怪盗団と統制の神と名乗ったヤルダバオトは、問答を繰り広げる。
人間に失望し、ヤルダバオトが人間を管理することで正しい進化をさせる、対する怪盗団は人間の心や精神を信じ、神を打ち倒しこの世界を盗み出さんとす。
かくして戦いの火蓋が切られた。
ヤルダバオトの体からは二対四本の腕が生え、それぞれの腕は本、鐘、銃、剣を携えている。
それぞれ特殊な能力を持っているらしく、怪盗団を翻弄していく。
対する怪盗団はヤルダバオトの武器に攻撃を集中させ、瞬間的な火力で上回ろうとしている。
その甲斐もあってか、少しずつ拮抗へと持ち込んでいった。
「そろそろか?」
「いいや、まだ早い。いずれ怪盗団の方が息切れを起こす」
拮抗している様子の怪盗団であれば、隙が出来ていると思ったが、パレマクリアが言うにはまだまだ追い込めるらしかった。
そして、パレマクリアの予想は的中する事になる。
怪盗団は流石の勝負強さを見せていたが、ヤルダバオト本体からの渾身の一撃を防ぎきれず、大きく消耗する事になった。
怪盗団は各々、地に膝をつき肩で息をしている。
「いまだ、行くぞ」
「ああ」
パレマクリアの合図によって飛び出す。
怪盗団は消耗と目の前の敵に集中しているのもあり、取り返しのつかないタイミングになるまで俺たちに気づくことはなかった。
雨宮の首にパレマクリアの触手が巻き付き、此方の方へ一気に引き寄せられる。
「なっ!」
「蓮!」
雨宮の体は完全に拘束される。
怪盗団は俺の顔を認識すると、驚いたような混乱したような表情を浮かべ絶句する。
「なんで、副会長さんが...それに」
「そのペルソナはオクムラの時に俺たちを襲ったやつのじゃねーか!」
関わりが深かった高巻と坂本は一段と激しく反応した。
「深くは説明しないけど、ペルソナじゃないらしいよ、これ。終わらせようパレマクリア」
パレマクリアは明智にしたように雨宮の力の源を吸い取っていく。
『何かと思えば、我から逃げた負け犬か。今更、我に協力するつもりになったのか?良いだろう、一度更生の機会を与えてやる』
「嘘、だよね。そんな...」
「副会長、どうなんだよ。ソイツに騙されてんのか」
「なんとか言ったらどうだ」
ヤルダバオトの言葉を無視して怪盗団に対峙する。
「元から誰の味方でもないさ。なんなら最初から君たちの敵だよ。ご想像通り新島真を攫ったのも俺だし、奥村春と佐倉双葉を襲ったのも俺だ」
「なっ...!」
俺の告白に怪盗団達の顔色がさらに悪くなる。
絶句するもの、憤りを抑えきれないもの、困惑するもの。
全員が衝撃を受け、その場に硬直した。
「ふざけるな!」
坂本が激昂するが、雨宮の身柄を抑えてるパレマクリアを前に下手に動かないでいた。
「真は、真はどこにいるの...」
「ああ、最近まで俺の家に監禁してたんだが、君たちがシドウのパレスに行っている間に殺したよ。ついでに言うと、明智吾郎もだ」
「嘘だ!」
高巻が叫ぶ。
涙を浮かべて、詰め寄ろうとする高巻を化け猫が抑える。
「どうして...、そんな事ができるんだ...。みんな、お前の事を信用していたのに...」
喜多川が糾弾する。
「信頼してくれたのなら、俺の策は上手くハマったってわけだ。それでな、別に殺しただけじゃないんだぜ。なんだと思う?」
怪盗団が俺の無駄話に夢中になっている間に、パレマクリアが力を吸い上げる。
刻一刻と破滅の時が迫っているのを怪盗団は気付かない。
「正解はなぁ、レイプしたんだ。新島も奥村も佐倉も。何度も何度もな。泣いて許しをこうても、聞こえないフリをして。そしたら、その後は怪盗団の内情を話してもらった。随分と聞き分けが良かったぜ、三人とも良いスパイだった」
怪盗団は二の句を継げないでいる。
「新島を初めて犯したのは生徒会室だった。奥村も同じだったな、アイツ周りから浮いてるからちょっと優しくすれば、ホイホイついて来たぜ。佐倉は学園祭の日に屋上で犯したんだったかな、その時は奥村が佐倉を連れ出すのに協力してくれたよ」
「やめて...。お願いだから...」
高巻の声が悲痛に歪む。
隣で私服に戻った雨宮が、パレマクリアに放り出され転がる。
力の吸収は終わったようだ。
「ガッ、...何が、目的だ...」
雨宮の問いには答えず、怪盗団を見渡す。
裏切りと衝撃、戦意は喪失し一様に下を向いている。
「パレマクリア、やってくれ」
触手を地面に突き立てる。
『何をやっている、まさか貴様ら...』
「怪盗団相手に随分と消耗したようだな。お陰で予想よりも随分とメメントスの制御が緩くなっている」
パレマクリアは地面に刺した触手からメメントスの制御権を一時的に奪取した。
メメントスを通して丸喜の能力を発動する。
大衆の集合的無意識に直接作用させ、認知を書き換える。
大衆の認知を変えるのは一瞬で良い、それだけで流れを作れる、一番大事なのは怪盗団の認知だ。
