駅に移動し、明智を待つ。
心の中は嵐の前の海のようだった。
静寂の中に潜む不安が、じわじわと広がり全身を包み込む。
体の中心から冷気が放たれ、指先は微かに震えている。
『明智をすぐに探知できるように、気を張っておけよパレマクリア』
『分かっている』
パレマクリアもどこか緊張しているような雰囲気だ。
状況で言えば二手も三手もこちらが有利。
議事堂から駅まで移動する間、明智に少しの時間は与えることになったがその程度の時間では大した処置はできない。
せいぜいが、移動中の不意打ちだとか、尾行に注意するような事しかできないだろう。
時間が過ぎていく。
冬場だというのに額に汗が滲んだ。
体の中は依然として冷たい。
『来るぞ』
パレマクリアの合図に似合わせて、携帯で電話を掛けて合図を出す。
数秒後、明智の姿が見えた。
薄く笑い軽く手を振る。
優位な態度を取って、イラつかせる。
「遅かったじゃないか」
「誰のせいだと思ってるんだ」
「さあね。それで、俺に話があったんだろ」
無駄な会話を続ける。
「君は怪盗団に協力していたのか?」
「いいや、作戦は事前に知っていたが考えたのはアイツらだ。お前はちゃんと怪盗団に負けたんだよ」
「作戦を知っていたなら何故僕に話さなかった。お前も怪盗団が邪魔なんだろう」
明智の少し後ろに人が近づく。
セッティングは完了した。
やってくれ、パレマクリア。
瞬間、世界が滲む。
辺りの景色は赤黒く染まったグロテスクなものへと変貌する。
明智の服は変化し、顔には黒いフルフェイスの仮面が被せられる。
俺は明智の背後へと視線を動かす。
「やれっ!」
明智の背後から影が走り出す。
明智は弾かれたように振り向き、銃を放つ。
銃声、人が倒れる音、女の悲鳴。
一瞬、思考に飲まれ明智の動きが止まる。
パレマクリアからバックアップを受けた俺にはそれで十分だった。
明智の方は駆け出しながら、バッグからスタンガンを抜き出す。
明智との距離は、一息もしないぐらいで間合いまで縮んだ。
腹に先端を接触させ、スイッチを押す。
明智は振り返り、此方に銃口を向けたがすでに遅かった。
バチっと、弾けるような音と閃光が瞬く。
明智の体がくの字に曲がり、肉が焼けるような匂いが漂う。
銃から明智の手が離れる。
「パレマクリア」
神とは思えない触手の化け物が実体化し明智を絡めとる。
「ペルソっ、ガッ」
スタンガンを首に押し当てスイッチを押す。
明智の皮膚が焼けていく。
そのまま押し続け、意識がなくなった所で離す。
「どういうこと....」
明智の後ろで新島の茫然とした声が響いた。
そばでは芳澤が血を流し倒れている。
明智の放った弾丸は芳澤の腹部を貫き、服を赤に染め上げていた。
「ナイスショットだな、流石だよ明智」
芳澤の方へ近づく。
胸は上下している、息はあるようだ。
「せん、ぱい、なん...で...、いた...い、です」
肝臓や脾臓辺りに被弾したのだろうか、血溜まりはどんどん広がっていく。
素人目から見てももう助かりそうもない。
「どうして、こんな事を...」
新島が顔を恐怖に戦慄かせながら独り言のように問いかける。
疑問に答える必要はない。
明智に向き直り、再度スタンガンを当てる。
「ガァっ、ぐっ」
衝撃と痛みで意識を取り戻す。
いつでも、対応できるよう常にスタンガンは首に当てておく。
「くそ...が...」
「調子はどうだ明智?それにしても認知の世界ってのは凄いな、スタンガンの威力がとんでも無いことになってたぞ。新島に聞いてたがここまでとは思ってなかったよ」
「アイツは...助けなくて良いのか?お仲間...なんだろ...」
「いいや、ただの駒だ。それにしても、お前の頭が良くて助かったよ」
明智は血に沈む芳澤を一瞥する。
「メメントスに入った瞬間、お前は俺の服が変化していない事を見て、後ろに本命がいると思った。そして、振り向くと女が二人、銃は牽制で反射的に撃ったんだろうなぁ。良い腕だったよ」
明智は此方を獲物を狙う猛禽類のような目で睨んでいる。
負け惜しみに過ぎない。
「芳澤を撃った後、改めて二人を認識すると怪盗服になっていないことや新島がいること、色々な疑問が頭に浮かんだ結果、俺に対する注意が薄れた。頭がキレて、判断能力も優れたお前だから引っかかってくれた。きっと雨宮じゃあ、こう上手くは行かなかったろうさ」
