運良く怪盗団たちをとらえ、正体をバラさない事を条件に奴隷労働へ従事させる約束を取り付けた俺は、どこかバツが悪い顔をした三人の前にアンケートの投票BOXを置いた。
「君達には、アンケートの結果を集計してもらう」
「アンケートって?」
「毎年恒例のゲストを学園に呼んで講演してもらうってやつのだよ」
そういうと、雨宮以外の二人はピンときたようだ。
「あー、あの、毎年しょぼいゲストが来るやつだろ」
「そうそう。誰も望んでないだろうに、恒例になっちゃったんだよね。困ったもんだよ」
どうせ一番投票を集めた人物なんて呼べやしないのだ。
大抵の場合、集計もオファーも徒労に終わることだろう。
ボックスの蓋を開け、アンケート用紙を取り出す。
全校生徒から募ったため、かなりの数があり、それを見るだけでゲンナリしてくるが、今日は強力な助っ人がいることだし幾分か気が楽だ。
「さあ、始めようか。各自適当に集計してくれ」
そう号令をかけると、各々アンケート用紙を開き、記入された名前をチェックしていく。
今年は怪盗団騒ぎがあったためか、探偵王子こと明智吾郎が人気だ。
呼べる気はしないが。
「明智吾郎...」
作業をしていると、高巻が明智の名前を呟く。
怪盗団としては気になるのだろう。
大衆はあれだけ怪盗団を持ち上げ、それに警鐘を鳴らす明智を叩いていたのに、今となっては、手のひらを返したように人気は逆転していた。
「人気だねぇ、探偵王子。これは、ぶっちぎりで一位だろうね」
「はあ!歌手とかアイドルとかじゃねえのかよ」
坂本は思わずといったふうに、椅子から立ち上がった。
「そんなに嫌いかい、明智君」
たかだか、芸能人をそこまで嫌わなくてもいいんじゃないかと思うが、何か因縁があるのだろうか。
「あったり前だろ!アケチの野郎は怪盗団の事を、悪党だの犯罪集団だの好き放題言いやがる!」
「ちょっと、竜司」
よっぽど怪盗団であることに誇りを持っているらしい。
そんなに気に食わないなら、改心でもさせてみれば良いのに。
高校生で探偵なんて胡散臭い仕事をして、更にはテレビに出るくらいだ、自己顕示欲の塊のような人間だろう。
パレスの一つや二つありそうなもんだが。
「というか、副会長はアイツや怪盗団の事どう思ってるんだよ」
坂本は少し気分を害したように、不機嫌に尋ねてくる。
雨宮と高巻も作業の手を止め、こちらに視線を向けてきた。
「明智君にはそこまで興味ないかな。強いて言うなら、頭良さげに語ってる所が鼻につくぐらいだけど」
俺は同年代で俺より優秀な人間が嫌いなのだ。
それもあって、副会長でありながら新島との仲はそこまで良くなかった。
「じゃあ、怪盗団は?」
坂本は俺が明智に対して、否定的な意見を言ったため少し溜飲が下がったのか、先ほどよりも幾分か穏やかな口調で先を促してきた。
「完全な善とは思ってない。けど、まあ、時にはそんな存在も必要なんだろう、とも思ってるよ」
「完全な善じゃないっていうのは、やっぱり、人の心を勝手に変えるってトコ?」
高巻は何か思う所でもあるのか、改めて問いを投げてくる。
「そうだね、人の人格を勝手に変えるのは一般的に見て良くない行いだろうしね。でも、それによって救われた人達がいるのも事実だ。きっと今、時代が変化していく上で、清濁合わせ呑む、揺るぎない信念を持った、君達のようなトリックスターが必要とされたのさ」
「必要とされた...」
高巻は俺の解答に、何か引っ掛かることがあったのか、呟くように俺の言葉を繰り返した。
困難な状況に陥って、何かの思い悩むことが多いのだろう。
「さあ、休憩は終わりだ。後少しだし、さっさと終わらせよう」
それから一時間がすぎる頃には、全ての集計が終わり、誰が一番生徒に望まれているかの全貌が露わになった。
やはり、トップは探偵王子明智吾郎、ついで怪盗団だ。
「明智くんねぇ。彼どこかの事務所に所属してるんだっけ」
連絡が取れなければオファーのしようもない。
どうせ無理だろうが、ここまで圧勝だとやるだけやりましたっていう姿勢を見せなければならない。
「マジで、アケチの野郎を呼ぶつもりかよ」
「どうせ無理だろうけどね。そういえば忘れがちだけど、彼も高校生だし、誰か連絡先知ってたりしない?」
冗談混じりで聞いてみる。
高巻なんかはモデルやってるらしいし、ツテとかないだろうか。
「知らないな」
「私も、どこの高校かも知らないし」
雨宮が少し目を逸らした気がするが、まあ、気のせいだろう。
高巻にも心当たり無しか、しょうがない。
「だよなぁ。まあ、いいや。今日はありがとう、助かったよ。僕は片付けをしていくから、もう帰っていいよ。お疲れ」
怪盗団の面々は、伸びをしたり、欠伸をしたりと思い思いの方法で体をほぐした後、生徒会室を出ていった。
俺もさっさと片付けて帰るか。
そう思いながら、作業をしていると、不意に生徒会室の扉が空いた。
「副会長さん、少し相談しても良いですか?」
そこには、気不味そうな顔で笑う高巻が立っていた。
相談?そんなこと怪盗団のメンバーにすれば良いだろうに。
何かの罠か。俺の正体に勘付かれたとか。
それなら複数で来るか?