パレマクリアは怪盗団の認知影響範囲のみを死守しようと動いた、対してヤルダバオトは世界全体を取り戻そうとする。
損耗もあり、もはや敵と見なしていない怪盗団は後回しにされ取りこぼされた。
その隙に怪盗団の認知を書き換える。
心が折れた怪盗団メンバーも、ただの常人になった雨宮にもアッサリと認知の改変は侵食した。
自分は怪盗団ではなく、本物の怪盗団は俺とパレマクリアだと。
パレマクリアからのパスを通して、メメントスと融合しかかった世界が頭の中に映し出される。
ビルに設置されている大型のモニターが点灯した。
モニターからは怪盗団を信じろ、怪盗団がなんとかしてくれる、というようなプロパガンダが流れ始める。
俺がパレマクリアに指示され、佐倉に命令していた。
『明日、渋谷の大型モニターをハックして怪盗団のプロパガンダを流せ。流すタイミングは大衆が世界の異常に気付き始めた時だ』
「行け!怪盗団!誰がなんと言おうと私は信じてるから!」
川上の声が聞こえる。
これも指示した通りだった。
『明日、世界に変化が起こる。その時は何も言わずに怪盗団を、俺を信じて欲しい。それで、周りの人を巻き込んで俺を応援してほしい。それがあればきっとなんとかなる』
大衆は流されやすく弱い。
危機的な状況で縋るものが見つかれば、簡単に流される。
川上の声と、パレマクリアが認知を書き換えた少数の人間が怪盗団を応援しようと、全てなんとかしてくれる、と流れを創り出す。
感化された人間は広がり、やがて重なり合って、一丸となる。
その声が、認知が、怪盗団に成り変わった俺たちに力を与える。
パレマクリアは大衆の願いを得て、より大きく巨大に強力に姿を変えていく。
ヤルダバオトの大義は消え去り、民衆の願いは俺たちが引き受けた。
『き、貴様ら!許さんぞ、許されるものか!我の世界を!断じて許さん!』
「我らは大衆を歪ませ、煽り、導くもの。貴様の役目は終わりだ、世界は我らが頂いていく!」
パレマクリアは触手をヤルダバオトの鏡状になっている顔面に突き刺した。
大衆の願いを、支持を失った人造の神は、怪盗団と戦っていた時と比べひどく脆かった。
パレマクリアのひと突きで、体は無惨にガラス細工のようにひび割れ砕け散って行く。
『負けたと言うのか...、大衆より生まれた...、この我が...』
ヤルダバオトが消え去り、聖杯が取り残される。
統制の神になる前の純粋な願望器だ。
「我らの勝ちだ、契約者よ。触れてみるが良い」
頭上からパレマクリアの声が響く。
言われた通りに、聖杯は手を伸ばす。
辺りは光に包まれ、気づくと渋谷へと戻ってきていた。
降り続いていた、赤い雨は止み、雲の切れ目から太陽が覗く。
地面から生えた骨も、異常に増えた水嵩も徐々に消えていく。
「本当に終わったんだな」
『ああ。だが、今は元に戻っただけだ。ここからだ、世界を支配するぞ』
それから、世界は徐々に様変わりしていった。
初めは治安の悪化。
次には、民衆の暴徒化。
終いには、人が人を支配し、全てを収奪する、それが美徳とされる世界が作り上げられていた。
パレマクリアが望んだ世界。
その中心に存在するのは、俺とパレマクリア。
支配と暴力の化身としてパレマクリアは祭り上げられ、俺はそれを体現し世に知らしめる教祖となった。
聖杯と、メメントスを通した丸喜の能力で大衆の意識は変革され、内に秘められた人間の凶暴な欲望が表面化した。
世紀末のような世界だったが、悪くなかった。
通りでは弱者が徹底的に搾取され、道端へ捨てられる。
そこに別の人間が襲い掛かり、搾取する側からされる側へと回っていく。
弱きものから奪い取り、更に強いものから奪われる。
社会性はうっちゃられ、ジャングルの掟が優先される、これが新たなルールだった。
『この世界には無駄が存在しない。支配するものと支配されるもの。虐げるものと虐げられるもの。阿呆な正義も偽善もこの世には存在しない。素晴らしい世界だ』
俺はその言葉肯定するように頷く。
心の奥底に眠る、野蛮さ、原初的な快楽、それを解放して適応できたものがこの新しい世界を生きることができる。
支配者としての俺たちと、それに従う他者から搾取し、俺たちに搾取されるもの、それが、この世の新しい秩序となった。
「さあ、行こう。もっとこの世界を完成させてやる。俺たちが本当の意味で世界の頂点に立つためにな」
『ふむ、そうだな。愚鈍なものに、適応できぬ軟弱者に、そして己が強者だと思い上がっている世間知らずに、この世界の掟を叩き込んでやろう』
この先に待つものは何かなんて分からなかった。
ただ、この世界は心地よい、それだけで良い。
これは俺が選び取った世界なのだから。
これにて完結です。
お付き合い頂きありがとうございました。
活動報告にあとがきを載せたのでよかったら見てやってください。