すっかり忘れていたが、喜多川の絵が展示される場所を調べることにした。
直近のコンクールなどをチェックして行くと、喜多川祐介の名前が見つかった。
作品の名前は『欲望』らしい。
展示日は9/1からだ。
まずったな。
すぐにチェックしておくべきだった。
初日に喜多川が来ていたのなら、この計画では無理か。
間に修学旅行がある事だし。
ある程度、損切りはするべきだろう。
今日から修学旅行までに展示会場へ喜多川が現れなかった場合は、また計画を改めよう。
流石に何ヶ月も張り込んではいられない。
放課後になり、展示会場へ向かう。
喜多川が現れないにしろ会話の糸口として、絵を見ておくのは悪くはないだろう。
会場へ入り、入賞作品が展示されているコーナーへ向かう。
欲望、喜多川、欲望、喜多川と頭の中で唱えながら、しばらく作品のタイトルと作者の名前を確認していく。
よし、あった。
喜多川の作品だ。
展示されていた喜多川の作品は他と比べて大分異質なものだった。
なんなのか分からない茶色の何かが、さざなみを立てて、絵の中央で円を形成し、辺りに血飛沫のような赤い何かを飛ばしている。
なんとなく上手そうなのは分かるが、一言で言えば意味不明なものだった。
醜さとかを表したりしてるんだろうか?だが、そんなありがちなテーマで書くか?
どうだパレマクリア、なんか感じるか?
『いや、良くわからん。何も感じない』
コイツにも美術の素養はないらしい。
神にも分からないんだ、俺に分かろうはずがない。
これは本当に無駄足だったな。
この絵のどこが素晴らしかったかなど説明の仕様がない。
何にも分からんし、何も感じない。これが美術の天才であれば見た瞬間に咽び泣いたりするのだろうか。
「その絵をずっと眺めているようですが、この絵をどう思いますか?」
「特に何も。何も感じないし、なにもわか...」
後ろから声をかけられ、更には思考に没頭していたため反射的に答えながら振り向くと、そこには喜多川がいた。
しかも後ろに、雨宮もついている。
グッドシチュエーションだが、バッドコミュニケーションだ。
「なっ!」
喜多川が俺の返答に、驚いたような憤慨したような顔をして絶句する。
よほど自信があったと見える。
後ろの雨宮に目を合わすと、気不味そうに逸らされた。
きっとアイツも絵のことを理解できていないのだろう。
「や、やあ、雨宮君。久しぶりだね...」
俺も気不味くなった為、なんとか挽回しようと雨宮の知り合いであるとアピールする。
「なぜ、この絵を見て何も感じない。これは人の欲望を書き切った至高の絵」
アピールは喜多川の苦悶の声で打ち消された。
それにしても、すごい自身だな。
至高の絵と自分で言い切ったぞ。
どうここから巻き返すかと考えていると、後ろから声がかかる。
「いや、その少年の言う通りだよ。この絵は見るものに何も語りかけてこない。確かに技術は素晴らしいが中身は空っぽだ」
美術の素養がありそうな、老紳士が援護射撃を加えてきた。
お願いだから、それ以上喜多川を刺激しないでくれ。
俺はただ、喜多川と馴れ合って適当な関係を築きたかっただけなんだ。
絵なんてどうでも良いし、きっと俺はモナリザを見ようが、睡蓮を見ようが、サユリを見ようが同じ感想を浮かべるに違いない。
「作者は君かい?君も芸術家の端くれなら自分の作品に厳しい批評の目を持つべきだ」
老紳士はそう言って去っていった。
正直俺は、あの老紳士が正しいのか喜多川の感性が正しいのかよく分からん。
ただ、俺と喜多川は今後一切交わることはないのかもしれない。
「空っぽだと...?」
喜多川はさっき老紳士に指摘された点を呟きながら、絵の方へ近づいて行く。
「なぜだ、これこそ剥き出しの欲望、虚飾のない世界の真実。...いや、こうして見ると確かに、この絵には何もない。欲望の醜さを色と筆使いで説明しているだけ!欲望を書いたんじゃない。欲望に塗れた絵だ!」
喜多川は膝から崩れ落ちた。
意味が分からん。
なんなんだ、コイツは。
なんなんだ、天才って。
さっきまで至高とか言ってただろ。
「あの時の手応えはなんだっだんだ!俺は...俺は...」
目立つからそろそろ立って欲しい。
それは雨宮も同じようで、喜多川に立つように促した。
「蓮...そうだな。俺としたことが、一度の失敗でらしくなかった」
喜多川はようやく、立ち上がり俺の前へ来て頭を下げた。
「済まなかった。何も感じないという貴方の目は確かだったようだ」
「い、いえ。素人の感想ですので...」
頭を下げられても、批評にピンと来ていないのでどうにも釈然としない。
しかし、喜多川からの印象は悪くはないだろう。
ただ、俺にこの天才を扱える気はしない。
毒を忍ばすには、高巻の方が適任か。
「そういえば、そこの雨宮くんとは、お知り合いなんですか?」
「え、ええ。とある縁で世話になって、あなたも蓮と?」
怪盗団の事は流石にぼかしてきた。
これはチャンスだ。
俺が雨宮達が怪盗団であると察したことを、違和感なく相手は理解するだろう。
どこからバレたか分かりやすい方が、追求も受けにくいはずだ。
「ええ、秀尽の生徒会をやっているんです」
「なるほど、そうでしたか。なら真...新島さんとも知り合いというわけですか」
新島の名前も出してきた。
大分、脇が甘いんじゃないのか。
「そんな畏まらなくて大丈夫ですよ。新島さんとも面識があるとは、不思議な縁もあるものですね。ねえ、雨宮くん」
「ああ、全くだ」
雨宮の方は流石にこれだけでは揺れないか。
「雨宮君の方は何となく分かりますけど、新島さんとはどこで?」
さあ、どう誤魔化す?
「それは...」
「祐介、絵を描かなくても良いのか?スランプを脱するんだろ」
言い淀んだ、喜多川に雨宮が無理やり会話を切る。
「あ、ああ。確かにそうだ。よし、俺は帰ってひたすらに絵を描く。では!」
喜多川は勇足で去っていった。
乗せられやすいタイプなのか?
「さて、雨宮くん。そろそろ僕も帰る事にするよ。明日学校で、じゃあね」
「ああ...」
明日、怪盗団に敵意が無いことを証明してやり、なんなら協力を願い出るぐらいの好意を見せてやろう。
リーダーが俺に好意的であれば、俺のやっている事がバレる確率を減らせるはずだ。