「先日はどうも、明智さん」
「君は...君達は何者だい...」
明智は色々な感情を噛み殺したような表情で端正な顔を歪めた。
どうやらファーストインプレッションは俺の勝ちのようだ。
「俺はともかく、芳澤とは顔馴染みだろう」
椅子を引き、明智の正面に芳澤と共に腰掛ける。
「まさかあの探偵王子が廃人化事件の犯人だとは」
机の下で足を組みながら切り出した。
「何か根拠があって言ってるんだろうね」
明智は険しい顔をしつつ、いつもテレビで聞くような穏やかな口調で証拠を求めてきた。
口調を変えないのは録音でもしているからだろうか。
「いいや、別にないが。そんなのどうでもいいことだろう?」
せいぜい焦らしてやれ。
そうすれば、おれが主導権を握れる。
「呆れたな。証拠もなく人を大量殺人鬼呼ばわりなんて、殴られてもしょうがないんじゃないか」
明智は言葉通りの呆れた表情を見せた。
チラリと横目で芳澤の方を伺う。
芳澤は憮然とした表情で明智を見つめていた。
今のところは問題なさそうだ。
「じゃあ、こんなのはどうだ?残念ながら俺は怪人何十面相だかがでてくる小説で主役になれるほど優秀な頭脳は持ってない。だがまぁ、廃人化事件について、推測を語ることはできる」
明智は黙って続きを促した。
「まず、被害者の統一性の無さからして、能力を持った人間一人の利害だけで事件が動いているとは考えにくい。そうだろう」
「ああ。年齢、性別、職業、被害者同士を関連付けるものはない。その理由を複数犯という事に求めるのは間違ってないだろう」
「だとするならば、実行役、能力を持った人間は誰かに指図を受けて力を振るっている可能性が高いわけだ」
明智の顔が険しくなってくる。
あながち俺の推測は間違っていないのだろう。
「実行役が何のために事件を引き起こしているのかは置いておこう。金だろうがなんだろうが詮無きことだ。問題はターゲットを選んでいる人間の目的だ」
「お前達は、何者でどこまで知ってるんだ?」
明智が俺を睨みつけながら、苦々しげに問いかけてくる。
主導権はこちらにある。
俺は畳み掛けるように続けた。
「考えられる目的は幾つかあるな。はたまた邪魔な人間を片付ける必要があったり、もしくはそれを餌や脅しに使って自分の地位を高めようとする人間だったりな。そう、例えば...」
校長を顎で使っていたことから察するに、相手は政治家なり、マフィアなり相当な権力者なはずだ。
そんな人間が自由に人を殺せる力を得たのなら、求めるのは更なる権力か金のどちらかだ。
テーブルの下で芳澤の靴を軽く爪先で一回小突く。
それが打ち合わせで決めた合図だった。
「...。あなたの雇い主と話がしたい」
芳澤は打ち合わせ通りに淀みなく言葉を放った。
ここで俺の会話を切って、芳澤が明智の上の人間について言及すれば、明智はきっと俺達にほとんど全ての事を知られていると思うだろう。
「何が目的だ...」
明智は持ち前の爽やかな顔を怒りに染めて、俺たちを睨みつけた。
「おいおい、芳澤そんなに急ぐことはないだろう。まあ、良い。本題だが、俺達はお前らと不可侵、不干渉でいたい」
「正体も目的も分からないような奴等を信用できるとでも思っているのか」
明智は吐き捨てるように言った。
「俺達だってお前を信頼しているわけじゃないさ。だが、利害は一致しているはずだ。お互いに邪魔をされたくはないだろう?」
明智は自分を落ち着かせるように、考えに耽るように静かに目を閉じた。
「条件がある」
「言ってみろよ」
「先ずは君達の目的だ。それが分からなければ利害の調整もできやしない」
明智の命と言う訳にはいかないし、適当に誤魔化すか。
「怪盗団が邪魔、それだけで分かるだろう?」
「いいや、分からないね。重要なのはなぜ君達が怪盗団を邪魔に思うかだ。彼らは君達に辿り着いているとは思えない」
「対岸の火事は消しておきたい性分なんだよ」
「フン。僕と直接話に来た割には肝の小さいことだ。質問に答える気が無いなら、君達の話は受けられないね」
机の下で芳澤の靴を二度小突く。
二つ目の合図。
「...それならそれで、あなたの計画を白紙にするだけです」
「チッ。なんでもお見通しって訳か」
明智はこちらを睨みつけながら吐き捨てるように言った。
「お前が講演会を抜ける時、俺が何故あの部屋を指定したと思う?物事には理由があるもんだろう?」
「盗み聞きとは趣味が悪い事だね」
「それで、不可侵の話は受け入れてくれるんだろうな」
「...いいだろう。上には僕の方から伝えておこう」
およそ納得しているとは思えない声色だが、取り敢えず合意には持っていけた。
即席にしては上出来だろう。
「それとだ。俺たちの目的の話だがな、お前自身の事を話すのなら交換条件で喋っても良い。まあ、目的じゃなくて別のことでも良い。新島の事とかな」
「僕自身の事?」
「そうだ。お前の雇い主がお前の能力を使って動いているのは分かったが、お前が何のために協力しているのかが分からない。お前は自由になれる筈だ。何故そうしない?柵を壊すだけの力を持っているし、世の中を渡っていける器量もあるはずだ」
頭も回って、顔も良い。
おまけに不思議な力も持っている。
やろうと思えばすぐにでも独立できるはずだ。
「君達が僕について何も知らない、ってことが分かっただけでも収穫かな。話す事はもう何も無い。不可侵、不干渉なんだろう?さっさと帰るといい。補導されても知らないよ」
他と随分反応が違うな。
さっきまでは、俺たちの事を探ろうと食い下がっていたが、明智本人の事を深掘りしようとすると、途端に口を閉ざした。
目的はともかく、新島についてもどうやって消したのか気になることだろう。
それを探ろうとしないとは、よっぽど明智の敏感な所が関わっているらしい。
「本当に良いのか?俺たちはお前達の事をかなり掴んでいるんだ。それに対してお前達は大した情報を持ってないと見える。手土産の一つでもないとお前も雇い主に会わせる顔がないだろう」
「大きなお世話だ。もう一度言うよ、さっさと帰ったらどうだい?」
「ああ、そうするよ。帰ろうか」
芳澤に声をかけ、席を立つ。
明智のことはかなり気になるが、個人的な興味に過ぎない。
俺の目的は明智の力を奪う事だ。
協力なんてできやしないし、俺が明智をアゴで使う事もできやしない。
「今日のところは終わりだ。帰っていいぞ」
「はい。では、また明日」
店を出て、少しした所で芳澤と解散する事にした。
声を掛けると、芳澤は俺に一礼した後去っていった。
能力を解除するのを忘れていたが、まあ良いだろう、そのうち解ける。
さて、仕込みは済んだ。
あとは状況を待つだけだ。