「ご機嫌だな、よく喋るじゃないか」
明智は恨みがましい目をしながら吐き捨てるように言った。
「ようやく肩の荷が一つ下りるんだ、饒舌にもなるさ。それじゃあ期待に応えて終わらせるとするか、パレマクリアやってくれ」
「ようやくか、待ちくたびれたぞ」
パレマクリアは触手の一本を明智の胸付近に当てがう。
光が明智の胸から湧き出し、触手に吸収されていく。
「ガッ、グガッ、ガァッ」
明智が苦悶の声を上げる。
光が吸い込まれるたび、明智の怪盗服が剥がれ現実世界での姿が見え隠れする。
「よくやった契約者よ。これで我らが世界を支配するまで、あと一歩となった」
パレマクリアは明智を乱暴に放り出した。
数回バウンドして壁に激突する。
明智の方に近づき、持ち物を改める。
その間、頭でも打ったのか明智の反応はなく気絶しているようだった。
携帯を見つけ没収する。
これで、意識を取り戻しても明智はメメントスから逃れられない。
「じゃあ、後は片付けだけだな」
芳澤と新島の方へ向き直る。
新島は芳澤の出血を止めようと、必死で負傷部を押さえている。
「ご苦労。良い働きだったよ」
二人に指示したのは、駅に待機しておくこと、合図を出したら明智の後ろに陣取ること、メメントスに入った時に明智に向かって走ること、だ。
芳澤はメメントスに入ったことがなかったので新島を追いかけるように指示した。
両方とも明智に殺されるかと思っていたが、運良く新島は攻撃を受けなかったようだ。
「血が止まらない...、このままじゃ芳澤さんが...」
「諦めろよ」
「き、救急車を...」
新島は完全にパニックになっている。
俺が預かっている携帯を必死に自分の体をまさぐって探している。
携帯は芳澤しか持っていない。
「諦めろって」
新島の髪を掴み上げ、無理やり芳澤から引き離す。
「パレマクリア、奥まで芳澤と明智を運んでくれ」
「了解した」
上機嫌に二人の首に触手を巻きつけ引きずっていく。
「な、何を...」
「ほら、お前も歩け」
新島の背中にスタンガンを押し当てる。
しばらく歩き、シャドウが彷徨く区画に到着する。
「そろそろ良いだろ。二人を離してくれ」
パレマクリアが二人を持ち上げ、奥の方に向かって放る。
芳澤は生きているのかいないのか、動かない。
明智は意識を取り戻していたが、骨でも折れているのか立ち上がることができず、呪詛の言葉を吐きながら地面を這ってなんとか逃れようとしている。
「こ、殺すんですか...」
「お前もな」
スタンガンのスイッチを押す。
悲鳴を上げながら崩れ落ちる。
新島の悲鳴に反応し、シャドウが集まってきた。
「うそ...つき...,。おねえ...ちゃ...に、あわせて...くれるって」
新島をシャドウの方へ蹴り飛ばす。
食事を制限したためか新島の身体は驚くほど軽かった。
シャドウ達が唐突に現れた餌に喰らい付こうと蠢く。
意識のある明智と新島は必死にシャドウから逃れようとしているが、複数のシャドウから組み伏される。
悲鳴が上がる。
さらにシャドウが集まってくる。
「良いのか、あやつらにはまだ利用価値があるのではないか?」
「あるにはあるが、近くに置いているリスクの方が大きくなった。明智は言わずもがなだが、芳澤は精神的に不安定、新島は廃人化の犯人と首謀者が判明した結果、姉が仕事以外に集中できる状況になった」
芳澤はもう少し生かしておいても良かったが、言い訳出来ないレベルの怪我を負ったためしょうがない。
明智と新島の断末魔がまだ耳に残っている。
芳澤の死相が瞼の裏に焼き付いている。
丸喜の時は死に際を見ていなかったので、こうはならなかった。
罪悪感なのか、恐怖なのか判然としないがそういった感情をまだ持っている自分に安心した。
その感情を持っているならば、俺は間違えない。
人の感情を理解して、利用できる。
快楽に身をまかせて全てを台無しにすることは無い。
そう、言い聞かせる。
「帰るぞ、パレマクリア」
「ああ」
異世界から帰還し、薄明かりがさす広場に出る。
あと一歩。
雨宮一人をどうにかすれば、全てが終わる。