齋藤さんの証言が終わった。
戦争で自分の中の狂気に目覚め、それを自分なりに制御し続ける話だった。話の中で出てきた秋月さんと同じかもしれないけど、僕も彼女のことを悪人とは思えなかった。
初めは齋藤さんの笑顔を薄気味悪く感じたけど、話を聞いた後だと悲しいものに見えた。彼女にとって笑顔は人と繋がる為の唯一の方法なのかもしれない。
「ありがとうございました」
「こちらこそ、聞いて下さりありがとうございました」
齋藤さんが笑顔で頭を下げた。
「なんで、話したいと思ったの?」
高塚さん(瑞鳳さん)が呟いた。
「誰かに聞いてほしいと思ったからです。瑞鳳さんもそう思ったことは、ないのですか?」
少しの間、沈黙が流れた。
「……無かったといえば嘘になるかな」
「今の瑞鳳さんの気持ちと同じだと思います。ここから先は話しても、信じていただけるか分かりませんが……」
齋藤さんがここで言葉を一度切った。
「証言でも話した通り、私は私自身に怯えています。この場で一番私を恐れているのは私自身なんです。私には家庭がありますし、守るべきものがあります。それを私自身の手で壊すなんて考えたくもありません。もう二度と、あんなことは起こしたくないんです」
そう話した齋藤さんからは笑顔が消えていた。
「……信じるよ」
少しの沈黙の後に高塚さんが言った。
「翔鶴は隠し事はするけど、嘘はつかない。それは知ってるから」
「ありがとうございます」
齋藤さんが笑顔でそう呟いた。
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「久しぶりの再会ですし、二人で飲みにでも行きますか? 近くに二十四時間営業の居酒屋がありましたよね?」
齋藤さんが帰ってから鈴木さん(不知火さん)が呟いた。
「そうしよっか」
二人飲みと聞いて綾瀬さん(陽炎さん)がピクリと反応した。二人の飲み会に参加したいのかもしれない。そんな気がした。
「陽炎も来る?」
高塚さんの一言に綾瀬さんが驚いた顔をした。
「いいんですか?」
「都合が良ければね。車とか大丈夫?」
「あ……えっと彼氏に迎えに来てもらえれば大丈夫だと思います」
「決まりだね。君は?」
三人の話が気になるし、行きたいと思った。
「できるなら行きたいです。お金は払えませんが……」
「出してあげるからいいよ」
「ありがとうございます」
四人で駅近くの居酒屋で飲むことになった。
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(瑞鳳、五年前)
「ったく、誰だよこんなことする馬鹿は!」
テレビを見ていた私は叫び声をあげた。艦娘による殺人事件。見出しだけで嫌になるものだった。また差別される。見てられない。リモコンでテレビの電源を落とした。
家のチャイムが鳴った。玄関のドアを開けると郵便局員が緊張した顔をして私を待っていた。
「書留が届いてます」
「……名字でいいの?」
「フルネームでお願いします」
判子ならいいのにサインはなんでわざわざフルネームなの? 小さな苛立ちを感じながらサインを書いて局員に渡した。
「ありがとうございます」
逃げるように私の前を去った彼を無視して、渡された茶封筒を見た。書留速達という無駄に金のかかる郵便。送り主を見て嫌な予感がした。送り主は国だった。
今更何の用だ? と思いながら封筒を開けた。翔鶴のことで、要約すると何も話すなという内容だった。
「あの女か!」
舌打ちをしてから、紙を破いてゴミ箱に捨てた。
信じられなかった。正当防衛とはいえ、人を傷つけないと決めてた翔鶴が人を傷つけたことが。……そして何よりも翔鶴に家庭があったことが。
これから、風当たりが強くなること、そしてあの女には家庭があるのに私には無い。目の前の現実の何もかもが嫌だった。
次の日、買い物に行った時、周囲の視線がかなり気になった。ムカつくけど仕方がない。買い物も終わったし、早めに家に帰ろうとした。
「ねぇ、あの人って人殺しなの?」
声のした方を振り向いて、一瞬、握っていた買い物袋を投げつけそうになった。
視線の先で五歳ぐらいの子供が私を指差していた。
「やめなさい!」
母親らしき人が子供を引っ張っていった。あの女も同罪だ。
「クソが」
小声で呟いて家に向かった。日陰者がさらに暮らしづらくなる世の中。私は何もしてないのに。むしろ我慢してるのに……
何もかもが最悪だった。
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(現代)
「翔鶴も家庭持ちか……」
ビールを飲んでいた高塚さん(瑞鳳さん)が呟いた。
「意外でしたね」
鈴木さん(不知火さん)がそう返した。
「一番向いてなさそうだったからね。なんで持てたのかな?」
「運ではないでしょうか? 前線にいた時も何かと幸運でしたし……」
「あの女、昔からツイてるよね。あんな戦い方してたのに生き残ってるし」
「戦場で一番荒れていた艦娘でしたね。それ以外の時は大人しい人でしたが……」
二人の話は高塚さんが愚痴を話し、鈴木さんが聞き手になる形だった。高塚さんは話したがる人だったから丁度良い関係なのかもしれない。そう感じた。
「二人とも、仲が良さそうね」
綾瀬さん(陽炎さん)が僕に声をかけた。
「そうですね」
「不知火があんな風に誰かと話すのって初めて見たわ。私とはあまり話さないのに……」
