8/12
夜、新宿にて芳澤を待つ。
今日、全てとは言わないまでも、散々準備してきた事が実を結ぶと思うと柄にもなく気分が昂る。
同じ場所をグルグルとして、落ち着き無く待っていると、携帯から話し声が聞こえてきた。
来たか。
『それで先生、良いものとは?』
『この石です。これは富士山の山頂から取れる希少な石に、私の師匠がエネルギーを込めたとても霊験あらたかな石なんです』
富士山は岩塩が取れるのだろうか。
滅茶苦茶怪しいが芳澤は信じるのだろうか?
まあ、信じてもらわなければ困るのだが。
『これを持っているだけで、石自体がエネルギーフィールドを形成して悪い気を払って不幸を遠ざけてくれるんです』
『エネルギーフィールドですか』
電波な設定になってきたな。
大丈夫か、コレ。
『それだけじゃなくて、生命力も活性化させてくれるので疲れが早く取れたり、病気にかからなくなったり。貴方がやっている体操の成績だってこれが有ればどんどん上がりますよ』
『体操も...』
揺れている。
体操の成績は伸び悩む芳澤にとってのウィークポイントなのだろう。
伸び悩んでいる原因は俺にもある気がするが。
『成績がよくなればご両親も安心するんではないですか?』
『安心...』
そろそろ移動を始めよう。
良いタイミングで突入する。
『この石は持っている本人だけではなく、周りの人にも効果があるんです。きっと体操の成績と合わせて親孝行にもなるはずです』
『いくらするんですか?』
流石、本職の詐欺師だ。
見事に芳澤を口説き落とした。
『通常では大体百万円からが相場ですね』
『ひゃ、百万ですか!そんな大金とても...』
『安心してください、貴方に昨日随分と助けられましたから、半額の五十万円でお譲りします。特別ですよ』
脅威の五割引きだ。
百万からの五十万なら頑張れば届きそうに見えることだろう。
『半額だとしても、そんなお金なかなか』
『大丈夫ですよ。私が良いお仕事を紹介してあげます』
『仕事ですか?』
『ええ、貴方は若いし綺麗だからすぐにお客さんがついてくれますよ』
風俗の勧誘が始まった。
芳澤はどうするのだろうか。
『それって...』
『年齢のことなら心配ありませんよ、私が話を付けておきましょう。ただ寝ているだけで終わるのですから楽な仕事です。どうです?』
『私...』
芳澤はやはり難色を示しているようだ。
レイプされたとは言え、体を売りたくはないらしい。
「親孝行したいんでしょう?それに、貴方だからこの話をしているんですよ。私の信頼を裏切るんですか?」
「...」
もう通話を通さなくても、耳をすませば聞こえる距離に迫っていた。
信頼を裏切るのかと言われれば断りにくいだろう。それも相手は善意で勧誘していると思っている。
後はタイミングを見計らうだけだ。
「もし、貴方がこの話を受けてくれるのであれば先にこの石をお譲りしましょう。さあ、どうですか?」
「私...」
少し虚な目をした芳澤の手が御船の持つ石にゆっくりと伸びて行く。
迷いはあるのだろうが、取らざるを得ないと思ったのだろう。
ここだ。
伸びた芳澤の手を掴み上げる。
「なにをしているんだ?」
「え!あ、貴方には関係ありません!」
せっかく止めてやったというのに、芳澤は反発してくる。
「こいつは、御舟千早はな、とんでもない詐欺師なんだよ」
「先生になんて事を言うんですか!先生は私を...」
風俗の勧誘は芳澤の心に疑念を抱かせたのか、最後まで言い切ることはしなかった。
「さっきから貴方はなんなんですか?」
御船も乗ってくる。
それで良い。
「そうですよ。いきなり現れて!警察呼びますよ!」
「困るのはお前らの方だろうに、こんな石を売りつけて。芳澤、クレカやら口座開設の申込書類に名前を書いてないだろうな。うちの生徒にも被害者がいるんだ」
心当たりはあるだろう。
なにせ俺がそう仕向けたんだから。
「な、なんでそれを」
「名義貸しってのは詐欺や違法に得た収益の移転だったりの犯罪になんだよ。お前本当に書いたのか?ちょっとこっち来い」
芳澤の手を引いて、場を離れる。
適当なファミレスに入り、二人向かい合って席に座る。
「新宿で見かけて、何か変だと思ってつけてみれば、何をやってたんだお前は」
「...」
芳澤は死んだような顔をして俯くばかりだ。
姉が亡くなった時もこんな顔をしてたのだろうか。
「おい、俺と目も合わせられないで、警察や検察の取り調べを受けた時どうするんだ?」
「と、取り調べですか?」
少し脅してみれば、芳澤が顔をあげる。
「当たり前だ。さっき犯罪になるって言ったろ。書類に名前を書いた以外になんかあるか?」
「私は騙されていたんでしょうか?」
こちらの質問には答えず、分かりきった事を聞いてくる。
「当たり前だろ。あの石は俺も詐欺被害者から回収しているが、ソイツによれば十万で買ったってよ。手口も同じだがお前、相当ぼられたな」
机の上にホーリーストーンをポケットから取り出して置く。
「そうですよね...」
芳澤の心は完全に死んでいる。
そこが入り込むチャンスだ。
ココロのスキマをお埋め致しますってな。
「感謝しろよ。俺が来なかったら今頃お前は風俗嬢だ。それで、他には何か騙された覚えはないのか」
「いえ、書類と石だけです」
まあ、知っていたが。
今、助けてやろうじゃないか。
「書類を書いたのはいつだ?」
「昨日です。それが、なにか」
「それならまだ、郵送されてないかもしれないな。俺が取り返してきてやる」
希望を見せてやると、縋るような疑る様な眼を向けてくる。
「なんで、そんな事を」
「前に言ったように、俺とお前は共犯だ。逮捕されると俺が困るんだよ」
芳澤は少し納得がいったような顔をした。
「良いか、あれは俺が取り返してきてやるからもう勝手な事をするなよ。明後日、学校にこい。そこで渡してやる」
実際は理由をつけて渡さないつもりだ。
そうなれば、芳澤はもう俺から逃れる事はできないだろう。
「分かりました...」
「よし、今日はもう帰れ。親に疑われる様なことはするなよ」
芳澤はフラフラと生気の感じられない足取りで去って行った。
後は御船から書類を受け取るだけだ。
御船を問い詰めに行った芳澤と鉢合わせるかもしれないし、暫く時間を潰してからにしよう。
あの調子なら真っ直ぐ家に帰りそうなモノだが。
念には念を、だ。