ぐらり。蒼の身体が倒れ込んでくる。
「あぶっ、くぅ……!」
欲望を吐き出しきった後の身体は重たかったが、出流は辛うじて蒼の身体を受け止められた。浮かせた身体を再びベッドに沈ませながら、出流は数瞬前までを遡る。
枯渇した知能指数が回復する中で思うのは、行為の快楽を上回る蒼への申し訳無さだった。
(無理、させちゃったなぁ………)
蒼が許容してくれたから。蒼が挑発してきたから。荒れ狂う衝動のままに蒼に乱暴を働いてしまった。
理性が弾け飛んだ中でも、蒼の痛ましい喘ぎ声は出流の記憶に残っている。それを自分がさせたことに、出流は自己嫌悪に胸を痛める。
もしかしたら、二人の夜に次は無いかもしれない。そう思うと余計に気持ちが落ち込んでいく。
本当はもっと穏やかな、愛を確かめ合うような体験をイメージしていたのに、あれではまるでケダモノ。
出流は内なる獣性を呪いつつも、蒼の背中をぽんぽんと叩く。事が済んだのなら、後始末はしなければならないからだ。
「アオイ、起きてアオイ」
「ゔあ、えほっ……い、イズル?」
蒼が出流の胸板を押して身体を起こす。頭を振って朧気な意識をハッキリさせると、紺色の瞳に光が灯った。
「あ、あの。その。終わった……っていうか」
「え、あ…ああ。そう、か。そう……だったっけ」
「アオイ、もしかしてショックで記憶が……」
「う、うるせえな! ちょっと頭ぼーっとしてただけだっつの!」
「……ぷっ、あははっ」
出流の腰の上で蒼が両手を振り上げながら吠える。それが疲れた身体に妙に刺さって出流は吹き出してしまった。蒼はむすっとしつつも矛を収める。
「で、どうよ感想は」
「か、感想って?」
蒼の突飛な問に出流は目を丸くする。蒼はバツが悪そうに視線を逸らした。
「だから、初めての感想だろがよ。俺とイズルの思い出……だろ」
「う、ううん……」
言われて出流は今一度振り返る。けれど、やはり思うことは変わらなかった。
「その……アオイに無理させて、ごめん。こんなことになっちゃって……」
「っ、い、良いんだよ。俺だってなんか無理やりだったし……また、次の機会にリベンジとかすりゃいいだろ」
「そ、うだね。…………ん? 次??」
「あ、あるだろ。俺達恋人なんだし。今じゃなくても、まあその……どっちかの部屋とか、ホテル、とか」
「っ………!」
出流はカッと眼を見張る。今日が最後かもしれないとすら思っていたのに、蒼は次があると言ってくれた。出流にはそれが、申し訳なくも嬉しく思えた。
「そ、そう……だね。ま、またいつかできるよね」
「当たり前だろ……っつーわけで、抜くぞ」
「あ、う、うん」
蒼は出流の腹部に手を突っ張る。出流の逸物は萎れてこそいるが、未だ蒼の中に突き刺さったままなのだ。出流が見守る中、蒼は腕に力を込めて腰を持ち上げる。
「んッ、ふぅうぅう………ッ!」
尻を持ち上げる度に腟内で雁首が擦れて、腰の裏側を中から引っかかれるような奇妙な感覚が蒼の背筋を駆け上る。肩がぶるぶると震えて、背筋をぞくぞくが奔る。膝ががくがくと笑って、少しでも気を緩めれば半分ほどまで抜けかけた逸物にまた奥まで串刺しにされてしまいそうだった。
それでもなんとか抜き切り、シーツの上に腰を落とす。あらわになった出流の肉棒の先端には、直径が野球ボール並のゴム風船がぶら下がっていた。
「うっわ。さすがに出しすぎだろ」
「あ、あんまりまじまじ見ないで……」
いそいそとゴムを外して口を縛る出流を少し眺めつつ呼吸を整えてから、蒼はベッドを降りて立ち上がる。出流は手元に下げていた視線を蒼に向けた。
「アオイ?」
「シャワー浴びてくる。全身変な汗でべとべとだよ」
「あ、言われてみれば僕も……」
言われて、出流はシャツを脱ぐ。布が汗で貼り付いてきた不快感なんて、意識すらしていなかった。
