り刻み、吹き飛ばし殺していく……私の目の前の景色はあの光景そのものでした。
構図もそのままです。湊が妹で私が兄、私が湊を守るため強盗を……
「ハハハ……」
笑いが込み上げてきました。笑うしかありませんでした。
子供の時に見たあの光景は私そのものでした。私だからこそ陰惨でも美しいと感じ、惹かれただけです。
結局、あの時から何も変わりませんでした。私は私のままでした。
「翔鶴さん!?」
聞き覚えのある声がしました。誠一さんです。
「アハハ……誠一さんですか……」
「……何があったんですか?」
「見ての通りですよ。ハハハ……」
気持ちが落ち着いたのはパトカーに乗せられてからでした。
自分が何をしていたのか気づき、家族に何を見せていたのか理解しました。強盗に入られ、相手を猟奇的に殺し、その死体の前で笑っている……誠一さんと湊にそれを見られました。
背筋がゾッとしました。暖房の効いたパトカーの中でガタガタと震え、自分の異常性を怖いと思いました。
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幸いなことに逃げたもう一人はその日のうちに自首して逮捕されました。闇バイトで雇われた人間だったらしく、後に指示役も逮捕されたようです。
私自身も過剰防衛が問題視されたものの、政治的な事情もあり、不起訴で済みました。誠一さんも私を見捨てませんでした。冬月さん達との繋がりも変わらずに済みました。
ただ、この日以降湊は臆病な性格になってしまいましたが……
そして、社会は許してくれませんでした。
連日のように報道され、家にはマスコミが押しかけ、ネットでは誹謗中傷を受けました。引っ越しを繰り返しましたが、最終的に陽炎さんが作った救済団体が新しい住まいを与えてくれました。そのまま今に至ります。
事件から年数も経ち、私のことが話題になることもなくなりました。発作もあの日以降は一度も起きていません。ですが、過去と自分は変えられません。また、何かの拍子に本来の私が出てしまうのではないかと思っています。
何も知らなかったあの時の私にはもう戻れません。
私は私自身に怯えながら、今を生きています。