「ああ、良いよ。適当にかけて」
頭を働かせながら、高巻を座らせ、俺もその正面に腰を下ろす。
「相談っていうのは何かな?」
「怪盗団のことで...。さっき雑談の中で、怪盗団は必要とされたって言いましたよね」
高巻は顔を俯かせ、深刻そうな表情を作っている。
「ああ、言ったね」
「私達が、必要とされてるのなら、望まれているのなら、何故こんなにも敵が多いんですか。世間からバッシングを受けるんですか...私達のやってきた事は間違いだったんでしょうか...」
仲間の失踪、敵の出現、世間からのバッシング、今までやってきたことは敵の手のひらの上ではないのか、という不安。これらが重なって相当気を揉んでいるらしい。
どうしたものか。
鎖は、一番脆い部分から破断する。
コイツの心を完全に折れば、遠からず怪盗団は崩壊するだろう。
そして、今のコイツを見る限り、折ることはそう難しくはない。
しかし今は、黒い仮面の男がいる。
どうするのが俺の利益になる。
「自分の行いが間違いかどうかは、最後まで分からないもんだろう」
最終的にどちらに転ぶかで賭けることにした。
俺がコイツのメンタルケアをするのも面倒だし、この一回で決めよう。
これで立ち直れないのなら、怪盗団は黒い仮面の男に負ける方に賭ける。
しかし立ち直ったのなら、怪盗団が黒い仮面の男との勝負に打ち勝つ方に賭ける。
つまり、心が折れかけたままのようなら、黒い仮面の男に協力する、逆に持ち直すようなら、今回は怪盗団に協力する。
「そして、どこかに辿りつきたいのなら、歯を食いしばって前に進むしかないんだ。全てが思い通りに進むわけじゃない。つまずいて、泥水啜るのもたまにはいいじゃないか」
高巻の表情は依然として暗い。
「最後まで辿り着いて、それが結局間違いだったら?」
「君の親友には顔向けできるだろうさ。何せ最後まで頑張ったんだから。今、諦めて敵の前から逃亡したとして、君は胸を張って、彼女に会えるのかい?」
鈴井志帆は、聞くところによると、復帰を目指してリハビリに精を出しているらしい。
そんな人間を見ておきながら、信念を失い、自分のやるべき事を投げ出すようなら怪盗団に勝利は無い。
「志帆に...」
「君が本当に救いたかったのは、顔も知らない他人かい?欲しかったのは、世間からの喝采の声かい?違うだろう。君のただ一人の親友を助けたかったんだろう。彼女とまたくだらない話で笑い合いたかったんだろう。なら、その親友にだけは、正面切って胸を張って話せるようにはしておきなよ。幸運な事に、君はその機会を与えられたんだからさ」
「...私、志帆に会ってきます」
決意は固まったらしい。
さあ、どう転ぶかな。
「ああ、それが良い。じゃあ、また明日」
高巻はここに来た時より、少しマシな顔をして、小走りで去っていった。
この選択が正しかったのかは分からない、もしかしたら此処で心を折っておけば良かったのかも知らないが、まあ良い。
何せ、自分の行いが間違いかどうかは、最後まで分からないものなのだから。