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川上に釣り堀へと誘われたので、市ヶ谷駅で待ち合わせをする。
試したいこともあるし、ちょうど良い。
芳澤に記憶を植え付けてから考えたことだが、植え付けた記憶は能力が解消されてもそのまま頭の中にあり続けていた。
芳澤は姉として振る舞っていたことを覚えていたし、最後のあの反応からして恋人だった時の記憶も残っているはずだ。
ならば、疑問に思わない程度の記憶を一週間おきでも一日おきでも、植え付け続けていたら、その内能力を使わずともその記憶が定着し、本人の認識や記憶を書き換える事ができるのだろうか?
それが出来るのだとしたら、制限時間があるデメリットをある程度帳消しできる。
川上とは学校に行けば会うことができるだろうし、不本意ながら距離も近い。
試すなら良い条件の相手だ。
問題はどんな記憶を植え付けるかだ。
というか、丸喜の能力は本来どこまでのことができるのだろう。
そんな事を考えていると、川上がやってきた。
「早いね、待たせちゃった?」
「いいや、少し早めに来ただけなんで」
時間は守るタイプなのである。
川上について行き、釣り堀に向かう。
この辺りは初めてきたが、千代田区だけあって高そうな住宅が並んでいる。
「悪いね、付き合わせちゃって。釣り堀なんて若い子は興味ないでしょ」
「懐かしいです。小学生の頃はよく父親に連れてきてもらってましたよ」
小学2年生くらいの時分は、まだ両親がいて同居をしており、休みの日は父親と何処かに出かけることがあった。
薄れかけている記憶だが、まだ確かに覚えていた。
「楽しめそうならよかったわ」
そう言って川上は微笑んだ。
しばらく歩くと釣り堀に到着する。
受付を済ませて、釣り場へと入る。
料金は川上持ちだ、男として格好はつかないが、今更である。
川上と隣り合い、黄色いコンテナの様な物を椅子にして座る。
「私さ、こうやって何も考えずにボーっとしてる時間が結構好きなのよね」
川上はそう言って早速魚を釣り上げる。
まあ、分からなくもない。
最近は色々と悩み事が多かったし、そういう時間も必要かもしれない。
「君は、なにしてる時が楽しい?ほら、私たちってお互いに内面の事知らないじゃない。この機会に知れたらなって思って」
川上はまた魚を釣り上げながら、少し恥ずかしそうに尋ねてくる。
なにが好きなんだろう。
あまり考えたことがなかった。
『女を犯している時であろう』
黙っとけ。
趣味も特技もそうないし、なにが楽しくて生きてるか分からない人間だ。
パッとは出てこない。
考えている間に川上はさらに魚を釣り上げる。
「さあ、なにが好きなんでしょう。自分にもよく分かりませんね。でも、先生とこうしてる時間は悪くないと思ってます」
取り敢えずお茶を濁す。
「そ、そう。なら私も誘った甲斐があるわ。わ、私も君とこうしてるの、す、好きよ」
川上は照れくさそうにしながら、魚を釣り上げる。
暫く、怒涛の勢いで魚を釣り上げる川上と歓談していると、川上の携帯が着信を知らせる音楽を鳴らし始めた。
川上は発信者の名前を確認すると、顔を歪める。
ハッとする様にこちらに視線を向けると、
「ごめん、大事な電話がかかってきちゃった。少し席外すね」
と、釣り場から離れて行った。
誰からの電話だろうか、反応からしてあまり良くない感じだが。
まあ、どうでもいいか。
待ち合わせの時に考えていたことの続きに思考を巡らす。
そもそもの話、丸喜の能力は記憶を植え付ける事なのだろうか?
芳澤は自分の事を姉と認識し、そう振る舞っていたらしいが日常生活で名前を呼ばれることだって、何かの書類に名前を書くことだってあるはずだ。その時はどうしていたのだろう。
俺の場合は、芳澤をレイプした事以外にも他の被害者の事を忘れていた。
丸喜は他に被害者がいる事を知らないはずだ。
そして、人を害すると言うことを考えるだけでも著しい不快感を得ていた覚えがある。
俺は何か思い違いをしているのではないか。
丸喜の能力は記憶を書き換えるのでは無く、何か別のモノなのか?
だとしたら、なにが考えられるだろう。
記憶だけではなくもっと大きな範囲に作用があるモノ。
洗脳?
いや、そこまで人を意のままに操れるモノではないはずだ。
洗脳より過激さを抑え、本人の自由意志を奪わない能力。
何かを思い込ませる?
洗脳より近い気がする。
芳澤のケースはまさにこれだ。自分を姉のかすみと思い込んでいた。
俺の場合はどうだ?
レイプした事を忘れていた。これは違うか。
いや、そんな人間ではないと思い込まされ、その結果レイプした事が頭から飛んでいたのか?
結論ありきで考えすぎだろうか?
『試してみれば良い、お前に逆らえぬ人間など何人もいるだろう』
確かにそうだ。
川上で試すか?
駅で考えた時もその予定だった。
というか、お前が術者なんだからなんか知らないのか?
『知らん、分かるのはなんとなくの使い方だけだ。マルキの能力はメメントスの集合的無意識に働きかけているのは確かだろう』
いや、そんなこと言われてもよく分からんが。
川上が帰ってくる。
「ごめんねー」
「いいですよ、大事な電話だったんでしょう?」
試してみるか。
なにを思い込ませるのが分かりやすいだろうか?
能力が解けた時の事も考えないといけない。
明らかに記憶が書き換わるとは別の事象でなければ違いも分からない。
そうだな、俺を裸だと思わせる事にしよう。
いきなり人が全裸になれば、何かしら反応するだろうし。
頼むぞ。
『了解した』
「先生、ちょっとこっち見てください」
「え、どうしたの?」
川上とジッと目を合わせ。
「な、なに」
川上は俺のいきなりの行動に狼狽えている。
『もう良いぞ』
「え、ちょっと!服!どうしたの!」
川上は跳ねる様に立ち上がり、自分の羽織っていた上着をかけようとしてくる。
十分反応が見れたので解除してもらう。
「いきなりどうしたんですか?先生」
「え?だって、服...が...、えっ、あれっ、着てる」
「当たり前でしょ、何言ってるんですか」
これは当たりだ。
丸喜の能力は人に何かを思い込ませる能力、ないしは、それプラス記憶を書き換える能力を持っていた。
いや、強すぎるだろ。どうなってんだ。
俺なんて人の恐怖を増幅させるだけだぞ。
まあ、その能力を持っているパレマクリアのお陰でなんとかなったんだが。
勝てたのは本当に運が良かった。
相性の差によって勝ちを拾えたのだろう。
あの能力を防げなければ、絶対に負けていた。
「なんで、裸に見えたんだろう。欲求不満なのかな、私...」
川上はなんだか落ち込んでいる。
面倒くさそうなので、餌も無くなってきたし今日はお開きにする事にした。