綾瀬さんがため息をつき、あおるように日本酒を飲んだ。彼女は空になったグラスを置いて別の日本酒を頼んだ。
「何も進展が無いんですか?」
「無いわ。話そうとしても何も言えなくてね……」
綾瀬さんとの間に少しの間、沈黙が流れた。綾瀬さんは運ばれてきた日本酒に口をつけた。
「……いつになったら話せるのかな?」
綾瀬さんの頬を一筋の涙が伝うのが見えた。
「ごめんね。こんなこと話されても困るよね?」
「いえ、そんなことは……」
「陽炎も話したいの?」
高塚さんが呟いた。
「えっ?」
「酒入ってるし、好きに話せばいいんじゃないの? 不知火もいいでしょ?」
「私はかまいませんが……」
「決まりだね。話したいことがあるなら話しなよ」
「……ありがとうございます」
綾瀬さんが嬉しそうにそう言った。
高塚さんが綾瀬さんを助けようとしたのは意外に感じた。
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二時間が経った。
「ヤダー、瑞鳳さんそんなことしたの? それって年下へのセクハラじゃないですか」
「いいでしょ別に。私だって甘えたい時があるの。陽炎だって年下の彼氏がいるんでしょ? あまり威張れたこと言えないと思うけど」
「それはそうですけど……アハハ」
高塚さんも綾瀬さんも飲み会が終わる頃には上機嫌だった。初めのうちこそ綾瀬さんが鈴木さんと話すのがメインになっていたけど、気づくと高塚さんとの話が中心になっていた。綾瀬さんは鈴木さんとも多少は打ち解けられたと思う。
二人とも笑いながらお酒を飲んでいるけど、黒歴史まがいのことも普通に話している。
この後、どうなるのだろうか? 以前あったことを思い出して少し不安になった。
「そろそろお開きにしますよ」
一人で静かに飲んでいた鈴木さんが呟いた。
「えー、まだ飲みたいんだけど」
「瑞鳳は良いかもしれませんが、彼のことを考えてあげたらどうですか? 五時を回ってますよ?」
「うー……それなら仕方ないか」
お開きにすると聞いてホッとした。
「陽炎は私が見るので、瑞鳳はお願いします」
「僕が、ですか?」
「逆に君以外に誰が見るんですか? 家に送るだけですし、それぐらいやってください」
「はい……」
放っておくわけにもいかないし、僕以外に見る相手がいない。諦めるしかなかった。
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「ねぇ、手を繋ごうよー」
「はい……」
高塚さんの左手を掴むと彼女が寄りかかってきてドキッとした。
「高塚さん?」
「いいでしょこれぐらい? それとも嫌?」
「そういうわけじゃないですけど……」
「じゃあいいよね?」
帰り道の間、ずっと高塚さんは上機嫌だった。いつもの彼女とは違ってずっと笑っていたし、僕に絡もうとしてくる。以前のようにキスを迫られるようなことは無かったけど、緊張することには変わりなかった。
三十分ほどして、何とか彼女の家についた。遅くなると親にバレるリスクがあるから冷や汗ものだった。
「お疲れ様ー」
「じゃあ僕は帰りますから……」
「待って!」
バレる前に帰らなきゃいけないのに……少しイラッとしながらそう返した。
「聞きたいことがあるの」
「何ですか?」
「君は私のことをどう思ってるの? それだけ聞きたくて……」
答えはすぐに出た。
「気の毒な人だと思います。ですが、今の高塚さんはしつこいです」
「そっか……ごめんね」
「失礼します」
悲しそうな顔をする彼女に少し心が痛んだが、今は相手をしている暇がない。急いで家に帰った。
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家に着くと明かりがついていた。母親はもう家にいる。覚悟を決めてドアを開いた。
「ただいま」
「どこに行っていたの?」
居間にいた母親に声をかけられた。
「勉強に行ってた。寄り道したから遅くなったけど……」
「嘘ついてるでしょ?」
体がビクッとした。
「嘘なんてついて……」
「帰り道にあの元艦娘と歩いているのを見たわよ! 何やってたの?」
マズいと直感が告げた。介抱してたなんて話せるわけがない。どうすれば……
「スマホを渡しなさい」
無言でスマホを机の上に置くと取り上げられた。
「没収。休日は外出禁止。それと、門限は五時。それまでには絶対に帰ってきなさい」
学校が終わるのは十六時半。実質的に会いに行くなと言われたようなものだ。
嫌だった。取り返したかった。だけど、そんなことはできなかった。
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「また、やっちゃったな……」
夜中に目が覚めた。
相手が年下なのに、ついつい甘えてしまう。彼が拒絶しないからって、構わせてしまう。そのせいか、しつこいなんて言われてしまった。
文句を言われても仕方ないと思う。それだけのことをしているし、私が悪いのだから……
「もう一度、謝っとこう」
スマホを開いて「今日はごめん」とSMSでメッセージを送った。返事は来なかった。
「寝てるのかな……?」
時計を見ると深夜二時を回っている。寝ていても仕方ないのかもしれない。
「明日になれば、来るよね?」
スマホの電源を落とし、再び眠りについた。以前、彼が交通事故に遭った時を思い出して少し不安になったが押し殺した。
次の日になっても返事は無かった。