「イズル、俺が先にシャワー行くんだけど? 今脱いでもしょうがねえだろ」
「た、確かに」
「はは、一緒に入る気か?」
「そ、そうじゃないって!」
蒼にからかわれて、出流は声を大きくしつつも安堵していた。いつもどおりの雰囲気が帰ってきたように思えて。初体験を済ませた後でも、蒼とぎくしゃくしなくて済んだんだと思えて。
蒼は、ピンクのブラジャーだけを身に着けた姿で、扉に向かっていく。
無防備に、出流に背を向けて。
「………」
―――浮き上がった肩甲骨と、背中のくぼみ。
昼に蒼の背中に日焼け止めを塗った時は、綺麗だけど目のやり場に困ると思っていた。けれど今は、その後姿からは性的な魅力を強く感じる。
―――くびれから腰骨にかけてのシルエット。
『掴みやすそうだ』と、自然に思っていた。既に一度掴んでいるのもあるし、その経験を経て蒼への見方が変わっていることに、出流はこの瞬間気付いた。
―――蒼の、お尻。
白くて、柔らかそうで、すべすべしてそうで。
ふりふりと、誘っているかのように揺れている。
「―――」
出流の、心臓が跳ねる。
一度崩れた理性は、そう簡単には戻らない。一度知った蜜月の味も、そう簡単には忘れない。
出流が立て直したつもりになっていた理性は、彼が思うよりずっと。
ずっと―――脆かった。
蒼が、ドアノブに手をかける。
出流は一足で距離を詰め、蒼の空いた手を取った。
「イズル?」
蒼は振り向き、息を呑んだ。眼の前の彼氏が、見たことのない目の色をしていたから。
理性の輝きと欲望の混濁がせめぎあう、月夜の下でさざ波立つ湖面のような揺らめき。
危うく、されど美しい瞳に、蒼は視線が吸い寄せられていた。
「アオイ。その、次、リベンジすればいいって……言ったよね」
出流の意図を、蒼はすぐに察する。蒼はドアノブから放した手で頬をかいた。
「い、いやまあ言ったけど。にしたって流石に早すぎっていうか……」
「嫌なら―――ううん」
いつもの癖で蒼に譲りかけた出流。だが、出流は一度頭を振った。
「僕、まだ満足してない。アオイと、したい。………ダメ、かな」
「う」
熱が込められた出流の声が蒼の耳朶を震わせる。
握り込まれた手から、妖しい光を放つ紅い瞳から出流の気持ちが送り込まれて。
身体がもう、出流を受け入れるしかなくなっていた。
「わ、わかったよ。……そこまで言うなら、イズルが満足するまで、だからな」
「……ありがと。ごめんね、アオイ」
「そこは謝らなくて良いんだよ。……ブラ脱ぐから、後ろ向いてろ」
「あ、う、うん」
ぱっと出流が手を離して距離を取る。蒼はひとつため息を吐き、出流の背中を眺めながら最後に身に着けていた衣服であるブラジャーの肩紐を外す。
『昼の海でもイズルの胸板は見たけど、背中は見てなかったな』と思いながら。
(……背中、広いんだな)
シルエットこそゴツくは無いが、細身ながらも確かに筋肉が身に付いていて、逞しく見える。いったいいつの間に鍛えたのやら。
とっかかりを失い腰までするりと落ちた下着を脱ぎ去り、ベッド脇に放り投げた。
胸がこれ以上無くドキドキしている。眼の前のオスの身体に、身も心も惹かれて。
ふと、身体を預けたくなった。
「……イズル」
「アオ――いっ!?」
蒼が、出流の背にぴたりと身体をくっつけた。出流の脇の下に腕を通して、臍の下で手を結びながら。
蒼の胸の柔肉が、出流の背板でむにりと潰れる。二つの若い蕾が肩甲骨の下で擦れて、甘い刺激が蒼の目を瞬かせた。
「イズル」
どくん、どくん。
心臓の音が、溶け合っていく。胸から、身体が一つになっていく気さえした。
「……アオイ」
どちらともなく、理解した。
「……ベッド、いこ」
夜は―――ここからが本当の本番なのだと。